第4話

「八雲さん送ってもらいありがとうございます!」

「いいよ、気にしないで」

「八雲さんも気を付けて帰ってください。ではまた」

「うん。またね」


 家の目の前に到着した直後、互いに挨拶をかわし別れる。

 月雪さんの家までは少し距離があり、ここから自分の家に帰るとなると結構時間がかかりそうだ。

 

「うわぁ、もうこんな時間か。まさかこんなことになるなんて思ってなかったからしょうがないよな」


 電柱も少なく暗いところが多い道を歩き自分の家まで目指し始めた。






「ただいま」


 ああ。なんていい言葉なんだ。

 もう二度と『ただいま』なんて言わないと思っていた。

 そう喜んだのも束の間、玄関には腕を組んで立っている美緒の姿がありその様子はとても不機嫌だった。


「‥‥‥おかえりなさい。遅かったですね」

「ごめん。ちょっと残業してて」

「昨日はこの時間にはもう家に居ましたよね?」

「昨日はたまたまだよ」


 自分でも思うこの白々しさ。

 かなり頭がキレそうなのでこんな嘘もすぐにばれてしまうだろう。


「そうだったんですね。お仕事ご苦労様です」


 全然バレてなかった。

 それどころか不機嫌だったのもいつの間にか治って上機嫌な様子。

 女の子ってこんなにコロコロ機嫌が変わる生き物なのか?

