八曲目『シリウスという男』
国とは独立した中立組織で、正義を掲げる組織のユニオン。そのユニオンのトップ、ユニオンマスターがあのおぞましい黒い魔力を纏っていることに愕然としていると、隣にいたサクヤが俺の袖をクイっと引っ張った。
「……タケル。見えてる?」
「……あぁ、見えてるよ」
あの黒い魔力が見えるのは何故か、俺とサクヤ……それとキュウちゃんだけだ。
そのサクヤも見えてるってことは、勘違いでも見間違いでもないみたいだな。信じられないが。
ユニオンマスターの内、知っているのはアレヴィさんとライトさんだけ。二人と数人以外の半数は黒い魔力を纏っていて、しかも俺たちに対して敵意を剥き出しにして睨みつけてきている。
ユニオンマスターに選ばれるぐらいだから、その実力はかなりのものだろう。もしも戦闘になった時、今の状況はかなりヤバイ。しかも、俺たちの武器である魔装はこの部屋に入る前に没収されている。
どうしようかと息を呑んでいると、俺たちの真正面に座っていた一人の男が、優しげに微笑みながら声をかけてきた。
「そんなに緊張することはないですよ。キミたちのことはアレヴィから聞いてます。なんでも将来有望なユニオンメンバーみたいですね。とりあえず、そちらに座ってくれますか?」
男に言われ、用意されていた椅子に俺たちは腰掛ける。それを見てから、男はニコニコと笑いながら口を開いた。
「さて、まずは自己紹介をしましょう。私はシリウス、ユニオンの総指揮を取っている者です。あぁ、キミたちは名乗らなくていいですよ、もう話は聞いてますから」
この人が、シリウス。ユニオンを纏めるリーダーなのか。
白に近い長い金髪を後ろで結び、眼鏡をかけた柔和な青年……だけど、髪から覗かせる長く尖った耳を見るに、どうやらエルフ族のようだ。
見た目は三十代ぐらいに見えるけど、間違いなく見た目以上の年齢だろう。
シリウスさんは笑みを崩さないまま、チラッとアレヴィさんに目を向けた。
「いやいや、最初は驚きました。いきなりアレヴィが怒鳴り込んで来るものですから。そうそう、話とは全く関係ないですが、女性にはお淑やかさが大事だと思うんですよ。そうは思わないですか、アレヴィ?」
物腰柔らかな話し方だけど、サラッと皮肉を言うシリウスさんにアレヴィさんは鼻を鳴らした。
「フンッ、うるさいね。そもそも、ハナからタケルたちの話を聞いていればこんな大事にならずに済んだんだ。悪いのは頭が硬くて融通の効かない部下をそのままにしている、あんたの方じゃないのかい?」
「頭に血が上りやすいよりかはマシだと思いますが……まぁ、それは言わないでおきましょう。さて、本題に入ります。タケル、でよろしいですね?」
「は、はい!」
突然始まった舌戦からいきなり話を振られ、驚きながら慌てて返事をする。
シリウスさんは笑みを浮かべたまま、眼鏡置くから翡翠色の瞳を真っ直ぐに俺に向け、本題に入った。
「アレヴィから少し話は聞いています。なんでも真実と本当の敵の情報を伝えに来た、と。その真実とはなんですか? そして、本当の敵とは……
真実とは、ひた隠しにされていたマーゼナル王国の裏の顔と、魔族について。
本当の敵とは、俺たち__いや、
そのどちらもこの世界の歴史や常識がひっくり返るような、かなり重大な情報。全てを伝え、ユニオンの力を借りるのが、俺たちの目的だ。
失敗は許されない。だけど、今この場には黒い魔力……ガーディの中に蠢いていると言う、謎の魔力を纏って人間が半数以上いる。
正直不安だ。でも、伝えるしかない。覚悟を決めて話を始めようとした、その時。
__机を力強く殴りつけながら、勢いよく立ち上がった男がいた。
「シリウス! そんな若造どもの話など、聞く必要はなかろう!?」
怒鳴り声を上げながら立ち上がったのは、灰色の髪を短く切り揃えた、服が張り裂けそうなほどの筋骨隆々の大男。
六十代ぐらいの大男は、子供が見たら泣き出すほどの強面の顔でギョロリと俺たちを睨みつける。そして、鼻息を荒くしながらシリウスさんに向かって声を張り上げた。
「この場は由緒正しいユニオンマスターが集まる会議だ! そこにどこの誰とも知らぬユニオンメンバーの若造がいていいはずがない! すぐにここから放り出せ!」
「……ガンツ。少しは落ち着いて下さい」
この大男はガンツ、と言う名前らしい。
シリウスさんは苦笑いを浮かべながらガンツさんを宥めようとするけど、知ったことかと怒鳴り続ける。
「これが落ち着いていられるか!? いいから早くこの場から立ち去れ!」
