十二曲目『追い風』

 ユニオンマーゼナル支部ユニオンマスター代行。それが今のアシッドの立場らしい。

 マーゼナル支部のユニオンマスターはロイドさん……俺たちに魔法や戦闘、多くのことを教えてくれた師匠みたいな存在だ。

 だけど、ロイドさんは俺たちを裏切り、王国側__ガーディと手を組んで俺たちを捕まえようとしてきた。

 俺はロイドさんと戦ってどうにか勝つことが出来た。それから、ロイドさんは俺たちを逃すために王国の追っ手と戦いになり、それ以来どうなったのか分からない。

 そのロイドさんの代わりにアシッドが代行としてこの会議に参加してるってことは……。


「なぁ、アシッド。ロイドさんは……」


 恐る恐る聞いてみるとアシッドはピクリと眉をひそめ、そして面倒臭そうに後頭部をガシガシと掻く。


「まぁ、気になるよねぇ。とりあえず、結論から言うと__生きてはいる」


 どこか含みがある言い方だけど、ロイドさんが生きているとはっきり答えるアシッド。

 生きてて嬉しい反面、何かありそうな雰囲気に俺は続けて問いかけた。


「生きてはいる、ってどういう意味なんだ?」

「命までは奪われてない、って意味だよぉ。あの人は今、国家反逆罪・・・・・で幽閉されてる」

「はぁ!? 国家反逆罪!?」


 予想外の答えに驚きの声を上げると、アシッドはため息混じりに経緯を説明し始める。


「タケルたちが王国から逃げ出す時、あの人は王国……ガーディ・マーゼナルと戦った。それを王国の転覆を狙う反逆行為だ、という名目で捕縛したんだよぉ」

「そんな……」


 俺たちを守るために、ロイドさんは捕まったっていうのか?

 俺たちのせいで国家反逆罪なんていう、無実の罪を被ったロイドさんに責任を感じていると、アシッドは俺の肩にポンっと手を乗せる。


「タケルたちが気にすることはないよぉ。あれは、マスターが自分で決めた行動なんだからねぇ。現にあの人は捕まった時も、笑顔だったよ」


 __例え俺を捕まえようと無駄だぞ、ガーディ。俺はあいつらに小さな光を、未来を託したんだ。今はまだ小さな光でも、いつか必ずお前の元まで届くほど大きくなる。その時まで俺は、暗い牢獄の中で待つことにするぜ。


「……って、マスターは最後の最後まで笑みを崩さないで、ガーディ・マーゼナルにはっきりと言ってたよ。マスターはタケルたちに全てを託し、抵抗もせずに幽閉されたんだ。だから、責任を感じるんじゃなく__託された想いを無駄にしないことが、タケルたちのするべきことだよぉ」


 アシッドが教えてくれた、ロイドさんの想い。

 ロイドさんらしいその言葉に、俺たちは思わず笑みがこぼれた。


「そう、だな。ロイドさんのためにも、ガーディを止めないとな……ッ!」


 改めて覚悟を決めると、俺に続いてウォレスが笑い声を上げる。


「ハッハッハ! そうだぜ、タケル! あの野郎をぶっ飛ばして、ロイドを助けようぜ!」

「うん、そうだよ。生きてることが分かっただけでも、喜ぼう」


 ウォレスがニヤリと笑いながら言うと、真紅郎も真剣な表情で頷いた。


「……やるしかない」

「そうだね! そのためには、やれることをやらないと!」


 サクヤもやる気満々でムンッと気合を入れ、やよいも頬を緩ませながら拳を握りしめる。

 ロイドさんは俺たちにこの世界の未来を託してくれたんだ。その想い、無駄にはしない。

 そして、恩も返さないとな。ロイドさんのおかげで、俺たちはこうして旅が出来ているんだから。

 俺たちが気合を入れていると、ずっと黙っていたシリウスさんがわざとらしく咳払いをした。


「久しぶりの再会に花を咲かせているところを邪魔するのは申し訳ありませんが、そろそろ会議を続けて大丈夫でしょうか?」

「あ、すいません……」


 アシッドの登場で忘れてたけど、今は会議中だったな。

 慌てて頭を下げると、アシッドは首を傾げる。


「そうそう、忘れてたけど……なんでタケルたちがここにいるのぉ? ここってユニオン本部だよねぇ?」


 今来たばかりのアシッドには、俺たちがここにいることが疑問だろう。

 俺たちがここに来た理由を話すと、アシッドはなるほどと言いたげに何度も頷く。


「つまり、タケルたちは王国をぶっ飛ばすためにユニオンの力を借りに来た、と。んでもって魔族は元は王国側の人間、しかも死んだとされていたレイラ女王が生きてて、魔族とされている訳かぁ……面倒なことになってるねぇ」


 どうやらアシッドもレイラさん__ヴァベナロスト王国の女王のことを知っていたみたいだ。

 レイラさんが死んだという情報は、ガーディが流した嘘の情報。そして、魔族が元はマーゼナルの人たちだというこの世界の常識をひっくり返されたアシッドは、心底面倒臭そうに深いため息を吐いた。

 だけど、アシッドはすぐに真剣な表情でシリウスさんに目を向ける。


「物証がないとユニオンは動けないなら、俺からその物証を提出すればタケルたちの力になれますよねぇ?」

「そうなりますね。つまり、アシッド。キミはその物証を握ってると?」

「えぇ、まぁ。俺なりに色々と探りを入れてたんで」


 ここにきてアシッドからの後押し。

 元々、俺たちはマーゼナル王国の実情を探るために、唯一助けになってくれそうなアシッドの力を借りようと思っていた。

 だけど、そのためにはアシッドに接触しないといけない訳で、その方法はまだ思いついていなかったけど……ここでアシッドが現れてくれたのは幸運だった。

 アシッドはそのまま怠そうにしながらも、つらつらと手に入れていた情報を話し始める。


「まず、タケルたちが話していた内容……マーゼナル王国がタケルたちを勇者として召喚したこと。それは事実ですねぇ。マスターからその話は聞いてるんで。そして、タケルたちを捕まえようとしていたことも事実。それに、そこのダークエルフ族の子」


 話の途中でアシッドはサクヤに目を向けた。


「その子は何かしらの実験体で、ナンバー398と呼ばれてた。その中身は知らないし、探っても中々裏が取れなかったけど……ここ最近になってある情報が出て来たんだよねぇ」

「……今は、サクヤ」

「あぁ、サクヤね。ごめんごめん」


 ナンバーで呼ばれたことにサクヤは嫌そうに顔をしかめながら名乗ると、アシッドは軽く謝ってから表情を硬くさせる。


「王城に出入りしている、一人の男。王国御用達の研究者らしき奴がいるって情報が入り、色々調べてみれば出るわ出るわ。色んな国で出没する、謎の研究者みたいでねぇ。名前も不明、出自も不明、なんの研究をしているのかも不明。明らかに怪しい奴だね」

「……多分、ドクターのこと。人造英雄計画を主導している人……ぼくも、詳しくは知らないけど」


 サクヤはアシッドの話から、それが誰なのか察したみたいだ。

 そのドクターって奴が誰なのかは知らなけど、間違いなく敵だろうな。

 そんな怪しい奴が王城に出入りしているってことは、王国側が裏で何かを企んでいる証拠になり得る。


「そんな感じで、王国側が怪しいのは間違いないねぇ。ユニオンが動くには充分だと思うけど、どうかなぁ?」

「なるほど、そうですか……」


 アシッドの話を聞いたシリウスさんは腕組みしながら考え込むと、頬を緩ませた。


「分かりました。タケルたちの話を全て鵜呑みにすることは難しかったですが、これならユニオンも動くことが出来ますね。マーゼナル王国への正式な調査をしましょう」

「ほ、本当ですか!?」

「えぇ。他ならぬユニオンの者……代行とはいえ、アシッドの立場はここにいるユニオンマスターと同じです。そのアシッドが探りを入れ、怪しいと判断したのなら調査するのに充分な理由になります」


