十二曲目『ミリアのお願い』
「きゅ、きゅ、きゅ?」
機竜艇内部にある、俺たちの部屋。その部屋の中央に置かれたテーブルの上で、キュウちゃんはツンツンと赤い鉱石を突いていた。
その鉱石の中には、丸まって眠っている小さいセレスタイトの姿。キュウちゃんにちょっかいをかけられても、中にいるセレスタイトは目を覚ます様子はない。
どうやったら鉱石から出てくるのか、そもそも出られるのかも分からないけど、とりあえず放っておくことにする。
「ちょっと、タケル? 聞いてるの?」
「ん、あぁ悪い」
「もー。タケルが言い出しっぺなんだから、集中してよ?」
「分かってるって」
ぼんやりと赤い鉱石で遊んでいるキュウちゃんを見ていると、やよいから注意された。
軽く謝ってから、俺はテーブルの上に並べられた羊皮紙を見る。
そこに書かれているのは、五線譜__ある曲の楽譜だ。
「んー、そのままの演奏でもいい気がするけど?」
Realize全員でテーブルを囲み、頭を突き合わせて楽譜を覗き込む。
顎に手を当てながら真紅郎が言うと、やよいが首を横に振った。
「でも、これだとみんなのパートがないじゃん。特に、キーボードのサクヤが出番ないよ?」
「……アレンジは、必要。でも、あまり変えない。別物になる」
やよいの意見に、サクヤが頷きながら呟く。
すると、ウォレスがニヤリと笑いながら羊皮紙に書かれた五線譜に羽ペンを走らせた。
「ヘイ、これならどうだ? この部分にピアノサウンド、んでここからギターをメイン」
「そうだね、元の曲のエッセンスはそのままにアレンジが出来そう」
「うん、あたしも賛成!」
「……じゃあ、ここも」
そんな風に話し合いながら、全員で意見を出し合う。
今、俺たちが話し合っている曲は__
だからこそ、綿密に話し合いをして曲を大事にしながら、Realize流にアレンジを加えていた。
みんなの意見を聞きながら、俺は腕を組んで天井を見上げる。
「今回はRealize初の試みだからなぁ。しっかりやらないと」
ため息を吐きながら、ボソッと呟いた。
今アレンジしている曲は、俺にとって
もちろん、俺だけじゃなくてサクヤを除いた、やよいたちにとってもだ。
どんどん話し合いに熱が入っていくみんなを見渡しながら、俺も意見を言おうとするとドアからノックの音が聞こえてくる。
「はーい、どうぞー」
「あの、失礼します」
返事をすると、部屋に入ってきたのはミリアだった。
ミリアは恐る恐る部屋の中を覗き込むと、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、お忙しかったでしょうか?」
「ん、いや……大丈夫。そろそろ休憩しようと思ってたところだから」
「は? タケル、何を……」
そんな話は一切してないけど、悲しそうに目を伏せるミリアを見て思わず言ってしまった。
すると、やよいが訝しげに俺を見つめながら、やれやれとため息を吐く。
「ま、いいけど。はーい、みんな休憩休憩! ちょっと休もー」
「ハッハッハ! 仕方ねぇな!」
「まぁ、かれこれ二時間ぐらい話し合いしてたからね。もう少しでヴァべナロストに到着するだろうし、今日はこの辺にしようか」
「……お腹空いた」
やよいがパンパンッと手を打ち鳴らしながら話し合いを中断させると、ウォレスと真紅郎は笑いながら羊皮紙を片付け始める。
そして、サクヤは魔装の収納機能で干し肉を取り出すと、モシャモシャと食べていた。
気を遣わせちゃったな、と苦笑しつつミリアに声をかける。
「それで、ミリア。どうしたんだ?」
「はい。タケル様、少し二人で話せませんか?」
「俺と? いいけど……」
チラッとみんなの方に目を向けると、全員揃ってシッシとここから出るように手を払っていた。
俺は黙って手で謝ってから、ミリアと一緒に部屋を出る。
そして、ミリアについて行くと甲板にたどり着いた。
「あぁ? 赤髪と王女様じゃねぇか」
すると、甲板にはアスワドの姿。アスワドは眉をひそめて俺たちを見ると、ニヤリと口角を歪ませる。
「あー、なるほどなるほど。さぁて、と。てめぇがいねぇ内に、やよいたんと話すかなー」
