十一曲目『遅れてきた意外な男』

 俺は今までの旅のことを、その旅を通じて知った真実を語った。

 俺たちが異世界人で、ガーディによってこの世界に勇者として召喚され__そして、殺されそうになったこと。

 魔族が本当は俺たちと同じ人間で、マーゼナル王国から亡命した人たちだということ。

 魔族は世界を滅ぼすような人たちじゃなく、世界の平和を願う人たちだということ。


 そして、全ての元凶は__マーゼナル王国の王、ガーディ・マーゼナルだということを。


 黒い魔力がガーディの中に宿っているもので、世界や人を狂わせる悪意の塊。

 ガーディの本当の目的は分からないけど、間違いなく世界を滅しかねないのはガーディの方だと話す。

 そして、俺たちは魔族と呼ばれる人たちと一緒に、ガーディを止めようとしていることまで語ってから一度話を止める。

 シリウスさんたちは最初は驚いていたけど、俺の話に割って入ることなく黙って聞き続けていた。

 世界の常識をひっくり返すような、信じられないような俺の説明にシリウスさんたちユニオンマスターは険しい表情を浮かべながら考え込んでいる。

 だけど、今話したことは全部真実だ。


「なるほど……」


 すると、シリウスさんがポツリと呟いた。

 シリウスさんは俺の話を噛み締めるように目を閉じると、ゆっくりと息を吐いてから俺を見つめる。


「タケル。キミは最初に、自分たちが異世界人だと話していましたね? そして、召喚された、と」

「は、はい」

「ふむ……勇者召喚、ですか」


 確かめるよう呟くと、シリウスさんは言い放った。


「はっきり言いましょう。私の……いえ、この世界の全ての知識の中に、勇者召喚という魔法は存在しません・・・・・・

「__えッ!?」


 召喚魔法が、存在しない……?

 でも、俺たちはたしかにガーディによってこの異世界に召喚されている。だけど、それが存在しないなら、俺たちはどうやってこの異世界に来たって言うんだ?

 愕然としていると、シリウスさんは腕組みしながら天井を見上げた。


「この世界以外にも別な世界があることは、私も知っています。実際に、異世界の住人から聞いていますから」

「それって、もしかして……」

「英雄アスカ・イチジョウ。彼女もまた、キミたちと同じ異世界人だと話していましたからね」


 シリウスさんはアスカ・イチジョウとも知り合いだったのか。なら、異世界の話は信じて貰えそうだ。

 すると、真紅郎がハッと口を開く。


「そうだ、そもそもおかしい。アスカ・イチジョウはどうやってこの世界に来たんだろう? 召喚魔法が存在しないなら、どうやって?」


 真紅郎の言う通り、俺たちは召喚されたけどアスカ・イチジョウがどうやってこの世界に来たのかは知らない。

 その疑問は、シリウスさんが答えてくれた。


「それはアスカ本人から聞いていますよ、真紅郎。彼女は召喚されたのではなく、気付いたらこの世界にいたようです。どうやってかは本人も分かっていないようでしたが」


 気付いたら、か。本人が分からないなら、誰も分からないな。

 だけど、アスカ・イチジョウが召喚魔法によってこの世界に来たんじゃないのは間違いなさそうだ。

 だったら、召喚魔法ってなんなんだ? どうやってガーディは俺たちをこの世界に連れてきたんだ?

 頭の中で疑問が渦巻いていると、シリウスさんが口を開く。


「ガーディの中に宿っているという、謎の黒い魔力。恐らく、既存の属性のどれにも当てはまらない、未知の属性なのは間違いないですね。別世界に干渉するほどの力……放置するには危険でしょう」


 召喚魔法、黒い魔力について一度話を終え、シリウスさんは話題を変えた。


「さて、少々信じられない情報ばかりでしたが、タケルたちの話に嘘はないでしょう。つまり、真実だと私は判断しますが、他のマスター諸君はどう思いましたか?」


 俺の語った真実を、シリウスさんは信じてくれるようだ。

 そして、シリウスさんが他のマスターたちに話を振ると、最初にライトさんが手を挙げる。


「私は信じる。タケルたちが嘘を吐くような者でないことは知っているからな。実際に魔族の者と戦ったが、その心根は腐っていなかった。その実力は脅威ではあるが、悪人ではなく誇り高き騎士の心を感じた。決して、世界を滅ぼそうなどと考えるような者ではない」


 ライトさんは前に魔族__ヴァイクと戦ったことがあった。

 その戦いを通じて、ライトさんはヴァイクが国のために戦う、誇り高い騎士の心を感じ取ったらしい。

 だからこそ、俺たちの話に嘘はないと判断してくれたようだ。

 すると、続いてアレヴィさんが手を挙げる。


「私も信じるよ。そもそも、マーゼナル王国は最初からきな臭かったからね。一応、王国の動きを探っていたけど、おかしなぐらい・・・・・・・何も出なかった。その時点で、きな臭くて仕方ないよ」


