一曲目『ライラック博士からの手紙』

 俺たちが旅立つ、二日前。

 モンスターの軍勢による襲撃があった<ヴァべナロスト王国>が、ようやく落ち着いた頃のこと。

 昼食を食べ終えてから部屋でまったりとしていると、ふと真紅郎が提案してきたのが始まりだ。


「シームに行こう、だって? 突然どうしたんだ、真紅郎?」

 

 真紅郎は突拍子もなく、魔法国シームに行こうと提案してきた。

 いきなりのことに首を傾げる俺に、真紅郎は頷きながら一枚の手紙を手渡してくる。


「シリウスさんからなんだけど、どうやらボクたち宛に<ユニオン>経由でこの手紙が届いたみたいなんだ」


 ユニオンは、国を跨ぐ正義の独立機関。そのユニオンの最高責任者、シリウスさんから俺たち宛の手紙を渡されたらしい。

 手渡された手紙を見てみると、そこにはライラックと差出人の名前が書かれていた。


「これ、ライラック博士からか?」

「え!? ライラック博士!? どうして博士から手紙が来たの!? 内容は!? タケル、早く読んで!」


 ボソッとライラック博士の名前を呟くと、やよいはすぐに反応する。

 やよいにとって、ライラック博士は今は亡くなってしまった親友__シランの父親だ。

 その人から突然手紙が届いたと知り、やよいは居ても立っても居られない様子で、俺に手紙を読むように急かしてきた。

 

「分かった分かった、今読むから落ち着けって。えっと……」


 手紙に書かれていた内容を、みんなに読み聞かせる。


 タケルたちがどこにいるのか分からないから、ユニオンを経由して手紙を届けて貰った。キミたちは今も、旅をしているんだろう。色々と大変だとは思うが、一度シームに来て欲しい。その理由は__。


「__シランを蝕んでいた黒いモヤについて、分かったことがあるからだ……え!?」

なんだとホワット!?」

「嘘……ッ!?」


 俺はその一文を読んで、目を見開いて驚いた。

 俺だけじゃなく、話半分に聞いていたウォレスはガタッと立ち上がり、やよいは口に手を当てて唖然とする。

 手紙に書かれていた、黒いモヤ。

 長くシランを苦しめていた病気__<転移症候群>という、強制的に罹患者の魔力を吸い取ってどこかに転移させる、シランの命を奪った病気の元凶・・だ。

 そして、今の俺たちはその黒いモヤの正体を知っている。


 それは、この異世界を滅ぼそうとしている意思を持った属性・・・・・・・・__<闇属性>だ。


 ライラック博士は、シランの旦那__ジーロさんと一緒に、転移症候群の謎を解き明かそうと研究をしていたはず。

 驚きながらも、俺はそのまま手紙を読み進めた。


「この研究結果を公表する前に、一度キミたちに教えておきたい。もしかすると、キミたちの旅の目的に関わる可能性がある。だから、もしよければシームを訪れて欲しい。シランも、キミたちの顔を見たいだろうから……だってさ」


 読み終えてから、俺は深く息を吐く。

 ライラック博士とジーロさんは、黒いモヤ……闇属性についての何かを知ったようだ。

 たしかに、俺たちの戦う闇属性は謎に包まれた存在。もしかすると、今後の戦いに関わる重要な研究結果の可能性が高いな。

 俺たちよりも先に読んでいた真紅郎は、真剣な表情で口を開いた。


「そういうこと。だから、一度シームに行ってみない?」

「あぁ、賛成だ」

「オレもだぜ!」

「……ぼくも、賛成」


 俺、ウォレス、サクヤはすぐにシームに行くことを賛成すると、やよいは拳を握りしめながら、俯く。


「シラン……ッ!」


 やよいはシランの名前を呟き、体を震わせてギリッと歯を食いしばる。

 俯いててその表情をうかがい知ることは出来ないけど、怒りに打ち震えていることは見て分かった。

 そして、やよいは勢いよく顔を上げて、真っ直ぐな瞳で俺たちを見据える。


「あたしも賛成! シランを苦しめていた闇属性のことが少しでも分かるなら、あたしは絶対に行きたい!」


 これで、Realize全員がシームに行くことに賛成した。

 真紅郎は一度頷くと、静かに話を始める。


「ライラック博士たちは転移症候群、黒いモヤについて研究していた。それはつまり、間接的に闇属性を調べていたことになる」

「……もしもそれを、闇属性が知ったら」

「うん、間違いなく口封じをしてくるだろうね」


 闇属性は自身のことを絶対に知られないように、存在をひた隠しにしていた。 そのためなら、人の命を軽く奪うような奴だ。ライラック博士たちが研究していることを知ったら、確実に口封じをしてくるに違いない。