そう言ってアスワドはスキップしながら俺の横を通り過ぎると、ポンッと肩に手を乗せて来た。
「ごゆっくり、色男」
「だから、俺は色男なんかじゃ……」
からかうように笑みを浮かべながら、アスワドはそそくさと船内に入っていく。
恨めしげにアスワドの背中を睨んでいると、ミリアが袖をクイッと引っ張ってきた。
「タケル様、あちらでお話ししませんか?」
ミリアが指差したのは、船首の方だ。
頷いてからミリアと一緒に船首の方に歩いて向かう。コツコツと杖をつく音と俺たちの足音が、風に流れて行く。
ミリアの方に目を向けてみると、頬をほんのりと赤らめてモジモジとしていた。
どうしたのかと首を傾げていると、ミリアは立ち止まって閉じた瞼で景色を眺める。
「……ミリア?」
俺が声をかけると、ミリアはまるで気持ちを落ち着かせるように何度も深呼吸をしていた。
そして、意を決したように俺の方に振り向くと、口を開く。
「もう少しで、ヴァべナロストに到着します。そして、すぐにロイド様救出作戦のために、忙しくなることでしょう」「あぁ、そうだな」
「そこで、なんですけど……作戦が始まる前に、一度でいいんです。夜に、植物園を訪れて頂けませんか?」
植物園と言うと、ヴァべナロスト城にあるミリアが管理しているところ。そこではミリアが育てた花が咲き誇り、その花は薬の材料にも使われていたな。
「別にいいけど、なんでだ?」
植物園に行くのはいい、でもどうしてなのか分からない。
疑問を浮かべていると、ミリアは恥ずかしそうに真っ赤にした頬でおずおずと答えた。
「えっと、その……作戦が始まれば、ゆっくりお話ししている時間はないと思います」
「まぁ、たしかに忙しくなるからな」
「えぇ。なので、ほんの少しでいいんです。作戦前に、植物園でタケル様とお話がしたくて……その、ダメでしょうか?」
不安げな表情で、ミリアは聞いてくる。
わざわざ植物園で話さなくても、と言おうとしてやめた。何か理由があってのことだろうし、ミリアの不安そうな顔を見ていると口にするのを躊躇ってしまう。
「あぁ、いいぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ミリアは不安げな顔を花が咲いたような笑顔に変えて、嬉しそうにしていた。
俺と話すことがそんなに嬉しいのか、と思わず苦笑する。
すると、ミリアは俺に近づくと手を握ってきた。
「み、ミリア?」
「……タケル様は、本当にお優しい方ですね。そんなタケル様だから、私は__」
赤く染まった頬を緩ませて笑ったミリアは、俺の手をキュッと握る。
そして、ゆっくりと瞼を開けていき、光がない翡翠色の瞳が露わになった。
まるで吸い込まれそうな瞳と目が合うと、トクンッと心臓が跳ねる。
「ミリア?」
「タケル様、私は……」
「__おい、お前ら! ヴァべナロストが見えてきたぞ! 降りる準備をしておけ!」
ミリアが何か言おうとした瞬間、伝声管からベリオさんの声が響いた。
ビクッと俺とミリアは肩を震わせ、同時に離れる。
「つ、着いたみたいだな」
「そう、ですね」
機竜艇が向かう先を見てみると、そこは天高くそびえ立つ大きな山。
山に向かって機竜艇は突っ込んでいくけど、ぶつかることなく山の中に吸い込まれる。
これはヴァべナロストを隠す幻影、その山の先は緑豊かな平原。
どこか牧歌的な風景だけど、そこには戦いの傷跡が痛々しく残されている。
__そして、平原を抜けた先に、大きな城と街並みが見えてきた。
「さて、ミリア。そろそろ覚悟しておいた方がいいぞ?」
「覚悟、ですか?」
俺は首を傾げるミリアにニヤリと笑ってから、言い放つ。
「戻ったら間違いなく、説教されるだろうからな」
「……あ」
そう、ミリアはこの機竜艇に誰にも伝えずに忍び込んできた。
戻れば間違いなく、レイラさんを含めた色んな人に説教されることだろう。
思い出したミリアは青ざめた顔で、がっくりとうなだれる。
そんなミリアを見てクスクスと笑っていると、機竜艇はミリアの心情を無視して城へと向かって行くのだった。
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