第5話
「美緒、上がったよ」
「わかりました」
美緒はすぐに浴室へ向かった。
まださっきの事怒ってるのか。
それを見て俺は機嫌を直すのにはどうしたらいいか考えた。
「無理。難しい。人の気持ちを理解するのは超難易度高い」
どうすることもできないのですぐに諦めた。
自分のスマホを手に取り、ロック画面に表示されているメッセージに気づいた。
「あ、月雪さんからメッセージ来てた」
トーク画面を開きすぐに返事する。
『無事到着したよ』
と返すとすぐに既読が付き、とてつもない速さで返信が来た。
『それは良かったです! 夜ご飯はなに食べたんですか?』
「どうしよう、なんて返そうかな」
あの時は今日は自分で作るとか言ってしまった。
ここはバレそうでバレない絶妙な嘘をつこう。
『真っ黒になったオムライスを食べた』
『真っ黒ww私オムライス得意なので今度教えますよ!』
バレずに済んだ。
小さい嘘とはいえ、純粋な子に嘘をつくのはとても心が痛い。
いや、本当だよ?
『ありがとう。楽しみにしているよ』
『空いてる日があればいつでも言ってくださいね』
『了解。じゃお休みね』
『おやすみなさい~』
月雪さんとのやり取りを終えたころ丁度美緒が風呂から上がってきた。
あ~まだ怒ってそうだな。
風呂入れば収まるかと思ったがそうもいかないらしい。
素直に謝るしかないか。
「美緒ごめん」
「何がですか?」
「え? 怒ってたんじゃないの?」
「もう怒ってないですよ」
「めっちゃ不機嫌だったじゃん」
「それは高鳴さんの――」
「え?」
「何でもないです。とにかく怒ってませんから気にしないでください」
「そっか」
どう見ても機嫌がいいとは思えない。
美緒は当たり前のように俺のベッドに入り込む。
「ちょっと待って、そこ俺のベッドだよ」
「はい、知ってますよ?」
「じゃあこっちに‥‥‥」
布団の方へ誘おうと試みたが一歩も動こうとしない。
強引に腕をつかんでベッドから優しく下した。
「なんでですか! 昨日だって寝てたじゃないですか!」
「昨日は美緒が侵入してきたんでしょうが!」
「寒かったんですよ!」
「時期的にはもうあったかいぞ」
「ムムムムムッ!」
俺が油断している隙にもう一度ベッドへ滑り込んだ。
「ああ! こんにゃろ!」
次はさっきより強めに引っ張るがフレームをつかんで離さない。
俺はあきらめてベッドは美緒へ譲った。
「もういいや。俺は布団で寝る」
「‥‥‥」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「ん‥‥‥重い。なんだ?」
体がとにかく重い。
息苦しさも感じてしまうほど重い。
朝早々困惑に満ちながら目を開けた。
「ごびゃ!」
猫を飼っている人はわかると思うが、寝ているとき猫が自分のお腹に乗ってくることがあるだろ?
あんなのは全然可愛いものだし、多少寝づらくても許せる。
じゃあそれが人間だった時の俺の気持ちを答えなさい。
答えは、
「重い! 窒息死するわ!」
「きゃ!」
少し乱暴にしてしまったが、致し方ない。
あのままにしていたら息ができなくなって天国へ旅立ってしまう。
「なんで俺の腹の上で寝てんだよ!」
「そこにあったからです」
「なんだその理由は! ていうか昨日俺のベッドで寝てたろ!」
「寝ぼけて移動したみたいです」
「ふざけんな!」
「そんな事より女の子に重いなんて失礼ですよ」
「死ぬかもしれない状況で失礼もクソもあるか」
美緒は俺の言葉を聞き流しながら制服に着替える。
なんか俺が悪いみたいになっているのが腑に落ちないが。
「高鳴さんそんなに怒っていたら仕事に影響出ますよ」
「それは誰のせいだと思っているんだい?」
ニヤニヤ笑う美緒。
朝から不機嫌になる俺。
なんだかんだ言いつつもちゃっかり朝ごはんが出来上がるのを待っているし、美緒は美緒できちんと調理を始めていることに少し笑える。
「「いただきます」」
初めてこの家で朝食を食べた。
炊飯器で炊いたご飯なんていつぶりだろう。
コンビニの米に慣れ親しんだ俺の舌はこのごく普通のご飯がとても高級な感じがした。
今目の前にある目玉焼きもそうだし、みそ汁もそう。
どれも食べたことあるのになんだか新鮮な感じがした。
「ご馳走様」
「食器は流しに置いといてください。洗ってから行きますので」
「悪いな。ちょっと先に行くから戸締りよろしくな」
「わかりました」
特に味の感想を伝えるわけでもなく俺はいつも通り家を出た。
「おいしいって言われるの期待したんだけどなぁ」
洗剤を含ませたスポンジを泡立てながらつぶやく。
昨日の晩御飯の時も言ってくれなかった。
本当は口に合わなかったのではいないかと自信を少しなくしてしまう美緒だった。
「おはようございます」
「「おはようございま~す」」
あれ? 今日はなんだか皆機嫌がいいな。
いつもは挨拶しても数人しか返さないのに今日は全員返してくれた。
なにかあったのか? 目の前にいる一ノ瀬さんもニヤニヤしているし。
気になりつつも自分のパソコンを立ち上げ社内メールを開いた。
早速通知が来てたので確認してみると‥‥‥なるほど道理で皆機嫌がいいわけだ。
『各位
お疲れ様です。一ノ瀬です。
急ではありますが今週末皆さんで一杯どうでしょう?
