二十四曲目『マーゼナルからの脱出』
「誰もがきっと夢追い人 遥か先へと飛び立ちたい」
ワイバーンに乗ったローグさんとヴァイクが地面に降り立つ中、俺はCメロの歌詞を歌い始める。
早く脱出した方がいいとは思う。でも、さっきの一撃である程度は片付けたけど、また地面から黒いヘドロが蠢いてモンスターの形になろうとしていた。
もう少しだけ敵を減らしてから、脱出しよう。そう思いながら、マイクに向かって歌声をぶつける。
「キミが求めた
ラストに向かったどんどん盛り上がっていく演奏に呼応するように、歌声に熱が帯びていく。
チラッとアスカさんの方を見ると、アスカさんは剣を薙ぎ払って兵士たちを斬り飛ばしながら俺たちに向かって優しく微笑んでいた。
「ここは私に任せて。みんなは隙を見て、脱出してね」
アスカさんの言葉に頷いて返してから、Cメロの歌詞を歌い上げる。
「諦めたくないなら 走り出して 今日がその日さ」
Cメロが終わり、ラストのサビに入る直前。
盛り上がっていた演奏がピタリと止まり、一瞬の静寂が流れる。
そして、ゆっくりと吸い込んだ息を全て吐き切りながら、ラストのサビに入った。
「Today is the day 赴くままに 歩き続けて」
すると、アスカさんは剣をまるで指揮者のように構え、魔力と剣身を一体化させる。
込められた魔力は今まで以上に多く、だけど洗練されていた。
アスカさんは深く息を吐くと、地面を蹴って走り出す。
「Best of luck 心のままに 信じた道へ」
サビを歌い上げると同時に、アスカさんは紫色の光を放つ剣を思い切り振り上げ、声お張り上げた。
「__<レイ・スラッシュ!>」
振り下ろされた剣は地面を砕き、音の衝撃と共に紫色の巨大な斬撃が伸びていく。
英雄アスカ・イチジョウの本気の一撃。巻き込まれた兵士たちが、一直線に割られた地面に落下していった。
そして、ウォレスと真紅郎、サクヤの演奏が止まる。最後に、やよいのソロギターが奏でられ、俺はラストのフレーズを囁くように歌い上げた。
「Today is the day……」
やよいのアコギによるアルペジオで演奏が終わり、ライブ魔法の効果が切れる。
アスカさんの一撃によって敵は一掃され、脱出する絶好のチャンスが生まれた。
俺たちが演奏を終えたのを確認してから、先にワイバーンに乗っていたレイドが声を張り上げる。
「今しかない! 脱出するぞ!」
俺たちとアシッドが急いで乗ると、ワイバーンは翼を大きく羽ばたかせながら勢いよく飛翔して空へと舞い上がった。
アスカさんの方を見ると、その姿が徐々に薄れていっている。
「あ、アスカ! お前も__ッ!」
そこで、レイドさんと一緒にワイバーンに乗っていたロイドさんが、アスカさんに向かって叫んだ。
痛む体を堪えて、ロイドさんは必死にアスカさんに向かって手を伸ばす。
だけど、アスカさんは小さく笑みをこぼしながら、後から追いかけてきた兵士たちに向かって剣を構えていた。
「あ、アスカ……」
「大丈夫だよ、ロイド」
ロイドさんに背中を向けたまま、アスカさんは頬を緩ませる。
「__また会えるから」
そう言って、アスカさんは兵士たちに向かっていく。
ワイバーンはどんどん空へと向かっていき、兵士たちと戦っているアスカさんの姿が遠くなっていった。
「あ……す、か……」
それでも、ロイドさんはアスカさんに向かって手を伸ばす。
掠れた声でアスカさんの名前を呟くと、ロイドさんは力なく手を垂れ下げながら気を失った。
そして、アスカさんの姿が幻のように霧散する。ライブ魔法の効果が完全に切れたみたいだ。
そのまま俺たちはワイバーンに乗って、城下町から離れていく。今のところ追っ手はいない。
ようやく一息吐けそうだな。俺は深いため息を吐いて、空を見上げた。
「あー、疲れた」
「あたしもクタクタ……地下水道の臭い、全然取れないし。早くお風呂入りたい……」
俺だけじゃなく、やよいたちも疲労感を滲ませながらため息を吐く。
そこで、レイドがやれやれと肩をすくめながら声をかけてきた。
「ヴァべナロストに戻るまでは、まだ油断しない方がいい。闇属性の魔の手がどこまで届くか分からないからな」
たしかにそうだな。一度緩んだ気持ちを引き締め直すと、ローグさんとヴァイクが声をかけてくる。
「だが、よくやったな。あとはワシたちに任せておけ」
「あぁ、何かあった時は俺たちで対処する。お前たちは少し休んでいろ」
ローグさんとヴァイクのお言葉に甘えて、目的地に着くまで少し体を休むことにしよう。
一応、警戒を解かずに体を休めていると、古屋がある森に戻ってきた。
