十三曲目『属性因果』

「さて、まずは……魔法には基本となる五属性の魔法があるのは知っていますよね?」


 この世界では常識の、五属性魔法。火、水、風、土、雷があることはもちろん知っている。

 俺たちが頷くと、シリウスさんは「まぁ、当然ですよね」と微笑みながら話を続けた。


「基本の五属性と、英雄アスカが使う音属性。あぁ、キミたちも同じ属性を使うのでしたね。それがこの世界で誰もが知っている常識です……いえ、正確には常識とされている・・・・・・・・ものです」

「されている? どういう意味ですか?」


 妙な言い回しをするシリウスさんに、真紅郎が首を傾げながら問いかける。すると、シリウスさんはテーブルに置かれていた二冊の本のうち、一番古そうな本に触れた。

 その本には厳重に鎖で縛られ、鉄製の錠前が取り付けてある。シリウスさんはその錠前にポケットから取り出した鍵を差し込んだ。

 ジャラッと金属音を立てながら鎖がテーブルに落ち、シリウスさんはゆっくりと本を開く。


「この本は古来から受け継がれてきた一番古い記述があるものです。この本から、今の魔法体系の基盤が世界中に広まりました」


 そう言うとシリウスさんはあるページを開き、俺たちに見せた。

 <属性因果>と銘打たれ、一番上に火、そこから風、水、土、雷と円を描くように五属性の図式が描かれている。

 そして、古すぎて読み辛いけどその図式に対する解説も書かれていた。


「__隣り合う属性は混ざり合い、新たな可能性が生まれる。火と風は渇きの熱を放ち、風と水は氷となりてあらゆるものを凍らせる」


 その文章を目で追いながら、そのまま口に出して読む。


 __水と土は生命の樹を生み、土と雷は引き寄せ合う磁鉄を作り出し、雷と火は尽くを爆破する脅威となる。属性の因果は巡り廻り、世界の基礎となる。これを属性因果と呼ぶ。


 と、書かれてあった。


「これって、<混合魔法>についてですか?」

「その通りです。この図式通り、基礎となる五属性魔法は組み合わせによってまた別の属性の魔法が出来上がります」


 混合魔法。アスワドが使う<氷属性>みたいに、二つの属性を合わせて五属性とは違う魔法を操る魔法だ。

 この本に書かれている記述通り、火と風で<熱属性>、水と土で<樹属性>、土と雷で<磁鉄属性>、雷と火で<爆破属性>になる。

 だけど、混合属性はそう簡単に扱えるようなものじゃなく、その使い手はかなり少ない。

 知り合いだとアスワドぐらいしか出会ったことがなかった。

 そう言うとシリウスさんはクスッと小さく笑う。


「ガンツは磁鉄属性の使い手ですよ? 彼の武器はモーニングスター……棘のついた鉄球を振り回して戦います。自慢の膂力で放たれた鉄球を、磁鉄属性を使って自由自在に操って戦うその姿は、まさに圧巻ですよ」

「へぇ、そうなのか! 今度見せて貰おう!」


 ガンツさんの話を聞いて、ウォレスが子供のように目を輝かせていた。

 そうか、ガンツさんは混合属性を使うのか。ユニオンマスターともなれば、難しい混合属性を使う人がいてもおかしくないよな。

 すると、本を見つめていたサクヤがシリウスさんに声をかけた。


「……この、真ん中のは何?」


 サクヤが指さしたのは、属性因果の図式の真ん中__中央に描かれた白い丸・・・黒い丸・・・だ。

 シリウスさんは「そう、それが本題です」と口を開く。


「それはどの属性とも混ざり合わない、今もなお謎とされている属性です」

「ねぇ、もしかして……タケルの中に眠っている白い魔力って」


 やよいが俺をチラッと見ながら言うと、シリウスさんは深く頷いた。


「えぇ。先程、タケルから放たれた白い魔力。それこそが属性因果の内側にあるも、どの属性の因果とも隔絶された属性。隣り合いながらも、反発する白と黒の魔力。数少ない一部の者だけが知る、長年の謎。私はそれを知りたいのです」


