二十六曲目『手向けの交響曲』

 曲名を告げると、ウォレスがドラムスティックを打ち鳴らしてタイミングを図る。

 そして、やよいとサクヤの伴奏が始まった。

 ギターとピアノサウンドがゆったりとしたメロディラインで奏でられ、そこにウォレスのドラムと真紅郎のベースが混じっていく。

 跳ねるような、踊るような明るいイントロに肩を揺らしながら、俺はマイクに向かって歌い始めた。


「Music is the magic to make your dreams come true ポケットから 溢れ出した 憂いが」


 サビから始まるこの曲のポップサウンドに合わせて、スキップするように歌う。

 熾烈を極めた戦場に似つかわしくない曲に、騎士団たちが目を丸くしていた。


「Music is a wonderful magic that colors tomorrow 意思を持って 歩き出す 世界へ」


 だけど、気にせずサビを歌い上げる。

 やよいは楽しそうにギターを弾き、サクヤも頬を緩ませながら鍵盤を叩いていた。

 ウォレスは口角を上げてリズムよくドラムスティックで魔法陣を叩き、真紅郎はその場で回って踊りながらベースを奏でる。

 例えここが戦場だとしても、俺たちはロックバンド。楽しい音楽という魔法をかける__魔法使いだ。

 どんな時でも俺たちらしく、俺たちの音楽を奏でる。


 それが__Realizeだ。  

  

「いつも願ってた 夢を叶えること 夢を笑われる そんな日々が」


 マイクを握りしめてAメロの歌詞を歌うと、俺たちを中心に地面に紫色の魔法陣が展開していく。


「真逆になるのさ それは未来 笑いたいやつが 笑える明日」


 魔法陣はそのまま騎士団たちの方にまで大きくなり、淡く発光し始めた。

 俺は困惑している騎士団たちに混じっているレイドに向かって、ニヤリと笑う。

 そして、空に向かって手を伸ばし、人差し指を立てた。


「Hello! My dream!」


 祝福するように、高らかに。

 空に向かって伸ばしていた手を大きく振り下ろし、立てた人差し指をカトブレパスに向ける。

 それを見たレイドは、すぐに騎士団たちに号令を出した。


「__放てぇぇぇぇぇッ!」


 サビに向かって盛り上がっていく演奏と共に、騎士団たちは一斉に魔法を放つ。

 炎の槍や風の刃、石の礫、雷の槍、炎の球と様々な魔法が一気にカトブレパスに向かっていった。

 普通の魔法じゃあ、カトブレパスが纏っている黒いヘドロに飲み込まれてしまう。

 だけど__放たれた魔法は普通じゃない・・・・・・


「__ブォォォォォォォォォォンッ!?」

 

 放たれた魔法たちは黒いヘドロを貫通し、その下の本体に直撃した。

 カトブレパスは悲痛の叫びを轟かせながら、足を止めて仰け反る。

 それを見た騎士団たちは驚愕し、唖然としていた。


「な、なんだ今の威力!?」

「お、おい! 俺の魔法があいつに効いてるぞ!?」


 ざわついている騎士団たちを横目に、俺はそのままサビの歌詞を歌い始める。


「Music is the magic to make your dreams come true ポケットから 溢れ出した 憂いが」


 踊るようにサビを歌っていると、レイドが俺に目を向けてきた。

 その視線から「これが貴殿らの力か?」というレイドの疑問が伝わり、俺は返事の代わりに笑って返す。


「Music is a wonderful magic that colors tomorrow 意思を持って 歩き出す 世界へ」


 一番の歌詞を歌い終えた俺はレイドに向かって顎をしゃくり、攻撃を続けるように伝えた。

 すると、レイドは慌てて「続けろ! どんどん魔法を放て!」と騎士団たちに指示を出す。


 そう、この曲<Magic>のライブ魔法での効果は__広域魔法超強化・・・・・・・


 魔法陣の範囲内にいる味方の魔法を超強化させる、バフ効果を持つライブ魔法だ。

 その威力はご覧の通り。魔法を飲み込む黒いヘドロを貫通し、削ぎ落とし、本体にダメージを与えるほどだ。

 

「誰もが生きる 明日のために やりたいこと できること」


 二番の歌詞に入り、騎士団たちの魔法が苛烈さを増していく。

 カトブレパスは嫌がるように体を揺らしながら黒いヘドロで防ごうとしていたけど、放たれた魔法は関係なく本体に直撃していった。

 

