二十五曲目『闇属性の目的』

「サァサァ、すぐに治療を始めるヨ。医務室に運んだら、ポーションの用意をしてネ」


 ヴァべナロストに到着してすぐ、気を失ったままのロイドさんが担架に乗せられて医務室へと運ばれていく。

 ストラも一緒に医務室へと向かい、静かにドアが閉められた。


「……頼むぞ、ストラ」


 ここから先はストラに任せるしかない。祈る思いでドアを見つめていると、俺たちの帰還を知ったレイラさんと、ミリアが近づいてきた。


「タケル様!」

「うぉ!?」


 すると、ミリアがいきなり俺の胸に飛び込んでくる。

 慌てて抱き止めると、ミリアは俺の胸に額を押し付けながらギュッと抱きしめてきた。


「ちょ、ミリア? ミリアさん?」


 女の子特有の甘い匂いと柔らかい感触にあたふたしていると、ミリアは頬を緩ませながら俺を見上げる。


「ご無事でよかったです……とても心配していました」


 そう言って、ミリアはまた俺の胸元に顔を埋めてきた。

 どうしていいのか分からずに戸惑っていると、やよいがジロッと俺を睨んでいるのに気付く。


「……鼻の下、伸びてる」


 やよいはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向きながら、吐き捨てるように指摘してきた。

 すぐに口元を手で覆って隠し、目を逸らす。

 そこで、レイラさんが苦笑いしながら声をかけてきた。


「英雄色を好む、ってところかしら? おかえりなさい、みんな。無事に作戦を成功したようね」

「英雄じゃないです」


 この状況は別に俺が求めた訳じゃない。そう言い返そうとする前に、レイラさんは真剣な表情で俺たちを見つめてきた。


「それで、何か収穫はあったかしら?」


 収穫、か。あるにはあるけど、どちらかと言うと悪い情報しかない。

 顔をしかめて頷くと、察したのかレイラさんは眉をひそめる。


「どうやらすぐにでも会議をした方がよさそうね。帰ってきて早々だけど、今から聖石会議を始めるわ」


 レイラさんはそう言って、六聖石を集め出した。俺たちもすぐに会議室に向かい、聖石会議が始まる。

 ロイドさんの治療をしているストラとミリアを除いて、六聖石の五人。そこに俺たちRealize、アスワドとアシッドを含めた全員が、会議室で顔を見合わせる。


「さて。今回のロイド救出作戦は無事に成功したでしょうけど……何かあったのよね? 話して貰えるかしら?」


 俺は頷いてから、ことの顛末を報告した。

 マーゼナル王国全土が、闇属性と同化していること。

 地下に非道な研究を行なっている施設があったこと。


 __そして、地下研究施設でおぞましい計画が書かれた資料を見つけたことを話す。


「闇属性は俺たちの世界__異世界に侵略するつもりみたいなんです。その証拠が、これです」


 そう言って俺は魔装の収納機能から、異世界召喚計画と銘打たれた研究資料を取り出して、レイラさんに渡した。

 資料を流し読みしたレイラさんは、目を手で覆いながら首を横に振る。


「……これが、闇属性の目的なんて。どうしてこんなことを」

「理由はどうあれ、止めなければならない。奴は私たちの世界だけでは飽き足らず、タケルたちの世界にまで手を出そうしている。何も関係がない、罪なき者たちを巻き込む訳には行かないだろう」


 レイドはギリッと拳を握り締めながら、力強く言い放った。

 そうだ。理由はどうあれ、闇属性の目的は止めないといけない。

 すると、回ってきた資料を読んだローグさんが顎に手を当てながら、渋い表情を浮かべる。


「うぅむ、なんとも小難しい文章でよく分からんなぁ。ここに書かれている逆召喚とやらで、タケルたちの世界に乗り込もうとしているのは分かるが……」

「模索してるってだけで、肝心の逆召喚の方法が書いてるように見えないわね。そもそも、召喚魔法自体が理解出来ないわ。本当にあるのかも、眉唾ものよ」


 ローグさんに続いて、レンカが訝しげに呟く。

 そこで、ヴァイクがため息混じりに俺たちに親指を向けた。


「なら、タケルたちがどうしてこの世界にいる。タケルたちの存在が、召喚魔法があるというたしかな証拠だろう」

「分かってるわよ。私が言いたいのは、召喚魔法が謎に包まれ過ぎててどうやって止めればいいのか分からないってこと」

「手段が分からんことには、防ぎようがないな」


 やれやれと答えるレンカに続いて、ローグさんもガシガシと後頭部を掻きながら続く。

 止めたくても相手がどうするのか分からないことには、止めることは難しいな。

 考え込んでいると、レイドは立ち上がって俺たちの顔を見回しながら口を開いた。 


「ここで手をこまねいていては、それこそ闇属性の思う壺。相手の動きが分からないなら、もう一度調べるべきではないか?」

「調べるべきって、また調査をしに忍び込むってこと? そういうことなら、俺は反対だねぇ」


 レイドの意見に、アシッドが真っ向から反対する。

 アシッドは面倒臭そうにため息を漏らすと、反対する理由を話し始めた。


「まず、またマーゼナル王国に忍び込むことは不可能でしょ。王国全土が闇属性の手に堕ちている以上、隠密行動は無意味。調べるために足を踏み入れた瞬間、返り討ちになって終わると思うよぉ?」

「ならば、もはや攻め込むまでよ。相手が動く前に、こちらから打って出る」


 アシッドの言う通り、王国に忍び込むのは無理だ。今回の作戦で侵入したことを、闇属性は最初から感知してたからな。

 ローグさんが魔力を漂わせながら不敵に笑い、今にも突撃しそうな雰囲気を醸し出す。

 だけど、そんなローグさんをヴァイクは首を横に振って止めた。


「早急過ぎる。相手の出方を伺うべきだ」

「何、ヴァイク。ビビってるの?」

「……冷静に物事を判断しているだけだ」


 ニヤニヤと笑いながら煽ってくるレンカを、ヴァイクはギロッと睨みつける。

 すると、ヴァイクの意見に賛成なのかレイドは小さく頷いた。


「そうだな、焦りは禁物だろう。最終的に全面戦争になるのは間違いないが、やるにしても準備が整っていない」

「だがレイド。お前がさっき言ったように、手をこまねいている暇はないぞ?」

「分かってます、ローグ様。ですが、充分な準備もなく奴に勝つことは出来ないでしょう」


 段々と意見が分かれ始めた。

 冷静に相手の出方を伺いながら準備を整えるべき、という意見。先手必勝で相手が動く前に決着をつける、という意見。

 どちらにもしっかりとした理由があり、簡単に決めることは出来なかった。


「真紅郎はどう思う?」

「そう、だね。ボクは状況を見定めるべきかな」

「ヘイ、ちょっと待てジャストアモーメント! オレは攻めるべきだ! すぐにでも闇属性をぶっ飛ばして止めた方がいいだろ!」


 俺が話を振ると、真紅郎は思考を巡らせながら答える。

 だけど、ウォレスはバンッとテーブルを叩きながら立ち上がり、反対した。

 でもそこで、やよいが呆れたように肩をすくめながらウォレスに目を向ける。


「あたしは準備を整えた方がいいと思う。焦っても仕方ないでしょ?」

「……猶予がないかも。ぼくは、攻め込んだ方がいい」


 サクヤはウォレスに賛成のようだ。

 Realizeでも綺麗に意見が真っ二つになったな。

 チラッとアスワドの方を見ると、つまらなそうに欠伸をしている。そんな態度にイラッとしつつ、アスワドにも意見を求めてみた。


「アスワドはどうだ?」

「あぁ? 俺はどっちでも関係ねぇ。どちらにせよ、俺がやることは変わらねぇからな」


 そう言ってアスワドは俺を真っ直ぐに見つめて、不敵に笑う。


「__俺がやることは、やよいたんを守ることだ。この世界がどうなろうと、てめぇらの世界がどうなろうと、関係ねぇ。やよいたんさえ無事なら、それでいいんだよ」


 なんともアスワドらしい、自分勝手な考えだ。アスワドの意見は参考になりそうにないな。

 じゃあ、俺はどうだろう?

