二十七曲目『タケルたちの覚悟』

 カトブレパスを討伐すると、残されていたモンスターの軍勢は散り散りになってどこかへ逃げていった。今回の襲撃の切り札がやられて、闇属性も諦めたんだろう。

 結界に大きくヒビが入ったけど、ヴァべナロストは無事のまま。襲撃は失敗に終わり、大団円……と、言いたいところだけど。


「かなりの人がやられたな……」


 モンスターの襲撃や闇属性の魔力によって、多くの騎士が傷ついてしまった。

 治療に奔走する人、苦しみ悶えている人、極度の疲労で深い眠りについている人。

 もう一つの戦場と化した拠点を見つめながら、静かに唇を噛む。


「絶対に許さないぞ、闇属性。待ってろよ__遠くない内に、ぶっ飛ばしてやる」


 怒りと悔しさに拳を握りしめながら、呟いた。

 すると、後ろからやよいが声をかけてくる。


「タケル、みんな待ってるよ」

「……あぁ、今行く」


 やよいに連れられて、俺は六聖石とシリウスさんがいる謁見の間に向かった。


「タケル、みんな。今回は本当にありがとう。あなたたちがいなかったら、間違いなくガーディ……いいえ、あの人を操っている闇属性によってこの国は滅ぼされていたわ」


 謁見の間の王座に座っていたレイラさんが、疲れ切った顔で笑みを浮かべながら俺たちに頭を下げる。

 その目は赤く腫れ、涙の跡が頬に残っていた。


「それにしても、アスカ……昔からなんでも一人でやろうとするんだから。本当、バカよ」

「まったくだ。あのバカ弟子め……」


 レイラさんはそう言って、空を見上げる。

 続けて白髪をオールバックにした隻腕の老年の男__六聖石の一人でアスカさんとロイドさんの師匠、ローグさんが呟いた。


 今から一時間前、俺はここにいる全員に闇属性について話をしていた。


 意思を持った属性、光属性と相反する黒い魔力。人やモンスターに侵食して意のままに操り__アスカさんでも倒せなかった相手だと。

 話の流れで、アスカさんが概念魔法でこの世界の音楽という概念を代価にして、音属性の属性神に神格化したことも話してある。

 その話を聞いたレイラさんは涙を流して泣き崩れてしまった。そして、落ち着いた今……改めて俺たちは話し合いを再開することに。


「さて、タケルたちがいきなり機竜艇から姿を消した理由は分かりました。闇属性のことも、英雄アスカのことも」


 最初に口火を切ったのは、シリウスさんだった。

 シリウスさんは顎に手を当てながら「それにしても」と呟く。


「概念魔法によって、おんがくという概念が消費された。だから私たちは、おんがくを知らなかったんですね。ずっと感じていた違和感に、ようやく合点がいきました」

「だが、その概念魔法の力を持ってしても、闇属性を倒すことが出来なかった。それほどまでに闇属性の力が強大とは……」


 レイドが忌々しげに顔をしかめて言うと、隣にいた白衣を着たボサボサ頭の痩せ型の男__六聖石の一人、ストラは深々とため息を吐いた。


「ヤレヤレ、非常に厄介な敵だネ。ソモソモ、属性自体に意思があるなんて、にわかには信じられないヨ」


 あらゆる魔法について研究する<魔法研究所>所長のストラが訝しげに言うと、反論するように一人の少女が口を開く。


「ですが、タケル様が嘘を吐いているとは思いません!」

「イヤイヤ、もちろん私もタケルが嘘を吐いているとは思ってないヨ、ミリア。ただ、どの文献にも資料にもないことだから、確信を持てないってだけだヨ」


 金色のフワフワとした癖っ毛の少女、この国の王女ミリアにストラは肩をすくめて答えた。

 するとミリアはギュッと胸の前で手を組みながら、カタカタを体を震わせる。


「幼い頃に私が見たお父様の中に蠢いていた黒い魔力……闇属性には何か得体の知れない、邪悪でおぞましい悪意のようなものを感じました。恐らく、それこそが闇属性の意思。ですので、タケル様が話していたことは真実だと思います」


