二曲目『旅立つ機竜艇』

「キュウちゃーん!」

「きゅきゅー!」


 やよいは頬を緩ませながら、久しぶりに再会したキュウちゃんを抱きしめていた。

 キュウちゃんも嬉しいのかモフモフの尻尾をフリフリとさせて、やよいの胸元に顔を埋めている。

 その様子を、俺は頬を抑えながら眺めていた。


「……本気で殴るなよな」


 俺の頬は真っ赤に腫れ上がり、ズキズキと痛みが走っている。

 殴った犯人は今もキュウちゃんを抱きしめている、やよいだ。

 たしかに俺は、やよいの服の下……小ぶりな双丘とピンクの下着を見てしまった。だけど、完全に不可抗力だ。見ようとして見た訳じゃない。

 そう反論したものの、関係ないとばかりに拳を振り抜かれた。物凄く、痛い。


「アスカさんもせめて、キュウちゃんが目を覚ましたことを教えてくれてもよかったのになぁ」


 頬を撫でながら、天井を見上げてボソッと呟く。

 キュウちゃんは今まで、ずっと眠ったままだった。そんなキュウちゃんを保護していたのが、アスカ・イチジョウ__この異世界で英雄と呼ばれ、俺たちの世界で有名なシンガーソングライターだった女性だ。

