第1話

「今日は何買って帰ろうかな」


 仕事から帰宅途中、今日の晩御飯を考えていた。

 俺は毎日家の近くにあるコンビニで夜ごはんを買って帰るのが日課だった。

 入社したころから立ち寄っているため店員さんにも顔を覚えられてしまったし、何種類もある弁当を食べつくしてしまった。

 いよいよカップラーメンまで制覇しようとしている。自慢にならないが。

 そんなくだらないことを思い返しながら、四角いプラ容器に入ったシーザーサラダとしゃけとツナマヨのおにぎり、それとサラダチキンをレジの前に置いた。

 この4つは自分の中のひそかなブームなのである。 


「ああ! 八雲やくもさんまたそれですか」


 声をかけてきたのはアルバイトの女性月雪つきゆきさん大学3年生。

 ロングヘアーの黒に近い茶髪でギャルとはちょっと違う清楚感も出しつつイケイケ感もだしているそんな感じの風貌だった。

 顔は‥‥‥超絶美人とまでは言わないものの、普通にかわいいと思う。

 化粧で誤魔化しているわけではなくむしろ、本来の顔を生かした薄いメイクをしている。

 俺がちょうどこのコンビニ通い始めたころバイトとして働き始めたそう。

 当時はまだ高校生で大学生になった今でも続けているらしい。

 そう、店員さんに顔を覚えられてしまったというのは彼女の事だ。


「俺の中で今ハマっているんだよ」

「なんですかそれ。ここ数ヶ月ずっとそれですよね」

「ほとんど食べつくしてしまったからな」

「あはは、それはしょうがないですね」


 会話をしながらレジを打つ月雪さん。

 口が動いても手は止めずにスピーディーに捌くかなり出来る人でアルバイトには持ったないくらいの優秀な人材である。

 本人は『慣れたら誰でも出来ますよ~』なんて言ってるが、ノールックバーコード読み取りは慣れてる人でもできない職人技だと思う。

 