「ちょっと待ちな。どうしてあんたがそんなに興奮しているのかは知らないけどね、ちょっとはタケルたちの話を聞いたらどうなんだい?」
シリウスさんに続いてアレヴィさんもガンツさんを嗜めようとするけど、ガンツさんは舌打ちしてから机をバンっと叩いた。
「黙れ、アレヴィ! 貴様のような小娘がワシに意見するでない!」
「……年は関係ないだろう? 私はあんたと同じ、ユニオンマスターとしてこの場に出席してるんだ。油断して大怪我負って、今の今まで休養していた奴が出しゃばるんじゃないよ。あんたのせいで、<シーム>のユニオン支部が大変になってたらしいじゃないか」
シームって言うと、前に立ち寄ったことがある<魔法国シーム>だよな? てことは、ユニオンシーム支部のユニオンマスターが、ガンツさんってことか。
そういえば、たしかあの国のユニオンマスターは魔族にやられて、意識不明の重体って聞いた。そのせいでユニオンはてんてこまいで、かなり大変そうだったことを思い出す。
すると、ガンツさんはギリッと歯を鳴らし、また机を力強く殴りつけた。
「えぇい、黙れ黙れ! 今はそのことは関係ないだろう! 子生意気な小娘が!」
「小娘小娘って、うるさいんだよ老ぼれ! 大怪我したからなのかは知らないけどね、最近のあんたは
「なんだと……貴様ぁッ!?」
アレヴィさんも負けずに机に拳を叩きつけながら立ち上がり、ガンツさんと言い争う。
ガンツさんは唾を吐き散らしながらアレヴィさんを怒鳴りつけ、どうにかして俺たちをこの場から追い出そうとしていた。
アレヴィさんの言っていた、大怪我を負ってからガンツさんが人が変わった理由が、
その理由は__ガンツさんの身に纏っている、黒い魔力のせいだ。
今までにも何回か見たことがあるけど、黒い魔力は別人のように人の性格を変える。まるで、
ガンツさんが大怪我をする前と比べて人が変わったように癇癪を起こすしやすくなったのは、間違いなく黒い魔力によるものだろう。
アレヴィさんとガンツさんが言い争っている間、まるでガンツさんに同意するように俺たちをずっと睨みつけている人たちがいる。それは、全員が同じように黒い魔力を纏っていた。
これではっきりしたな。
黒い魔力を纏っている人たちは、俺たちを警戒している。そして、どうにかしてこの会議から追い出し、話をさせたくないと思っている。
これは真実を話しても厳しそうだ、そう思っていると__。
「__二人とも黙りなさい」
シリウスさんの一言で、この部屋の空気がピリッと張り詰めた。
言い合っていてたアレヴィさんとガンツさんもピタリと口を閉じ、罰が悪そうにシリウスさんの方に顔を向ける。
シリウスさんは寒気がするほど冷たい雰囲気を醸し出しながら、眼鏡をクイっと指で押し上げて二人を見つめていた。
「私が聞くと言っているんです。ガンツ、あなたが何を言おうと話を聞くまではタケルたちにはこの場に出席して貰います。アレヴィ、先ほども言いましたが頭に血が上りやすいですよ。少しは落ち着きなさい」
「……ちっ、分かったよ。タケルたちを追い出さないって言うなら、私から言うことは何もないね」
「……フンッ」
アレヴィさんはやれやれと肩を竦めながら席に座り、ガンツさんは不満げに鼻を鳴らしてからドカッと椅子に腰掛けた。
二人が座ったのを確認してから、シリウスさんはこの場にいる全員に目を向けながら口を開く。
「あなたたちも、私が許可したんですから文句は言わせません。分かりましたね?」
シリウスさんに釘を刺された、ガンツさん以外の黒い魔力を纏っているユニオンマスターたちは静かに頷いた。
さすが、ユニオンを取り纏める総指揮。優しそうに見えて、しっかりとしている。
すると、フッと冷たい雰囲気が霧散し、シリウスさんは柔和な笑みを浮かべた。
「さて、それではタケル。あなたの話を聞かせて欲しいですね。あなたが掴んでいる情報を、真実と本当の敵について」
改めて、シリウスさんは俺に話を振ってくる。
静かに深呼吸してから立ち上がり、真っ直ぐにシリウスさんを見つめながら、俺は口を開いた。
「その前に、一つ確認したいことがあります」
「ふむ、それはなんでしょう?」
話をする前に、確認したいこと。念のために聞いておかないとならないことがある。
「シリウスさん__あなたはこの場にいる全員、
俺が聞いた瞬間、半数以上の人たちに纏っている黒い霧がゆらりと揺れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます