エピローグ『星空のソロライブ』
神域から城に戻ってきた俺は、一人バルコニーで夜空を眺める。
元の世界と変わらない綺麗な星空を見つめて、物思いにふけていた。
「……俺の歌声が、バラード向きか。考えたこともなかったな」
神域でアスカさんと話したことを思い出して、ポツリと呟く。
俺がRealizeに加入する前から、バンドの方針はロックバンドとして決まっていた。
だから俺は特に疑問を持たずに、ロックバンドのボーカルとして活動を続けてきたけど……。
「たしかにバラードの方が歌いやすかったしなぁ」
バルコニーの柵に頬杖をつき、ため息を漏らす。
ロックは嫌いじゃない。むしろ、大好きだ。
だけど、ロックバンドだからといってロックだけを歌う訳じゃない。ポップテイスト、ダンスナンバー、R&B__それに、ロックバラード。
多くの曲を作ってきた俺たちRealizeにも、もちろんバラード系の曲は存在する。
「一番バラードの曲は……<
バラードと聞いてポッと思い浮かんだのは、やよいが中心になって作り上げた曲<Angraecum>だ。
でもあれは、やよいが<魔法国シーム>出会い、親友になった一人の少女__シランのために作った曲。
死にゆくシランに向けられた、大事な曲だ。あの曲は俺じゃなく、やよいが歌ってこそその真価を発揮すると思う。
「つまり、新しくバラードの曲を作るしかないか? でも、時間がないんだよな……」
今から新しい曲を作りには、時間が残されていない。
ロイドさんを救出し終えたら、すぐにでもマーゼナルとの戦争が待ち受けている。
そんな状態で新しく曲を作るのは、不可能だった。
「だったら今までの曲をバラードテイストに編曲するか?」
顎に手を当てながら、思考を巡らせる。
今からバラードテイストにするのは、そう時間はかからないだろう。Realizeにはサクヤ__アレンジの天才がいるからな。
でも、バラードとしても成立するような曲となると……と、考えていると、夜空に一筋の流れ星が流れた。
「__あ」
それを見て、俺はある曲を思い出す。
すぐに俺は、魔装の収納機能で羊皮紙と羽根ペン、インクを取り出した。
そして、床に置いた羊皮紙に向かってスラスラとペンを走らせる。
「この曲なら、出来るかもしれない……」
羊皮紙に思い出した曲のタイトルを書き込んだ。
そこのタイトルは__。
「__<ホワイト・リアリスト>」
思い返すのは、俺たちが異世界に召喚される前の時。
メジャーデビューを控えていた、インディーズバンドとしてのRealize最後のライブ。
その時に披露しようとしていた、最高傑作だと太鼓判を押すほどの曲。
だけど俺たちは披露する前に異世界に召喚されて、今までこの曲を演奏してなかったけど__。
「<ホワイト・リアリスト>はロックテイストだけど、バラードにしやすかったはずだ。テンポを変えれば、もしかしたら……ッ!」
夜遅く、熾烈な戦いを終えた俺はさっきまで眠気で頭がぼんやりとしていた。
でも今の俺は眠気が吹っ飛び、一心不乱に羊皮紙にバラードテイストの楽譜を書き連ねていく。
月明かりの下、頭を掻いて悩みながら羊皮紙にペンを走らせていった。
「これだと違和感があるな……ここにサクヤのピアノを入れて、ドラム……」
ブツブツと独り言を呟き、新しい羊皮紙を取り出してまた楽譜を書いていく。
羊皮紙の数が一枚、また一枚と増えていき、俺の周りには楽譜で真っ黒になった羊皮紙が散らばっていた。
それでも、俺は書く手を止めない。止まらなかった。
「違う違う、こうじゃない。もっとゆっくりとしたテンポで……」
楽しい。心の奥底から楽しかった。
今の俺はマーゼナルとの戦争や世界の命運のことなど忘れ去った、一人の音楽好きだ。
そうだ、これが俺だ。勇者だとか英雄だとか関係ない。
__音楽の魅力に取り憑かれた、
一度手を止めた俺は羊皮紙を持って立ち上がり、夜空を見上げた。
そして、ゆっくりと深呼吸してから……囁くように歌い出す。
「__あの日ひとひらの 花が流れた 水面を揺らす 白い流れ星」
雲一つない、星空のステージ。
淡く光る月と無数の星を観客に、俺一人のソロライブを始める。
ふわりと吹く優しい夜風に乗って、俺の歌声が静かに響いていった。
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