 今のアスカさんは<属性神>__<音属性>を司る神様のような存在になっている。

 そんなアスカさんが暮らしている<神域>でキュウちゃんを預かって貰っていたけど、連絡もなくこっちに送られた結果……やよいに殴られてしまった。


「アスカさんが悪い訳じゃないでしょ? また殴るよ?」


 俺の独り言を聞こえていたのか、やよいがギロッと睨んでくる。

 俺たちRealizeにとって……特に、やよいにとってアスカさんは憧れの存在だ。

 別にアスカさんを悪く言ったつもりじゃないけど、やよいにとっては気に食わなかったらしい。

 やよいに睨まれた俺は、肩をすくめた。


「分かってるよ、アスカさんのせいじゃありません。だから、もう殴るのはやめてくれ……」

「ふんっ、変態は黙って旅の準備でもしてなさい。ねー、キュウちゃん?」

「きゅー?」


 やよいは俺に向かって鼻を鳴らしてから、また頬をだらけさせてキュウちゃんを撫でる。

 撫でられているキュウちゃんは首を傾げ、キラリと額にある楕円型の蒼い宝石が光っていた。

 やれやれとため息を吐いてから、俺は旅の支度をしている真紅郎たちの元へと向かう。


「やぁ、タケル。災難だったね?」

「そう思うなら助けてくれてもよかっただろ……」

「馬に蹴られたくないからね」


 俺を見るなり苦笑いを浮かべた真紅郎の隣で、ウォレスがケラケラと笑っていた。


「ハッハッハ! ま、役得ってことにしておけよ!」

「その結果、殴られてるんだけど?」


 他人事だからって適当なことを言うウォレスに、俺は深いため息で返す。

 すると、サクヤが俺の背中をポンっと叩いてきた。


「……どんまい」


 無表情で親指を立てるサクヤに、俺はガックリと肩を落とす。

 そのまま旅の支度を終えた俺たちは、シームに向かうために欠かせない人を探しに向かった。


「あ、いた。ベリオさーん!」


 部屋を出ると、目的の人をすぐに見つけて声をかける。

 白いに近い灰髪の頭に黒いバンダナを巻き、髭を蓄えている彫りの深い強面の顔、二メートル近い筋骨隆々の老年の大男。

 <ドワーフ族>と人間のハーフで、機竜艇の船長__ベリオさんだ。

 ベリオさんは振り返ると、顎髭を撫でながら鼻を鳴らした。


「フンッ、タケルか。どうかしたか?」


 俺はベリオさんに、機竜艇でシームまで送って欲しいことを話す。

 すると、ベリオさんは鼻を鳴らしてからニタリと口角を上げて笑みを浮かべた。


「魔法国シーム、か。いいだろう、俺も少し用事があってな。そっちの用事が終わったら、付き合って貰うぞ?」

「もちろん! ベリオさんの用事って?」

「……簡単に言えば、里帰り・・・だ」


 後頭部を掻きながらそっぽを向いて、ベリオさんが答える。

 里帰りってことは……<ムールブルク公国>に行くのか。

 なんの用事かは教えてくれなかったけど、とりあえずシームに寄ってくれるならそれでいいか。


「今、ボルクが機竜艇の整備をしている。それが終わり次第、すぐに出立するぞ」

「分かった。先に機竜艇に向かってるよ」


 ベリオさんの弟子、ボルクが機竜艇の整備をしているらしい。

 先に向かっていることを話してから、俺たちは機竜艇に向かおうとすると__。


「__おい、赤髪。てめぇら、俺に黙ってどこに行くつもりだ?」


 壁に寄りかかっていた男、アスワドが声をかけてきた。

 大怪我を負って意識不明だったはずのアスワドがいることに、俺たちは目を丸くして驚く。


「ヘイ、アスワド。いつ目を覚ましたんだ?」

「ついさっきだ。寝過ぎて鈍った体をどうにかしようと思ってたら、てめぇらの話が聞こえてきたからな。どこか行くなら、俺もついて行くぞ」


 さっき目を覚ました、と答えるアスワド。たしかに、頭やローブの下から見える体に包帯が巻かれ、どことなくふらついている。

 それなのに俺たちについて行こうとするアスワドに、俺は首を横に振った。


「ダメだ。完全に治ってないのに、連れて行く訳にはいかない」

「はんッ! てめぇの許しなんていらねぇんだよ、赤髪。俺が行くって言ったら、行くんだよ」

「どうしてそこまでして……」

「決まってんだろ__」


 アスワドはニヤリと不敵に笑うと、やよいを見つめながらダラっと頬を緩ませる。


「やよいたんがいるところ、アスワドあり! やよいたんがどこかに行くなら、俺が行かない訳がねぇだろ! むしろ、てめぇらいらねぇからどっか消えろ」


 そう、このアスワドバカは、やよいに一目惚れしていた。

 アスワドは簡単に言えば……やよいのストーカーだ。

 やよいを追って俺たちの旅に付き纏い、いつの間にかここまで一緒にいるんだよな。

 アスワドの言葉にドン引きしているのか、やよいはコソッと俺の背中に隠れた。

 俺は呆れ果てて、首を振ってうなだれる。


「本当、変わらないなこのバカは」

「あぁ!? 誰がバカだとゴラァ! というか、やよいたんから離れろ赤髪!?」

「__あ、いた! 何してるッスか、兄貴!?」


 俺に掴み掛かろうとしていたアスワドは、後ろから聞こえてきたシエンの声にピタッと動きを止めた。

 アスワドを見つけたシエンは慌てた様子で駆け寄ると、アスワドの腕をがっしりと掴む。


「ほら、病室に戻るッスよ! まだ治ってないッスから、ゆっくり休むッス!」

「えぇい、離せシエン! 俺は、やよいたんと一緒にいるんだ!」

「子供じゃないッスから、わがまま言わない! ほら、行くッス!」

「こ、この……え、ちょ、力、強ッ!? 待て、シエン! や、やよいたん! やよいたぁぁん!?」


 思ったよりも力強いシエンに驚きながら、アスワドは病室に向かって引きずられていった。

 アスワドとシエンを見送ってから、俺はため息を漏らす。


「……放っておくか」

「うん……とりあえず、元気そうでよかった」


 アスワドの怪我は、やよいを庇って負ったもの。やよいはアスワドに対して罪悪感を感じていたけど……いつも通りのアスワドを見て、苦笑いを浮かべていた。

 そんなこんなで、俺たちは機竜艇が停泊している場所へと向かう。すると、そこにはキャスケット帽を被った栗色の癖っ毛の少年が、レンチを片手に腕で額の汗を拭っていた。


「よう、ボルク」

「ん? あ、タケル兄さんたち! どうしたの?」


 頬が煤だらけの少年、ボルクは俺たちを見るとニカッと笑いながら近づいてくる。

 ベリオさんにシームまで連れてって貰うことになったことを話すと、ボルクは何度も頷いていた。


「ふむふむ、なるほど! そう言うことなら、もう整備は終わってるよ! いつでも乗って!」「あぁ、頼んだ」

「任せてよ!」


 ニシシと笑うボルクと話していると、ベリオさんが機竜艇に向かって歩いてきているのを見つける。

 ベリオさんの隣には、ヨレヨレの白衣を着た猫背で痩せ型の男の姿。

 ヴァべナロスト王国の<魔法研究所>の所長、ストラだ。


「……職人連中には設計図を送ってある。もう作業に入ってると手紙があった。ギリギリだが、五隻は確保出来るだろう」

「ハイハイ、分かったヨ。マーゼナルとの戦争が近いからネ、大人数を運べるぐらいの完成度で構わないヨ」

「フンッ、ムールブルクの職人を舐めるなよ? 多少は型落ちするだろうが、運ぶだけじゃなくて戦力になるぐらいの物を戦いまでに間に合わせる」

「フムフム、それならそれで喜ばしいネ。期待してるヨ」


 ベリオさんとストラは何か話していたけど、その内容までは分からなかった。

 ストラと話し終わったベリオさんに、俺は声をかける。


「ベリオさん、ストラと何を話してたんだ?」


 すると、ベリオさんはニヤリと口角を歪ませた。


「今は言えないが、驚くことは保証する。それより、早く乗り込め。出立するぞ」


 そう言ってベリオさんは機竜艇へと乗り込む。

 結局内容は分からなかったけど、今は置いておこう。

 俺たちが機竜艇に乗って操舵室に入ると、ベリオさんは舵輪を握りしめながら声を張り上げた。


「機竜艇、起動!」

「あいよ、親方!」


 ベリオさんの指示にボルクは機竜艇を起動し、竜の咆哮のようなけたたましい音を立てて動き出す。

 大きな翼を広げ、後部にあるジェットから魔力が噴き出した。

 全ての準備を終え、ベリオさんがレバーを引く。


「__機竜艇、発進! 目的地は、魔法国シーム!」


 こうして、機竜艇はシームに向かって空へと飛び立った。

 ついでに、忍び込んでいたアスワドとそれに気付いたシエンを乗せて。

 そこでまた一悶着あったけど……とりあえずヴァべナロストを旅立ってから、二日。


 俺たちは懐かしさを感じる、魔法国シームにたどり着くのだった。




 

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