六曲目「遥か上空での攻防』
大樹を目指して森を進んでいくと、川が流れている岩場が迫り出した場所に行き着いた。
ゴツゴツとした岩だらけの足場のせいで、軽快に進むことが難しい。滑落しないように気を付けながら川の近くまで降りた俺たちは、そこで一度休憩を挟むことに。
岩の隙間から流れている川は飲んでも大丈夫そうなほど綺麗で透き通っている。一口飲んでみると、歩き疲れた体に気持ちがいいぐらい染み渡った。
「ぷはぁ……真紅郎、あとどれぐらいかかりそうか分かる?」
「んー、そうだね。大体一時間ぐらいかな? この川を渡って、また森を進むことになりそうだね」
「一時間かぁ。結構遠いな」
遠くから見てもかなり大きな木だったし、歩きで向かうには意外と遠い。
辟易としながら俺たちは川を渡って、対岸にあった森へと向かう。
「ん? あれって……」
すると、大樹の方を見ていた真紅郎が声を漏らした。
真紅郎はジッと目を凝らしながら、何かを見つめている。
「どうかしたのか?」
「タケル、あの大樹の周りに何か飛んでるのが見えない?」
そう言われて真紅郎が見つめている方向に目を向けてみると、たしかに大樹の周りを飛び回っている何かが見えた。
あれは……鳥か?
「鳥に見えるけど、おかしいな。この神域にはモンスターの類はいないって聞いたんだけど」
「聞いたって、例の音属性の属性神から?」
真紅郎に頷きながら、首を傾げる。
音の属性神__アスカさんと話していた時に、この神域にはモンスターのような生物は存在しないと聞いていた。
そうなると、あれは__。
「多分、敵だな」
「敵って、さっきのと同じ?」
「あぁ、断言してもいい。あれも神域に侵食してきた闇属性の類だろ」
他にモンスターがいない以上、大樹の周りを飛び回っている鳥のような何かも闇属性__敵に違いない。
てことは、もしかしてあの大樹の近くにウォレスたちがいるんじゃないのか?
俺が真紅郎に目配せすると、無言で頷いて返される。
「__<アレグロ>」
そして、俺と真紅郎は同時に
相手が闇属性なら、ウォレスたちじゃ太刀打ち出来ないだろう。
紫色の魔力を纏いながら、急いで大樹へと向かう。すると、並んで走っていた真紅郎が声をかけてきた。
「ねぇ、タケル。その属性神はあの闇属性を追い払うことは出来ないの?」
「属性神だとしても、闇属性をどうにかすることは無理みたいだ」
「やよいは属性神のところにいるんだよね? 大丈夫なの?」
「あぁ、必ず守ってみせるって言ってた! だから、絶対に大丈夫!」
そう答えると、真紅郎はクスッと小さく笑みをこぼす。
「タケルがそこまで信頼してるなら、心配ないみたいだね。どんな人なのか、早く会ってみたいよ」
「ウォレスたちを全員集めてからな! 全員驚くぞ! サクヤは分からないけどな!」
そんなことを話しながら、全速力で大樹へと走る。
三十分ぐらいノンストップで疾走していくと、ようやく大樹の近くまでたどり着いた。
見上げても上が見えないぐらい高い、何十人かで囲まないといけないほど太い幹をした大樹。
地面から剥き出しになった太い根っこの前で立ち止まった俺たちは、息を整えながら頭上を飛び回っている鳥を見上げた。
「大きい、カラス?」
真紅郎が呟いた通り、空高くにいるそれは大きな黒いカラスのようなモンスター__いや、カラス型の
翼を含めて、大体二メートルほどの大きさのカラスは、黒いヘドロで出来た翼を羽ばたかせて大樹の頂上付近を飛び回っている。
「いや、飛び回っているというか……暴れ回ってる?」
よく見てみると、カラスは何かを振り払うようにバタバタを暴れながら飛んでいた。
遠すぎて見えないけど、カラスの背中に何かが__。
「タケル! カラスの上に誰かいる!」
真紅郎の声に、俺もカラスの背中に誰かがいるのを視認した。
あれは、間違いない!
