十四曲目『作戦前夜』

 議題がロイド救出作戦についてになると、レイラさんはチラッと暇そうにしているアスワドの方に目を向けて口を開いた。


「さて、ロイド救出作戦のことだけど。この作戦は出来るだけ、マーゼナル王国……闇属性との接敵は避けた方がいいわ。だから、必然的に隠密をしなくちゃいけない。そこで、アスワドさん」

「ハンッ、俺様の出番ってことだな」


 アスワドは目を閉じたまま鼻を鳴らしてニヤリと笑うと、ボキボキと首の骨を鳴らして立ち上がる。


「俺たち黒豹団は、盗賊だ。派手な戦闘は嫌いじゃねぇが、基本的に直接戦闘は避ける。てことで、俺からてめぇらに隠密の基礎を教えてやるよ」

「コソ泥のか」

「あぁ!? てめぇ、赤髪! 誰がコソ泥だ、こらぁ!?」


 自慢げに話すアスワドに対して俺がボソッと言うと、聞こえたのかアスワドはギロリと俺を睨んできた。

 そのまま睨み合っていると、やよいがため息混じりに間に入る。


「ちょっと、二人とも。今は喧嘩してる場合じゃないでしょ? タケルもいちいち挑発しない! アスワドも!」

「……悪い」

「……フンッ」


 やよいに嗜められた俺たちは、同時にそっぽを向いた。

 それから、アスワドは気を取り直すように話を続ける。


「まず、気配を消す方法だ。ちょっとしたコツがあってな、相手に生き物だと認識させなければいい」

「ヘイ、アスワド。どうやってだよ?」

「ま、簡単に言えば息を浅く、長くするんだよ。呼吸音、心音、足音、全ての音を最小限に抑える」


 簡単に言えば、と前置きしてるけど簡単じゃないんだよな。

 すると、アスワドが口角を上げた。


「そうすると……シエン」

「__はいッス」


 アスワドが声をかけると、レイラさんの背後からヌッとシエンが現れる。

 気配も音もなく突然現れたシエンに、俺たち全員驚いて目を見開いた。


「い、いつの間にいたの……?」

「最初からッス。ダメッスよ、女王様。例え仲間がいたとしても油断しちゃ」


 唖然としているレイラさんに、シエンは口布の下でクスクスと笑みをこぼす。

 この部屋にいる人たちは全員、かなりの実力者だ。それなのに、誰もシエンがいることに気付かなかった。

 なるほど、これが黒豹団としての真の力ってことか。


「黒豹団に入るには、まず気配を消すことが出来ないといけねぇ。習得に時間はかかるが、そんな暇はねぇだろ? だから、基礎の基礎を叩き込む。やらねぇよりマシだろ」


 アスワドは肩をすくめながらそう言うと、俺たち全員を見渡しながら腕を組んだ。


「とにかく、時間がねぇ。すぐにでも隠密のコツを教える。作戦に参加する奴全員、外に出ろ。このアスワド様が指導してやるよ」


 今回作戦に参加するのは、俺たちRealize五人。そして、レイドだ。

 俺たち六人は外に出て、アスワドの指導を受ける。


「気配を消す方法はさっき言った通りだ。他にも同じ側の手と足を同時に前に出す。こうすることで衣ずれとか足音を抑えられるな。あと、すり足で歩け」

「ナンバ歩き、だね」


 アスワドの指導に、真紅郎が頷きながら補足する。

 聞いたことあるな。たしか、江戸時代の人とかがやってた奴だ。

 アスワドに言われた通りに呼吸を浅く、すり足をしながらナンバ歩きで歩く。意外と、難しいな。

 そこで、アスワドから喝が入った。


「おい、赤髪! そんなんじゃすぐに見つかるぞ! もっと素早くだ、このノロマ! あ、やよいたんはいい感じだぜ! 天才だな! どう? 俺と一緒に黒豹団に……」

「お断りしまーす」


 俺たちには厳しく、やよいには優しい指導。腹立つけど、アスワドの指導は的確だ。

 こんな感じでアスワドによる隠密修行は三日ほど行われ、俺たちは技術をある程度物にした。


 __そして、作戦決行前夜。


 作戦を明日に控えた俺は部屋で休んでいると、小さいノックが聞こえてくる。

 返事をすると、部屋に入ってきたのは……ミリアだった。


「あの、タケル様。少し、よろしいでしょうか?」


 白いネグリジェに厚手の布を肩に巻いたミリアは、おずおずとドアから顔を出す。

 どこか扇情的な姿にドギマギしながら「少しなら」と答えると、ミリアは嬉しそうに頬を綻ばせながら手招きしてきた。

 そのまま俺はミリアに連れられて、城の中庭に向かう。その一角にある植物園に案内された俺は、周りを見渡しながらミリアに声をかけた。


「凄いな、かなり元通りになってる」

「えぇ、頑張りました」


 植物園は以前、ヴァべナロストに襲撃してきた一人の男__俺の宿敵、フェイルによって壊されたはずだ。