 それが、シリウスさんが俺をこの資料室に呼んだ理由。

 だけど、俺は静かに首を横に振った。


「すいません、俺が答えられることはほとんどないです。俺自身も、よく分からなくて……」


 そう言って、この白い魔力が俺の中に眠っていることを知った経緯。そして、それを使えるようになるまでを話す。

 白い魔力については、ヴァベナロスト王国の王女__ミリアのおかげで知ることが出来た。

 ミリアは目が見えない代わりに、魔力が見える。そのミリアが、俺の中に音属性とは違う魔力があることを教えてくれた。

 そして、フェイルに負けて自失していた時。偶然出会った一人の女性__魔女と名乗った先生の元で生活し、自分の答えを導き出せた時に白い魔力を引き出すことが出来るようになった。

 すると、話を聞いていたシリウスさんが先生の話をした途端、苦々しく表情をしかめる。


「そう、ですか。魔女を知っているのですね。あの性悪と」

「性悪って。いや、まぁ……」


 どうやらシリウスさんも先生を知っているようだ。

 シリウスさんはエルフ族の中でも長生きの、上位存在とされる<ハイエルフ族>だろう。先生もハイエルフ族だし、知り合いなのは頷ける。

 その先生を性悪と吐き捨てたシリウスさんだけど、俺はそれを否定することが出来なかった。

 苦笑いを浮かべていると、シリウスさんはコホンと咳払いしてから話を戻す。


「なるほど。闇を祓う破魔の力・・・・……あの魔女はそう言っていたのですね」

「タケルとは正反対に、黒い魔力はボクたちが戦ったフェイル……マーゼナル王国側の男が使っていました。それと、ガーディにも黒い魔力が蠢いているらしいです」


 真紅郎が言った通り、フェイルは消音属性だけじゃなく黒い魔力も使っていた。全てに憎悪するようなおぞましい黒い魔力……その魔力は、ガーディの中にもあるらしい。


 俺の白い魔力が闇を祓う破魔の魔力なら__黒い魔力はまさに闇・・・・


 属性因果の図式の真ん中にある、反発し合う白と黒そのものだ。

 全ての話を聞き終えたシリウスさんは、顎に手を当てながらため息を漏らす。


「ガンツたちユニオンマスターが纏っていたという黒い魔力。それを見ることが出来るのは、タケルとサクヤなのですよね?」

「あと、キュウちゃんです」


 黒い魔力を見ることが出来るのは、俺とサクヤ……そして、キュウちゃんだけだ。

 話題に上がったキュウちゃんは、興味なさげに欠伸をしながらテーブルの上で丸まっている。

 シリウスさんはキュウちゃんをジッと見つめながら口を開いた。


「ふむ。キミたちがキュウちゃんと呼ぶモンスターは見たことがないですね。種族も分からないモンスターも、黒い魔力を見ることが出来る。それに、白い魔力がないのにサクヤも見られる、と」

「……ぼくも、なんでか分からない」


 たしかに俺は白い魔力があるから見えるのかもしれないけど、サクヤがどうして見えるのかは分からないな。

 まぁ、俺以外に見える人がいるのは正直助かる。俺一人だと信じて貰えないかもしれないからな。

 思考を巡らせていたシリウスさんは、深く息を吐く。


「まぁ、ここで考えていても答えは出ないでしょう。それより、もう一つキミたちに話しておくことがあります」


 そう言ってから、シリウスさんはもう一冊の本を手に取った。これも中々古く、表紙がボロボロだ。

 シリウスさんはその本を開き、ページをめくっていく。


「この本に書かれていることは、魔法に関することの中でもかなり深い__根幹をなす部分です。この情報は一般的には出回っていないものなので、他言無用でお願いしますね」


 シリウスさんはそう釘を刺してから、あるページを開いてテーブルに置いた。

 そして、真剣な表情を浮かべながら、シリウスさんが口火を切る。


「キミたちは、<属性神>という存在を知っていますか?」


 属性神__たしか、レンヴィランス神聖国で聞いたことがあるな。

 そこでは水の属性神<ディーネ>を信仰していた。新しいものや文化が好きな神で、レンヴィランスが美と芸術の国と呼ばれる由縁でもあったはず。

 そう言うとシリウスさんは頬を緩ませた。


「そう、水の属性神ディーネ。他にも五属性ごとに属性神を信仰する国があります。キミたちは属性神の存在を信じていますか?」


 神の存在を信じるか。まるで宗教勧誘のような言い方だな。無神論者ってほどじゃないけど、そこまで信じてないのが本音だ。

 訝しげにシリウスさんを見つめていると、シリウスさんは言い放つ。


「属性神の存在を信じる人、信じない人。多くの人がいます。ですが、はっきり言いましょう__属性神は実在します・・・・・


 属性神は本当にいると前置きして、シリウスさんは静かに語り出した。


 

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