 不思議に思いながらスーツを脱ごうとし始めた時、大事な事を思い出した。


「そうだ、食材買ってこなきゃな」

「それには及びません。私が買ってきました」

「ええ⁉ マジで⁉」


 驚いて冷蔵庫を見ると端から端までびっちり食材が収納されていた。

 ただの冷えた箱から冷蔵庫へ進化していた。

 これだけ入ってたらざっと2週間分はあるだろう。


「これは申し訳ない事をしたな。いくら払ったんだ? 払った分返すよ」

「昨日説明したと思うのですが、家賃以外は負担することになっていますので」

「そういうわけにもいかないだろ、あれだけ買ったらこれぐらいしただろ」


 俺は財布の中から諭吉さんを1枚だし美緒に渡した。

 美緒は驚いた様子で諭吉さんと俺の顔を交互に見た。


「いやいやそんなの受け取れるわけないじゃないですか」


 手を横にブンブン振って拒否をする。

 仕事で買ったのものとはいえ、年下の子に食費払わせた感じになり俺自身が許せない。

 何を言っても受け取ろうとしないので強引に攻めることにした。


「負担するかしてもらうかは雇い主側が決めることなんじゃないのか?」

「そ、それは‥‥‥」

「だから今回は俺が負担する。だから受け取ってくれ」

「はい」


 実はこのルールがあるのを予想していた。

 だって向こうで勝手に負担してるとかしてないとかって結構マズイだろ。

 負担してくれていたのならまだマシだが、逆のパターンで負担していると思っていたら実はしていませんでしたなんて恐ろしくてしょうがない。

 なのでこういうのは雇い主側の申請とか必要になるはずなんだよね。

 美緒自身もそのルールを知っていたから俺の問いに言葉が出なかったのだろう。

 俺が出したお金を美緒はしぶしぶ受け取り茶封筒へしまった。


「では今度から高鳴さんの許可を得てから会社に請求することにします。だまして申し訳ありません」

「いいんだ。俺が遅くなったことが一番の原因だ。気にしないでくれ」

「はい。では早速夕食の準備をしますので高鳴さんは着替えてきてください」

「お、おう」


 美緒はキッチンへ、俺は風呂場へそれぞれ向かった。

 風呂場へ行くと洗濯機の上にやけにきれいに畳んであった俺の部屋着が置いてあった。


「あれ? こんなところに脱いで畳んでたっけ?」


 俺そう独り言を言うとキッチンの方から美緒の声が聞こえた。


「それは私が畳んでおきました。次からちゃんとした所で脱いでくださいね」

「おお、すまない」


 俺が着替えてリビングに座るがなぜか落ち着かない。

 こっちに住み始めてから家に誰かいるなんて初めての事だし、ましてやご飯を作ってもらうとかこの先ないと思っていた。

 初めてまともな食事が今日から食べられる。

 そう思うと少しワクワクしてきた。


「高鳴さんはお酒は飲むんですか?」


 箸と茹でた枝豆とビールをもってきてそんな事を聞いてきた。


「普通に飲むよ。ただ頻繁に飲まないけどね」

「ビールっておいしくなさそうですね」

「確かにおいしくないね。けどなんでだろうね、突然飲みたくなるんだよ」

「おいしくないのにですか?」

「うん。それがビールの良さかもしれないね」


 枝豆と言ったらビール。

 そんな風に思ったのかもしれない。

 世の中の人に枝豆食べるなら必要なものは? と訊かれたらほとんどの人がビールというだろう。


「私未成年なのでお酒は買えません。お酒が飲みたいときは高鳴さんご自身で買ってくださいね」

「もちろんだとも」

「一ついいですか?」

「なに?」

「発泡酒と生ビールの違いって何ですか?」

「そうだな、じゃあなんで刺身は生魚って言うの?」

「それは火が通ってないからですね」

「ビールも同じだよ」

「あ、なるほど」


 なんでそんな事聞いたんだろう。

 昔俺も同じ事気にしていた時期もあったけども。

 同じビールなのに何が違うんだろうって。

 俺が缶ビールのプルタブを開けると、美緒は何も言わずマジマジと見つめる。

 

「私も早くお酒飲みたいです」

「まだダメだからね?」

「わかってますよ」


 高校生くらいにもなればお酒に興味を持つのも不思議じゃないか。

 俺も高校生の頃は酒飲んでみたいなって思ってたし。

 ただ美緒に飲ませることは絶対にしない。

 捕まりたくないし。


 しばらくテレビを見ながら待っていると出来上がった料理が次々運ばれてくる。

 その運ばれてくる料理に俺は驚いた。

 どれもいたって一般家庭で出てくるような品ばかりだが普通に美味しそう。

 高校生でここまで作れる人はなかなかいないと思う。

 さすがは家政婦。伊達じゃないってか。


「驚きました?」

「正直な。ここまで出来ると思ってなかった」

「料理に関しては小学生の時から母に叩き込まれていましたからね。レパートリーは多いです」

「小学生から⁉ すげぇな」


 俺が小学生の時なんて包丁すら握ったことないぞ。

 家庭科の調理実習でも皮むきしかやらしてもらえなかったし。


「その時から家政婦になることは決まっていましたからね。子供の時はわからなかったので、素直に返事をしてしまった事を後悔しています」

「それは気の毒だな」


 料理も出そろったところで二人で向き合いながら食事をはじめる。

 料理を口に運んですぐ、壁にかかっている美緒の制服が目に留まり、聞いておきたいことを思い出した。

 その制服に少し見覚えがあるようなないような。


「美緒はどこの学校に通っているんだ?」

「あ、ちょっと待ってください」


 美緒は自分のバッグをあさり、カードケースを中から取り出して俺に渡す。


「これが学生証です」


 渡されたのはクレジットカードと同じ大きさのカード。

 表には学校名と顔写真と名前、裏には住所が書いてあった。

 今の時代の学生証は手帳ではなくカードとは‥‥‥。

 ほぼ免許証といってもいいレベルのものだ。

 表にデカデカと書いてある学校名を見て俺は発狂した。


「聖尚第一高等学校⁉ あの超有名な難関校じゃないか」


 説明しよう!

