十三曲目『六聖石との情報共有』

 __パァン。


 ヴァべナロストに到着した俺たちを出迎えたのは、そんな乾いた音だった。

 痛そうな音に思わず目を閉じていた俺は、ゆっくりと瞼を開ける。

 すると、そこには手を振り抜いた体勢のレイラさんと、左頬を手で抑えたミリアの姿。


「__この、バカ娘! どれだけ心配したのか分かってるの!?」


 レイラさんは怒りに顔を真っ赤にしながら、ミリアに向かって怒鳴る。

 ミリアは顔を俯かせたまま黙り込んでいると、レイラさんはまた手を振り被った。


「待て、レイラ」


 もう一度ミリアに平手打ちをしようとしたレイラさんを、無精髭に仏頂面の男__ヴァイクが腕を掴んで止める。

 止められたレイラさんは、キッとヴァイクを睨みつけた。


「離しなさい、ヴァイク。女王・・命令です」

「いや、それは聞けない……仲間・・としてな」


 女王として命令するレイラさんと、仲間として止めたヴァイク。

 対立した二人が睨み合っていると、コホンと咳払いしながら一人の男が割って入った。


「二人とも、落ち着け。ここで争っていても無意味だ」


 金髪の高貴さを感じさせる容姿の男、レイドは二人の顔を見ながらため息を漏らす。

 それでも二人が睨み合っていると、ミリアが静かに口を開いた。


「いえ、いいんです。お母様の言う通り、私が悪いのですから」


 ミリアはそう言うと、レイラさんに深々と頭を下げる。


「勝手なことをして、申し訳ありませんでした」

「……はぁぁ。ミリア、あなたはガーディ__闇属性に狙われている存在。それに、このヴァべナロストの王女で、魔法研究所の副所長でもあるのよ。国にとって、あなたの存在は必要不可欠。聡明なあなたなら、分かっているでしょ?」


 素直に謝ったミリアを見て、レイラさんは深いため息を吐きながらやれやれと頭を振った。

 レイラさんの言っていることは正しい。ミリアの存在は、この国になくてはならない。

 だからこそ、ミリアは何も言わずに頷く。

 すると、レイラさんは「それに」と呟いてから、優しくミリアを抱きしめた。


「ガーディとリリアがマーゼナルにいる今、私に残された家族はあなたしかいないのよ?」


 リリアはミリアの双子の姉、マーゼナル王国の王女だ。

 夫であるガーディは闇属性によって操られ、リリアは闇属性の影響か分からないけど狂気に染まっている。

 それでも、レイラさんにとってガーディとリリアは家族。その二人がマーゼナルにいる今、レイラさんにとってミリアはたった一人の残された家族だ。

 ミリアの癖っ毛の髪を撫でながら抱きしめるレイラさんに、ミリアは頷いて涙を流す。


「はい……ごめんなさい、お母様」

「まったく、困った子ね。本当、誰に似たのかしら?」


 微笑ましい家族の光景を眺めていると、ヴァイクがボソッと呟いた。


「間違いなく、お前だろ」

「こら、ヴァイク」


 大人しそうに見えて意外とお転婆なミリアが誰に似たのかと言われれば、レイラさんに違いない。

 レイドに軽く肘で突かれたヴァイクは、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「さて、ミリア。私はまだ、あなたを許した訳じゃないわ。あとでゆっくりと説教するから、覚悟しておきなさい」