「そんな明日は キラキラしてる 音楽に乗せて 魔法に乗せて」


 カトブレパスの痛ましい叫びと、着弾した魔法の轟音が戦場に響き渡る。

 絶え間ない魔法の嵐に、カトブレパスの足が完全に止まった。

 チャンスだ、攻めるなら今しかない。


「Hello! My dream!」


 拳を突き出して、マイクに歌声を叩きつける。

 俺の意思に呼応するように全員の魔力を充填する魔法陣が、眩く光り輝いた。

 騎士団たちが放つ魔法が通常よりも大きくなり、威力を増していく。


「Music is the magic to make your dreams come true 雲の間で 聞こえた 音色」


 二番の歌詞に入ると、カトブレパスが動きを変えた。

 長い首をもたげて重い頭を持ち上げ、空に向かって口を開けたカトブレパスは大きく息を吸い込んだ。


「__ブモォオォォォォォォォォォォォォッ!」


 そして、全ての空気を吐き出しながら、咆哮する。

 大気を爆発させ、地面を震わせる大音量の衝撃がこっちにまで届いてきた。

 それでも俺たちは負けずに演奏に熱を込め、サビを続ける。


「Music is a wonderful magic that colors tomorrow 盛大な 福音が 広がる」


 二番のサビが終わり、間奏に入った。

 すると、カトブレパスは止めていた足を動かし、太く大きな四肢で地面を踏みしめる


「ブムゥオォォォォォォォンッ!」


 長い首をくねらせて重い頭を振り回しながら、雄叫びを上げて突進してきた。

 身に纏っていた黒いヘドロは騎士団たちの魔法によってほとんどが消失し、生身の灰色の体が露わになっている。

 その体は傷だらけで、かなりのダメージを負っているはずなのに……カトブレパスはむしろ、速度を上げて向かってきていた。


「近づけさせるな! 放てぇぇぇッ!」


 最後の力を振り絞るように猛進してくるカトブレパスに、魔法が放たれる。

 威力が強化された魔法を喰らったカトブレパスは怯むことなく、ダラダラと血を流しながら走り続けていた。

 それを見たレイドはギリッと歯を鳴らす。


「くッ、決死の特攻か……あれを止めるのは至難の技だな」


 そう呟きながら、レイドはヴァイクとレンカの方に目を向けた。


「タケルたちのライブ魔法によって、我らの魔法も相当強化されているだろう。魔力を全て使い切るつもりで、全力で魔法を放つ!」

「えぇ、分かったわ」

「……あぁ」


 レイドの提案に、レンカとヴァイクは頷いて返す。

 そして、レイドは峰に沿うようにダブルバレルショットガンの銃口が取り付けてある、分厚い片刃剣ガンソードを構えた。

 続けてレンカは木製の長銃ライフルを、ヴァイクは二丁の銃を構える。

 三人の力を合わせて、特攻して来ているカトブレパスにとどめを指すつもりのようだ。


 __だったら、俺たちは全力でその支援をする。


 これから始まるラストのサビに向けて演奏は一気に盛り上がり、転調した。

 俺は息を思い切り吸い込んで、マイクに向かって歌声を伝える。


「Music is the magic to make your dreams come true 心から 飛び出した 希望が」


 ラストのサビに入った瞬間、レイドたちが持つ武器に魔力が集まっていった。

 そして、レイドは声を張り上げる。


「__今だ! 撃てぇぇぇぇぇぇッ!」


 三人は同時に、引き金を引いた。

 レイドは赤い光線、レンカは雷の槍、ヴァイクは風の刃と炎の槍を放つ。

 放たれた魔法はライブ魔法の効果によって強化され、騎士団たちが放っていた魔法に比べて一回り以上も大きくなっていた。

 一直線に向かってくる魔法にカトブレパスは避けることが出来ず、直撃する。


「ブモォォォォォォ……ッ!」


 赤い光線が黒いヘドロを、硬い表皮に守られた体を貫いた。

 続けて雷の槍が体を抉り、バチバチと紫電を撒き散らす。

 最後に風の刃が体に大きな傷跡を刻み、炎の槍が爆発してカトブレパスは爆炎に飲み込まれた。

 耳をつんざく悲鳴が徐々に弱くなり、カトブレパスの巨体がぐらりと揺らめく。

 爆炎が晴れ、黒焦げになったカトブレパスがゆっくりと地面に向かって倒れる中、俺は最後のフレーズを歌い上げた。

 

「Music is a wonderful magic that colors tomorrow 明日に向かって 飛び立った 大空へ」


 演奏が終わるのと同時に、カトブレパスの巨体が地面に倒れ伏した。

 その衝撃に大地が大きく揺れ、砂煙が舞う。

 そのまま動かなくなったカトブレパスに、騎士団の一人が叫んだ。


「や、やった! やったぞぉぉぉぉぉぉッ!」


 その声を皮切りに騎士団たちが一気に歓喜し、勝鬨を上げた。

 騎士団たちが生死を確認しようと、ピクリとも動かないカトブレパスに駆け寄ろうとする__ッ!?


