十二曲目『不死身の大蛇』
「危なかった……二人とも無事!?」
「っててて、おう!
「……大丈夫」
バジリスクの目から放たれた赤黒い光線からどうにか逃れることが出来た三人は、無事を確かめ合っていた。
そこで、結界内にいるアスカさんが俺たちに向けて呼びかけてくる。
「ごめんなさい、言い忘れてた! バジリスクの光線を浴びると石化するから絶対に当っちゃ駄目だよ!」
「なるほど……バジリスクの名の通り、ってことだね」
アスカさんの忠告を聞いて、真紅郎は納得したようにバジリスクを睨んで呟いた。
俺もそこまで詳しい訳じゃないけど、俺たちの世界での想像上の生物バジリスクには、目を合わせた相手を石化させる能力があったはずだ。
この異世界で存在しているバジリスクもまた、同じように石化能力を持っているみたいだな。
「そんなのありかよ__って、うわッ!?」
理不尽な攻撃手段を持っているバジリスクに悪態を吐いていると、突然バジリスクが暴れ出した。
咄嗟に堪えられなかった俺は振り落とされて宙を舞う。そして、バジリスクが落ちていく俺を睨みつけ、赤い瞳に魔力を込め始めた。
「マズイ__ッ!」
このままだとあの石化する光線に直撃してしまう。だけど、空中にいる俺に避ける手段がない。
万事休す。
バジリスクが瞳から赤黒い光線を放とうとした瞬間、魔力弾と音の衝撃波がバジリスクの頭に直撃した。
「タケル! ボクたちが抑える!」
「今のうちにどうにかしろ! <ストローク!>」
真紅郎とウォレスが落下している俺に向かって叫びながら、バジリスクの注意を引きつけようと攻撃を続ける。
バジリスクは俺に石化光線を放つのを中断し、攻撃してくる真紅郎とウォレスの方に目を向けていた。
「サンキュー真紅郎、ウォレス! これなら……ッ!」
二人にお礼を言いつつ、俺は落下しながら腰元に装着していたパワーアンプのつまみを捻る。
パワーアンプから甲高い金属音が鳴り響き、起動したのを確認してから静かに魔法を唱えた。
「__<ア・カペラ>」
俺の固有魔法、ア・カペラ。
使った瞬間、俺の体から紫色の魔力が勢いよく噴き出した。そして、パワーアンプが膨大な魔力を調節し、安定させる。
ア・カペラを使ってから地面に着地した俺は、地面を踏み砕きながらバジリスクに向かって駆け出した。
「__フッ!」
紫色の光の尾を引きながら疾走し、短く息を吐いてバジリスクの長く太い胴体をすれ違い様に剣を振り抜く。
硬い鱗で守られていた胴体に横一文字の傷が刻まれ、衝撃にバジリスクはうめき声を上げながら痛みに体を蠢かせていた。
ア・カペラの効果は、常時
その代わり魔力の消費量が激しいことと体への負担が大きい諸刃の剣だけど、パワーアンプが魔力を調節し、負担を軽減してくれていた。
「__テアァァァァァッ!」
だから、アクセル全開で攻撃することが出来る。
戦場を縦横無尽に駆け巡っている俺の軌跡を追うように紫色の光がまるで稲妻のように残され、バジリスクの体にいくつもの傷を刻み込んでいく。
俺の速度にバジリスクは反応し切れず、超強化された俺の攻撃の嵐に悲痛の叫びを上げることしか出来ずにいた。
「ジャアアァァァァッ!?」
俺を離れさせようとバジリスクは尻尾を振り回して暴れまくる。
大木のように太い尻尾を掻い潜り、すれ違い様に剣を薙ぎ払うと傷跡から黒い血が噴き出した。
その黒い血を見て、俺の中に眠っていた光属性の魔力が反応したことに気付く。
「あれは、あいつらと同じ黒いヘドロ……ッ!」