 だけど、今の植物園は壊される前の状態に戻っている。自慢げにしているミリアの言う通り、相当頑張ったんだろう。

 そんなことを話しながらミリアと一緒に植物園を歩いていると、ミリアはある花壇の前に止まった。


「……<アレルイヤ>は元通りには出来なかったんだな」

「はい。貴重な花ですから」


 アレルイヤ。この国で作ってる<ポーション>と呼ばれる薬の原料になる花の名前だ。

 昔、アスカさんが見つけたあらゆる怪我を癒すと言う花で、ここで育てられていたんだけど……その花も、フェイルによって大半を散らしてしまった。

 花壇にはアレルイヤの種が植えられ、まだ芽も出ていない。残念そうに花壇を見つめていると、ミリアは頬を緩ませながら空を見上げる。


「でも、大丈夫です。時間はかかりますが、いずれ前のように綺麗な花を咲かせます。それまで私が、育てますから」

「そっか。強いな、ミリアは」


 全滅状態だった植物園を元通りにして、大事なアレルイヤが無惨に散らされても諦めていないミリアに、俺は小さく笑みをこぼした。

 すると、ミリアは首を横に振る。


「いいえ、お強いのはタケル様の方です。タケル様がいたからこそ、私はこうして諦めずに頑張れるのです」

「俺が?」


 首を傾げると、ミリアは俺の方に顔を向けた。

 淡い月明かりの下、瞼を閉じた目で俺を見つめたミリアは……優しく微笑んだ。


「はい。闇属性という強敵に立ち向かおうとするタケル様の強い意思、どんな状況でも諦めない精神力。仲間を信じる心。その全てを、私は知っています」

「……そんな大層な人間じゃないって。俺はただ、元の世界に戻りたいから頑張ってるだけだよ」


 俺は勇者でも英雄でもない、どこにでもいる音楽バカだ。 元の世界に戻るついでに、この異世界を救おうとしている……自己中心的と言われても仕方ないような考えで戦ってる。

 ミリアが思っているような人間じゃない、そう否定するとミリアはクスクスと小さく笑った。


「タケル様がご自身をどう思っていようと、私の想いは変わりません。だからこそ、私は__」


 話の途中で口を閉じたミリアは、頬を赤く染める。

 そして、俺の前まで歩み寄ってくると、祈るように胸元でギュッと手を組んだ。


「タケル様、私は……」


 ふわりと優しい夜風が吹き、花が揺れる。

 風に乗った花びらが舞う月明かりの下、ミリアは何かを俺に伝えようとして__。


「__いえ、これ以上はまだ言えません」


 苦笑いを浮かべながら、言葉を飲み込んだ。

 そして、クルッと背を向けてから子供のように無邪気な笑みを浮かべる。


「大事な作戦の前です。そんな時に悩ませてしまってはいけませんから」

「……なんだよ、気になるな」

「フフッ、まだ内緒です。そうですね、作戦が成功した時に改めてお伝えします」


 ミリアは何を言おうとしたのか、何を伝えようとしたのか。結局、ミリアは教えてくれなかった。

 それがなんなのかは俺には分からない。分かるはずがない。

 でも、なんでだろう。心のどこかで、ミリアが何を言おうとしてたのか分かった気がする。


 その証拠に、さっきからずっと__心臓が、うるさかった。

 

 ミリアとの会話が終わり、次の日。

 作戦決行当日を迎えた俺は今__ある古い古屋の中にいた。


「……準備は、出来ているか?」


 そこで、古屋に入ってきたレイドが俺たちに声をかけてくる。ゆっくりと深呼吸してから頷いて返し、古屋から出た。

 月明かりが照らす、真夜中。

 古屋の外にはヴァイクとローグさん、やよいたちの姿。そして、四体の<ワイバーン>が静かに丸まっている。

 そして、俺は遠くの方に目を向けた。その視線の先にあるのは__マーゼナル王国・・・・・・・

 ここはマーゼナルから少し離れた、森の中。恐らく何年も使われていない薄汚れた古い古屋は、身を隠すのに絶好の場所だった。

 この古屋で深夜になるのを待っていた俺たちは、黒いローブを身に纏って目深にフードを被る。


「__時間だ。そろそろ行くぞ」


 レイドの言葉に頷いた俺たちは、ヴァイクとローグさんを残して動き出した。

 黒いローブで闇夜に紛れ、アスワドから教わったナンバ歩きで音を消す。

 呼吸は浅く、気配を最小限に抑えたまま、俺たちRealizeとレイドの六人はマーゼナルに向かって歩みを進めていく。


 __ロイド救出作戦、開始だ。


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