「……保護しないと、危険」

「あぁ、そうだぜ! すぐにシームに行こうぜ!」


 話を聞いてサクヤとウォレスは立ち上がり、準備を始めた。

 俺たちが慌ただしく準備をしていると、やよいがぼんやりと窓の外を眺めているのに気付く。

 その瞳には、色んな感情が混ざり合っていた。


「……やよい」


 俺は頬を緩ませながら、やよいの頭にポンッと手を乗せる。


「ライラック博士たちのこともだけど、シランのお墓参りもしないとな。シランが好きだった、アングレカムの花を供えようぜ?」


 やよいはいきなり俺に頭を撫でられて、最初は目をパチクリしていた。

 だけど、俺の言葉にクスッと小さく笑みをこぼすと、力強く頷く。


「__うん!」


 やよいにとって、一番の親友だったシラン。異世界だけじゃなく、元の世界でも、シランのような同年代で同性の親友はいなかったはず。

 そのシランの命を、闇属性が奪った。その事実に、やよいは怒りと悲しさ……色んな感情が渦巻いていた。

 これで少しは気持ちが落ち着いたならいいんだけど、と俺はやよいの頭を撫でながら考える。


「……ん?」


 そうしていると、ふと俺は違和感に気付いた。

 キョロキョロと部屋を見渡していると俺の様子がおかしいことに気付いて、やよいが声をかけてくる。


「どうしたの、タケル?」

「いや、なんか……どこかから、魔力を感じるんだよな」


 俺が感じていた違和感は、魔力だ。

 この部屋のどこかに、魔力を感じる。だけど、それがどこからなのか分からなかった。

 首を傾げていると、サクヤがボソッと口を開く。


「……タケル、上」


 サクヤに言われて、俺は天井を見上げる。

 すると、そこには見覚えのある紫色の魔力の渦・・・・があった。

 呆気に取られていると、その渦から白い物体が飛び出してくる。


「きゅきゅきゅー!」


 白いモフモフとした物体。それは、小狐型モンスターで俺たちの仲間__キュウちゃんだった。

 魔力の渦から飛び出してきたキュウちゃんは、やよいの胸元に向かって落ちていくと……。


「きゅッ!?」

「うひゃあ!? え、何!? 今の、キュウちゃん!?」


 そのまま、やよいの服の襟元に顔を突っ込んだ。

 やよいがびっくりしていると、キュウちゃんも予定外だったのか足をバタバタと動かして暴れる。


「あはは! あはははは! ちょ、ちょっと、キュウちゃん、くすぐったいって! あはは!」


 やよいはどうにかキュウちゃんを助けようとしたけど、くすぐったさに負けてケラケラと笑い声を上げていた。

 すると、キュウちゃんの体はどんどん、やよいの服の中へと潜り込んでいく。


「ま、待って待って、キュウちゃん! あはは! ちょ、タケル、助けて!」

「え、俺が?」


 モゾモゾと服の中で暴れ回るキュウちゃんに、やよいは涙目になりながら俺に助けを求めてきた。

 いや、助けたいけど……。


「無茶言うなよ。俺が助けるってことは、やよいの服の中に手を突っ込むってことだぞ?」

「へ、変態! バカタケル! あはは!」


 くすぐったそうにしながら、やよいは俺を罵倒する。だから無理だって言ってるのに。

 そんなことをしている内に、キュウちゃんの体は下へ下へと潜り込んでいき__。


「きゅー!」

「ひゃ!?」


 そして、やよいの服を捲り上げながら抜け出した。いきなり服を捲られ、やよいは慌てて服を戻す。

 やよいは服を抑えたまま顔を真っ赤にすると、俺をギロッと睨んできた。


「……見た?」

「……見てない」


 すぐに俺は、そっぽを向いて答える。

 見ていない。俺は、決して見ていない。

 チラッと見えた肌色と、小ぶりな双丘を隠すピンク色なんて、決して見ていない。

 すると、やよいは拳を握り、俺にゆっくりと近づいてきた。


「__殴る」

「不可抗力だ!?」


 すぐさま俺は逃げ出す。あんなの、咄嗟に反応出来る訳がないだろ!?

 ウォレス、サクヤ、真紅郎は旅の準備に忙しく動き回り、俺はやよいに追いかけ回される。

 そして、キュウちゃんは我関せずとばかりに欠伸をするのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る