傷跡から滴っている黒い液体。血だと思ってたけど、あれは真紅郎やサクヤを襲ってきたモンスターと同じ、黒いヘドロだった。
つまり、こいつの中身は闇属性__だったら、俺の光属性の魔力で祓うことが出来る。
そうと分かったら、と俺は攻撃の手を止めてバジリスクから離れた。
「みんな! こいつの中身はあの黒いヘドロで出来たモンスターと同じだ! 光属性をぶつければ、倒せるはず!」
真紅郎とサクヤは戦ったから分かってるけど、ウォレスだけは訝しげに首を傾げている。
分からなくてもいい。とにかく、俺が光属性で攻撃すればこいつを倒せるってことだ。
「時間を稼いでくれ! その間に光属性を引き出す!」
「分かった!」
「……了解」
「よく分からねぇけど、オッケー任せろ!」
俺の指示に三人は動き出した。
三人が時間を稼いでくれている間に、ア・カペラを中断する。ア・カペラを使っている時は他の魔法は使えないからな。
すぐに光属性の魔力を引き出そうと集中していると、バジリスクは体に刻まれた傷跡を見てギリッと牙を剥き出した。
「__ジャアラァァァァァァッ!」
バジリスクは大きく口を開き、怒り狂いながら咆哮する。
耳ををつんざき、大気をヒビ割らせるような咆哮は衝撃となって俺たちを襲い、俺たちは吹き飛ばされてしまった。
そのせいで集中力が切れ、地面をゴロゴロと転がる。
「く……ッ!」
大音量の咆哮は屋敷を守っている結界にヒビを入れ、アスカさんが苦しそうにうめいている姿が見えた。
そして、バジリスクは長く大きな体を這わせながら結界に近づき、尻尾を振り上げる。
「ジャアァァァァァッ!」
空気を切り裂きながら振り下ろされた尻尾が、結界に叩き込まれた。
爆音と衝撃が地面を震わせ、ヒビが入っていた結界に大きく亀裂が走っていく。
「しまった……ちくしょう!」
咆哮で三半規管を揺らされた俺は、首をブンブンと振ってから走り出した。
このまま攻撃を続けられたら、結界が破られてしまう。あそこにはまだ、やよいとキュウちゃんが眠ったままなんだ。
俺に続いて吹き飛ばされていたウォレスと真紅郎、サクヤも急いでバジリスクへと向かっていった。
「全員で止めるぞ! どうにかしてこいつを結界から遠ざける!」
俺の叫びに三人が頷く。
バジリスクはまた尻尾を振り上げ、結界に叩きつけようとしていた。
そうはさせない。走りながら
跳び上がりながら剣身と魔力を一体化させ、振り下ろされた尻尾に向かって剣を下から上に振り上げる。
「__<レイ・スラッシュ・グリッサンド!>」
使う技はレイ・スラッシュのバリエーションの一つ。サクヤの固有魔法グリッサンドの効果を付与した一撃だ。
バジリスクの尻尾と振り上げた俺の剣が接触した瞬間、鍵盤を指で弾き鳴らしたような音と共に尻尾を上に向かって受け流す。
受け流された尻尾は上に向かい、バジリスクは目を見開きながら後ろへと仰け反った。
「……<グリッサンド>」
後ろへ倒れ込みそうになったバジリスクの背後に立っていたサクヤは、グリッサンドを使ってその背中に向かって両腕を構える。
そして、バジリスクの背中を上から下に両腕を振り下ろし、さらに受け流した。
俺とサクヤに受け流されたバジリスクは、まるで尻尾に引っ張られるように上空へと浮かび上がる。
グルリと長い体を丸めて空中で一回転したバジリスクは、背中の翼を羽ばたかせて体勢を立て直そうとした。
そこで、ベースを構えた真紅郎がニヤリと頬を緩ませる。
「待ってたよ」
そう呟くと、弦を弾き鳴らした。銃口から放たれた二つの魔力弾は弧を描きながら双翼に同時に着弾し、体勢を立て直そうとしていたバジリスクは空中でグラつく。
