十曲目『本当の会議の始まり』
自分の体から放たれた白い光に目が眩んだ俺は、何度か瞬きをする。
徐々にはっきりしてきた視界に広がっていたのは、床に大の字になって倒れているガンツさん……だけじゃなく、同じように黒い魔力を纏っていた人たち全員が床に伏していた。
頭を振ってから周りを見渡すと、シリウスさんが目を丸くして唖然としている。
「い、今のは、いったい……?」
突然のことに思考が追いついていないシリウスさんの声が聞こえたかと思うと、部屋の中に勢いよく数人のユニオンメンバーが飛び込んできた。
そして、部屋の現状を見て驚くと、すぐに俺の方を睨んでくる。
「貴様! 何をした!?」
「取り押さえろ!」
ガンツさんや他のユニオンマスターが倒れている原因が俺だと判断したユニオンメンバーが、俺を取り押さえようと近づいてきた。
慌てて弁明しようとすると、その前にウォレスとサクヤが立ち塞がる。
「ヘイ!
「……話を、聞いて」
「えぇい、そこをどけ! 貴様らも同罪だ! 大人しく捕まれ!」
「__待ちなさい」
俺をかばう二人も捕まえようとユニオンメンバーが動き出そうとした瞬間、ようやく思考が追いついたのかシリウスさんが制した。
シリウスさんはコホンと咳払いすると、ユニオンメンバーたちをジッと見つめる。
「タケルたちを捕まえるのはやめて下さい。先に手を出したのは、ガンツの方ですから」
「ですが……ッ!」
「もう一度言います。タケルたちを捕まえるのをやめなさい。彼らは敵ではありません」
ユニオンメンバーたちは不満げにしながら、シリウスさんの指示に従う。
シリウスさんはやれやれと肩を竦めると、倒れているガンツさんに近づいた。
「気を失っていますね。ですが、傷一つない……ガンツ、起きなさい」
ガンツさんの状態を確認してから、シリウスさんはペチペチとガンツさんの頬を叩く。
すると、ガンツさんはうめき声を上げながらゆっくりと瞼を開いた。
「ぐ、ぬ……ワシは、何を……?」
「起きましたか、ガンツ?」
「……シリウス? どうしてここに? いや、待て、ここは……ユニオン本部か?」
目を覚ましたガンツさんはシリウスさんがいることに驚き、そして周りを見渡してここがユニオン本部だと
ガンツさんに続いて同じように気を失っていた人たちも目を覚まし、ユニオン本部にいることに驚いている様子だった。
シリウスさんは「ふむ」と呟いて顎に手を当て、思考を巡らせ始める。
「記憶がないようですね。ガンツ、あなたが覚えている最後の記憶はいつ頃ですか?」
「……たしか、
「そうですね、まずは状況を説明しましょう」
混乱しているガンツさんを見て、シリウスさんは他の気を失っていた人たちを交えて説明を始めた。
最初は信じられないと目を丸くしていたガンツさんは、徐々にそれが本当だと分かり、顔をしかめる。
そして、最後に俺たちに突っかかってきたことを聞くとガンツさんは床にあぐらをかき、俺たちに向かって頭を下げた。
「すまなかった! 記憶がなかったとは言え、どうやらお前たちに迷惑をかけたようだ! 本当にすまん!」
深々と頭を下げるガンツさんに俺たちは目をパチクリとさせる。まるで人が変わったようだ。
この姿こそ、黒い魔力に操られる前の本来のガンツさん……シーム支部のユニオンマスターなんだろう。
頭を下げ続けているガンツさんに、俺は頬を緩ませながら声をかける。
「大丈夫ですよ。俺は気にしてないんで」
「そうか! 寛大な心に感謝する! そうだ、改めて名乗らせて貰おう!」
そう言うとガンツさんは晴れやかに破顔すると、ゆっくりと立ち上がった。
「ワシの名はガンツ・グラーボ! ユニオンシーム支部のユニオンマスターにして、ユニオン随一の肉体を誇る男だ! よろしく頼む!」