「756円になります」


 財布の中から1000円札をだし、彼女に渡す。

 読み取りどころか数字の打ち込みまでノールック。恐ろしい。


「244円のお返しです」


 手のひらを差し出し、お釣りをもらう。

 レジ袋をもって、帰ろうとした時だった。


「あ、あの!」


 月雪さんに呼び止められた。


「なに?」

「毎日コンビニのご飯じゃ栄養が偏りますよ」

「野菜も買ってるし大丈夫だよ」

「もう。そうじゃないんです」

「どゆこと?」

「こ、今度ご飯つ、作りに行っていいですか?」


 月雪さんは目線を下に逸らし顔を赤らめて言った。

 店内には俺と月雪さんの二人しかいないので、誰にも聞かれていなかった。


「逮捕されたくないんでそれは遠慮しときます」

「私成人してますよ⁉」

「お気持ちは嬉しいけど、俺の部屋汚いから大丈夫だよ」

「片付けも含めて、ご飯作りに行きます!」

「いや、本当大丈夫だよ。ありがとね」

「はい‥‥‥じゃあまた」

「またね」


 笑顔で手を振りコンビニを後にした。

 月雪さんはどこか悲しい顔をしていたが、こんな冴えない男の家にあげるなんて月雪さんに失礼だ。

 本音を言うなら受け入れたかったが、相手は大学生。

 ただの顔見知りっていう関係だし、そんな人に部屋の片づけとか料理をやらせるわけにはいかない。

 きちんとそういう職業の人を雇うなら別だけど。



 家に着き、先ほど買ってきた品物を広げて食べ始める。

 テレビもつけてのんびり過ごしていると、今話題になっているドラマがちょうど放送していた。


 それは『家政婦はサンシタさん』というハチャメチャラブコメディドラマ。

 ある主人公に好意を持ったヒロインが主人公の独身男性に無断で契約して家政婦として家に住み始め、主人公は最初は嫌々しながらもだんだん彼女の事を受け入れていく物語だ。

 ただ彼女には欠点があり、家政婦の癖に家事も料理もできないといった実力が三下で、そんなの詐欺だと言ってしまうような内容だ。

 しかし、ちゃんと家政婦だと証明できるものがあるので、詐欺にはならなかったようだが。

 ヒロインが主人公にあらゆることを教えてもらい日々暮らしていく。その途中に恋敵と奪い合いもするシーンもあったりする。

 そのシーンが数回描かれていて、主人公がどっちの女を取るのかと今SNS上で考察がいくつも上がっている。

 瞬間最高視聴率はなんと驚異の40%越え。国民の4割は見ている計算である。

 俺も最初は興味なかったものの、あまりにも話題なので見てみたらどっぷりハマってしまった。

 

 今日はその10話。あと数回の放送で終了するので物語もクライマックスに迫ってきている。

 これは見るしかないと覚悟を決めた俺は冷蔵庫にたまたまあった缶ビールを取り出しドラマにのめりこんだ。

 いよいよ終盤を迎え面白くなってきた!

 ってところで家のインターホンがテレビの音を邪魔した。


「なんだよ、せっかくいいところだったのに」


 よいしょと、重たい腰を上げ玄関へ向かう。

 通販で頼んだものが来たかなと思ったが、最近はネットで買い物なんかしていない。

 となると誰だろう、こんな時間に。

 疑問になりながら玄関を開けた。


「こんばんは! 夜分遅くにすいません。八雲高鳴やくもたかなりさんのお宅で間違いないですね?」


 そこには女子高生らしき美少女が目の前に立っていた。

 恰好は私服で大きめのトートバッグを肩から下げている。


「はい、間違いないですが。えっと‥‥‥どちら様でしょうか?」


 俺にこんな年下の知り合いはいない。

 が、向こうは俺の名前をガッツリ知っている。もしかして遠い親戚か?

 なんで俺のところに‥‥‥?


「私は羽月美緒はづきみおと申します」

「はぁ」


 羽月‥‥‥俺の親戚の中にその名字はいない。

 つまり、彼女とは赤の他人であることが判明。

 いや、親戚とか親戚じゃないとか今はどうでもいい。


「えっと、君はなんで俺の家に? 見たところ初対面だと思いますが」

「詳しい話は中でしましょう!」

「ちょ、ちょっと」


 そういって彼女は俺の許可なく靴を脱ぎ、中へずかずかと入っていった。

 すると彼女は立ち止まって、俺の部屋を一周見渡しトートバッグに入っていた小さなメモ帳を取ってそれになにかを書き留めていた。


「部屋は乱雑‥‥‥と。部屋の広さと生活感から独身確定ですね」

「えと、何してるんですか?」

「部屋を物色してました」

「それはわかってます。そうじゃなくて何をメモしていたんです?」

「これは企業秘密です」


 人の部屋を物色して勝手にメモして企業秘密もクソもあるかよ。


「では、詳細をお話しましょう。どうぞおかけください」

「いや、ここ俺の家なんですが」 

 

