八曲目『最後の一人』

 カラスとの戦いを終えた俺たちは、大樹の下で一時間ほど休憩を取った。

 二連戦の疲れもある程度は回復し、そろそろウォレスを探しに行かないとな。


「やっぱり、上から探した方が見つけやすいよな?」


 そう言いながらかなり高い大樹を見上げる。

 さっきは戦いながら登ってて危なかったけど、今なら邪魔されることなく安全に登れそうだ。

 これだけ高ければ、この神域ほぼ全体を見渡すことが出来るだろう。という訳で、俺たちは落ちないように気を付けながら大樹を登ることにした。


「ほっ、ほっ……それにしても、でかい木だよなぁ」

「……真紅郎、大丈夫?」


 幹の出っ張りや枝を使ってどんどん上を目指して登っていく。

 俺とサクヤはスイスイと登っていくけど、真紅郎は恐る恐るゆっくりと俺たちについてきていた。

 心配したサクヤが声をかけると、真紅郎は顔を引きつらせながら苦笑いを浮かべる。


「だ、大丈夫、とは言えないかな? というか、タケルとサクヤはどうしてそんなに余裕なの?」

「別に余裕ってことはないけど……さっきも登ったからなぁ」

「……慣れ」


 真紅郎から見れば余裕そうに見えるんだろうけど、実際は俺だって怖い。

 でも、さっきカラスとの戦いで登ったし、この異世界に来てから色々と危険な橋を渡ってきたからな。サクヤが言うように慣れだ。

 すると、真紅郎は「そんな簡単に慣れるようなことじゃないでしょ……」と呟きながら、枝に足をかけようとした。


「うわッ!?」


 その時、ズルっと真紅郎の足が滑る。

 足を踏み外してそのまま落下しそうになった真紅郎だったけど、同時に俺とサクヤは手に持っていたロープを思い切り引っ張った。

 そして、真紅郎の腰を縛っているロープがビンッと張り、真紅郎の体がブラブラと宙ぶらりんになる。


「ふぅ、危なかった。おーい真紅郎、無事か?」

「し、死ぬかと思った、冗談抜きで死ぬかと……」

「……命綱、大事」


 ホッと胸を撫で下ろしながら無事を確認すると、真紅郎は今にも泣きそうな顔をしていた。

 ただでさえ中性的な顔立ちをしてるのに、涙目になっていると本当に女性にしか見えないな。

 サクヤが親指を立てながら、握ったロープを掲げる。これは大樹を登ることに不安がっていた真紅郎を安心させるための、命綱だ。

 これがなかったら真紅郎は地面まで真っ逆さまだっただろう。宙ぶらりんの体勢からどうにか太い枝に抱きついた真紅郎は、深い深いため息を吐く。


「やっぱりボク、登らなくてもよかったんじゃない?」

「さっきも言っただろ? 探す人数は多いに越したことはないって」

「……ファイト、真紅郎」


 実は大樹を登ることにめちゃくちゃ渋っていた真紅郎。

 だけど、この広大な神域でウォレス一人を探すなら、人数がいた方がいい。そう説得して半ば無理やり登らせた。

 真紅郎も理解しているのかサクヤの応援にがっくりとうなだれながら、弱々しい声で「分かってる、分かってるけどね……」とまたため息を吐く。

 それから三十分ぐらいかけて、俺たちはようやく大樹の頂上へとたどり着いた。

 頂上から神域を見渡してみると、かなり広大な森が広がっている。

 遠くの方を見ると切り立った山が森を取り囲み、さらに奥の方ではまるでオーロラのような光る壁があった。

 多分、その壁がこの神域の果てなんだろう。


「さて、ウォレスはどこだ?」


 早速俺たちはウォレスの捜索を始めた。

 さすがに山の方にはいないだろう。いるとするなら、神域に一緒に飛ばされてきた真紅郎とサクヤの近くのはず。

 そこまで離れてないと考え、周辺の森に目を向けてみるけど……ウォレスの姿はなかった。


「本当、どこにいるんだ?」

「うーん、あまり遠くにはいないだろうけど……双眼鏡があれば探しやすいんだけどね」


 そんなことを真紅郎と話していると、別の方向を見ていたサクヤが「……あ」と声を上げる。


「……いた」

「え、マジで? どこだ?」

「……あそこ」


 俺と真紅郎はサクヤが指差した方向に目を向けたけど、ウォレスらしき人影は全然見えない。


「え? どこ?」

「……あそこだって」

「ごめん、サクヤ。ボクたちには見えないんだけど」

「……二人とも、目が悪い」


 いやいや、無茶を言うな。そう簡単に目視出来るような距離じゃないぞ?

