七曲目「激闘の空中戦」

 暴れ回るカラスの上で堪えていた俺は、懸垂の要領で腕力を使って背中に乗ることが出来た。

 これでどうにか振り落とされる心配はないけど、問題はこんなに動き回られていると光属性の魔力を引き出すことに集中出来ない。

 光属性の制御が完璧じゃない自分の不甲斐なさに歯噛みしながら、まだカラスに拘束されているサクヤに呼びかけた。


「サクヤ! 大丈夫そうか!?」

「……どうにか。でも、もう太もも近く」


 サクヤのふくらはぎ辺りを縛り付けていた黒いヘドロが、今は太もも近くまで伸びている。

 拳をめり込ませて抵抗しているけど、あまり時間はなさそうだ。

 すると、地上から魔力弾が飛んでくる。真紅郎の援護射撃だ。


「うぉッ!?」


 飛来する魔力弾を回避したカラスによって、俺の体が振り回される。

 と、思ったらもう一発の魔力弾が飛んできて、避けたカラスが水平になった。

 どうやら真紅郎は攻撃を当てるんじゃなく、わざと外すように魔力弾を放ってカラスの体が水平を保つように誘導しているみたいだ。

 そのおかげで激しい動きだったカラスが、安定して大樹の周りを旋回し始めている。


「いいぞ、真紅郎! これなら……ッ!」


 今なら集中出来そうだ。

 すぐに俺の中にある光属性の魔力を引き出そうとすると、カラスはいきなり急降下した。


「んなッ!?」


 突然の急降下でまた集中力が途切れる。

 何事かと思っていると、カラスは一直線に地上にいる真紅郎に向かっていた。

 多分、邪魔する真紅郎が鬱陶しくなったんだろう。猛スピードで地面へと落ちていくカラスは嘴を鋭利な刃物のように鋭くさせ、真紅郎に襲いかかる。


「__くッ!」


 すぐに真紅郎は地面を転がり、カラスの攻撃を避けた。

 目標を外したカラスは翼を羽ばたかせ、一気に上空へと飛ぶ。

 上下に激しく動くカラスから振り落とされないように、歯を食いしばりながら突き立てている剣の柄を握りしめる。


「このままだと、握力が……」


 段々と柄を握る手に力が入らなくなってきた。

 またカラスが真紅郎を襲いに急降下したら、耐えきれずに振り落とされる。 

 時間がない。少しでいい、五秒もあれば光属性の魔力を引き出せる__ッ!


「__そうだ」


 必死に思考を巡らせると、一つだけ作戦を思いついた。

 ただ、それはかなりの賭けだ。失敗すれば、俺は地面に向かって真っ逆さまになる。

 だけど……それしかない。


「やるしかないか……サクヤ!」


 覚悟を決めて、サクヤの名前を叫んだ。

 足元から飲み込もうとする黒いヘドロを拳で振り払いながら、サクヤが俺に目を向けてくる。


「……何?」

「どうにかしてその拘束を解く! あとはどうにか合わせてくれ!」


 作戦としてはかなり杜撰で、無茶苦茶だ。だけど、これしかない。

 サクヤはジッと俺を見つめてから、頷いた。


「……分かった。どうにか合わせる」

「よし、じゃあ行くぞ__ッ!」


 そして、俺はカラスの体から剣を抜く・・・・

 振り落とされないための頼みの綱だった剣を抜けば、当然俺の体はカラスから離れることになる。

 フワリと浮遊感を感じながら、剣を握りしめて集中した。

 

「どうせ振り落とされるなら、こっちから離れればいい。こうすれば__」


 光属性の魔力を引き出したいのにカラスが暴れて集中出来ないなら、こっちから離れればいい・・・・・・

 逆転の発想で自分から空中に投げ出し、集中する。

 ようやく引き出した光属性の魔力を剣に集め、カラスを睨みつけた。


「問題はどうやってあのカラスにぶつけるかだけど……」


 足場のない空中でどうやってカラスに攻撃するか。無茶で無謀な賭けだけど、確信を持って言える。

 

「__任せたぜ、真紅郎・・・


 俺が呟くのと同時に、いくつもの魔力弾がカラスに向かって飛んでいった。

 すると、咄嗟に避けたカラスが落ちていく俺の真下に・・・に移動する。


 __信じていた。真紅郎なら、俺の動きから何をしたいのかを察してくれるはずだと。

 