 家主よりも先に座った挙句、なんで俺が客人みたいになってんだよ。

 そんな事よりも彼女、ただの学生ではなさそうだな。社会人を相手にかなり肝が据わっている。

 そう思って彼女の事を頭からつま先まで監視していたのだが、それを遮るように話を始めた。


「改めまして、羽月と申します」

「はい」


 すると彼女はトートバッグをあさり、中からハードケースタイプの名刺入れをだした。


「私こういうものです」

「あ、どうも」


 彼女が名刺を出したのでそれを両手で受け取り、次は自分の‥‥‥と思ったが会社での立場は下っ端の分類なので名刺なんて持っているはずがなかった。


「申し訳ありません、名刺を持っていなくて」

「大丈夫ですよ、会社の重要な取引じゃないんですから。それにあなたの事は存じ上げています」

「え」


 渡された名刺を見てみると意外としっかりしていて、とても学生が持つようには見えない。

 どうやら文字の部分を触るとすこし出っ張りがあり、ボコボコしている。


「文字の部分が気になりますか?」


 渡されてからしばらく指で文字をこすっていたため、彼女からみた俺はよほど興味深々に見えたのだろう。


「はい。ちょっとボコボコしていますね」

「特別に教えてあげます。八雲さんお札出してもらえますか?」

「お札?」


 不思議に思いながらも言われるがまま財布からお札を出した。


「人の顔や数字の部分を触ってみてください」


 言われた通り顔と数字の部分を触った。

 触った瞬間、名刺と同じような感触でボコボコしていることに気づいた。

 今までなにも気にしないで所持していたため全然気づきもしなかった。


「ボコボコしていますね」

「そうです。それは凸版印刷といって、文字が飛び出すように印刷されているんです」

「へぇ」

「お札にそれを使われている理由は偽造防止のためです。そしてその技術は世界からみても数少ないものなんです」


 確かに日本のお札の偽造防止は世界から見てもかなり高い技術を使用していると聞いたことがある。

 その凸版印刷も一般の人では絶対にできない技術だとか。


「あとは、そのキラキラ光っているマークもそうですし、お札を光に照らしてみてください」

「なんかピンク色に反射しているものがあるな」

「そうです。それも偽造防止です。偽札を見極めるには凸版印刷、そのピンク色の反射で充分見極められます」

「そうなんですね」

「多分」

「確証はないんかい」


 いやでもいい事を聞いたな、普段目にしているのにそういうのに全く気付かない。

 まさに灯台下暗しだな。


「それで? 名刺とお札になんの関係が?」

「その名刺の凸版印刷も偽造防止のためですよと言いたいだけです」

「数少ない技術をそんなのに⁉」


 いや名刺にそこまでするかよ。

 どんだけ名刺にお金かけてるんだよ。

 まぁそれは置いとくとして。肝心の中身だが、思わず二度見三度見してしまう内容がそこにあった。


『株式会社ホウセケーペー紹介所 同棲部リーダー 羽月美緒』


「部のリーダー‥‥‥あなた部長だったんですね」

「まぁ一般的に言ったらそうなりますね」


 ツッコミどころ満載の名刺だし、一言で言うなら怪しいに限る。

 なんだよホウセケーペーって。なんちゅうネーミングセンスだよ、逆に覚えやすいわ。

 他にも『同棲部』ってのが気になるが‥‥‥。

 つまり何が言いたいのかというと、なんの会社なのか全くわからん。

 紹介所ってことはおそらく人材派遣かなにかだろう。


「何かご質問は? なければ本題に入りたいのですが」

「えっと、結構ありますが、全部いいです?」

「構いませんよ」

「じゃあ、失礼ですが年齢は?」

「16歳です」

「女子高生なのかよ!」

「高校生であり会社員です」


 いやある意味想定内というか、最初はそうだと思っていた。

 だけど会社員である証拠を見せられたら学生だとは思えない。


「いや、16歳で役職につけるんですね」


 そもそも今の時代高校までの学歴がないと会社に入れないだろ。

 どういう経緯でこの会社に入ったのか、質問事項増えちゃった。


「この会社、祖母の会社なんです」

「あ、一族経営か」

「はい。祖母が社長で母が社長代理となっています」

「ああ、説明ありがとう」


 それなら社員になれるのも納得いくな。

 しかしその歳で部長とはたまげたものだ。

 兄弟などはいないのだろうか。あ、また質問増えちゃった。


「兄弟は‥‥‥」

「姉と妹がいます。姉は早くに結婚して旦那さんの実家へいきました。妹はまだ中学生です」


 姉がなんで早く結婚して旦那の方にいったかなんとなく理由はわかる。

 跡継ぎが嫌で向こうに行ったのだろう。長女長男は親の面倒を見なきゃいけないという暗黙のルールが存在するし。

 俺も長男だから親に何度都会に就職せず、こっちに残れって言われたことか‥‥‥。


「もしこの先姉に子供ができ、それも女の子だったらその瞬間この会社に就職決定です。男の子だったら諦めますが」

「うわ、鬼畜‥‥‥」


 ん? 待てよ? 男の子じゃいけない理由ってなんだ? この会社女性限定の会社なのか?