 といっても俺もこの学校の事詳しくないのだが、ざっくりいうと並みの人間では入れない天才しかいない高校なのだ。

 数々の著名人を輩出した伝統ある高校なのである。

 第二、第三高校まであっていずれも難関校だ。第一高校の比ではないが。

 テレビの取材もたびたび来ているらしく、おそらくこの学校を知らない学生はいないだろう。

 あと校内にスタバがあるって噂を聞いたことがある。


「そうなんです。私こう見えて頭いいんですよ」


 勝ち誇った顔で俺の顔を見る。

 なんかイラっときたので俺は無視しておかずを口にした。


「‥‥‥しかし、今時の学生証はカードなんだな」

「まあそうですが、これはカードキーでもあります」

「カードキー⁉」

「はい。これを校門に設置されているカードリーダーに触れると誰が何時何分に通ったのかわかるようになっています」

「会社かよ‥‥‥」

「あとは学食のときにもカードリーダーを通しますね。それで毎月食事代が請求される仕組みです」

「もうそれ学校じゃねぇよ」


 驚きの連発だが、この高校がまともではないことがわかった。

 世間一般の学校のほうがまともなんだ。

 自分にそう言い聞かせてなるべく平常心を保った。


「実際に全国からかなりの人が来てますが、ほとんどの人は自分のステータスのためです」

「ステータス?」

「はい。この学校の生徒、または卒業生となれば世の中の人は認めてくれるからです」

「なるほど、それは理解できるな。あの東京の有名大学の学生ですって言われたらすごいって思っちゃうあれと一緒か」

「そうですあれと一緒です。ですが、この学校の人は進学より企業に勤める人のほうが多いですね。あとは起業したりとか」

「へ~」

「私はもう家政婦という職についてますので進路とかどうでもいいですけどね」


 だったらその辺の学校でいいじゃんかよ。

 なんでわざわざおかしな学校に行ったんだよ。


「その学校に進学した理由は?」

「近いからですね。ここに住むようになってからは若干遠くなりましたけど、気にするほどではないです」

「はい」

「その辺の学校に行ってもよかったんですが、遠い学校は行きたくなくて、それに偏差値低い学校に行くと私まで偏差値低くなってしまうので」


 最後ちょっと毒吐いたぞ。

 近いからってそんな全国一の難関校に行くかよ普通。

 そんな軽い気持ちで行けるほど美緒は天才なのか。


「気になったんだけどさ、あの制服についてるバッジはなんだ?」

「アレは入試の成績がトップの人に与えられるものらしいです」

「は?」

「それで新入生代表で挨拶する羽目になったんですよ」

「へ?」

「それで私学校でちょっとした有名人になりまして」

「わかったもういい」


 なんか格が違いすぎてもう話聞きたくない。

 俺はなんちゅう家政婦を雇ってしまったんだ。

 勉強もできて家事もできる。そして美少女という人として完璧。

 呆気にとられたせいか食事の手が止まり、美緒に取られておかずがどんどんなくなっていった。


「有名になったせいかわかりませんが、ちょっと悩みがあるんです」

「悩み?」

「はい。入学式以降なんか男子のアピールがすごいんです」

「まぁ男子は可愛い人には目がないからな。それで皆の前で挨拶なんかしたらそりゃ一目置かれるだろうよ」

「か、可愛い‥‥‥高鳴さんから見ても可愛いと思うんですか?」

「俺から見てもというか、誰が見ても可愛いと思うだろ」

「そ、そうですか‥‥‥フフ」


 もちろんお世辞ではない。

 率直な感想だ。ただ、美人とはまた違う。

 俺の思う可愛いとは、小動物的な可愛さの事だ。

 ハリネズミとか子猫を見た時のあの感じに近い。

 対して美人というのは有名な絵画とか、漫画やアニメの原画を見た時のじっくり見たくなるようなあの感じだ。

 よって美緒は小動物に近いという事になる。


「今日も靴箱にこんなものが入っていました」

「ラブレター‥‥‥また随分古典的だな。しかも2通も」


 今ネットワークが発達している時代の中、紙で思いを伝えるとはなかなか攻めてきたなその子達。

 俺なんか会社の新人に間違って『メアド教えて』って言ったら『メアドって何ですか?』って言われたんだぞ。

 今は『ライン交換しよう』とか『ツイッターフォローするね』だもんな。

 それは置いといて、美緒がもらったラブレターを開けて内容を読んでみた。


 『1年C組 羽月 美緒様

  初めまして。私は1年A組の佐藤と申します。

  単刀直入にいいますと、この佐藤あなたに一目惚れをしてしまいました。

  ですのであなたとお付き合いしたく、この手紙を書きました。

  明日の放課後、体育館裏でお待ちしておりますので返事をお聞かせください』


「う~ん。なんというかこれは黒歴史行きタイプのラブレターだな。まともな文章ではあるんだがな」

「文章的に悪い人ではなさそうなんですが、確かにちょっと痛いですね」

「そして佐藤って下の名前も言わないとどの佐藤君だかわからないだろ」

「幸いな事に、A組の佐藤君は彼しかいないようです」

「ほう。じゃあこっちも開けてみるか」


 もう一通のラブレターも開けてみることに。

 佐藤君のラブレターは便せんというちゃんとしたものだが、今から開けるものはルーズリーフを折り畳んだものだった。

 どれどれ気になる内容は‥‥‥。


『美緒ちゃんチィ~ッス。

 B組の鈴木弥右衛門すずきやえもんだよん。いや~なんでこの手紙書いたかって言うと、俺美緒ちゃん初めて見た時にもう心臓不整脈になっちゃって。まいったな~まさに恋の病! なんちゃって。

 そういう事で俺ら付き合わね? 俺と二人なら二次元から三次元への橋作れるっしょ。

 いきなり声かけてライン交換しよとかツイッターやってる? とか言いにくくてさ、実際そんなことしてきたらマジやべぇ奴じゃん? だからこんなぺらっぺらな紙に書いたってわけ。でも紙はぺらっぺらでも美緒ちゃんに対する想いは広辞苑並みに分厚いかんね。