 アレヴィさんも俺たちを信じてくれるみたいだ。

 ヤークト商業国で初めて会った時。俺たちが王国から逃げてきたって話をしたけど、アレヴィさんはすぐに信じてくれていたな。

 その時にアレヴィさんは王国の動きを探ると話していたけど、どうやら何一つ尻尾を掴めなかったみたいだ。

 だけど、何一つやましいことがないこと自体が逆に違和感がある。そのことが、アレヴィさんの王国側への疑心に繋がり、俺たちの話を信じる要因になったみたいだ。

 アレヴィさんの次に手を挙げたのは、ガンツさんだった。


「ガッハハハ! ワシも信じよう! タケルたちには恩がある上に、同じ筋肉を愛する同士がそう言うのだ!」

「えっと、ボクも信じます。少なくとも、タケルさんたちが騙すような悪人ではないでしょうし。ボクの故郷を救ってくれたことも踏まえて、タケルさんたちは信頼に値すると思います」


 ガンツさんだけじゃなく、ドーガさんも。それに他のマスターたちも俺たちの話を信じてくれたようだ。

 荒唐無稽だとバッサリ切り捨てられてもおかしくない話なのに、こうやって信じてくれて嬉しい限りだな。

 ホッと一安心していると、シリウスさんがコホンと咳払いする。


「ですが、タケル。ユニオン総指揮として、これだけは言っておきます」


 そう切り出すと、シリウスさんは真剣な表情で口を開いた。


「現状、ユニオンは全面的にキミたちの支援をすることは出来ません」

「な__ッ!?」


 ユニオンが手を貸してくれる流れかと思えば、シリウスさんははっきりと支援は出来ないと言い放つ。

 慌ててどうしてか聞こうとすると、その前にシリウスさんは俺に手のひらを向けて押し止めてきた。


「落ち着きなさい、タケル。今から理由を話しますから」


 声を荒げたい気持ちをグッと抑えて、シリウスさんの話に耳を傾ける。

 シリウスさんは息を吐いてから、支援出来ない理由を話し始めた。


「我々ユニオンは営利目的の組織ではなく、世界全体の平和維持組織・・・・・・です。マーゼナル王国が暗躍し、世界に混乱を巻き起こしかねないのは理解していますが、物証に乏しい。キミたちの話だけでなく、マーゼナル王国側の話も聞かなければなりません」


 ユニオンはあくまで中立組織。一方の話だけで行動することが出来ない。

 俺たちの話が真実だとしても、証拠がない以上簡単にマーゼナル王国と戦えない。

 シリウスさんが言っていることは正論だ。だけど……。


「でも、早く動かないと! ガーディたちが何をする前に手を打たないと、取り返しのつかないことになるかもしれないんですよ!? 実際に、マーゼナルの魔の手がこのユニオン本部にまで伸びてるじゃないですか!」

「分かっています、タケル。だからこそ、我らユニオンは慎重にならないといけないんです。感情で動けるほど、ユニオンは身軽ではありません」


 そりゃそうだけど、急がないとどうなるか分からない。

 そう叫びそうになる前に、隣にいた真紅郎が俺の腕を掴んで止めてきた。


「真紅郎……ッ!」

「タケル、シリウスさんの言うことは正しいよ。急を要するのは分かるけど、だからってユニオン全体が動くには証拠が足りない。組織が大きくなればなるほど、動くためにはしっかりとした物証が必要になるんだ」


 真紅郎はグッと堪えながら、俺を説得してくる。

 真紅郎だって本当はすぐにでもユニオンに動いて欲しいだろう。だからこそ、感情的にならずに冷静に判断している。

 ユニオンの手を借りるなら、客観的な情報が必要になる。だけど、今の俺たちにそんなものはない。

 どうしたら、と悩んでいると部屋の扉がノックもなく勢いよく開かれた。


「お、遅れてすんません! いやぁ、道に迷っちゃって……前から思ってたけど、ユニオン本部の場所って分かり辛くない? ただでさえ遠いのに、面倒なんだけどぉ?」


 ゼェゼェと息を荒くしながら、遅刻したって言うのに本部の場所が分かり辛いと文句を言う男が部屋に入ってくる。

 金髪で眠そうな半目、無精髭にどこか気怠げで軽薄そうな男は、ガシガシと頭を掻いた。


「えぇと、もしかして会議、終わってたり? それなら俺、もう帰るけど……」


 俺たちはその男の顔を見た瞬間、口をパクパクと開け閉めして驚く。

 俺たちがよく知っている、やる気がなさそうな男の名前を思わず叫んだ。


「__あ、アシッド!?」


 その男の名は、アシッド。

 ユニオンマーゼナル王国支部のユニオンメンバーで、ユニオンマスターのロイドさんに次ぐ実力者。

 王国から逃げる時に俺たちを助けてくれたアシッドがこの場にいることに唖然としていると、俺たちに気付いたアシッドは目を丸くした。


「……え? なんでタケルたちがいるの? それにみんなもいるし……久しぶりだねぇ」

「それはこっちのセリフだって!? なんでアシッドなんかが・・・・この会議に参加してるんだ!?」

「アシッドなんかって……変わらないねぇ、キミ。まぁ、いいけどさぁ。俺だってこんな面倒な会議に参加なんてしたくなかったけどねぇ、非常に面倒な事情があるんだよぉ」


 アシッドはやれやれと面倒臭そうにため息を漏らしてから、口を開く。


「今の俺__ユニオンマーゼナル王国支部ユニオンマスター代行だからだねぇ」

「__えぇぇえぇ!? あのアシッドがぁ!?」


 あの面倒臭がりのアシッドが、ユニオンマスター代行なんて面倒極まりない立場に立っていることに、俺たちは驚愕の声を上げるのだった。


  

 

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