私も、何回も自殺を図ったことがありました。それももしかしたら病気の症状
と言えばそれまででしょうが、私がいないほうが幸せになれると明らかに思える時期がありました。今でこそ何とか、生きていますが、まだ居場所らしきものは持っていません。ただ、私は、周りに迷惑をかけないよう、生きているだけの事です。
其れが幸せと言えるのかは、正直わからないですね。
人から見れば不幸かもしれないですし。
でも、少なくともわが家は、平和に暮らしています。
作者からの返信
お読みいただきましてありがとうございます。
人から見た印象は様々でも、ご自身が納得して選択した結果の生き方が最良なのではないかと思います。
幸せとは一定の状態というより、その時々の気持ちや、風景の美しさなど、誰もが感じることのできる欠片のようなものではないかと思うのです。
「病状」と言ったのは、病気による鬱状態や自己否定の感情などは、本人の努力不足や弱さではなく、適切な治療や助けを必要とする(身体の病気と同等に)重篤な症状であるという意味です。
どうかご自身を責めることなく、穏やかな毎日でありますように。
自殺に至る精神状態は、もはや感情や意志の問題ではなく、脳の損傷による症状のようなもの。自死も病死も根本的に同一なのではないか。という意見は初めてだったので、とても興味深く読ませて頂きました。
たしかに、精神薬で気分や症状の緩和が出来るので、疾患としても良いと思います。精神疾患に直接的、間接的にこれだけ悩む人がいるのですから。
だからこそ、その骨折を適切に治療出来るようになれば良いですね。骨折の場合はある程度どうすれば良いのか決まっていますが、精神の骨折の場合は対応が一様ではないので、何が適切なのかということが分かり辛い。でも、少しでも死に向かう速度を緩和出来ればと思いますね。
とても良い文章でした。
作者からの返信
お読みいただきましてありがとうございます。
この考え方は、伝え方によっては、遺族の立場にある私の当時の無理解や至らなかった態度を正当化する為の言い訳と捉えられる恐れもあり、公開するべきかどうか躊躇もありました。
しかし自死を選択する人は、殆どが強い自己否定と自責の念を抱いていることから、少しでも認識を和らげ、苦しみを別の角度から見直すきっかけになればと思いました。
良いほうへ受け取ってくださり、ありがとうございました。