もちろん強制とは言わないので都合のつく方だけで構いません。
私が参加するのに全員参加できないというのはとても悲しいですがね。
でも皆来てくれることを信じています。来なかったらどうなるかわかりますよね?
皆さんの参加期待していま~す。
場所と時間は改めて教えます。よろしく~』
いや、半強制的じゃねぇか。
そしてなんだよこの大学生のノリみたいな文章は。
しかも『一杯どうでしょう?』とかそれ五十代のおっさんが使うようなセリフだし。
そんなメールに早くも『参加します』の返信が多数来ている。
さすが一ノ瀬マジック。普段来ない人も積極的に参加するとは。
一ノ瀬さんが直々に開催するのをいいことにこいつら、一ノ瀬さんとワンチャン狙っているかもな。
俺自身は不参加のつもりでメールをみていたのだが、そこに新たな一通のメールが。
『八雲君は当然参加で人数に入れてあるわ。なので返信の必要はなしよ』
何てことしてくれてんだこの人は!
なんで俺だけ強制なんだよ!
これだけはいくら一ノ瀬さんでも納得いかん。
『お気持ちはすごい嬉しいのですが、まだ参加できるかわかりませんので勘弁してください』
会社の飲み会に行きたくない人は早めに断るのではなく、行けるかどうかわからない状態にしといて前日とかに行けませんって断った方が案外納得してもらえるよ。
接待飲み会なんてつまらないよね。
無駄にお金払って上司の酒終始注がなくちゃいけないんだぜ?
自分は飲まず食わずで。そんならもう残業代くれよって話。
幸いうちの会社はそんな風潮はないがやっぱり気を遣ってしまうもの。
俺はそのへんな了解に嫌気がさして結構断っていた。
だが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
よし、社会人として非常識な行為だが致し方ない。
『強制参加でもいいですが、ドタキャンするかもしれないですよ?』
『出来るものならやってみなさい。私が許しても他の人はどうかしらね?』
目と鼻の先にいるのにメールで会話するというなんともシュールな光景。
他の人――それはおそらく一ノ瀬さんを取り巻く男たちの事をいっているのだろう。
もちろん飲み会の参加者に女性もいるがほとんどは男性である。
それをドタキャンしましたってなると殺されるかもしれない。
行ったとしても一次会で帰ればいいだけだし、あとは美緒に言っておけば問題ないか。
適当にしゃべって時間が過ぎるのを待つ作戦で行くしかないね。
『わかりました。参加しますよ』
『おお! さすがね!』
こうして強制的に飲み会に参加する参加することになった。
「はぁ‥‥‥」
無意識にため息がついてしまう日だった。
一方、学校での美緒は高鳴と同じくらい面倒なことに付き合わされていた。
それは昨日のラブレターの返事。
時間通りに体育館裏に来た美緒は本当に待っていることに少し驚いた。
「しかし驚いたね、まさか俺以外に美緒ちゃんに手紙出してる人がいたとはね」
「僕も驚きました、あのイケメンで有名な弥右衛門君が手紙だすなんてね。普通にグイグイ行くタイプかと思っていました」
「いや~俺も恥ずかしいっていう感情はあるんだよ。いきなりグイグイいったら嫌われるじゃん? だから手紙が一番無難かなって思ったんよ」
「僕の場合は完全に話せないことが理由で手紙しかなかったんですよ」
行きづらい‥‥‥。
意外にも仲良さそうに会話しているので余計行きづらい。
しかしいつまでも待たせるわけにもいかず意を決して二人のもとへ向かった。
「お待たせしてすみません」
「お~美緒ちゃん! マジで来てくれたんだね!」
「来てくれるだけでもう嬉しいですよ」
幸いな事に野次馬の姿もおらず、この事実はほかの人に知られるリスクは低いと感じる。
隠れているだけかもしれないが。