 あ、これは熱いと厚いかけたってことね。

 美緒ちゃん見てるとほかの女子がレベル低く見えるんだよね~昨日も女子に告られたんだけど美緒ちゃん好きだから無理み~って言って断ったんだよねぇ。

 俺も成績トップで入学してたら美緒ちゃんにモテたかもな~今更になって後悔してるぜ。今から美緒ちゃんのいいとこ全部言うよ? えっとね、まずは――』


「高鳴さんもういいです。聞いてるこっちが辛いです」

「俺も読んでて辛かった」


 本当に難関校に通っている男子なのか疑わしい内容だ。

 そして名前の癖がすごい。

 鈴木までは普通になのに弥右衛門ときたか。

 どちらかと言うとこっちのほうが黒歴史確定だな。


「それで結局どこで待ってるとか書いてありますか?」

「ああ‥‥‥明日の放課後体育館裏でって書いてある‥‥‥」

「マジですか‥‥‥」

「マジです」


 これはおそらく二人同時に返事をしなくてはいけないパターン。

 美緒の立場になって想像するとその状況はかなりめんどくさいな。


「高鳴さん私どうしたらいいでしょうか」

「それは美緒次第だと思うけど」

「この二人のどちらかと付き合ったら高鳴さんは悲しいですか?」

「悲しい? 美緒がこの人ならって思うんだったら俺がとやかく言う筋合いはないだろ」

「ひどいです‥‥‥」

「なんで⁉」

「高鳴さんが何も言わないなら、私どちらかと付き合いますよ」

「い、いいんじゃないか?」

「家政婦の仕事も疎かになってお金の無駄になっちゃいますね」

「そ、それはダメだな」

「ダメ⁉ そうですかダメなんですか!」

「まぁ学生だし男とそういう関係になるのは構わないが、お金をだして雇っている以上疎かにされるのはキツイな」

「ハッキリ言ってください。付き合ってダメなのか、いいのか」

「じゃあダメになるのか?」

「わかりました! 断ります!」


 なんで俺が決めなきゃダメなんだよ。

 そしてなぜか美緒は嬉しそうにしているし、よくわからん。

 ラブレターを読むのに集中していたため、料理をほとんど口にしていない。

 箸を握っておかずを探すも、すでに空。

 美緒に全部取られてしまっていた。


「しっかし、鈴木君の内容はツッコミどころ満載だな」

「もうやめましょう。キリがないです」

「この二人と面識はあるのか?」

「いえ、全くありません」

「じゃあ尚更付き合いづらいよな」

「はい。仲が良くても付き合うつもりはありませんが」

「ガードが堅いね」

「年下とか同級生とかに興味ないんですよ。どちらかといえば結構年上で落ち着きのある人がいいですね」

  

 なんで俺の顔チラチラ見てくるんだよ。

 

「冗談はその辺で、そろそろ食器さげるか」

「‥‥‥そうですね」


 美緒はなぜかムスッとし、乱暴に食器を重ねる。

 これは怒っているのか?

 さっきまで普通だったのに年頃の女の子はよくわからん。

 

「高鳴さんお風呂沸いているので先に入ってください」

「わ、わかった」


 あ、怒ってるっぽい。

 ガチャガチャ大きい音を立てながら洗い物を始める美緒。

 あんまり乱暴に扱うと割れるから丁寧に扱ってください。

 と言いたいところだが言ったらまた怒りそうだからそっとしておくべきだな。

 俺は逃げるように浴室へ入った。




 洗い物を終えた美緒はリビングに戻り、高鳴がお風呂から上がってくるところを待っていた。

 するとテーブルの上に置いてあった高鳴のスマホからアプリの通知音が鳴った。

 本当はダメだと思いつつ、ロック画面に表示されているメッセージをこっそり見てしまった。 

 

 『先ほどはありがとうございました! 無事に家まで帰宅できましたか?』


 相手は『Akari』という人。

 どう見ても女性。

 家族というのも考えたが、敬語を使っている時点でそれはあり得ないと判断。

 だとすれば‥‥‥いや考えたくない。

 それよりも文章から察するにこれは今日の出来事で間違いない。

 この人と何をしていたのか、今日の帰りが遅くなったのも関係しているのかもしれない。


「誰なんだろう」


 そう思えば思うほど胸が苦しくなっていく一方だった。

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