二十八曲目『ボーカルとしての真価』

 ロイド救出作戦会議をしていると、あっという間に空は真っ暗になっていた。

 レイラさんの判断で今日は一度中断して解散した俺たちは、用意してくれた部屋で休むことに。

 ベッドに横になった俺は、ぼんやりと天井を眺めていた。


「あー、疲れた。でも、ある程度は纏まってきたな」


 中断した作戦会議だけど、長時間かけた甲斐もあり中身はほとんど纏まっている。

 あとは細かいところを詰めて、実行に移すだけだ。

 それにしても疲れた、と深くため息を吐いていると__。


「ん? 琵琶の音色?」


 ふと、遠くの方で琵琶の音色が聞こえた。

 その音は間違いない、アスカさんが奏でた琵琶の音色だ。

 すぐに起き上がった俺は、音がする方へと向かう。


「ここからだな」


 琵琶の音色が聞こえてきたのは、城の保管庫だった。

 そっと開けてみるとそこには機竜艇で運んでいた、俺たちを神域に吸い込んだ石板がひっそりと置かれている。

 そして、その目の前に紫色の魔力が渦巻いていた。


「アスカさんが呼んでるのか?」


 近づいてみると、琵琶の音色は魔力の渦から聞こえてきている。

 渦の中に入った瞬間、俺の体は一気に別の場所へと移動した。


「……簡単に呼べるようになったんですね、アスカさん」


 渦の向こうはアスカさんが住んでいる神域、武家屋敷の庭に繋がっていた。

 そして、俺を出迎えたのは縁側で琵琶を弾いていたアスカさん。

 肩をすくめながら声をかけると、アスカさんは苦笑した。


「そうでもないよ。割と苦労したんだから」

「それで、どうしたんですか?」

「まぁまぁ、とりあえず隣に座って座って」


 手招きされた俺はアスカさんの隣に腰掛ける。

 アスカさんは琵琶を弾きながら、ポツリと口を開いた。


「まずは、お疲れ様。ここからキミたちの活躍を見てたよ」

「ありがとうございます。でも、アスカさんが教えてくれたから、俺たちは間に合うことが出来ました」

「ううん、私がしたのは手伝いだけ。ヴァべナロストを守れたのは、キミたちのおかげだよ」


 アスカさんにストレートに褒められて、気恥ずかしくなった俺は頬をポリポリと掻く。

 すると、アスカさんは琵琶を弾くのをやめて、空を見上げた。


「それと……ロイドのことを、あんなに大切に思ってくれてありがとう」

「作戦会議も見てたんですね」

「うん。タケルの……Realizeの覚悟をしっかりとね」


 どうやら作戦会議を始める前の出来事も見られていたようだ。

 アスカさんは頬を緩ませると、懐かしんでいるような優しい眼差しを向けてくる。


「本当、タケルとロイドって似てるね。優しくて、自分の心に正直。ちょっと不器用なところまで似てる」

「……まぁ、弟子は師匠に似るって言いますから」

「元からだと思うよ? だからこそ、ロイドはタケルの師匠になった。似た者同士だからこそね」


 クスクスと笑うアスカさんに、俺も思わず笑みがこぼれた。

 俺にとって路井戸さんは尊敬している師匠。その師匠に似てると言われると、弟子として少し嬉しく思う。

 一頻り笑ったアスカさんは、ポロンと琵琶の弦を指で弾いた。


「そんな不器用なキミに、私から一つアドバイスがあるんだ」

「アドバイス、ですか?」


 どんなアドバイスなのか首を傾げると、アスカさんは琵琶を鳴らしながら話し始める。


「モンスターの軍勢、闇属性に侵食されていたカトブレパスとの戦いの時。キミたちのライブ魔法を聴かせて貰った。本当に、いいバンドだね」

「ありがとうございます。アスカさんに褒められたら、みんな喜びますよ」


 俺たちにとってアスカさん……一条明日香は、憧れの存在。

 そんなアスカさんに褒められたら、俺たちだけじゃなくて音楽をやってる人間なら誰だって喜ぶはずだ。

 そう言うと、アスカさんは照れながら小さく笑った。


「あはは、ありがとう。本当ならみんな呼んで褒めたかったんだけど……タケル一人を呼んだ理由があるんだ」

「俺一人を呼んだ理由ですか?」

「うん、そうだよ。これから話すアドバイスは、タケル一人に・・・・・・対することだからね」

「それはいったい、なんですか?」

 アスカさんは一度琵琶を撫でてから、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。


「これは英雄と呼ばれたアスカ・イチジョウでも、属性神としての私でもない__一条明日香・・・・・としてのアドバイス。音楽の先輩として、キミに教えたいこと」


 そう前置きしてから、アスカさんは俺の目を見てはっきりと言い放った。


「私はキミの歌声を聴いて、思ったんだ。Realizeは基本的に、ロックバンド。演奏する曲もロックに寄っている。でもね、タケル。キミのボーカルとしての本質は、ロックじゃない・・・・・・・と感じたんだ」


 その言葉はまるでロックバンドのボーカルをしている俺を、否定するような言葉だ。

 例え憧れのアスカさんだとしても、その言葉は聞き捨てならない。

 

「……どういう意味ですか?」

「あ、待って待って! 違うの、悪い意味じゃないの! 誤解しないで!」


 ムッとした俺を見てアスカさんは慌てて否定し、コホンと咳払いしてから話を続けた。


「これはあくまで音楽の先輩としての意見だよ。タケルの歌声……声の伸び、深み、声質を含めた全てを分析して思ったのは、タケルの声はロックよりも、バラード・・・・で真価を発揮すると思う」

「バラード、ですか?」

「そう、バラード。もちろん、ロックでもタケルの歌声はプロで通用するよ。才能もあるし、努力してるって一度聴いただけで分かる。ただ声の本質で考えると、タケルの持ち味が一番発揮されるのは、バラードの曲だってこと」


 アスカさんは俺の歌声を聴いて、ロックじゃなくてバラードだと……音楽の先輩としてそう分析したようだ。

 今までのことを否定した訳じゃないことは分かったけど、と俺は後頭部をガシガシと掻く。


「言いたいことは理解しましたけど……」

「分かってる、別にこれは強制じゃないよ。ただ、頭の片隅に置いてて欲しいな。ロックとしてのキミも充分メジャーデビューするに値するけど、キミの才能を最大限に活かせる・・・・・・・・のはバラードだってことをね」


 そう言われると、悪い気はしない。

 つまり、アスカさんは俺のボーカルとしての才能を認めてるってことだからな。

 それにしても、バラードか。

 Realizeの曲にはロックだけじゃなくポップテイストやR&Bもある。その中にはもちろん、バラードもいくつかあった。

 たしかに言われてみると、ロックよりもバラード寄りの曲の方が歌いやすいと感じてはいたな。


「でも、バラードかぁ……」

「Realizeがロックバンドだってことは分かってるよ。でも、色んなジャンルをこなせないとプロにはなれない。だから、ベースになっているロックを捨てずに、キミが……キミたち全員が才能を発揮出来る方法を考えないとね」


 プロになる以上、ロックだけで突き進むのは難しい。

 だからこそ、俺たちRealizeはロック以外の曲も作ってきた。

 元の世界でメジャーデビューしていたアスカさんだからこそ、その言葉は説得力がある。


「ロックを捨てずに、俺の歌声が最大限に活かせるバラード……」

「Realizeはまだメジャーデビューしてないんだよね? だったら、まだ全然間に合うよ。いっぱい考えて、話し合って、作り上げればいい」

「そうですね、ちょっと考えてみます。メジャーデビューする前に教えて貰えてよかったですよ」


 アスカさんのアドバイスは凄くありがたい。

 元の世界に戻れば、Realizeはメジャーデビューする。そうなると、そう簡単に方向性を変えるのは難しくなる。

 その前に教えて貰えてよかった、と俺がお礼を言うとアスカさんはどこか寂しげな表情を浮かべていた。


「でも、残念だなぁ。キミたちがメジャーデビューして活躍している姿、間近で見たかったよ。私はもう、元の世界に戻れない。死んでるし、属性神だからね」


 あはは、と自嘲するように笑うアスカさん。

 たしかに、アスカさんはもう元の世界に戻れない。死んだ人間を生き返らせることは出来ないから。

 俺はスッと立ち上がり、庭先に出る。

 そして、アスカさんの方に振り返りながら、ニッと笑顔を向けた。


「大丈夫ですよ、アスカさん」

「え?」

「この神域に届かせてみせますよ__俺たちの演奏を」


 俺たちがメジャーデビューした姿を見ることが出来ない?

 だったら、この神域に__異世界にまで届く演奏を、ライブをすればいい。

 それぐらい出来なくて、何がメジャーデビューだ。俺たちRealizeなら、そんなの簡単だ。

 目を丸くしているアスカさんに、俺は不敵に笑いながら親指を立てる。


「それに、アスカさんはもうRealizeの一人ですよ。例え世界が違ったとしても、音楽は世界を超えて届きます。大事な仲間・・・・・の元へ、絶対に!」

「……あはは! うん、そうだね。その通りだよ!」


 俺の言葉にアスカさんは明るい笑みを取り戻し、何かを思い出したように声を上げた。


「あ、そうそう。メジャーデビューしたら、芸能界に気をつけないとダメだよ? 売れ始めたら色んなところに引っ張りだこになって、大変なんだから。たまにガス抜きしないとね」

「あー、たしかにアスカさん、テレビとかラジオとかCMとか、色んな仕事してましたね。アスカさんの名前と曲を聞かない日はなかったなぁ」

「私としては、歌だけに専念したかったんだけどね。ま、仕方ないって諦めてたけど。本当に苦労するから、今から覚悟してた方がいいよー?」

「あはは、そうします。じゃあ、色々教えてくれませんか?」

「いいよ! まずはね……」


 縁側で俺はアスカさんに、メジャーデビューしてからの話を色々と聞く。

 大変だったこと、嬉しかったこと、感動したこと。多くのことを教えて貰った。

 二時間ぐらい話をしてから、そろそろ俺が戻ろうとすると__。


「タケル」


 渦の中に入ろうとする俺を、アスカさんが呼び止める。

 アスカさんは真剣な眼差しを向けながら、口を開いた。


「キミたちなら大丈夫。絶対に元の世界に戻って、メジャーデビュー出来るよ」

「はい! ありがとうございます!」

「それとさっき言ったこと、バラードについてなんだけどね。これは予想でしかないんだけど……」


 一度間を空けてから、アスカさんは言い放つ。


「もしかすると、タケルの歌声が真価を発揮出来れば__ライブ魔法も本来の力・・・・を発揮出来るかもしれない」

「ライブ魔法の、本来の力ですか?」

「予想だよ、あくまで予想。でもね、どこか確信を持ってるんだ。ライブ魔法はまだ、本当の力を出せていないって」


 ライブ魔法の本当の力……あれだけでも充分な力を持っているのに、その先があるって言うのか?

 信じられないけど、アスカさんが言うなら間違いないのかもしれない。


「……分かりました、ちょっと考えてみます」

「ごめんね、悩ませるようなことを言って。でもね、多分だけど__本来の力を発揮したライブ魔法が、この世界を救う鍵になると思うんだ」


 アスカさんの言葉を心に刻み、俺は魔力の渦を通って城に戻るのだった。



 


 

 


 

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