学校一の美少女がガダダーガ・ダーガダだが?

てこ/ひかり

ダガガーダ・ガーダガガダ

「何人だよ」


 思わずついて出た一言に、それまで夢見心地だった二階堂の目の色がサッと変わった。


「別に、可愛けりゃ何人だって良いだろ」

「いや、そりゃそうかもしれないけど……海外の人だと、付き合ったら色々大変だろ。言葉の壁とか、文化の違いとか……」

「ワッカンないかなぁ、道明寺くん。そこを大変と取るか、楽しいと取るかだよ。肝心なのは愛だよ、愛」

「あーはいはい。愛ね、愛」


 二階堂がニヤリと笑い、再び饒舌を取り戻した。愛とか恋とか、コイツが言うとどうして安っぽく聞こえるのだろう。俺は小指で耳の穴を穿りながら適当に流した。


 二階堂の『校内美少女発見』は、これでもう今年七回目になる。今度は、隣のクラスに新しく転校してきた女子に目をつけたらしい。こないだまで一年上の弓道部・秋吉先輩がこの学校一番だと言い張り、先輩に告るかどうか丸三日悩んでいたと言うのに。呆れるくらい目移りの激しい奴だが、我ながら良い友人を持ったものだとも思う。


「それで、そのダーダダちゃんは……」

「ダーダダじゃない! ダーガダ! れっきとした日本人だよ。日本人とダーガダ族のハーフな」

「聞いたことないわ。どこの部族なんだよ」

「分かんね。どこでも良くね?」

「写真ないの?」

「待ってろ」

 二階堂は机の引き出しから歴史の資料集を取り出した。そこには頭に鳥の羽を付けた、槍を持ってガゼルを追いかける先住民オッさんたちの姿が写っていた。

「ちげェよ! 部族の写真じゃなくて、ダーダダちゃんの写真だよ。誰がご先祖様の写真見せろって言ったよ」

「ダーガダ、な。本人の写真は、残念ながら無い。ダーガダちゃん親衛隊によって、一切のプライベートな写真撮影が禁止されている」

「オイオイ……もう親衛隊とか出来てんのかよ……」


 俺はすでに引き気味だったが、二階堂はウンウンと腕を組んで頷いていた。

「アレほどの可愛さだからな……今にファンクラブが出来てもおかしくねェよ」

「もっと他に情報ないんか。前の高校で、部活何やってたとか……」

「前はもっぱら、槍投げしてたみたいだけどな」

「槍投げかぁ。体育会系なんだ」

 二階堂が分かりやすく鼻の下を伸ばした。


「もう、腹筋とかバッキバキ。スタイル抜群だし、良い感じに日に焼けててよ。小麦色って言うの?」

「ッント好きやなぁ、お前そう言うの」

「それで、カノジョ毎日槍でイノシシとか狩ってたらしいんだけど……」

「何だって?」

 俺は資料集に目を戻した。二階堂がムッとした顔で答えた。

「何も命を粗末にしてた訳じゃないぞ。生きるためだよ。ダーガダ族にとっては、イノシシは毎日の食事なんだ」

「そこじゃねえわ。そこは何にも疑問抱かんのか」

「別にフツーなんだろ、向こうでは。そこはお前、グローバルに物事を考えろよ。お前、自分のカノジョがイノシシ狩ってたら嫌系?」

「嫌とかそう言う次元じゃなくてな……そもそも彼女にそう言うの求めてないって言うか……」

「ランキングが入れ替わるよ、これから。”彼女にしてほしいことランキング”。ダーガダちゃんの登場によってな。きっと『アンアン』とか『ノンノ』で、”可愛いイノシシの狩り方特集”とかが組まれて……」

「分かった、分かった。それにしても今回のは、ズイブン野生的なカノジョだなオイ」

 俺は欠伸をしながら、鼻息荒く一人興奮しだした二階堂を適当にあしらった。


「一族の末裔で、長老の孫だからな。ダーガダちゃんは」

 二階堂が、何故か誇らしげに胸を張った。

「ただ一つ気になンのは、カノジョのお父さんが呪術師なんだけど……」

「呪術師!」

「やっぱ万が一付き合うにしても、術式の一つや二つ出来ないと認めてくんねーかな!?」

「俺が親だったら、娘が連れてきた彼氏が『俺呪術出来るんスよ』とか言い出したら、ぶん殴るけどな」

「だからお前と一緒にすんなって。あーぁ。俺も今日から、呪術学ぼうかなァ」

「おう、頑張れ」


 何にせよ、やる気があるのは良いことだ。


 これから親衛隊に入隊届けを出しに行くと言う二階堂と別れ、俺は教室を後にした。放課後の校門には、噂の転校生・ダーガダちゃんの下校姿を一目見ようと、大勢の人集りが出来ていた。仕方なく俺は裏門に回り、『通行禁止』のテープを潜って、舗装されてない山道を進んだ。


 それにしても二階堂の女趣味も、ますます分からなくなってきた。

 申し訳ないが、イノシシを狩るような野生児は、俺の範疇ストライクゾーンじゃない。ブラブラと杉の木の帰り道を歩きながら、俺は一人苦笑した。


 まだ夏の暑さが残っているとは言え、夕方になると流石に外は冷え込み、辺りはどんよりと薄暗かった。途中、腰付近まであろうかと言う雑草をかき分け草丘を登っていると、ふと向こうから突然地鳴りのような音が聞こえてきた。


「何だ……!?」

 思わず立ち止まり暗がりに目を凝らすと、草むらの向こうで目が合った。間違いない。あれは、野生のイノシシだ。猛った野生のイノシシが、こちらに向かって真っ直ぐ突進してくるではないか。

「うわァあッ!?」

 俺は思わず悲鳴を上げ、腰を抜かしてその場に尻餅をついた。イノシシは鼻息を荒くしながら、あっという間に俺の目と鼻の先にまで突っ込んで来た。

 もうダメだ……。

 軽く死を覚悟して、俺はギュッと目を閉じた。


 ……。


 …………。

 

 ………………。


 ………………それから、二秒、三秒……、十秒。


 おかしい。

 いくら待っても、衝撃がやって来ない。

 恐る恐る目を開けると、何と俺の目の前で、イノシシが槍に貫かれ絶命していた。

「危ないトコロだったナ」

 俺が絶句していると、不意に何処からか声をかけられ、慌てて辺りを見回した。


 そこで、俺は目を疑った。後ろに生えた杉の木の天辺に、ウチの制服を着た少女が立っているではないか。彼女が立っている木は、高さだけで言っても五メートル以上はあった。片手と片足だけで器用に木の幹にしがみついた少女が、俺を見下ろしてほほ笑んでいた。


「怪我はないカ?」

 小麦色の肌をした見知らぬ少女は、そのままひょいと杉の木から飛び降りると、四本の手足を使って猫のようにしなやかに着地した。唖然とする俺の前で、少女は当然のようにイノシシから槍を引き抜いた。ブシュッ! と言う小気味良い音とともに、俺の顔にイノシシの返り血が降り注いだ。


「き……」

「ン?」

 筋骨隆々な少女の背中を見上げたまま、俺は何とか震える声を絞り出した。

「君は……」

「ワタシ?」

 少女は手にした槍をくるくると天空に掲げ、少し照れたようにはにかんだ。


「ワタシが、ガダダーガ・ダーガダだが?」


 ……それが俺とダーガダの初めての出会いで、そして二人の恋物語の幕開けになるとは、その時は思いもしなかった、のだが。

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