「えっと、まずはお手紙ありがとうございます。お二人が私に好意を持っていただいてるのは素直に嬉しいです」
男二人は真面目に彼女の話を聞く。
お互いにどっちが選ばれるかのかと心臓が飛び出そうになっているのは美緒は知らない。
「結果から言いますと、お二人ともごめんなさい!」
そう言いっ切ったのと同時に深く頭を下げた。
二人は一瞬で緊張が解けたが事を理解するのに少し時間がかかった。
「どっちとも付き合えないという事?」
「はい」
「理由を聞かせてもらってもいいかな?」
「正直お二人の事よく知りません。あまり知らない仲で付き合うのは少し怖いので」
佐藤は未だショックで言葉を発せずにいた。
「そっか~そりゃ残念だ! 美緒ちゃん返事ありがとね」
見かけによらず意外と聞き分けのいい弥右衛門だった。
こういうタイプは話を聞いてくれないことの方が多いと美緒は思っていた。
「こっちも付き合えたらラッキーみたいなノリだったし、断られるのはしゃーないっしょ。じゃ、これからは友達ってことで」
美緒の肩をポンポンと叩きそのまま校舎の方へ向かっていった。
意外といい人なのかもしれないと彼に対する評価がちょっぴり上がった。
一方の佐藤は――
「あの、佐藤君?」
「あー‥‥‥」
魂を抜き取られたような姿になっていた。
あーこれ絶対めんどくさい奴だと確信した。
「あ、すみません。帰って般若心経唱えてきます」
「は、般若心経⁉」
彼はよろよろ歩きながら校舎へ戻っていった。
校舎には戻ったが魂は戻ってきていない佐藤君だった。
「思ったけど、人を呼んでおいて自分のほうが先に帰るってなかなか失礼じゃない?」
自分でも今更な感じはするがなんか苛立ちが込みあがってきた。
遅くならないうちに帰ろうとしたとき後方で木の枝が折れる甲高い音がした。
「誰?」
直後、靴底と地面が擦れる音。
まさか野次馬がいたなんて。
音の鳴った方へ行って恐る恐る確認したが誰もいなかった。
地面はコンクリートになっているので当然足跡もない。あるのは折れた木の枝だけ。
猫か何かか? だとしても猫の重さで簡単に枝が折れることはないだろうし足音もしないだろう。
そもそも野良猫が簡単に侵入できるようなところはないので猫ではない事を確信した。
そうなるとやはりこの学校の生徒。
ただ単に今の一部始終を見ていただけならば全然気にすることはないのだが、なにか目的があって隠れていたなら放っておくわけにはいかない。
弥右衛門君が仕掛けたわけでもなさそうだし、佐藤君もそんなタイプではないだろう。
探す――というのも考えたがこの学校全学年の生徒数は5千を超える。
その中で探すのは不可能に近い。
「面倒なことにならきゃいいですが。ま、今日のところは帰りましょうか」
***
「で? 返事はどうしたんだ?」
「もちろん断りましたよ」
「実際会ってみての印象は?」
「文面の通りでしたね。一人はチャラい、一人はクソ真面目ってところですかね」
「そ、そうか」
面識もない人からの告白を素直に受けとるほど単純ではないと思っていけども、同時に二人の男性から言い寄られるのは正直すごい。
「返事はいいとして、その場に野次馬がいたんですよね」
「体育館っていうベタなところでやってたらそりゃいてもおかしくはないだろ」
「一人ですよ?」
「一人だけ?」
「おそらく‥‥‥急に足音がしましたし」
「たまたまじゃないのか?」
「仮に普通の野次馬だとして、私に見つかるまいと一目散に逃げますか?」
「逃げるってことはやましいものがあるんだろ」
「そうですよね。そうなりますよね」
美緒は俯き頭を悩ませる。
「生徒ならそのうちわかるだろ」
「うちの生徒5千人もいるんです」
「‥‥‥じゃ無理だな」
おいおい、5千人の学校なんて聞いたことねぇぞ。
一学年約1600人かよ。
うちの会社より人数いるわ。
そこまで多いと顔も名前もしらないまま卒業していくなんてザラじゃないか?