「__ヘイ、サクヤ!」
「……分かってる」
ウォレスの呼びかけに静かにサクヤが答える。
ウォレスは不敵に笑うと目の前に紫色の魔法陣を展開し、サクヤは魔法陣に向かって魔力と一体化させた拳を振り被った。
「__<ストローク!>」
「__<レイ・ブロー・
ウォレスのストロークとサクヤのレイ・ブローのコンビ技。
魔法陣に向かって荒々しくも流麗に舞うように拳を、蹴りを叩き込むサクヤ。
その一撃一撃を受け止めた魔法陣から音の衝撃波が放たれ、空中にいるバジリスクに直撃していく。
「ゴッ、ガッ……ッ!?」
口から血のような黒いヘドロを吐き出し、どんどん屋敷から遠ざかっていくバジリスク。
十六発全てを魔法陣に叩き込んだサクヤは、グッと右拳を引き絞って足を踏み込んだ。
「__<レイ・ブロー・
サクヤの最強の一撃、レイ・ブロー・
凄まじい衝撃にバジリスクは白目を剥き、体を大きく折り曲げながら吹っ飛ばされる。
宙を舞った巨体は森へと突っ込み、太い木々を薙ぎ倒しながら落下した。
バジリスクはダメージが大きいのか起き上がることが出来ず、地面に横たわったままピクピクと痙攣している。
「__ここだ」
このチャンスを逃す訳にはいかない。ここでこいつを叩きのめし、最後は光属性で決着をつける。
剣を腰元に置いて居合のように構えた俺は、その体勢のままバジリスクへと向かっていく。
剣身と音属性の魔力を一体化させ、フラフラと顔を上げようとしているバジリスクの顔面を狙って、剣を薙ぎ払った。
「__<レイ・スラッシュ・
今の俺が出来る最大の攻撃。五重に束ねた一撃が、バジリスクの顔面を捉えた。
最初の音の衝撃が炸裂し、バジリスクの顔が跳ね上がる。
続けて二撃目の衝撃で、バジリスクは大きく仰け反った。
三撃目。バジリスクの鋭い牙が砕け、口から黒いヘドロが吐き出される。
四撃目。限界まで仰け反ったバジリスクの首元が、ミチミチと嫌な音を立てて千切れそうになっていった。
そして、最後の五撃目。一際大きな衝撃によって、ブチブチと音を鳴らしながら千切れそうになっていたバジリスクの顔面が、とうとう千切れ飛んだ。
「うぇッ!?」
まさか千切れると思ってなかった俺は、驚きで声が漏れた。
バジリスクの顔はクルクルと回転しながら地面に落下し、重い音を立てながら転がる。
顔がなくなった胴体から黒いヘドロが噴水のように勢いよく噴き出し、力なく地面に倒れ伏す。
「た、倒せた……のか?」
光属性を使って倒そうと思っていたのに。
だけど、倒せたからいいか。さすがに首を落とされたらバジリスクも二度と動くことはないだろう。
__そう、思っていた。
「……は?」
目の前の光景に、唖然とした。
顔がない胴体がビクンと跳ねると、地面に広がっていた黒いヘドロが蠢き出す。
意思を持っているかのように動き出した黒いヘドロは、転がっていた顔に向かって伸びていった。
黒いヘドロで顔と胴体が繋がるとバジリスクはカッと目を見開き、その状態のまま体を起こしていく。
「不死身かよ……ッ!」
千切れた顔と胴体が黒いヘドロに繋がれたまま、バジリスクは息を吹き返した。
黒いヘドロが安定してないせいで顔が上下反対になったまま、バジリスクは鎌首を持ち上げて俺たちを睨みつけてくる。
「__ジャララララァァァッ!」
異形な姿と化したバジリスクに寒気を覚えていると、バジリスクは狂ったような咆哮を上げて襲いかかってきた。
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