二十五曲目『見出した突破口』

 横転したカトブレパスは押し戻されるように後ろへと吹き飛んでいき、砂煙の中に姿を消した。

 ベチャベチャと大量の黒いヘドロが地面を滴り、カトブレパスはそのまま動きを止める。


「……凄まじい威力だ」


 破竜砲の威力を見て、ヴァイクが呟く。

 あの災禍の竜と互角に渡り合えるほどの、高密度に圧縮された魔力の砲撃だ。並大抵のモンスターなら、これで終わりだろう。

 だけど__。


「__いや、まだだ」


 砂煙の向こうに目を凝らしていたレイドが言う通り、カトブレパスはゆっくりと起き上がり始めた。

 地面に滴っていた大量の黒いヘドロが、巻き戻るようにカトブレパスの体に伸びていく。

 そして、完全に黒いヘドロを身に纏ったカトブレパスは長い首をもたげ、重い大きな頭を持ち上げながら思い切り息を吸い込んだ。


「__ブモォォォォォォォォォォォォッ!」


 大気を震わせる大咆哮。ビリビリと音の衝撃が遠くにいる俺たちにまで届いた。

 黒いヘドロが脈動し、浮かび上がった赤い双眼に怒りの炎が燃え滾っている。

 重い頭を地面に引きずりながら、カトブレパスは動き出した。


「あれほどの攻撃を喰らっても、動けると言うのか……」


 破竜砲が直撃しても動けるカトブレパスに、レイドが顔をしかめる。

 すると、カトブレパスは身に纏った黒いヘドロを蠢かせ、逃げ惑うオークやアーマーリザード、空中を飛び回っていたワイバーンを飲み込み始めた。


「マズイな、また砲撃が来るぞ! 全員、回避ッ!」


 それを見たレイドはすぐに騎士団たちに指示を出す。

 その瞬間、モンスターを砲弾にした黒い塊がカトブレパスの体から放たれた。

 飛来する黒い塊から騎士団たちは逃れ、地面に着弾する。


「くッ……まだ来るぞ!」


 ヴァイクは空を見上げながら、全員に向けて叫んだ。

 いくつもの黒い塊が弧を描いて飛来し、結界に直撃する。ビチャリと結界に黒いヘドロが飛び散り、砲弾となっていたモンスターの死体が地面に落下した。

 その間にもカトブレパスの砲撃は止まず、熾烈さを増していく。


「ちょっと! どうなってるの!?」


 そこで、結界内の拠点から一人の女性がこっちに走ってきた。

 長い黒髪の妖艶な女性__六聖石の一人、レンカだ。

 レンカは地面を転がっているモンスターの死体や結界に付着したままの黒いヘドロを見て、苛立たしげに舌打ちする。


「どうしてあいつは、破竜砲を喰らってもあんなに元気なのよ!」

「落ち着け、レンカ」


 怒り狂いながらヴァべナロストに向かって歩みを進めているカトブレパスを指差しながら、レンカは声を張り上げた。

 そんなレンカを宥めたレイドは、顎に手を当てながら口を開く。


「通常のカトブレパスならば、あの破竜砲で一撃だったはずだ。だが、あの個体はかなり強化されている。間違いなく、あの黒いヘドロ……闇属性によってな」

「闇属性? まさか、それがあの黒い奴の名前?」


 闇属性のことを初めて聞いたレンカが、確認するように俺たちに目を向けてきた。

 俺はレンカに頷き返してから、闇属性について話し始める。 

 