 やれやれと言いたげに肩をすくめたサクヤは、ジッとその方向を見つめる。


「……敵は、いなさそう。何か、食べてる。ずるい」

「そこまで見えるのか!?」

「マサイ族並みの視力だと思うんだね」

「……野菜? お腹空いた」


 野菜じゃなくて、マサイ族な。

 聞き慣れないマサイ族を野菜と聞き間違えたサクヤは、腹を鳴らす。


「とりあえず、降りてサクヤが見つけた方向に向かうか」

「そっか、降りなきゃいけないんだよね……はぁぁぁ」

「……急いで降りる。ご飯」


 本当かどうかは分からないけど、サクヤが言うならウォレスがあの方向で何か食べてるんだろう。

 苦労して登ったのにすぐに降りることになった真紅郎は、憂鬱そうにしている。だけど、サクヤに急かされてまた恐る恐る降り始めた。

 最終的にはサクヤに背負われながら大樹を猛スピードで降りることになり、真紅郎の悲鳴が森中に響き渡る。

 そして、地面に降り立つとサクヤは真紅郎を背負ったままウォレスのいる方向へと走っていった。

 慌てて俺もサクヤを追うけど、かなり速い。そんなに空腹だったのか、サクヤ。


「……ご飯、ご飯、ご飯」

「ちょ、待って、サクヤ、速い、速いって!?」

「俺を置いてくなよ!?」


 無表情なのに目だけ輝かせ、口から涎を流したままサクヤは森を突っ走る。

 背負われた真紅郎は悲鳴を上げることしか出来ず、俺も急いでサクヤの後ろを走った。魔法も使ってないのに、なんて速さだよ。 

 あっという間に森を抜け、流れている川をピョンピョンと岩場を跳ねながら超えて、また走るサクヤ。

 物凄いスピードで駆け抜けていったサクヤとその後を追う俺、もはや声が出なくなっている真紅郎は一本の木が生えている場所で止まる。

 さっきの大樹ほどじゃないけど充分大きな木の下には、見覚えのある男の姿があった。


「ウォレス!」


 Realizeのドラム担当の外国人、ウォレスが本当にいた。

 短く切り揃えた金髪に黙っていればワイルド系イケメンのウォレスは、俺たちの声に気付いてゆっくりと振り返る。

 そして、手に持っていた食べかけの果物をポロリと落とすと、ブワッと目から涙を流した。


「お、おぉぉぉぉぉッ! タケル、真紅郎、サクヤぁぁぁぁぁッ!」


 ウォレスは涙と鼻水を垂らしながら、俺たちに向かって走り出す。

 そのまま抱きつこうとしてくるウォレスをサクヤはスッと避け、背負っていた気を失いかけている真紅郎を適当に地面に落とした。


「ぐぇ」

「ご飯……ッ!」


 潰れたカエルのようなうめき声を上げて、力なく地面に仰向けになる真紅郎。

 サクヤは木の根元に置いてあった果物を掴み、ムシャムシャと食べ始める。ようやく見つけたウォレスよりも、食欲が勝ったようだ。

 それよりも、サクヤに避けられたウォレスは俺に向かって手を広げて飛びかかってきている。

 このままだと俺は、涙と鼻水だらけの筋骨隆々の大男に抱きつかれてしまう……ッ!


「__それだけは、勘弁だ」


 すぐに俺は動き出した。

 俺に向かってタックルしてくるウォレスに対して、逆に俺から向かっていく。

 両方から迫ってくる腕を掻い潜るように上体を低くして、肩からウォレスの懐へと突っ込んだ。


「__だらっしゃい!」


 肩とウォレスの体が接触した瞬間、怒声を上げながらグルリと背中を向ける。

 背中にウォレスを乗せ、そのまま肩を視点にウォレスの体を投げ飛ばした。

 全神経を研ぎ澄ませて集中させた動体視力により、世界がスローモーションになる。

 投げ飛ばされたウォレスの声までゆっくりと聞こえ、俺を通り過ぎるように飛んでいくウォレス。

 目標を失ったウォレスはそのまま落下し、ズザザァァと地面を滑った。


「しゃあッ!」


 どうにかウォレスの抱きつき攻撃を避けた俺は、ガッツポーズ。完璧なまでの投げ飛ばしだった__ッ!


「しゃあッ! じゃねぇだろ!? そこはオレを受け止めるキャッチミーだろ!?」


 避けられたウォレスはガバッと体を起こしてツッコむ。

 そんなウォレスに俺は苦笑しながら頬を掻いて、答えた。


「いやぁ、つい」

「ついじゃねぇ! めちゃくちゃ心細かったんだぞ!? 再会を喜ぶ仲間を投げるか普通!?」

「だって、暑苦しかったし」


 涙ながらに不満を訴えるウォレスから、ソッと目を逸らす。

 ウォレスはブツブツと文句を言いながら立ち上がると、改めて俺の前に歩いてきた。


「ったくよぉ……ヘイ、タケルブラザー。会いたかったぜ」

「俺もだよ、ウォレス」


 俺とウォレスはパチンとハイタッチ。

 それから俺たちは果物を食べまくっているサクヤと、落とされた時に背中を痛めたのかのたうち回っている真紅郎のところに向かう。

 これでようやく俺は、Realize全員を探し出すことが出来たのだった。



 

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