 生まれた時から魔力を感じ取ることが出来たミリアは、闇属性の魔力に当てられて視力を失ってしまった。

 その時のことを思い出して恐怖しているミリアに、レンカが優しく肩を抱く。

 ミリアの話を聞いて、ヴァイクは眉間に皺を寄せながら口を開いた。


「……奴がミリアを殺そうとした理由も、それを知られないためか」

「そう考えるのが妥当でしょうね」


 幼かったミリアは、闇属性に操られていたガーディに命を狙われている。

 その理由が、自分に意思があることを露見されるのを闇属性が恐れたからだ。

 ヴァイクの意見にレイラさんは同意すると、天井を見上げる。


「ガーディは、狂ってなんかいなかった……」


 その呟きは。色々な感情が渦巻いているように感じた。

 自分の娘の命を狙われ、自身も投獄され、ヴァべナロストに亡命したレイラさん。

 全ての原因は夫のガーディじゃなく、闇属性だった。その事実が救いになるのかどうかは、俺には分からない。

 それでも、俺たちは戦う。相手が誰であろうとも、絶対に。

 そう改めて心に決めつつ、俺は本題を切り出した。


「俺たちが知っていることは以上です。ここから、みんなに頼みたいことがあります」


 六聖石とミリア、シリウスさん全員が俺の方に目を向ける。

 ゆっくりと深呼吸してから、俺は口を開いた。


「__マーゼナルのどこかに幽閉されている、俺たちの師匠。ロイド・ドライセンを救出したい」


 ロイドさんを助けて欲しいと、俺たちはアスカさんに懇願されている。

 元々ロイドさんを救出することは決めていたけど、その救出作戦を本格的に始める時だ。

 そう思って口に出すと、レイラさんが真剣な眼差しを向けてくる。


「さっき聞いた話だと、ロイドは生きてるのよね?」

「はい。アスカさんがそう言ってました。間違いなく、マーゼナルのどこかに囚われていると」

「うん、あの子が言ったんなら生きてるでしょうね。私としても、ロイドは古くからの顔見知り。助けたいに決まってるわ」

「なら__」


 すぐにでも作戦を練ろう、そう言おうとした。

 その前に、レイラさんは言い放つ。


「__でもね、タケル。ロイドを助けたとして、闇属性に勝てると思う?」


 レイラさんの言葉に、俺は何も言えずに口を噤む。

 ロイドさんは俺が知る中でトップクラスの剣士だ。その実力は、闇属性との戦いで必要だと思う。

 だけど、ロイドさんは囚われている。どういう状況かは分からないけど、生きてるだけで無事だとは限らない。

 すると、レイラさんは話を続けた。


「今から始まるのはマーゼナルとの戦争。ロイドはその本丸のどこかにいる……つまりロイドの救出作戦をするってことは、敵陣に乗り込むってことよ?」

「それは……」

「敵国の戦力がどれぐらいなのかも不明、闇属性の力も未知数。作戦に失敗すれば、ロイドだけじゃなく救出に向かった人……タケル、あなたも無事では済まない。違うかしら?」


 救出作戦に俺たちRealize全員が参加する予定だった。

 だけど、失敗すれば全員共倒れ。全面戦争の前に、戦力が削られてしまう。


「そうなったら、この国どころか世界が終わるわ。それぐらい、あなたたち……特に、闇属性を止められるタケルを失う訳にはいかない」


 闇属性に対抗出来るのは、光属性を持つ俺だけだ。

 その俺がやられれば、全てが終わる。この世界が闇属性によって滅ぼされる。

 分かってる。そんなこと、最初から分かってる。

 何も言えずに拳を握りしめていると、レイラさんは深くため息を吐いた。


「……一人の命よりも私は国民の、世界の命を優先した方がいいと思ってるわ。非情だと言われようと、それが女王としての私の考え。例え古くからの付き合いだとしても、私はより多くの命を優先させるわ」


 あぁ、そうだ。レイラさんの言っていることは正しい。

 人一人の命よりも、世界の命運の方が重いに決まってる。それが、戦争ってものだ。

 分かってるさ、俺だって全ての人を救えるとは思ってない。


 だけどなぁ__ッ!


「__約束したんだ! アスカさんに、ロイドさんを救うって!」


 抑え切れなかった感情が爆発し、声を張り上げる。

 ビリビリと俺の叫びが響き渡り、目を丸くして驚くレイラさん。

 俺は感情のままに、レイラさんを真っ直ぐに睨んだ。


「俺は、約束を破りたくない! 一人でも取りこぼしたくない!」

「それが甘い考えだと分かってて言ってるの?」

「あぁ、そうだ! 現実を見てない若造の甘い考えだって分かってるさ! だけど、俺は……ッ!」


 拳を胸に叩きつけて、はっきりと言い放つ。


「例え夢物語だとしても、全力で歌い続けるって決めたんだ! それが俺の__俺たちRealizeだ!」


 もう迷わない、俺は決めたんだ。 夢物語を全力で歌い、元の世界に戻る。そのついでに、世界を救うって。

 そのために、俺たちがいる。Realizeが揃えば、無敵だと信じてる。


「ロイドさんを助ける! 元の世界に戻る! ついでに闇属性もぶっ飛ばして、この世界を救ってやる! 誰であろうと、俺たちなら負けない! 不可能なんてない!」


 そして、俺は深々と頭を下げた。


「だから、お願いします! 俺の甘い考えを手伝って欲しい! みんなの力を、貸して下さい!」


 俺に続いて、やよいたちも頭を下げる。これが俺たち全員の総意だ。 静寂に包まれた謁見の間。その静けさを破ったのは、レイラさんの笑い声だった。


「ふふ、あはは! やっぱり私が見込んだ通りの男ね、あなたは」


 腹を抱えて笑うレイラさんに呆気に取られていると、レイラさんは勢いよく立ち上がる。


「__あなたたちの覚悟、しっかりと見させて貰ったわ! 救出作戦、やってやろうじゃない!」

「ほ、本当ですか!?」

「もちろん! と言うより、最初からそうするつもりだったわよ。ただ、さっき言ったことも本音よ。私には女王としての責務が、責任があるわ。だから、あなたたちの覚悟を知りたかった」


 頬を緩ませたレイラさんはすぐに真剣な表情を浮かべ、女王としての風格を醸し出しながら俺たちに向かって問いかける。


「__ヴァべナロスト王国女王、レイラ・ヴァべナロスト・マーゼナルが命ずる! ロイド救出作戦を成功させ、誰一人として死なないとこの場で誓え!」


 圧倒的な威圧感に息を呑みながら、俺は魔装を展開して剣を掲げて叫んだ。


「__誓います! 俺たちRealizeは誰も死なない! そして、誰も死なせないと!」

「たしかに聞き届けた! この場にいる全員が証人だ!」


 そして、レイラさんは手を薙ぎ払い、この場にいる全員に向かって指示を出す。


「早急にロイド救出作戦を立て、実行に移すわよ! 会議を始めましょう!」

「__おぉッ!」


 レイラさんの指示の元、俺たちはロイド救出作戦会議を執り行うのだった。


 

  

 

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