「__サクヤだ!」
カラスの上に乗っていたのは、白髪褐色肌の<ダークエルフ族>の少年__俺たちの仲間の、サクヤだった。
目を凝らしてみると、サクヤが拳を振り上げてカラスに攻撃している姿が見える。
サクヤは遥か上空で、あのカラスと戦っていた。
「あの高さから落ちたら……仕方ない、真紅郎! 援護を頼む!」
「いいけど、タケルも落ちないでよ?」
「分かってる! 俺に当てるなよ!?」
太い幹に走り寄り、手をかける。あの高さまで登るには、このままじゃダメだろう。
「<アレグロ><ブレス><エネルジコ!>」
最初に
それから、本来重ねがけ出来ない音属性魔法を間に息継ぎを意味するブレスを使って魔法同士を繋げ、
体に紫色の魔力を纏い、強化された筋肉が盛り上がる。そして、地面を踏み抜きながら一気に跳び上がった。
強化された肉体と敏捷をフルに使って幹や太い枝を掴み、足場にしながらどんどん上へと登っていく。
ある程度登ってからチラッと下を見ると、真紅郎が米粒に見えるぐらいの高さまで来ていた。
「うわ、見なきゃよかった」
あまりの高さにゾワゾワと背筋が凍る。この高さから落ちたら、ひとたまりもないだろう。
ブンブンと首を振って恐怖を振り払い、下を見ないように木を登る。
そして、ようやくカラスとサクヤがいる高さまで登り切った。
「サクヤ!」
サクヤの名前を叫ぶと、苦しそうな表情でカラスを殴っていたサクヤが驚いたように俺に気付く。
「……タケル、助けて」
そう言ってサクヤは足元に目を向ける。よく見るとサクヤの両足がカラスの羽根__黒いヘドロが触手のように絡みついて拘束していた。
どうやらサクヤはそこから逃げようとして、カラスを必死に殴っていたらしい。だけど、この黒いヘドロは闇属性のもの__光属性以外の攻撃は効果がない。
「サクヤ! そいつは闇属性で作られたモンスターだ! 光属性じゃないと倒せない!」
「分かって、る……でも、こうしないと、飲み込まれる……うッ!?」
サクヤの両足を縛る黒いヘドロは、徐々に上へと伸びていた。サクヤは拳で振り払っているけど、長く持ちそうにない。
カラスはサクヤに殴られると、痛みはなくても鬱陶しいのか赤い目を釣り上げて暴れ回っていた。
急がないと、と言いたいけど……。
「た、高いんだよな……」
サクヤを乗せたカラスと今俺がいるところは、少し離れている。
全力で跳べばギリギリ届く距離ではあるけど、簡単に跳ぶにはちょっと躊躇してしまう高さだ。
失敗すれば、俺は下へと真っ逆さま。かと言って急がないとサクヤが闇属性に飲み込まれる。
覚悟を決めるしかない。タイミングを見計らい、全力で跳ぶ。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ……」
ゆっくりと深呼吸してから、魔装を展開して剣を握る。
光属性は問題なく引き出せそうだけど、今引き出したらカラスが反応して離れるかもしれない。
だから、飛び乗ってからだ。飛び乗り、光属性で倒して、どうにかしてサクヤを救出する。
頬に冷や汗が滴る。恐怖で呼吸が浅くなり、足が震えそうになるのを必死に堪えた。
「行くぞ、行くぞ、行くぞ……」
自分に言い聞かせながら、カラスの動きを観察してタイミングを伺う。
サクヤは俺がやろうとしていることを察して、拳を振り上げた体勢で止まっていた。
カラスが大きく翼を羽ばたかせる。嘴を開け、体を拗らせながら暴れた時__。
「__シッ!」
短く息を吐いたサクヤが、カラスの背中に拳を叩き込んだ。
ベチャッと音を立て、サクヤの拳が黒いヘドロの体にめり込む。
すると、衝撃でカラスの体がグンッと俺の方に近づいた。
「__今だぁぁぁッ!」
声を張り上げ、力強く大樹を蹴って跳躍する。
タイミングはばっちり。ちょうど俺の落ちるところに、カラスの背中が移動していた。
剣を振り上げ、切っ先を突き立てるようにそのままカラスの背中に向かって、振り下ろす。
「__てあぁぁぁぁッ!」
そして、切っ先がカラスの体__黒いヘドロへと深く突き立てられた。
あとは光属性の魔力を引き出して、こいつを吹き飛ばす……。
「うぉ!?」
そう思っていたのに、カラスは俺が飛び乗ってすぐに勢いよく暴れ出した。
俺の体が浮かび上がり、振り落とされそうになるのを突き立てた剣の柄を必死に握って堪える。
ブンブンと俺の体は振り回され、光属性を引き出すのを阻害されていた。
「くッ、この、うぉあぁッ!?」
それでもどうにか光属性を引き出そうとすると、いきなりカラスが急降下する。
しかも、グルグルと錐揉み回転しながら。
さながらジェットコースターのような状態で、胃をかき乱されて嘔吐感が襲いかかる。
「や、やめ、うわぁぁぁぁぁぁッ!?」
急降下したかと思えば急上昇し、グルングルンと旋回し始めるカラス。
右に左に、上に下にと振り回された俺は、ただただ悲鳴を上げることしか出来なかった。
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