「__ダメだ! まだ終わってない・・・・・・!」


 マイクを通した俺の声が、その足を止めさせた。

 驚きながら俺の方を振り向く騎士団たちの向こうで、カトブレパスがビクッと体を跳ねらせる。


 そして、口や傷口から勢いよく黒いヘドロが噴き出してきた。


「う、うわぁぁぁ!? こ、こいつまだ生きてるぞ!?」

「離れろぉぉぉぉぉぉッ!」


 勝ちを確信していた騎士団たちは、その光景を見て慌てて戻ってくる。

 カトブレパスはゆっくりと体を起こすと、その身に黒いヘドロが覆い始めた。

 巨大な黒いヘドロの塊と化したカトブレパス。ドクン、ドクンとヘドロが脈動し、赤い双眼がおぞましく光を放っていた。

 さっきの攻撃で魔力のほとんどを使ったレイドは、片膝を着きながら唖然と呟く。


「まさか、あれほどの攻撃を受けてもまだ立ち上がれるというのか……いや、あれにはもはや生命を感じない・・・・・・・・


 レイドの言う通り、あれはもう__動く死体だ。

 闇属性によって無理やり動かされているだけの、可哀想な存在。

 巨大な黒い塊になったカトブレパスは、地面を溶かしながらこっちに向かってきていた。


「どうすれば……我々も、もはや限界だ……」


 騎士団たちもモンスターの軍勢を押し止めていたり、絶え間なく魔法を使ったりと、体力も魔力も限界を迎えている。

 これ以上、あいつを止めることは不可能だろう。

 だけど__。


「__まだ、俺たちがいる」


 そう言って俺は地面から剣を引き抜き、ブンッと振ってから一歩前に出た。

 チラッと振り返り、やよいたちに声をかける。


「なぁ、みんな……俺に力を貸してくれないか?」


 すると、やよいたちは分かってますとばかりに肩をすくめた。


「いいよ。決めてきて、タケル!」

「うん、頑張って!」

「ハッハッハ! 美味しいところを譲ってやるんだ、しっかり格好つけて決めてこい!」

「……終わったら、ご飯」


 やよいが、真紅郎が、ウォレスが、サクヤが……俺の背中を押してくれた。

 だったら、俺は負けない。みんなの力で、あいつを倒す。


「__フゥゥゥゥゥ」


 ゆっくりと息を吐きながら、剣を肩に乗せて重心を低くして構えた。

 今から俺がやるのは、前に一度だけやったレイ・スラッシュのバリエーションの一つ。

 その時のことを思い出しながら、俺は一気に地面を蹴って走り出した。


「お前は、闇属性に操られていただけなんだろ?」


 一歩、また一歩とヴァべナロストに向かってくるカトブレパスに、駆け寄りながら語りかける。

 すると、剣身に魔力が集まってきた。

 その魔力は、やよいたちの魔力。四つの魔力が重なり、渦を巻くように剣身に纏っていく。


「待ってろ__今、楽にしてやるから」


 死体になってもカトブレパスは、闇属性に操られている。命を弄ぶ闇属性に、怒りの感情が燃え上がった。

 カトブレパスに罪はない。悪いのは、闇属性だけだ。

 剣身に渦を巻いていた四つの魔力が束ねられ、ライブ魔法のように俺の魔力も加えたRealize全員の魔力が一体化した。


「__うぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 雄叫びを上げ、五つの魔力と一体化して重くなった剣をブンッと振り回す。

 振り回した剣を腰元に持っていき、居合のように構えたままカトブレパスに向かって疾走した。

 ふと、黒いヘドロに浮かんだ赤い双眼が静かに揺れ、カトブレパスは何かに抵抗するように・・・・・・・動きを止める。


 まるで、楽にしてくれと言わんばかりに。


 踏み込んだ足が地面を砕き、腰を半回転させ、腰元に置いていた剣を思い切り薙ぎ払った。


「__<レイ・スラッシュ・交響曲シンフォニー!>」


 Realize全員の魔力を束ねたレイ・スラッシュを、カトブレパスに向かって放つ。

 竜巻のように渦を巻いた魔力と共に放った斬撃が、黒いヘドロを削り、抉っていく。


「てあぁぁぁぁぁッ!」


 声を張り上げ、振り抜いた剣をもう一度薙ぎ払う。

 二撃目の竜巻が重なり、黒いヘドロを弾き飛ばしていく。

 そのまま三撃目、四撃目と剣を振り、四本の竜巻がとうとう全ての黒いヘドロを吹き飛ばした。


「こ、れ、で、最後だぁぁぁぁぁぁッ!」


 最後の一撃を放つために、俺は弓を引き絞るように切っ先をカトブレパスに向ける。 本体を露わにしたカトブレパスの一点に狙いを定め、渾身の力を込めて剣を突き放った。

 ドリルのように地面を削りながら渦を巻いた魔力の竜巻が、カトブレパスの体を捉える。


 そして、硬い表皮を貫いた竜巻は、空に向かって突き抜けていった。


「__静かに眠ってくれ、カトブレパス」


 巨大な竜巻にカトブレパスの体が飲み込まれ、その姿が霧散していく。

 嵐が過ぎ去った後のように、戦場が静まり返る中__俺はカトブレパスに手向けの言葉を呟き、戦いが終わりを迎えるのだった。



 

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