 闇属性がやろうとしていることは、すぐにでも止めたい。でも、闇属性がどう動くのか分からない以上、闇雲に攻めても勝ち目がなさそうだ。

 様子見するか、攻め込むか。どうするべきなのか考えていると、会議室に一人の男が入ってきた。


「いやはや、遅れまして申し訳ありませんでした。ユニオン本部に届ける手紙を書いてて、遅くなってしまいました」


 入ってきたのは白金色の長い髪を結んだ、眼鏡をかけた男性。

 <エルフ族>の中でも長命な<ハイエルフ族>でユニオンの総指揮、シリウスさんだ。

 シリウスさんは申し訳なさそうにペコペコと頭を下げながら笑みを浮かべると、アシッドに気付いて声をかける。


「おや、アシッド。こちらに来たのですね。マーゼナル王国の調査とロイド救出作戦の手伝い、ご苦労様でした。それで……今はどういう状況なのでしょうか?」 


 来たばかりで状況が飲み込めていないシリウスさんに、ここまでの経緯を説明した。

 すると、シリウスさんは顎に手を当てて考え込みながら、研究資料を手に取って目を通し始める。


「ふむふむ、なるほど……」


 小難しく長い文章をスラスラと読み終えたシリウスさんは、眼鏡を指で押し上げながら俺たちに向かって言い放った。


「__これはマズイ状況ですね。すぐにでも手を打たないと、取り返しのつかないことになります」


 キッパリと言い切ったシリウスさんに、この場にいる全員が閉口する。

 そして、シリウスさんはツラツラと流れるように説明を始めた。


「まず、この計画ですが……逆召喚魔法の方法を模索していると書かれているだけで、その方法が明記していないように見えます。ですが、間違いなくその方法を奴らは見つけてますね」

「え!? それ、本当ですか!?」


 資料を読んでもそんな風には見えなかった。俺たちが目を見開いて驚いていると、シリウスさんは深刻そうに頷いて肯定する。


「えぇ、本当です。いくつかの方法を考えていたようですが……たった一つ、確信を持っているような文体の記述がありました」

「シリウスさん、その方法とはなんですか?」


 レイラさんが聞くと、シリウスさんは一度話を止めてから答えた。


「__この世界の全て・・と、同化すること。それこそが、逆召喚魔法を行う上で必要なことのようです」

「この世界の全てと、同化する? それってつまり……」


 この世界を滅ぼすのと、同義だ。

 愕然とする俺たちに、シリウスさんは資料に目を通しながら話を続ける。


「この世界の生きとし生けるもの、その全ての魔力と同化する。言葉通り、闇属性は世界そのもの・・・・・・となることで、逆召喚に必要な力を得るつもりのようですね」

「そんな……闇属性はこの世界を滅ぼしてまで、俺たちの世界を掌握するつもりってことなのか……ッ」


 ダンッ、とテーブルを殴りつける。

 あいつはそこまでして、どうして俺たちの世界を狙うんだ。

 シリウスさんは真剣な表情で、俺たち全員の顔を見回した。


「しかも、その準備はほぼ終わっているようです。時間がありません、決断すべきです」


 そう言ってシリウスさんはレイラさんに目を向ける。

 最終決定権は、レイラさんだ。

 レイラさんは深く息を吐いてから、意を決したように口を開いた。


「__様子見はなし。早急に準備を整え、止めに行きましょう」


 今すぐに打って出るんじゃなく、しっかりと準備を整えた上でこちらから攻め込む。

 そう決めたレイラさんは立ち上がると、すぐに指示を出した。


「これから私たちに協力してくれる人たちに伝令を出し、集結させます。レイド、騎士たちに戦争の準備をさせなさい。ローグ、ヴァイク、レンカは協力者たちに伝令を。タケルたちは一度体を休め、英気を養って。シリウスさんはユニオンの方へ指示をお願いします」


 会議は終わり、全員が動き出す。

 俺たちはレイラさんに言われた通り、部屋に戻って体を休めることにした。


 とうとう、始まる。マーゼナル王国__闇属性との、全面戦争が。





 

 


 


 

 

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