 そして、真紅郎はその信頼に応えてくれた。口角を上げ、真下にいるカラスに向かって光属性の魔力を纏った剣を振り下ろす。


「__<レイ・スラッシュ!>」


 カラスの背中に、剣を叩き込んだ。

 黒いヘドロが弾け飛び、粒子となって消えていく。カラスは嘴を大きく開き、声にならない悲鳴を上げていた。

 でも、浅い。足場のない空中で攻撃だったからカラスを倒すにまで至ってない。


「……ありがと、タケル」


 だけど、本来の目的__サクヤを救出することが出来た。

 光属性の一撃はサクヤの両足を拘束していた黒いヘドロを吹き飛ばし、背中から飛び降りたサクヤの腕を掴む。 


「でも、ここからどうしよう」


 ボソッと呟きながら、チラッと下に目を向けた。

 かなり上空にいるからまだ時間はあるけど、どんどん俺とサクヤの体は地面に向かって落下していっている。

 着地の方法までは思いつかなかったから、残された僅かな時間で考えないと地面に叩きつけられて死んでしまう。

 そして、もう一つの問題。


「……来る」


 俺の横で一緒に落下しているサクヤが、目を鋭くさせながら呟いた。

 その視線の先には、倒しきれなかったカラス。カラスは真っ赤な目を見開きながら、嘴を鋭くさせながらこっちに向かってきていた。

 空中で動けない俺たちは格好の的だ。


「……タケル、合わせて」


 すると、サクヤが静かに口を開いた。

 この状況でどうするつもりなのかと聞きたかったけど、時間がない。


「分かった、どうにか合わせる!」


 真紅郎の次は、サクヤを信じよう。

 俺が了承すると、サクヤは俺の腕を掴んでムンッと鼻を鳴らした。


「……せいッ!」


 そして、サクヤは勢いよく俺を向かってくるカラスの上を通り過ぎるように投げ放つ。

 投げられた俺が向かった先は、そびえ立つ大樹の太い幹だった。


「__そういうことか!」


 サクヤがやろうとしていることを察した俺は、体を反転させて幹に足を着ける。

 同時に、俺を投げた体勢のサクヤに向かって、カラスは嘴を突き立てようとしていた。


「<グリッサンド>」


 そこでサクヤは自身の固有魔法__音属性で唯一の防御魔法、グリッサンドを使う。

 両腕に音属性の魔力を纏わせたサクヤは、貫こうとしてくる嘴を空中で滑らかにいなしてみせた。

 ピアノの鍵盤の端から端を指で一気に鳴らしたような音色と共に、サクヤはカラスの上をコマのように回転しながら攻撃を受け流す。


「……タケル」

「__おうッ!」


 サクヤの呼びかけに声を張り上げて答えた俺は、幹を蹴って跳んだ。

 空中にいるサクヤを横切り、方向転換していたカラスに向かって一直線に向かっていく。

 そして、光属性の魔力と一体化させた剣を、思い切り振り抜いた。


「もう一丁! <レイ・スラッシュ!>」


 二度目のレイ・スラッシュをカラスに叩き込む。さっきと違って確かな手応えを感じながら、カラスを一刀両断した。

 光属性によって黒いヘドロで形成されたカラスの体が粒子となって消滅する。


「よし! って、やばッ!?」


 倒せたことへの喜びも束の間、地面がもうすぐそこまで迫っていることに気付いた。

 地面まで残り数メートルのところで、俺と同じように幹に足を着けたサクヤが俺に向かって跳んで来ると、がっしりと俺の体に抱きついてくる。

 そして、自分が下敷きになるようにグルリと動くと__。


「__<グリッサンド>」


 そのまま俺とサクヤは地面へと叩きつけられるそうになるその瞬間、サクヤはまたグリッサンドを使った。

 地面に背中が接触したのと同時に、サクヤは衝撃をいなす・・・・・・

 ピアノの音色を響かせながら、サクヤと俺はいなした勢いのまま地面を転がり、大樹に激突した。


「うがッ!?」

「……むぐッ」


 俺の胸に顔を押し付けられたサクヤと、背中に伝わってきた衝撃と痛みにうめく俺の声。

 かなり痛いけど、地面に叩きつけられて死ぬよりはマシだ。

 痛みに悶えていると、近づいていきた真紅郎が声をかける。


「えっと、二人とも無事?」


 心配そうに覗き込んできた真紅郎に、俺とサクヤは目を合わせてから同時にため息を漏らした。


「あぁ、サクヤのおかげでなんとかな」

「……大丈夫」


 俺はがっくりと大樹に背中を預けながら答え、サクヤは親指を立てる。

 どうにかサクヤを助け出し、これで残りはウォレスだけ。早く探しに行きたいところだけど、さすがに体力の限界だ。

 俺たちは大樹の下で、少し休むことにした。


 

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