「ただ見てて罪悪感で逃げたのなら気にはしないんですが、もし盗撮等の疑いなら放ってはおけないですね」
「盗撮はいかんよな」
「許すまじ」
有名人も楽ではなさそう。
それに加え美少女とくれば、さぞかし人気は跳ね上がるだろう。
男子高校生は女性に対して本能のまま動くから尚更かもしれないな。
「話は変わるが」
「はい?」
「今週末会社の飲み会に行くことになった‥‥‥」
「断ればいいじゃないですか」
「いや、それが強制なんだよ」
「それパワハラでは?」
パワハラの線引きはハッキリしてないが、飲み会強制参加というだけでパワハラと騒いでしまったら俺が会社に居られなくなる。
なんて説明したところで美緒は納得しないだろう。
「私としては断って欲しいですけど、そういう場で交流するのも大事です。なので今回はしょうがないですね」
「悪いな」
「それはいいとして、大事な事忘れてました」
「大事な事?」
俺がそう聞くと美緒はバッグの中からスマホを取り出した。
「連絡先を聞いてませんでしたね」
「ああ」
「万が一という事を考えると交換せざるを得ません。それに急に飲みに誘われたなんてこともあるかもしれないので」
「そ、そうだな」
そうと決まればすぐにスマホをシャカシャカ振る。
しかし、一生懸命にシェイキングしてる一方美緒は完全にヤバイ人を見る目で俺の事を眺めていた。
「‥‥‥何してるんですか?」
「え? 友達検索だけど」
「私しか交換しないのにふりふりは非効率だと思いますが?」
「だってこれで交換するものなんでしょ?」
「はぁ‥‥‥QRコードという便利なものがありまして」
「え」
「画面に自分のQRコードを表示して読み取ってもらうか、相手のQRコードを読み取れば素早く交換できるんですよ」
「だって会社の後輩には『こうやって楽しく交換するんですよ』って教えられたんだぞ」
「それは高鳴さんに気を遣ったのではないですかね?」
「嘘だろ‥‥‥?」
「そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても」
ガラケー世代の人間にスマホを振るだけで連絡先を交換できる事自体革命的なのに、QRコードで連絡先を交換するというさらに上を行く機能の事は予想できるわけがない。
「ちょっと聞いていいか?」
「なんです?」
「メアドって知ってるか?」
「人の名前かなにかですか?」
「う、嘘だろ‥‥‥?」
「さっきより絶望度がひどい!」
ちょっとジェネレーションギャップ半端ないって!
「ガラケーってあの本体をいちいち畳んだりするめんどくさい奴ですよね? よくあんな電話しかできない無駄なもの作ってましたよね」
「電話しかできないって本来ケータイってそういうものだと思うんだが。今のスマホが機能ありすぎなんだよ。値段も高いし」
「人との連絡をしないときはゲームをしたり動画を見たりできるんですよ? 素晴らしいじゃないですか」
「今のスマホはもはやそれがメインになってるだろ」
「確かにそれはありますけど、技術の進歩ですね。というかスマホの文句言っておきながら高鳴さんもスマホ使ってるじゃないですか」
「これは皆スマホを持っているから俺も持ってないとダメかなって思ってしょうがなく持っているんだよ」
「はやりに乗った小学生ですか」
「ラインで皆やり取りしたりするし俺だけやらないわけにもいかないだろ」
「そういうもんですか?」
「逆に聞こう! 美緒の学校の皆がスマホをもっていったとして、美緒だけ持っていなかったらどうする?」
「どうもしませんけど」
「それでせっかくできそうだった友達が離れても?」
「それは‥‥‥」
「な? な? 誰しもそういう状況に陥ったらそうなるんだよ。流行りに乗っちゃうんだよ」
「くっ! 不覚にも共感した自分が情けないです」
人間は意外にも仲間意識が高い。
『皆やっているのに自分だけ』という感情に簡単に押しつぶされてしまう生き物なのだ。
「とにかくこれで楽に連絡が取れるようになったので、何かあったらいつでも連絡してきてください。私の方からも連絡しますので」
しれっと話逸らしてきたことはあえて触れず、その後もくだらない会話をしながらその日を過ごした。
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