「ハッハッハ! ガンツ、今のあんたは気に入ったぜ! オレはウォレス! Realizeの筋肉担当の男だ!」
「むむ! たしかに素晴らしい筋肉を持っているな! そのような肉体を持つ者を敵視するとは、記憶がないとは言えワシは見る目がない!」
「気にすんなよ、ガンツ! 今のあんたは同士だ! 筋肉に
「ガッハハハ! まさにその通り! ありがとう、我が同士よ!」
ガンツさんとウォレスは意気投合したのか、豪快に笑い合っている。
あ、暑苦しい……部屋の温度が二度は上がったな。
だけど、とりあえずこれで一安心だな。ホッとしていると、一人の男が俺に近づいてきた。
「えぇと、タケルさんたちですよね? この度はありがとうございました」
緑色の髪をした細身で長身な男は、ペコペコと頭を下げながら申し訳なさそうに微笑んでお礼を言ってくる。
たしかこの人は、ガンツさんと同じく黒い魔力を纏っていた人だ。
「あ、申し遅れました。ボクの名前はドーガ・マイノシス、です。一応、アストラ支部のユニオンマスターをしてます」
「アストラ支部? ってことは、<アストラ>にユニオン支部が出来たのか……!」
アストラと言えば、前に立ち寄ったことがある国の名前だ。
災禍の竜によって滅ぼされかけ、<再生の亡国>と呼ばれていたけど今は元の名__<流星の国アストラ>として復活を遂げ、復興し始めている国。
そこにはユニオン支部がなかったはずだけど、話を聞いた感じどうやら支部が設置されたみたいだ。
すると、ドーガさんは苦笑いを浮かべながら頬をポリポリと掻く。
「と言っても最近設置されたばかりなので、マスターの中で一番の新参者ですが。あ、皆様のことはアストラ王から聞いていますよ。今のアストラがあるのは、タケルさんたちのおかげだと話されていました」
どうやらアストラ王……ジジイから俺たちのことを聞いていたみたいだ。
アストラから旅立ってからそんなに経ってないけど、なんだか懐かしく思えるな。
それにしても、と俺はドーガさんを見つめる。
「本当にユニオンマスターなんですよね?」
「アハハァ……一応、ユニオンマスターです。あ、ボクに敬語はいりませんよ? ユニオンマスターになったのも、元々アストラ出身だからっていう理由ですし。ボク自身は、そこまで実力がある訳じゃないので」
ドーガさんはどこか気弱で、ユニオンマスターなのに物凄く低姿勢だ。
俺ともそこまで歳が離れている感じじゃないし、こう言ったら失礼だけど……あまり強そうに見えない。
すると、ドーガさんの後ろからアレヴィさんが顔を出し、肩に腕を回した。
「まぁまぁ、タケル! ドーガはたしかに見た目は弱そうだけど、その実力はユニオンマスターとして相応しいから安心しな! 生真面目で部下からの信頼も厚いし!」
「あ、あああ、アレヴィさん!? ち、近い! 近いですよぉ!?」
アレヴィさんに肩を組まれたドーガさんは、顔を真っ赤にしながら慌て始める。
ワタワタと焦っているドーガさんに、アレヴィさんは眉をひそめた。
「なんだい、ドーガ? そんなに嫌がることないじゃないか」
「い、いい、いや、べ、別に嫌ではないですが……えっと、そのぉ……」
「とまぁ、こんな感じでナヨナヨしいけど、ちゃんとユニオンマスターだから敬意を持つんだよ?」
「は、はぁ……」
ニヤリと笑いながらドーガさんを褒めるアレヴィさんに、俺は気の抜けた返事をする。
ドーガさんは耳まで真っ赤になり、顔を俯かせて頭から湯気が出そうなほど恥ずかしがっていた。
もしかして、と思っていると隣にいたやよいが肘で突いてくる。そして、ニヤニヤと笑みを浮かべ、俺にこっそりと耳打ちしてきた。