「……はい」

「よろしい。それじゃ、あなたは部屋に戻って。私が行くまでそこで待ってること」

「分かりました」


 レイラさんの言葉に大人しく従ったミリアは、俺たちに小さく頭を下げてから城の中に入っていく。

 ミリアを見送っていると、レイラさんが気を取り直したように俺たちに声をかけてきた。


「さぁて! タケルたちもおかえりなさい! それで、何か成果は得られたかしら?」

「成果、ですか。そうですね……」


 俺は顎に手を当てて、考える。

 今回の旅で俺たちは、多くの出来事があった。

 まず、ライラック博士とジーロさんから教えて貰った、闇属性の本来の力について。

 それと、二人が作った闇属性への対抗策、魔臓器を保護する薬のこととそのレシピについても話す必要がある。

 他にも災禍の竜を__セレスタイトへと生まれ変わった竜が仲間になったこととか、どこから話していいか分からないな。


「とりあえず、色々あったんで……<六聖石>を集めて貰っていいですか? そこで全てをお話ししますので」


 六聖石とはこのヴァべナロストが誇る、選ばれし六人の騎士の総称だ。

 闇属性との戦争で、間違いなく主戦力になる六人全員に情報を共有した方がいいだろう。

 そう思ってレイラさんに言うと、コクリと頷いて口角を上げる。


「なるほど、相当重要なことがあったようね。分かったわ、すぐに集めて<聖石会議>を始めましょう。みんな、準備して!」


 俺の表情から察したのか、レイラさんはすぐにこの場にいる全員に指示を出した。

 俺たちも顔を見合わせてから、城に入る。

 そして、休む暇もなく会議室に俺たちは集められた。


「__これより、聖石会議を執り行う」


 ルビーの宝石が付いている純白のマントを左肩にかけたレイラさんが、硬い口調で言い放つ。

 会議室にいるのは俺たち五人とキュウちゃん、他にはレイラさんを含めた六聖石の六人と、暇そうに欠伸をしながら足を組んでいるアスワド。

 合計十二人いる会議室で、聖石会議が始まった。


「今回の議題はタケルたちが持ち帰ってきた情報の共有と、ロイド救出作戦の流れを決めていくわ」


 レイラさんがそう言うと、青紫色の宝石タンザナイトが付いているマントを纏ったヴァイクが、腕組みしながら口を開く。


「……まずは、タケルたちの話を聞こう。タケル、いいか?」


 ヴァイクに呼ばれた俺は頷いてから、最初は闇属性について話した。

 

「俺たちがシームでお世話になっていた人たちが、闇属性の本来の力を暴いたんだ」

「ホウホウ? 闇属性の本来の力ネ。非常に興味深いヨ」


 俺の話に一番最初に食いついたのは、緑色の宝石エメラルドが付いたマントを纏ったストラだ。

 魔法研究所の所長のストラなら、すぐに反応すると思った。予想通りの反応に苦笑しつつ、俺は話を続ける。


「闇属性の力は人に侵食することじゃなくて、同化・・らしいんだ」

「同化……そうか、同化だったのカ。フムフム、なるほどネ。納得したヨ」


 簡単に話しただけなのに、ストラはニヤニヤと笑いながら納得したように何度も頷いていた。

 さすがは魔法研究の第一人者、たったこれだけですぐに理解したみたいだ。

 ストラは俺たち全員を見渡しながら、口を開いた。


「闇属性の魔力を浴びた者は、皮膚を侵食されていた。だが、私はずっと疑問だったんだヨ。侵食するにしては__魔力の動きがおかしいとネ」

「動きがおかしい? どう言うことだ、ストラ」


 ストラの話に蒼い宝石サファイアが付いたマントを纏ったレイドが、首を傾げながら問いかける。

 すると、ストラはにやけた顔で説明し始めた。


「マァマァ、そんな急かさないでヨ。闇属性の魔力を浴びた時、侵食であれば徐々に魔力が移動していく。だが、実際はまるで__闇属性と合成し、吸収されるようだった」


 何が違うのかと全員が疑問を浮かべる中、真紅郎だけが「そうか」と呟く。


「光合成と、同じ」

「ウムウム、そういうことだヨ」


 真紅郎の言葉に、ストラは満足げに頷いた。

 ますます分からない。だけど、二人はそれで通じ合っているのか、そのまま話を続けていた。


「つまり、闇属性は自身の魔力と相手の魔力を合成して、取り込む。光合成……代謝過程と同じですね」

「ソウソウ、侵食とは違うものだとは思っていたけど、同化と聞いて納得したヨ。調べ上げたその研究者、是非とも研究所に来て欲しいネ」


 俺たちにも分かるように説明して欲しいけど、長くなりそうだからやめておこう。

 とにかく、闇属性の本来の力は同化。それだけ分かっていればいい。

 コホンと咳払いしてから、次はライラック博士たちが作った薬のことを話す。


「そこで、ライラック博士たちは薬を作ったんです。闇属性に同化されないように、魔臓器を覆う薬を。これがその薬のレシピです」


 魔装の収納機能から羊皮紙を取り出し、ストラに渡した。

 ストラは羊皮紙に書かれたレシピを見て、目を輝かせる。


「素晴らしい! これは私とは別の観点から構築された、新たな配合! そうか、この素材を組み合わせるとこういう働きになるのか……」


 ブツブツと羊皮紙を眺めながら呟いていたストラは、ふと真剣な表情を浮かべて俺の見据えた。


「タケル、この薬は……」

「あぁ。薬を飲めば闇属性に対抗出来るけど、その代わりに魔臓器の成長は見込めなくなる」


 レシピを見ただけで薬の副作用、魔臓器の成長が永久的に出来なくなる。しかも、魔臓器を損傷すれば、二度と治らない。

 その話をすると、会議室に重苦しい空気が流れていった。


「……だが、それを飲めば闇属性への耐性が出来る。そうなんだろう、タケルよ」


 そこで、白髪をオールバックにした、隻腕の老年の男__ローグさんがジロッと俺を見ながら聞いてくる。

 頷くと、ローグさんはシワだらけの顔でニヤリと笑いながら、ダイヤモンドが付いたマントをはためかせて立ち上がった。


「ならば、ワシは遠慮なく飲ませて貰おう! なぁに、年老いたワシには関係ない。これから始まる戦が、ワシの最後の戦場だ。成長も何もないからな」


 ローグさんが薬を飲むことを決めると、他の全員も同時に頷く。

 そして、虹色の宝石オパールが付いてるマントを纏った、長い黒髪の妖艶な女性__レンカがため息混じりに口を開いた。


「はぁ。私はまだ若いから、本当なら飲みたくないんだけどね」

「……別に、強制じゃないぞ」


 ヴァイクが不敵に笑いながら言うと、レンカは肩をすくめる。


「冗談言わないでくれるかしら、ヴァイク。闇属性に飲み込まれるなんて、私はごめんよ。それに魔法が使えなくなっても、私ぐらいの美女ならすぐに結婚して戦いから身を引くし」

「その傲慢な性格を治さないことには、嫁の貰い手が現れないと思うが?」

「うるさいわよ、ヴァイク。あんただっていつまで独身でいるつもりなのよ」

「さて、な」


 からかうように笑うヴァイクを、レンカは不満げに睨んでいた。

 なんとなく、お似合いな二人だな。そんなことを考えつつ、俺は次の話題に入る。


「あと、もう一つ。なんて言っていいか分からないんですけど……」


 そう言って俺は、みんなに見えるようにテーブルに赤い鉱石を置いた。

 首を傾げるみんなに俺は、意を決したように話す。


「この中にセレスタイト__生まれ変わった災禍の竜がいるんです」


 災禍の竜と聞いて、六聖石はガタッと警戒体制に入った。

 まぁ、そうなるよな。苦笑いを浮かべながら、俺は事の経緯を語った。

 話を聞いた六聖石は納得したのか、警戒を解いてため息を吐く。


「まさか、災禍の竜……いや、セレスタイトが仲間になるとはな」

「どちらにせよ、心強い仲間ね。闇属性との戦争で戦力になるのは間違いないわ」


 レイドが頬を引きつらせて笑いながら言うと、レイラさんが嬉しそうに頬を緩ませる。

 災禍の竜ほどの力があるかは未知数だけど、一緒に戦ってくれれば戦力として申し分ないはず。

 これで、俺たちが旅をして手に入れた情報は全て話し終えた。

 すると、レイラさんは「さて、と」と言いながら、姿勢を正す。


「じゃあ、次はロイド救出作戦について話し合いましょう」


 ここからが本番だ。

 ロイドさんを救出する今回の作戦は、言うなれば闇属性との戦争の前哨戦。

 気合を入れ直してから、俺たちは会議を続けた。



 



 

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