七曲目『侵食』

 会議に参加する、当日の朝を迎えた。

 目を覚ました俺はブルリと寒さに身震いしながら、着替えを始める。部屋にある暖炉に火をつけ、徐々に暖かくなるのを感じつつ真紅のマントを魔装の収納機能で取り出した。


「うぅ、寒い寒い」


 寒さに辟易しながら真紅のマントを体に巻くと、一気に寒さを感じなくなる。

 この真紅のマントは森で出会った魔女__先生から貰った、一級品。防具としても、防寒具としても優秀な性能を誇るマントを手で触れながら、思わず笑みがこぼれた。


「最初は派手だと思ってたけど、意外と馴染んできたな」


 鮮やかな真紅のマントは最初こそ派手だと感じてたけど、今となっては愛用するようになっている。

 先生から貰った物だからという理由もあるけど、それ以上に身を守るのにも重宝していた。

 いつかは先生に恩返ししないとな、と思いながらマントの留め具を留めると__寒さとは違う、急激な悪寒に襲われる。


「__誰だ!?」


 振り向き様に魔装を展開して剣を握り締めて叫ぶも、この部屋には俺以外に誰もいない。

 だけど、誰かに見つめられているような視線は今も感じていた。


 __誰かに見られている。


 警戒を緩めないまま、敵の位置を探る。でも、どこにも人の気配はない。

 ただどこからか視線だけが向けられていた。しかも、その視線は明らかに__敵意と殺気込められていた。

 ゴクリと息を呑みながら、周囲を見渡して……気付いた。


「おいおい、嘘だろ……」


 恐ろしいことが判明する。

 神経を集中させて視線を感じ取ると__その視線は、四方八方から感じられた。

 一人じゃない、もっと多く……いや、数え切れないほど無数の視線が向けられている。

 冷や汗が頬を流れていった。殺気と敵意が混ざり合った、どす黒い感情を向けられ続けているけど、下手に動くことが出来ない。

 すると、俺たちが寝ていた寝室の扉がギィと開き、そこから眠そうに欠伸をするキュウちゃんが顔を出した。


「きゅー……きゅッ!?」


 眠そうにしていたキュウちゃんは、部屋中から感じられる視線に気付いたんだろう。目を見開いて驚くと、威嚇するようにうなり声を上げ始める。


「__きゅきゅー!」


 そして、怒鳴りつけるように鳴き声を上げると、一瞬にして向けられていた視線が霧散した。

 その瞬間、緊張の糸が切れた俺はがっくりと片膝を着く。

 押し潰されるような重圧から解放された俺は、冷や汗を拭いながら荒くなった呼吸を整えた。


「な、なんだったんだ、今の……」


 視線の正体は分からないけど、間違いなくよくない物・・・・・なのは間違いない。

 だけど、俺はその視線__込められていたどす黒い感情に、覚えがあった。


「まさか、いるのか……フェイル?」


 フェイル、俺たちを苦しめた敵の名前だ。

 元々はサクヤを苦しめていた人工英雄計画の実験体で、失敗作とされていた王国側の男。

 使う魔法は俺たちの使う音属性魔法の亜種。音を消し、魔法を無効化する<消音魔法>の使い手。

 俺にとって因縁の相手のフェイルが俺に向けていた感情と、今まで感じていた視線に込められていた感情は似たようなものだった。

 もしかしたらフェイルがここにいるのか? でも、ここはユニオン本部。フェイルがいるはずがない。


「フェイルじゃないなら、誰だ……?」


 フェイルがいる可能性は捨て切れないけど、多分違うだろう。

 だったら、さっきの視線は一体……と考えていると、寝室からウォレスと真紅郎、サクヤが出てきた。


「グットモーニング、タケル……何してんだ?」

「おはよう、タケル。どうしたの、剣なんか握って?」

「……修行?」


 三人は俺が魔装を展開していることに首を傾げる。俺は三人に今起きたことを話すと、三人とも首を横に振った。


「何も感じなかったけど、本当なの?」

「俺が嘘を言ってるように見えるか?」

「……そうだね、嘘ではなさそうだけど」


 真紅郎は元々、嘘を見抜くことが出来る。だからこそ、俺が嘘を言ってないことに疑問を抱いているようだった。

 すると、ウォレスは腕組みしながら鼻を鳴らす。


「ここはユニオンの本部だろ? 敵がいたら、今頃大騒ぎになってるんじゃねぇのか?」

「そう、だよな」


 ウォレスの言う通り、実力者揃いのユニオン本部の人間が敵がいればすぐにでも動いているはずだ。

 それがないってことは、やっぱり気のせいだったのか……?


「……本当なら、ぼくも気付いてる」

「だよなぁ……」


 俺たちの中でも、サクヤの感覚は鋭い方だ。そのサクヤですら気付かなかったってことは、もしかして夢でも見ていたのか?

 いや、そんなはずはない。夢なはずがない。だけど、それを証明することは出来なかった。


「まぁ、とりあえず警戒はした方がいいかもしれないね。ここで事を起こすような真似、普通はしないだろうし」


 自分たちは感じてなくても、俺が感じたんならそれを信じることにした真紅郎がそう言って話を終わらせる。

 気になるところではあるけど、今はどうしようもないし……仕方ないか。

 すると、俺たちの部屋にやよいが入ってきた。


「おはよう、みんな。アレヴィさんは先に会議に参加してるから、呼ばれたら来いだって」

「あぁ、やよい。一つ聞きたいんだけど……」


 一応、やよいにもさっきのことを聞いてみると、やっぱり何も感じなかったようだ。

 少し残念に思いながら、俺たちは部屋で待機する。手持ち無沙汰で暇な時間が流れる中、ふと俺は口を開いた。


「そういえば、ベリオさんとボルクを待たせたままだな」

「そうだね、早く戻らないと心配させちゃうね」


 真紅郎が苦笑しながら答えると、サクヤがコクリと頷く。


「……遅くなると、ヴァベナロストに帰るかも。お腹空くし」

「いや、サクヤじゃないんだからそれはないだろ。待っててくれるはずだって……待ってるよな?」


 あんまりにも遅いからって、まさかヴァベナロスト王国に帰るなんてことはない……よなぁ?

 少し心配になっていると、やよいが浮かない表情をしているのに気付いた。


「やよい、どうかしたのか?」

「ううん、ちょっと……アスワドが心配だなって」


 アスワドとは、ヴァベナロスト王国に置いてきた盗賊グループ黒豹団のリーダー。

 フェイルとの戦闘で大怪我負ったアスワドは、俺たちが旅立つ時も目を覚ましていなかった。

 アスワドはやよいを守るために怪我を負ったから、今も気にしているようだ。

 俺は笑みを浮かべながら、やよいの頭をポンっと撫でる。


「心配するなって、アスワドなら大丈夫だ。直接戦ったことがある俺が保証する。それに、ヴァベナロストの医療は他の国に比べても進んでる。問題ないって」

「それなら、いいけど……」

「今はとにかく、俺たちが出来ることをしよう。そう決めただろ?」


 そう言うと、やよいは頬を緩ませながら頷いて返した。

 そんな話をしていると扉が開かれ、ユニオンメンバーの男が部屋に入ってくる。


「呼び出しだ、着いて来い。それと、会議室への武器の持ち込みは許可されていないから、この袋に入れてくれ」


 男は布を俺たちに向けて口を開いた。もしかしたら敵がどこかに潜んでるかもしれないのに、武器を手放すのは正直あまりしたくないけど……仕方ないか。

 俺たちは魔装を袋の中に入れ、男に連れられて部屋から出る。

 歩きながら、男は俺たちをジロっと睨んできた。


「普通なら、お前たちただのユニオンメンバーがマスターたちの会議に出席することはありえない。くれぐれも、粗相がないように」

「ハッハッハ! 分かってるって!」


 カラカラと笑うウォレスに男は不満げにしつつ、扉の前で立ち止まる。


「ここが会議室だ。この中にはユニオンマスターと、その側近がいる。武器は会議が終わり次第返却する」


 男に頷いてから、俺は扉をノックした。


「__入りたまえ」


 扉の向こうで返事があり、俺たちは顔を見合わせてから意を決して扉を開く。

 木製の両開きの扉を開いて部屋に入ると、そこには多くの人がいた。

 ずらっと並べられた長テーブルには、ライトさんやアレヴィさんを含めたユニオンマスターたち。その後ろに控えているのは、側近の人たちだろう。

 そして、部屋の奥に一人の男が座っていて、俺たちに視線を向けていた。


 だけど、俺はそんなこと・・・・・を気にしている余裕はなかった。


「__なッ!?」


 部屋に入った瞬間、俺は気付いた。

 いや、俺だけじゃなくサクヤと、その頭の上にいるキュウちゃんもだ。

 この部屋にいる半数、しかもユニオンマスターを含めた人たちが、|見覚えのある魔力《・

・・・・・・・》を身に纏っていることに。


 それは、おぞましい黒い霧・・・


 俺たちの敵、マーゼナル王国の王様ガーディ・マーゼナルの中に蠢いているという、ドス黒い魔力。

 全ての悪意を詰め込んだ未知の黒い魔力を、味方だと思っていたユニオンの人間が__その身に宿していた。


 

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