「男の子じゃいけない理由ってなんだ?」

「もう会社の名前を見て把握してるのかと思いましたが、違うんですね」

「いや、全然わかんない。なんの会社なのかもまだ‥‥‥」

「うちの会社は家政婦紹介所なんです」

「か、家政婦⁉」


 紹介所ってのはそういう事か。

 だから女性じゃないとダメなのか。


「男性でも家政婦はいるんじゃないのか?」

「いますが女性のほうが圧倒的に多いが故、なかなか雇ってもらえないのが事実です」

「確かになぁ。男の人はちょっと雇うのに抵抗しちゃうな」

「他にご質問は?」


 ある程度訊きたいことは訊いたのだが、最後にあれだけは絶対に訊いておきたいことがあった。


「会社の由来について教えてほしい」


 なんで名前? 名前なんて別にいいじゃん。と思うかもしれないが、このネーミングセンスに別な意味でしびれたので気になった次第である。


「由来ですか? 名前自体は祖母がつけたのですが、すいません由来までは‥‥‥」

「そうか」

「あ、でも前に英語をもじったとかどうとか聞いたことがあります」

「英語?」


 俺はそう聞いて、いらない紙の裏にとりあえず『ホウセケーペー』をローマ字で書いてみた。

 

 『housekeepe』


「ああ!」

「なにかわかったんですか?」

「いやこれ、家政婦の英語『House keeper』をそのまま読んだだけだろ!」

「言われてみればそうかもしれませんね。そういえば祖母は英語がまったくわからないって言ってましたから」


 なんか単純すぎて気になったのがバカみたいだ。

 なんで英語がわからないのに英語をわざわざもじったんだ婆さん。

 

「え~とそろそろ本題の方に入りたいんですが」

「ああ、ごめんごめん。俺のくだらない質問で随分おしちゃったな」


 そういうと彼女はトートバッグの中からクリアファイルを取り出して、その中から書類をいくつか出した。


「では、私が今回八雲さんのお宅にお邪魔した理由ですが、結果から言いますと家政婦を雇ってはみませんか? というお話をしに来ました」

「そちらが結果から言うならこっちも結果から言わせてもらう。断る。と言いたいがまだ大事な部分について話を聞いていないからとりあえず聞くだけ聞こう」

「ありがとうございます。では八雲さんに家政婦を紹介する理由についてお話します」


 彼女はクリアファイルから出した書類の一枚を俺に見せるように差し出した。


「わが紹介所の家政婦は二つのパターンがあります。それは出勤型と同棲型です」

「違いは何となく分かるが、それぞれの役割について教えてほしい」

「もちろん今からご説明します」


 彼女曰く、出勤型というのは普通の家政婦と同様時間通りに家に来て家事等を行う一般的な家政婦の事で、同棲型というのは字のごとく一緒に住んで家事をする家政婦の事らしい。