 最初はダメかと思ったけど、アシッドのおかげでユニオンの力を借りることが出来そうだ。

 喜んでいると、シリウスさんは「ですが」と話を続ける。


「先ほども言いましたが、ユニオン本部として全面的に支援することはまだ出来ません。正式な調査を経て、改めてマーゼナル王国の悪行が明らかになってからです」


 まぁ、そりゃあそうか。

 本部としては、明らかに怪しくても調査をしてからじゃないと動けないよな。

 残念ではあるけど、さっきよりもかなり前進した。あとはユニオンがマーゼナル王国を調査してくれれば、例え全面戦争になったとしても助けになってくれるはずだ。

 すると、シリウスさんはニヤリを口角を上げた。


「とは言え、それはユニオン本部の総指揮としての意見です。私個人・・・としてなら、関係ありません」

「え? ということは……」

「はい。ただのシリウスとして__全面的にキミたちの支援をしましょう」


 ユニオン本部総指揮としての立場じゃなく、個人的なら動くことが出来るのか。

 これはかなり大きな支援者だ。どんどん俺たちに追い風が吹いてきてる。

 そして、シリウスさんは立ち上がるとこの部屋にいる全員に目を向けた。


「これは歴史上最大級の大仕事です。みなさん、いつも以上に気合を入れましょう。各マスターはマーゼナル王国についての情報収集を。アシッドは引き続き動向を探って下さい。それと、タケル」


 ユニオンマスターたちとアシッドに指示を出したシリウスさんは、俺を呼ぶなり頬を緩ませる。


「私をヴァべナロスト王国まで案内してはくれませんか?」

「シリウスさんを?」


 突然の頼みにどうしてなのか分からずに首を傾げると、シリウスさんは微笑みながらコクリと頷く。


「えぇ。レイラ・マーゼナルは私の友人ですから。生きていたのなら、会って昔話・・に花を咲かせたいのです。昔の話を、ね」


 レイラさんと友人だったのか。まぁ、死んだと思っていた友人が生きてたんなら、会いたい気持ちは分かる。

 でも、なんか裏がある気がするんだよな……と、疑問に思っていると真紅郎がニヤリと不敵に笑いながら代わりに答えた。


「なるほど、そうですね。昔の友人と会ったら、昔話をしたいでしょう。例えば__マーゼナル王国からヴァべナロスト王国行った時のこととか、ですよね?」

「さすがですね、真紅郎。そうです、ユニオン本部総指揮の立場ではなく、個人的に・・・・話をしたいんですよ」

「分かってますよ。個人的に、ですね?」


 二人はフフフフフ、と笑い合う。

 あぁ、そういうことね。さっき言ったようにユニオン本部としてじゃなく、シリウスさん個人が動いて調査をしてくれるってことか。

 ただ、それは表向きは昔の友人と話をするため。これなら誰も文句は言えないよな。


「さてさて、とりあえずこれで会議は終わりにしましょう。解散」


 シリウスさんはそう言って会議を終わらせた。

 ライトさんたちユニオンマスターが足早に動き出すと、シリウスさんは俺たちを集める。


「タケルたちはユニオン本部の預かりとなります。疲れたでしょうから、ここで羽を休めて下さい。ヴァべナロストには、残っている仕事を終わらせたらすぐにでも向かいましょう」

「分かりました」


 俺たちの目的は果たせたことだし、あとはヴァべナロスト王国に戻るだけだ。

 そういうことなら遠慮なく休ませて貰おう。色々ありすぎて疲れたからな。

 俺たちが部屋に戻ろうとすると、思い出したようにシリウスさんが呼び止めた。


「あぁ、そうでした。タケル、少し話があるのですが」

「話、ですか?」

「えぇ。キミの中に眠る、あの白い魔力についてです」


 ガンツさんたちに纏っていた黒い魔力を打ち払った、俺の中に眠る謎の白い魔力。シリウスさんはその白い魔力に興味を持ったようだ。

 シリウスさんは俺とついでにみんなも一緒に引き連れて部屋から出る。

 そして、とある部屋に俺たちを案内した。


 そこは資料室。広い空間に本棚がずらっと並んだ、図書館並みの蔵書量の部屋だった。


 シリウスさんは本棚から二冊の厚く古ぼけた本を引き抜くと、資料室に置かれたテーブルに広げる。


「それでは、話をしましょう。この世界の魔法についてを」


 そう切り出すと、シリウスさんは楽しげに笑みを浮かべるのだった。



 

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