九曲目『舌戦』
俺の問いかけにシリウスさんは「ふむ」と顎に手を当て、興味深そうに俺を見つめてきた。
それと同時に、爆発したような轟音と共にテーブルがへし折れる。
「貴様ッ! 会議に出席するだけでなく、ワシたちを愚弄するとは何事だ! 立場を弁えろ!」
テーブルをへし折ったのは、ガンツさんだった。
顔を真っ赤に染め上げて怒り狂うガンツさんと、同じように黒い魔力を纏っている人たちが殺気のこもった視線を俺に向けてくる。
それもそうだろう。俺が言ったことは、この場にいるユニオンマスターへの批判と同じだ。
だけど、これだけは聞かないといけない。現状、半数以上の人たちが黒い魔力を宿しているなら、間違いなく俺たちだけじゃなくユニオン全体が危険だ。
ユニオンを取り仕切る、シリウスさんがちゃんとそれを把握しているのか。危惧しているのかどうか。
もしそうじゃなかったら……ユニオンからの助力は望めない。
ガンツさんや他の人たちの視線を無視して、俺はシリウスさんにもう一度問いかける。
「それで、どうですか? シリウスさんはこの場にいる全員を信頼しているのでしょうか?」
「馬鹿馬鹿しい! 今回の会議は中止だ! このような不届き者がいる状態でまともな会議が出来るはずがなかろう! シリウス、こいつらを追い出せ!」
「まぁ、待ちなさいガンツ」
声を荒げてがなり立てるガンツさんに待ったをかけたシリウスさんは、短くため息を吐いてから俺をジッと見つめた。
「なぜ、そのようなことを聞くのですか? ここにいるのは各支部のユニオンマスターたち。私が信頼を寄せる者しかいませんよ?」
「当たり前だ! ワシらはシリウスに選ばれた、正義の名の下に集いしユニオンマスターだ! それを、貴様のような小僧が……」
「__シリウスさん」
シリウスさんに続いてガンツさんが俺に対して何か言おうとする前に、俺は口を挟んだ。
今も俺を見つめているシリウスさんから目を逸らさないで、はっきりと言い放つ。
「たしかにこの場にいる人たちは、シリウスさんが信頼して選んだ人たちでしょう。ですが、シリウスさん__あなたは、
最初は信頼してユニオンマスターにしただろう。だけど、今は__黒い魔力を宿してからは、どうなのか。
すると、シリウスさんはピクリと眉を動かし、チラッとガンツさんを見てから口角を上げた。
「なるほど……タケル、
そして、シリウスさんは俺が何を言いたいのか察したのか、笑みを浮かべてそう呟く。
この反応を見るに、シリウスさんは気付いているようだ。
この場に、俺が話そうとしていた真実__本当の敵のスパイがいることを。
やっぱりシリウスさんは、ユニオンを取り仕切っているだけあって頭の回転が速い。それに、俺が言わなくても何かしら手を打とうとしていたんだろう。
すると、ガンツさんはワナワナと震えながら拳をゴキゴキと音を立てて握り締める。
「シリウス……貴様が何もしないのなら、ワシが直々にこの小僧どもを追い出すぞ。一度、ユニオンマスターがどういう存在なのか、その身に分からせてやらねばならん」
ガンツさんはボキボキと指を鳴らし、殺気と威圧感を体から迸らせながら俺に近づいてきた。
体に纏っている黒い魔力がまるで意思を持っているかのように蠢き、ギョロリと睨んでくる瞳の奥に
どす黒く、寒気がするほどの闇。それが遠くからガンツさんを動かしている、そんな気がした。
そして、ガンツさんは俺の襟首を掴むと、そのまま軽々と俺の体を椅子から持ち上げる。
「タケル!? このぉ……ッ!」
「やめ、ろ、やよい……手を出すな……ッ!」
やよいがガンツさんを止めようと動くのを、持ち上げられながら止めた。
ここでやよいたちが動いたら、全てが台無しになる。
襟首を掴まれ、息苦しさを感じながらガンツさんと目を合わせた。
「離して、くれませんか……?」
「断る。貴様はユニオンメンバーの分際でこの場に出席したばかりか、ワシらを愚弄した。貴様らにはしっかりと、その身に立場というものを教えてやらねばならん」
ガンツさんはギリッと襟首を掴む手に力を込め、体に纏っていた黒い魔力がゆっくりと俺に伸びていく。
ねっとりとした嫌な感触に顔をしかめながら、俺はガンツさんの手を掴んだ。
「別に、あなたたちを貶そうとしていた訳ではありません。俺は、ただ確認したかっただけです……そうじゃないと、真実を話すことが出来ないから……」
「知ったことか! 貴様の話すことなど、興味もない! どうせただの世迷言だろう! 聞くだけ無駄だ!」
「__聞きもしないで、無駄かどうかを判断するな!」
襟首を掴まれ、持ち上げられたまま俺はガンツさんに向かって怒鳴る。ガンツさんの腕を掴んだ手に力を込め、しっかりと目を逸らさずに話を続けた。
「話を聞いて、その上で信じられないなら分かる! だけど、あんたは何も聞かないで突っぱねるだけだ! そんな奴に、立場どうこうを教えて貰いたくない!」
そして、俺はガンツさんの手を振り払う。俺の行動が予想外だったのか、ガンツさんは目を丸くしながらたたらを踏み、忌々しげに俺を睨みつける。
「貴様……ワシに楯突くつもりか……ッ!」
ギリッと歯を鳴らしながら、ガンツさんは俺に向かって拳を振り上げようとしていた。
だけど、その前に俺の前に真紅郎が立ち塞がる。
「失礼ですが、ガンツさん。あなた、
「越権、行為だと? 何を……」
「どうやら気付かれてないようですね」
真紅郎はガンツさんを目に前にしても毅然とした態度で、話を続ける。
「まず最初に、ボクたちはこの会議に呼ばれて参加しています。それは、最高責任者であるシリウスさんが許可したことです。そうですよね、シリウスさん?」
「……真紅郎、ですね? えぇ、そうです。キミの言う通り、私が許可しましたね」
いきなり話を振られたシリウスさんは、興味深そうに真紅郎を見つめながら頷いた。
真紅郎は「ありがとうございます」とシリウスさんにお礼を言ってから、改めてガンツさんを見つめる。
「つまり、あなたがボクたちを追い出そうとする権利はない。それが出来るのは、上の立場であるシリウスさんです」
「それがなんだ! ワシは……」
「例えユニオンマスターだとしても、下の立場であるあなたが勝手に追い出すことは出来ません。あなたがしようとしている行為は、最高責任者の意向を無視した越権行為です。違いますか?」
真紅郎はガンツさんが反論する前に次々に正論を叩きつけた。さすがのガンツさんも、真紅郎の気迫に圧されて言葉を詰まらせている。
俺たちの中で一番弁が立つ真紅郎に、舌戦で勝てると思うなよ?
そして、真紅郎はそのまま矢継ぎ早に言葉を紡いでいった。
「先ほどから感じていたのですが、あなたはどこかボクたちに
真紅郎は一度言葉を区切り、まるで全てを見透かしているかのような視線をガンツさんに向けながら、言い放つ。
「__何か、ボクたちが話すことに
「な__ッ!?」
真紅郎の言葉に、ガンツさんは気圧されるように後ずさった。
図星みたいだな。俺が分かるってことは、真紅郎も分かっているはずだ。
だからこそ、真紅郎は言葉でガンツさんを追い詰める。
「ボクたちが何を話そうとしているのか、あなたは知っているのでは? そして、それが自分たちにとって不都合だから、どうにかしてボクたちをこの場から追い出したいのではないんですか?」
「ば、バカなことを言うな! 貴様らが何を話そうとしているのか、ワシが知るはずがないだろう!?」
「そうですよね? なら、話を聞いてみたらいいじゃないですか。聞いてもないのに無駄だと判断せず、ユニオンマスターとしてボクたちが話す情報を冷静に検討してはいかがでしょうか?」
正論に正論を重ね、ガンツさんを論破する真紅郎。
ぐうの音が出ないガンツさんは、悔しげに歯を食いしばりながら黙り込んでしまった。
だけど、真紅郎はさらに畳みかける。
「会議とは、本来話し合いの場です。それなのに、あなたは上から高圧的な態度で抑圧しようとしている。それがユニオンマスターなんですか? それが、立場を弁えた行動なのでしょうか? そのような人に、ユニオンメンバーが従うんですか?」
「そ、れは……」
「どうなんですか? ユニオンシーム支部ユニオンマスターの、ガンツさん? 黙ってないでお答え下さい。ボクたちユニオンメンバーに説明して下さい。上の立場の者には、下の者への説明責任がありますよ? どうなんですか? 何か反論があるなら、聞きますよ。暴力ではなく、言葉でなら__」
「待ちなさい、真紅郎」
言葉でどんどん追い詰めていく真紅郎だったけど、そこでシリウスさんがストップをかけた。
シリウスさんは深いため息を吐いてから、苦笑いを浮かべる。
「キミが言っていることは全て正論です。ガンツが悪いのも分かっています。ですが、それ以上追い詰めないであげて下さい。見てて可哀想です」
「……分かりました。申し訳ありませんでした」
「いえいえ、とても楽し……コホン。興味深い話が聞けました。それで、ガンツ。これでもあなたは、タケルたちを追い出しますか?」
今、少し本音が出た気がするけど……置いておこう。
シリウスさんが改めて聞くと、ガンツさんは俯きながらワナワナと拳を握り締めて口を閉じている。
そして、勢いよく顔を上げたかと思うと__体から爆発したように魔力が噴き出した。
「な__ッ!?」
「がぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ガンツさんは獣のような雄叫びを上げ、体に纏っていた黒い魔力が呼応するように蠢く。
俺たちを睨むその目は狂気の色に染まり、明らかに正気を失っていた。
「__ガンツ!?」
突然のことに驚くシリウスさんを無視して、ガンツさんが俺たちに襲いかかってくる。いや、ガンツさんだけじゃない。
他の黒い魔力を纏っていた人たちも正気を失い、獣のような雄叫びを上げて俺たちに向かってきていた。
アレヴィさんとレイドさん、黒い魔力を纏っていない人たちもいきなりのことに咄嗟に動けずにいる。
その間に、ガンツさんは真紅郎に向かって拳を振り下ろそうとしていた。
「__させるかッ!」
反射的に動けた俺は真紅郎を守るように前に出て、拳を振り下ろしてきたガンツさんに向かって拳を突き出した。
俺の拳とガンツさんの拳がぶつかる直前、俺の体の奥にある白い魔力が呼び起こされる。
そして、俺の体から噴き出した白い魔力が__この部屋を眩く包み込んだ。
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