「ちなみに同棲型を雇うにあたって条件があります」

「ほう」

「それは、独身一人暮らしであることです」

「雇い主に彼氏彼女がいた場合は?」

「その場合、同棲してなければ条件クリアです」

「さっき部屋を物色してメモしていたのはそれの事か?」

「ご名答です。八雲さんは見事条件をみたしています。彼女がいるかは‥‥‥いやいませんね」

「なんで決めつけたんだよ」


 いないのはあっているが。

 それよりも大事な俺に紹介した理由についてまだ聞いていない。


「それで? なんで俺に紹介するんだ?」

「八雲さんが独身一人暮らし歴5年以上の方だからです」

「ちょっとまて、なんで俺が一人暮らし歴5年って知ってるんだよ」

「言いましたよね? 八雲さんの事は存じ上げてると」

「いやだから理由を‥‥‥」

「八雲さん。念願の一人暮らしはいかかでしたか? 思い通りの生活でしたか?」


 それを言われて思わず動揺してしまった。

 今までの一人暮らしを振り返ってみて、良かったとは言い難い。

 大変な事しかなかったし、お金の部分でも家事の部分でも。


「つまり、八雲さんみたいな一人暮らしに後悔している人に紹介しているんです」

「‥‥‥」

「どうでしょう? 家政婦雇ってみてはいかかですか?」


 年下のそれも女子高生にここまで言われるのは社会人として情けない。

 だが、


「それでも断るのには変わらないな。最初は後悔したけど今は何てことない」

「八雲さんそれは成長したわけではありません。ただ単に慣れただけです」

「なんとでも言ったらいい。それに俺の気持ち以外にお金の問題もある。ただでさえ給料がほとんど残らないというのに、家政婦なんか雇っている余裕なんてない」

「言い忘れてましたが、わが紹介所の家政婦を雇っていただけたら、家賃以外にお金がかかっているものはすべて会社が負担します」

「家賃以外?」

「はい。光熱費をはじめ、食費その他、八雲さんの趣味などです。さすがに税金は無理ですが」

「なに‥‥‥?」


 得いや、それ以上の提案だ。

 家賃、税金は無理といえどそんな大した額じゃない。

 しかしなぜ紹介所程度の小さな会社がそんな事出来るんだ?