「ガーディの中に蠢いていた黒い魔力、それが闇属性だ。闇属性はモンスターを侵食して、強制的に凶暴にしたり、強化する」

「何よ、それ……厄介ね」 


 話を聞いたレンカは頭をガシガシと掻きながら、ため息を漏らした。

 たしかに、あの黒いヘドロ__闇属性の魔力は厄介だ。

 モンスターを凶暴にして、強化する。生半可な攻撃は飲み込まれるし、人にも侵食する。

 あれをどうにかするには、俺の光属性しかない……はずだけど。


「__でも、突破口・・・は見つけた」


 そう、俺は光属性を使わなくても黒いヘドロを、カトブレパスをどうにかする突破口を見出していた。

 俺の一言に、レイドたちは目を見開いて驚く。


「本当か? それは、いったい……」

「あぁ。多分だけど__ッ!?」


 その突破口がなんなのかを聞いてきたレイドに俺が答えようとした瞬間、轟音が響き渡る。

 音がした方向に目を向けると、カトブレパスが今まで以上に巨大な黒い塊を撃ち放っていた。

 巨大な黒い塊は弧を描きながら、俺たちがいる場所を狙って落ちてきている。

 それを見たレンカは舌打ちしながら前に出ると、落ちてくる黒い塊に向かって手のひらを向けた。


「__話の邪魔よ!」


 そして、レンカは無詠唱で風の盾ウィンド・シールドを五枚展開する。

 渦を巻いた五枚の風の盾は巨大な黒い塊を受け止め、一枚、二枚と霧散していった。


「このぉぉぉぉぉッ!」


 レンカは叫びながら残りの盾に魔力を送り込み、最後の一枚になった風の盾が黒い塊を弾き飛ばす。

 離れたところへ飛んでいった黒い塊は地面に着弾し、複数のモンスターの死体と一緒にベチャベチャとヘドロが飛び散った。

 どうにか防ぎ切ったと思ったら、続けて飛来していた黒い塊が結界に直撃する。


「しまった!?」


 慌てて振り返ると、結界にピシピシとヒビが入っていた。

 しかも、飛び散った黒いヘドロが騎士団たちに襲いかかり、至る所から悲鳴が聞こえる。


「ぐあぁぁぁぁッ! 熱い、熱いぃぃぃッ!?」

「クソッ! 今行く!」


 闇属性に侵食された腕を抑えながら悶え苦しんでいる騎士たちの元へ、急いで駆け寄った。

 すぐに光属性で黒いヘドロを祓い、そのまま結界内に運んで貰うように他の騎士に指示を出す。

 

「危なかった……急がないと、結界が破られる」


 結界を見上げると、ヒビが少しずつ広がっていた。これ以上、あの砲撃を喰らう訳にはいかない。

 時間がない。俺は見出した突破口をレイドたちに向かって、言い放った。


「多分だけど、あのカトブレパスは魔法・・に弱い!」

「うん、そうだね。ボクもそう思うよ」


 俺の考えに真紅郎も同意する。

 すると、レイドは訝しげに眉をひそめた。


「魔法に、だと? 我々の攻撃は通ってないが……」

「それは生身のカトブレパスに届く前に、纏っている黒いヘドロが吸収してるからだ。だから、あの黒いヘドロさえ突破出来れば倒せる!」


 黒いヘドロは、魔法を飲み込んで吸収してしまう。だから騎士団たちの魔法は通らなかった。

 

「現にライブ魔法や破竜砲は効いていた。だから、黒いヘドロを突破出来るほどの魔法で攻撃すればいい!」

「だとしても、我らの魔法では突破出来ない……貴殿らしか、奴を討つことは不可能だ」

「いや、そうでもないぞ?」


 自分たちの無力さに悔しげに顔をしかめるレイドに、ニヤリと不敵に笑って見せる。

 呆気に取られているレイドに、どういうことなのか説明しよう。


「ライブ魔法は、攻撃だけじゃない・・・・・・・・ってことだよ。な、みんな?」


 そう言いながら俺は、やよいたちに目を向けた。

 すると、やよいたちも口角を上げて笑みを浮かべる。


「そういうこと。あたしたちのライブ魔法、舐めて貰っちゃ困るなぁ」

「あはは、そうだね。攻撃だけがライブ魔法じゃないよ」

「ハッハッハ! まぁ、見てろって! オレたちのライブをよ!」

「……心配ない」


 やよいはニシシと悪戯げに笑い、真紅郎は頬を緩ませ、ウォレスは豪快に笑いながら親指を立て、サクヤはムンッと気合いを入れた。

 俺たちを見たレイドは一度目を閉じると、真っ直ぐに俺たちを見つめる。


「そうか、ならば貴殿らを信じよう。我々はどうすればいい?」

「騎士団たちに魔法攻撃の準備を指示してくれ。そして、合図したら一斉にあいつに向かって放つだけ!」

「なるほど__分かりやすい」


 レイドは小さく笑みをこぼすと、この場にいる騎士団たちに向かって声を張り上げた。


「全軍、魔法一斉掃射用意! タケルの合図を待て!」


 レイドの号令に騎士団たちは雄叫びのような返事をすると、すぐにフォーメーションを組んで魔法の準備を始める。

 俺たちはライブ魔法の準備だ。全員が定位置に着くと、レイドが声をかけてくる。


「タケル! いつでもいいぞ!」

「あぁ! レンカは邪魔されないように盾を貼ってくれ! ヴァイクは騎士団たちと一緒に魔法を!」

「何をするつもりなのかは知らないけど、分かったわ!」

「……了解した」


 レンカはカトブレパスの動きを注視し、ヴァイクは魔法の準備をしている騎士団たちに合流した。

 全員の用意が済んだのを確認してから、俺はマイクに向かって声を叩きつける。


「ハロー、カトブレパス! 闇属性に操られてて、お前の意思じゃないのは分かってる! 同情するけど、これ以上ヴァべナロストを襲わせる訳にはいかない!」


 こっちに向かってきているカトブレパスに向かって、声を張り上げた。

 すると、返事の代わりに黒い塊が撃ち放たれる。

 向かってくる黒い塊はレンカの盾によって防がれ、黒いヘドロが周囲に飛び散った。


「オッケー、それが答えか。なら、こっちもお返ししてやるよ! 覚悟して聴け! 俺たちの魔法__音楽を!」


 ゆっくりとカトブレパスに向かって人差し指を向けた俺は、静かに曲名を告げる。


「__<Magic>」


 俺の声を皮切りに、演奏が始まった。



 

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