ワイバーンは木々を避けながら、低空飛行で森を進んでいく。
すると、森を抜けて開けた場所にたどり着き、そこにはすぐにでも出発出来る準備をしている機竜艇が見えてきた。
「おーい、こっちだ! すぐに乗り込め!」
機竜艇の甲板にいたのは、ベリオさんだ。
ベリオさんは俺たちに気付くとブンブンと手を振り、すぐに操舵室に戻っていく。
ワイバーンが甲板に降り立つと、機竜艇はうなり声のような音を響かせながら動き出した。
「全員乗ったな!? よし、機竜艇発進!」
伝声管からベリオさんの声が聞こえてくると、機竜艇は大きな両翼を広げて空へと浮かび上がる。
ヴァべナロストに向かって、機竜艇が発進した。甲板からどんどん遠くに離れていくマーゼナル王国を眺めてから、俺たちは急いで気を失っているロイドさんを船内に運ぶ。
「ヤァヤァ、おかえり。どうやら作戦は成功したみたいだネ。サァサァ、こっちに運んで運んで」
俺たちを出迎えたのは、ストラだった。
ストラの案内で船室にロイドさんを運び、ベッドに寝かせる。
ロイドさんの状態を見たストラは、ムムッと眉をひそめた。
「オヤオヤ、これは酷いネ。ポーションは飲ませたんだよネ?」
「あぁ。だが、それでも極度の疲労と拷問を受け続けた傷が酷くて回復が遅くなっている。むしろ、この状態で生きていたことが驚きだ」
ストラの問いに答えたレイドは、気を失っているロイドさんを尊敬するような眼差しで見つめる。
「フムフム、ポーションを飲んでこの状態とは……かなり危険だヨ。ヴァべナロストに戻ったら、すぐに処置をしないとネ」
「ストラ、ロイドさんを救えるか?」
話を聞いて心配になった俺が聞くと、ストラはニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
「体はボロボロ、精神もかなり痛めつけられているネ。でも……」
そう言って、ストラはロイドさんの手を指差す。
ロイドさんの手には、マイクが握られている。強く、硬く、絶対に手放さないという意思を感じられた。
「意思と心が折れていない。こういう人間は、そう簡単には死なないヨ。と言っても、危険なことには変わりないけどネ」
「……頼むぞ、ストラ」
「ハイハイ、任せて頂戴ネ」
ストラはヒラヒラと手を振りながら、ロイドさんの傷の手当てを始める。
ロイドさんのことはストラに任せて船室を出ると、アシッドが物珍しそうに船内を見渡していた。
「いやぁ、本当に凄いねぇ。機竜艇、だっけ? こんなのがあるなんてねぇ」
「そういえばアシッドも一緒に来たんだな。ユニオンは大丈夫なのか?」
「あんな状態で残されても困るよぉ。あの様子だと、マーゼナル支部のユニオンメンバーも闇属性に飲まれているだろうからねぇ。このままタケルたちと一緒にヴァべナロストに行って、シリウスさんに指示を仰ぐことにするよぉ」
アシッドはため息混じりに肩をすくめる。たしかに、あんな状態のマーゼナルに残っていたら、アシッドも闇属性に飲み込まれるな。
そんなことを話していると、レイドが俺に声をかけてくる。
「タケル、貴殿に聞きたいんだが……ライブ魔法で召喚された女性は、英雄アスカ・イチジョウで間違いないな?」
「え? あぁ、そうだけど……」
「そうか、やはりそうなのか」
レイドはふむ、と頷いて顎に手を当てた。
「しかし、当時と姿が全く変わらなかったが」
「あのアスカさんは俺たちの魔力で、英雄としての姿を構成してるからな。そこに、アスカさんの魂が入って動いているんだよ」
「なるほど……ちなみになんだが、アスカ殿以外にも召喚することは可能なのか?」
レイドの疑問に、俺の代わりに真紅郎が答える。
「いや、それは無理だよ。ボクたちが演奏した曲は、元はアスカさんの曲なんだ。あの曲と強く結びついているアスカさんの魂しか、召喚することは出来ないよ」
「そうか……いや、それでも破格の力ではあるな」
真紅郎の説明で納得したのか、レイドは満足げに頷いた。
そこで、話を聞いていたアシッドが割り込んでくる。
「それにしても、タケルたちのライブ魔法ってなんでもありだねぇ」
「ハッハッハ! 当たり前だろ?
「……音楽、最強」
自慢げに笑うウォレスに続いて、サクヤは親指を立てた。
それから俺たちは色々と語り合い、機竜艇はヴァべナロストへ向かっていく。
色々あったけど、とりあえずロイド救出作戦は誰も怪我することなく、無事に成功を収めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます