第2話 美男役者と壺から出てくる用心棒 その1

 前略 はなの辻。

 ときひるすぎ。


「きゃああ。今日も素敵よ、花海はなみ

「か~っこいい~、花海さま~!」

「花海さん、こっち向いて~」


 大勢の女を引き連れて、道の真ん中を行く男がいた。


 女物の羽織を肩をはだけて着崩し、その上に流した艶のある黒髪。

 通りを行く男達より、さらに頭一つ高い背。

 颯爽とした足取りに、はかまの裾が優雅についていく。


 女達はその男をり合うように、我先にと彼の横に歩み寄った。


「ねえねえ、待ってよ花海~」

「ねーえー、こっち向いてー」

「ダメよ、まだあたしと話してるでしょ! ね、花海?」


 きゃあきゃあと色めいた声に、男は笑って答える。


「困ったなあ、こんなに美しい花達に囲まれると。……さあて、今日の宵は誰が俺に摘まれてくれるのか」


 きゃあああ、と昼間の通りに『花達』の悲鳴がこだまする。

 通りを行く人々は何事かと盗み見る、あるいは見慣れた光景だと目をそらした。


 嬌声の輪の中心にいる男は、にんまりと目を細める。


 ちょろいもんだなぁ、女なんて。


 そう心の中で笑う男の名は花海はなみ

 芝居小屋の役者として、このあたりではかなり名が知れている。


 彼を有名にしたのは他でもない、その類い稀なる美貌だった。


 肌は白皙。雪のような美しさ。

 顔は至極端正。まるで筆で形作ったような整った眉、長いまつげ。

 そして仕事柄つねにべにを差しているため、うっすらと色の移った紅い唇。

 極めつけは腰まで伸ばした、女のように艶やかな黒髪。


 どれをとっても芸術品だ。微笑まれて落ちない女はいるまい。

 

 その美貌の青年、花海が出る芝居はすぐに大入り満席状態。

 彼が台詞をしゃべるたびにおひねり。笑顔を振りまくたびにおひねり。傘をさして舞うたびにおひねり。

 客席からおひねりが雨のように舞台に投げ込まれる。

 そのため一座と花海のふところは潤って仕方がない。


 まさに花形。この世の宝よと、人々の褒める言葉は途切れることはなかった。

 特に花海を狙う女達の熱の注ぎようは凄まじい。


 今日もまた、道行く女はまるで引き寄せられるように花海のもとへ集まってきた。

 そしてあっという間に形成される大集団。

 芝居小屋を一歩出た途端これだ。

 目立たぬよう今日は裏口から出てきたというのに。


 色とりどりの小袖こそでの裾は、花海にピッタリくっついて離れない。

 女に囲まれるのはいつものことだが、青年も手放しでこの状況に自惚れているわけではなかった。


 花海も有名になったもので、純粋に花海を好いているという女はこの中にさほど多くない。

 なんでも自分と一緒に歩いているところを見られると、一種のステータスを手に入れられるらしい。

 これだから女というのは恐い。


 しかしその嬌声に包まれるのはそれほど嫌いではなかった。

 ふんわり薫る香水の匂いと、何より、しな垂れかかられた腕に当たる柔らかい感触。

 これだ。これはいい。実にいい感触だ。


 女達は誰が花海と腕を組むかで、さっきから睨み合いのケンカを続けている。

 はっはっはっは。俺の身体は一つだぞっと。


 長屋のかどを五つほど曲がるまで、女達はついてきた。

 しかし今日の花海には彼女らの相手をしている暇はない。約束があるのだ。


 ……柔らかい感触は惜しいが、仕方ない。くか。


 そして花海がいつものスキルを駆使してやっと女達を撒いたのは、目的の場所にずいぶん近づいてからだった。


 街の外れの古びた宿屋の前で、青年は足を止める。

 それは花海には釣り合わぬなんともぼろっちい宿だったが、彼はためらわずその暖簾のれんをくぐった。

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