第5話 美男役者と旅の出だし
「ふう。やっとここまで来た」
脱いだ笠から長い黒髪が一気にこぼれる。
ついでにため息もこぼれた。
夜明けの冷えた空気を吸い込みながら、
眼下には、少し前に出てきた街が小さく見えている。
そこを出て
ゴロツキの目を避けて笠を深くかぶり、夜明け前のまだ暗い内に街を離れてきた。
人気者もなかなかにつらいものだ。
そうまでせねば静かに旅にも出られないとは。
そんなこと言ったら『身から出たさび』だ、なんてツッコまれそうだけど。
しかし思えばここ数年、ほとんど芝居小屋から離れたことなどなかった。
チャラチャラしてるように見えて、俺ってば真面目に仕事してたんだなあ。
感慨深く、山の下に見える街を見下ろす。
まだ起き出しかけの雑踏はただ静かに陽のもとにたたずみ、旅立つ者を見送っていた。
いざ離れてみると寂しいもんだ。
昇っていく太陽が花海をも照らす。
しかしこんなときでも絵になる男。それがこの大物美男役者・花海様だ。
頭にかぶる真新しい
山賊を避けるため着物も質素なものにしたが、それでも旅姿も実にキマっている。
これではすれ違う
街を離れても、俺って罪な男だな。
そして哀愁にひたっている花海の目に小さく映ったものがもう一つ。
花海の遥か数百メートル先を行く、金髪の少女の背が。
「ちょ、ちょっと待って! 置いていってる、俺を置いていってるって!」
「なんだ、さっきから気配がしないと思ったら」
全力で追いかけたら金髪ポニーテールは振り返ってくれた。
哀愁は一気に息切れに変わった。
てか、気配がしないと思ってるんなら一回止まってくれよ……。
どうやら俺は、やっぱり相当危ない用心棒に当たってしまったらしい。
昨日の用心棒との顔合わせはもしかしたら夢で、今日から色っぽい女用心棒と桃色の旅が始まるのかと思っていたが、やはり昨日のは現実だった。
花海の目の前にいるのは護衛対象にもスパルタな壺に住むのが趣味の少女剣士、時地さまだ。花海がいつの間にか『さま』付けしてしまうんだからこいつは他に類を見ない超スパルタだ。
確かに山賊がうようよ出る山の中でぼーっと立ち止まっていた俺も悪い。
野宿を避け宿場か山小屋に泊まりたいと思うなら、陽が落ちるまでにそこにたどり着かなければならないのだ。
しかしそれにしてもこの少女はマイペースだ。護衛相手を振り切ることも
不本意ながら雇った用心棒とはいえ、置いていかれたら何が起こるか分からない。この山で一人歩きなんて山賊のいいカモだ。
息を切らす花海の前で、金色ポニーテールがぶらんぶらん揺れる。
山歩き用にわらじを履いたくらいで、時地の格好は昨日とほとんど変わらない。
笠もかぶらず、少ない荷物は剣に引っかけて担いで、まるで近所に散歩にでも行くような格好だ。
本当にそんなので俺を守れるのかよ。
気を抜くとすぐに置いていくし。
「ああもう! ちょっと待って!」
「なんでそんなに必死に追いかけてくるの?」
「君が俺の用心棒だからだよ! あと出発のときに『一個持ってあげるよ』って言って、君が俺の荷物一個持ってるからだよっ!」
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