「なんでそこまでお得に提供できるんだ?」

「あ、うちの会社はあの賃貸管理メーカーの小西建託のグループ会社なんです」

「ええ! 小西建託ってこのアパートもそうだよな」

「そうです。共同で管理を行っているため、小西建託のアパートを借りた人にはもれなく、家政婦が格安で雇えますよという特典つきなんです」

「いやでも小西建託のアパートなんて全国に何棟もあるだろ、それまかないきれるのか?」

「事業所はうち以外にもあります。ただ」

「ただ?」

「『同棲部』というのはうちの事業所しかありません」


 それを聞いても何も驚かなかった。

 普通に考えて同棲家政婦なんて一般的じゃない。

 考えればわかることだが「家政婦と同棲します」なんて誰が得をするのか、犯罪に巻き込まれる恐れもあるし雇うとすればそういうのが趣味の変態どもしか雇わないだろう。


「これは余談ですが、私の母は同棲家政婦で今の父と結婚して私たちが生まれました」

「どっかで聞いたことあるラブストーリーやめろ」


 どっかで聞いたことあるというか、まさに今話題の『家政婦はサンシタさん』にそっくりじゃないか。

 いや、そんな事今はどうでもいい。


「その同棲部はちゃんと雇われているのか?」

「はい、昔は」

「昔は?」

「今は同棲部所属は現在私一人です」

「なんでだ?」

「結婚してみんな寿退職しました」

「同棲家政婦で?」

「はい」

「いやそんな部署なくしちゃえよ」


 いや、アホだろ。そんなデメリットしかない部署でしかも結婚してみんなやめて人員不足なんて経営者アホかよ。


「部署はなくします。そのため、私が最初で最後の仕事をしなければなりません」

「最初で最後‥‥‥」

「最後の最後まで決まらなければ、違う事業所へ異動します」

「俺が断れば違うところへこの話をするのか?」

「はい」

「もしだ、もし雇い主が君の体目当てでも契約するのか?」

「はい。それで雇い主が契約してくれるなら」


 その言葉に嘘はなかった。

 仕事のためならばなんでもする。

 馬鹿野郎、まだ高校生の子供に仕事させて犯罪に巻き込まれるようなことさせるんじゃねぇよ。


「どうかお願い致します」

「わかった。君を雇ってやる」

「ホントですか⁉」

「ああ。ここで断って君が他で犯罪にでも巻き込まれたりしたら罪悪感半端ないからな」

「じゃあここにサインお願いします」

「話聞いてたか‥‥‥?」

「はい。雇ってくれると」

「そこじゃない」


 彼女は嬉しすぎて俺の話なんて全く耳に入っていなかった。

 早く書けと言わんばかりの様子でペンを差し出してくる。

 サインをする前にある決まり事を言うのを忘れていたので、手に持ったペンを一旦置いた。


「サインをする前に、一つ決まり事を言いたい」

「どうぞ。というかサインしてからでもいいのでは?」

「サインしてからだと『もうサインしてますよね?』って決まり事を聞かないかもしれないだろ」

「私そんなに性格悪くないですよ‥‥‥」

「‥‥‥ま、その決まり事というのはだな、契約をしたら一歩も外に出ないでくれ」

「まさか監禁ですか?」

「ちがぁう! そういう意味ではなくて、ほら君まだ未成年だししかも高校生だろ? もし一緒に住んでいるのが見つかったりしたら面倒だし」

「その心配はありません」

「どうしてだ?」

「私は家政婦であると証明できますし、もし警察に押しかけられたりしたらこの契約書を見せれば何の問題もありません」

「本当でしょうね」

「はい。実際にほかの事業所ではバイトとして学生を雇っている事業所もあります。なので正社員である私は何の問題もありません」

「ならいいんだが」


 一番の心配は俺が警察のお世話にならないかだ。

 未成年を家に誘拐、監禁となれば一瞬で俺の人生お陀仏だ。

 いくら家政婦とは言え心配なのは変わりない、だって第三者からみたら普通の女子高生なんだもの。

 まぁ心配ないというなら大丈夫だろ。

 俺は再びペンをもって欄に『八雲高鳴』と書く。

 書いた後、彼女に渡すと俺の書いた字をマジマジと見続けた。


「字がキレイですね」

「ん? 別に普通だろ?」

「いや、キレイというか達筆です。どうしたらこんなうまく書けるんですか?」

「別に普通に書いてたらそうなった」

「いや習字とか習ってたのならわかりますが、普通こんなに書けないですよ」

「相手に字を見せるんならキレイじゃなくちゃダメだろ」

「なるほど、気持ちですね」

「んまぁ、そんな感じかな」


 もう面倒なのでそういう事にしておいた。

 さてさて契約も終えたことだし、そろそろ彼女にはお帰りいただこう。

 もう午後10時を迎えようとしているので未成年は補導される。ここは車で送って帰ろう。


「じゃあ、もう夜遅いから送ってくよ」

「? 誰をですか?」

「君に決まってるだろ」

「もう契約しましたよね?」

「だから、もう帰るんじゃないの?」

「ですから、今この時から八雲さんの家政婦として同棲します」

「へ?」

「着替えも持参していますので、安心してください」

「そういう問題じゃない」

「どういう問題ですか?」

「ほら、いきなり異性の部屋に泊まりなんて‥‥‥」

「八雲さんは私に何かするつもりですか?」

「馬鹿野郎、そんなわけないだろ」

「ですよね、私も八雲さんの事は信じています。じゃなきゃ‥‥‥」

「じゃなきゃ?」

「な、なんでもありません。とにかく今日からお世話に、いやお世話しますのでよろしくです」

「ああ、わかったよ。よろしくね」


 こうして、お互い握手を交わし契約を結んだ。

 一人暮らしを始めて5年以上の月日が流れた今日、一人暮らしに終わりを告げた。

 ありがとう、一人暮らし君。またどこかで再開できることを祈るよ。

 そして新たな生活を迎えることになったのだった。


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