第6話 美男役者と剣士の鼻歌

「待ってくれ~」


 置いていかれて追いついて、それを何回繰り返しただろう。

 陽は高くなって山は深まって、その頃には花海はなみもだいぶ時地のペースに慣れてきた。

 そしてようやく並んで歩けるようになったのだが……。


「ふんふふんふふーん」


 花海の前を行く少女の剣士は、相変わらず護衛相手の様子を気にすることもない。

 だって鼻歌なんて歌っているもの。


「ふふん、ふんふふんふふーん」

「楽しそうだな、時地」

「いやこれは、黙ってると気まずいから」

「ああ、そうですか……」


 なるほど。俺と二人は気まずいと。


 ……追いついてこない方がよかったのかな、俺。

 今からでも一人旅にシフトチェンジしたほうがいいのかな。

 そうすればもう傷付かずにすむかな。


 青年の傷心はほっといて、少女の鼻歌は完全な歌へと変わる。


「ふ~んふふふ~ん、華の都とい~えども~そこは都会のや~み、闇~。スリに置き引きひったくり~。辻斬り通り魔、強盗、夜盗。とにかく危ない仕事じゃなかったら立ちよりたくない。それが華の都~」


 ねえ、なんでそんな歌歌うの?

 これから都に行く俺に不安の種を植えつけるの?


 マイペースな上に嫌な人だ。この用心棒は。

 ていうか気まずいのにほぼ初対面の相手の前で歌はオッケーなんだ。


 ええい、へこたれるな。

 相手は女子だ。俺の実力で落とせないわけがない。

 いずれは彼女も、「きゃああステキ、花海さま! 一緒に旅ができて、私は心から幸せです!」と言うはずだ。

 これからの旅をなるべく楽しいものにするためにも、このスパルタ少女と距離を縮めなければ。


 さあ気を取り直して、いつもの必殺スマイルを。


「気まずいならまずお互いのことを知ろうぜ、時地。俺たちお互いの名前以外ほとんど何も知らねえだろ?」

「うーん」

「うーんって……」


 時地の肩に伸ばそうとしていた腕を、花海は引っ込めざるを得なかった。

 色気を発揮した末、相手に「うーん」と言われたのはほぼ初めての経験だ。


「き、気にならないのか? 俺がどんな人間で何歳で、今まで何をやってきたのか、とか」

「ぬーん」


 ぬーんって何だよ。


「……まあいいや、まずは歳から。何歳だと思う、俺?」

「…………」

「そんなあ、心底うざいみたいな顔しないでも……」


 気を取り直して時地に答えを促す。

 彼女はしぶしぶといった感じで口を開いた。


「うーん。二十、四歳?」

「当てた……」


 はい。話終わり。

 沈黙がどーん。

 と思ったら、


「じゃあ、」

「うん?」

「ボクは何歳だと思う?」


 きた。時地のほうから聞いてきた。

 何歳だと思う? 女子からのこの問いにどう答えるか。

 これは色男の格を示す重要な問いになる。

 そしてこの話題がこれからの会話をはずませる糸口にも……。


「まあいいや。どうせありふれた答えしか出ないと思うから別に答えなくてもいいよ」

「…………」


 会話ははずむ前に蒸発した。

 何だこれ、もう……。


 てかありふれた答えしか出ないって何だよ。

 歳なんて見た通り、十四、五歳くらいだろ?

 それくらい分かるよ。


 沈黙は下りなかった。


「華の都は闇、闇~。でもそんな闇の中に飛び込む花海くんを、ボクは全力で応援するよ~。そしてそれが終わったらすぐに壺にUターンバ~ック。とにかく早く帰りたい~」


 時地は前を向いたまま、ずっとその邪悪な歌を歌っていたから。

 つまり気まずいってことだな。

 ああそうかい。


 ……一人旅、真剣に検討したほうがよさそうだな。

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