少女剣士は護衛する美男役者を全力で斬る所存である

はじ湖

第1話 旅のひとこま 最終回篇

 二人の剣士は月の下。

 最後の討ち合いとなった。


 巡る巡る。一つの影は長身の男。

 ぬばたまの黒髪。美しい白雪のかんばせ。

 その顔に今は狂気の向こうを覗いた雷のような眼光を滲ませて、ただただ対する者を狙っていた。


 巡る巡る。対する者は一人の少女。

 藁束に月光を纏うような金色の髪。まだ幼さの残る顔。


 静寂にわらじが地面を擦る音だけが響く。


 お互い歩を止めないのは、相手の顔の向こうで間合いを確かめ合っていることを、巡る月影に映すように。

 グルグルぐるぐると、命に触れられる距離を計る。

 その距離ごと相手を見ている。

 着物の合わせの下に隠れた命の核を、抜かないままの刀で狙っている。


 悲しいとは、この旅で培った感情だろうか。

 寂しいとは、これが終わった後に湧き出す感情だろうか。


 ただどちらの感情を知っていても、二人にはもう戻る道はない。


 己の使命を全うしようとする男。

 それを阻む少女。


 二人は違う。故に今がある。


 少女の白い袖がヒラヒラと夜闇に舞う。

 ふっと、男の顔に憐憫の色が差した。


「どうしてこの仕事を受けた? 自ら死地に飛び込むような、そんな無謀なこと」


 少女は笑っていた。この場で浮かべようのない、見事なまでに愉快な笑みを浮かべた。

 ニッと口角が上がると、その顔はまるで今を楽しみ慈しむように。


「数多の用心棒が断るだろう危険な仕事だね。きっとどんな凄腕だって生きては戻れない」

「それが自分にはできると? それならとんだ自惚れだな」

「それがボクにはできないと思う、キミのそれだってどうかな。ボクらはまだ二人とも生きてるのに」


 鯉口を切るのはいつか。開戦の音を聞き逃さぬようになされる会話。

 冷たく流れる時間。

 もう戻せない関係。いいやその関係すら仮初だった。


 守る用心棒と、守られる美男役者など最初からいなかったのだ。

 お互い化けの皮が剥がれて、楽で簡単な存在になった。


 消す者と消される者。単純な二つに。


「その言い草……最後の最後までその調子なんだな」

「そういうボクが好きだったでしょ? だから躊躇うんだ」

「躊躇う……そうだな。もう少しその生意気な口と話していたかった」


 二人の足が通りを蹴る。

 体が相手に向かって斜めに踊る。

 るべき互いの核を狙って。


 二人とも宙で鯉口を切り、刀を抜くまで無駄な所は一切なかった。


 そして。

 空気を裂くような、俊速の閃き。


 影が倒れた。

 長い方の影だった。


「あーあ。とうとう雇い主斬っちゃった。ごめんね、花海はなみくん」


 にっこり。

 月が、命ある方を照らし出す。

 生き残った金髪の少女は、倒れた男を背に笑うのだった。





「という夢を見た」

「…………」


 朗らかに先を行く用心棒の言葉に、花海は口を真一文字にして絶句した。

 旅の道すがら、暇つぶしと称して昨日見た夢の話を無理矢理聞かされたと思ったらこれだ。


「それを聞いて俺はどうコメントすればいいんだよ! 俺剣士じゃないし! てか夢の中で一回君に殺されてるじゃん俺! こわっ!」


 そんな渾身の絶叫も見た目だけは可愛らしい用心棒の心には届かないようで、肩越しに彼女は淡々と先を続ける。


「きっとこの物語の最終回はそういう感じになると思うんだ」

「何々なんの話してんの!? 怖い怖い! なんか知らないけど怖いんだけど!」

「まあいいや。その結末に向かって、とにかく今は旅を続けようよ、花海くん」

「その結末に向かっちゃうの!? 俺最後斬られる?!」

「まあどうでもいいじゃない、そんな砂粒みたいに些細なこと」

「どうでもよくない! いいか、時地ときち! 君は俺の用心棒! 俺は君の雇い主! 守る者と守られる者なの! 用心棒は雇い主斬っちゃダメ!!」

「そういうのよく言われるけど、正直ボクはそういう常識には囚われたくないんだよね」

「くそ……頭がおかしくなりそうだ。都まで耐えられるのか、俺……」


 太陽が照らす緑の旅路。

 その途中で美男役者・花海はなみは今日も一人頭を抱えるのだった。

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