「タケルの予想通りだと思うよ?」
「やっぱり?」
やよいは楽しそうに何度も頷く。
まさかとは思ったけど、どうやらドーガさんはアレヴィさんに好意を抱いているようだ。
まぁ、端的に言うと惚れてる訳だな。アレヴィさんは気付いてないみたいだけど。
アレヴィさんはウリウリと恥ずかしがっているドーガさんに絡んでいる。姉御肌のアレヴィさんと気弱なドーガさん……正反対だけど、意外と相性はいいかもしれないな。
微笑ましい二人を眺めていると、シリウスさんがパンパンッと手を叩く。
「和むのはいいですが、そろそろ会議を再開しますよ。ほら、みんな席に座りなさい」
まるで教師のように席に着くように促したシリウスさん。全員が席に着くと、シリウスさんは真剣な眼差しを俺に向けてくる。
「さて、タケル。改めてキミの問いに答えましょう。この場にいる全員を信頼しているかどうかを……」
そう言ってシリウスさんは全員の顔を見てから、にっこりと微笑んだ。
「__
やっぱりシリウスさんはガンツさんたちの様子がおかしいことに気付いていたようだ。
そして、今のガンツさんたちなら信頼出来ると答えた。つまり、今なら話しても大丈夫ということになる。
この世界の真実と、本当の敵の存在を。
シリウスさんは顎に手を当てたまま、ガンツさんやドーガさん、黒い魔力を纏っていた人たちを一瞥する。
「ここ最近、ガンツやドーガの様子がおかしいことは分かっていました。まるで人が変わったように、どこか
操られている……シリウスさんの推測は正解だ。
ガンツさんやドーガさんたちは、黒い魔力によって操られていた。それを、俺は白い魔力によって打ち払った。
シリウスさんは一度話を切り、ガンツさんの方に目を向ける。
「ガンツ。あなたの最後の記憶は、敵に__魔族にやられたところまでで途切れているんですよね?」
「うむ、そうだ。あの小僧、見た目以上に強く、しかも
「__ちょっと待った」
悔しげに話すガンツさん。その話の中で出てきた魔法を無効化してきた、という部分で俺は待ったをかけた。
「ガンツさん、あなたは魔族と戦ったんですよね?」
「む? 本人がそう言っていたからな、間違いないと思うが……」
「そいつですけど、もしかして__」
魔法を無効化するなんて芸当、俺の中だと一人しか出来ないはずだ。
俺はゴクリと息を呑んでから、確信を持って問いかける。
「__ダークエルフ族、だったんじゃないですか?」
俺の言葉にガンツさんは目を丸くしてから、コクリと頷いた。
「その通りだが、それがどうかしたのか?」
「やっぱり……ッ!」
予想通りだ。
魔族だと騙り、ガンツさんを倒し、黒い魔力によって操っていた張本人。
そいつの名は__ッ!
「__フェイル……ッ!」
俺の頭の中で、フェイルの姿がフラッシュバックする。
藍色のコートに口元を隠すように巻かれた黒いマフラー。
銀色に近い白髪をオールバックにして、猛禽類のように鋭い目をしたダークエルフ族の男。
俺の宿敵にして王国側の人間__フェイルが暗躍していた。
拳を強く握りしめた俺は、一度深呼吸してから口を開く。
「ガンツさん。そいつは魔族じゃないです」
「何ッ!? あの小僧を知っているのか!?」
「はい。そいつは魔族じゃないです。俺たちの敵__いや、本当の敵陣営の男です」
俺は一度この場にいる全員の顔を見渡してから、はっきりと言い放った。
「全てを説明します。ガンツさんと戦った奴の正体。暗躍する本当の敵。そして__魔族についての、真実を」
そう切り出して、俺は全員に語る。
ここからが、本当の会議の始まりだ。
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