二十六曲目『仲間の力』

 黒い魔力を纏ったフェイルが剣を振るのと同時に、白い魔力を纏った俺が剣を薙ぎ払う。

 轟音と共に黒の白の奔流がせめぎ合い、血涙を流しているフェイルと額をぶつけて睨み合った。


「__ガァアァァァアァァァァアァッ!」

「__オォォォォォォォォォォォォッ!」


 フェイルの獣のような咆哮と、声を張り上げる俺の叫びが合わさり、大気を震わせる。

 今の俺とフェイルの力は同等で、同時に弾かれた。


「__憎イ憎イ憎イ! 早く、オレの前カラ! イナクナレッ!」


 砂埃を上げて地面を滑ったフェイルは、地面に剣を擦らせながら思い切り剣を振り上げる。

 すると、そこから三日月型の黒い斬撃となって俺に向かってきた。

 地面を削りながら向かってくるフェイルの攻撃を、横に向かって飛び込みながら避ける。斬撃は俺を通り過ぎ、後ろに伸びていた大通りを一直線に斬り裂いた。


「__ルォアァァァァッ!」


 次にフェイルは雄叫びを上げて俺に向かって手のひらを向けると、そこから黒いモヤが渦を巻き、全てを飲み込む闇そのものが塊となって飛んでくる。

 

「なッ!? このッ!」


 最初は驚いたけど、すぐに切り替えて黒い塊を剣で一刀両断した。

 二つに分かれた黒い塊は俺を横切ると、そのまま消えることなく後ろから襲ってくる。

 慌ててしゃがみ込んで避けると、頭上を黒い塊が通り過ぎていった。


「危ねぇ……どういう魔法だよ、それ」


 明らかにこの攻撃は、フェイルが使う消音魔法とは別物だ。

 今の砲弾のように飛んできた黒い塊も、最初の黒い斬撃も……当たれば物理的だけじゃなく、まるでブラックホールのように飲み込まれるような気がした。

 とにかく、直撃したら一撃で死ぬ。それだけは分かった。


「だったら、当たらなければいい」


 黒い魔力が浸食していき、暴走状態になっているフェイルが剣を下からすくい上げてまた黒い斬撃を放とうとしている。

 それを見た俺は、チラッとやよいの方に目を向けた。


「__やよい! 借りるぞ・・・・!」

「……え? な、何を!?」


 いきなり俺に借りるぞ、と言われ、やよいが困惑している。

 説明したいところだけど、そんな余裕はない。すぐに剣身に魔力を纏わせた。


「<レイ・スラッシュ>__」


 ガリガリと地面を削りながら、魔力を一体化させた剣をフェイルと同じように思い切り振り上げる。

 これは、俺の技じゃない。前に練習した、やよいの・・・・技をレイ・スラッシュとして放つ技。

 やよいの固有魔法。地面に衝撃波を伝えて放つ、力技。


「__<ディストーション!>」


 レイ・スラッシュの新しいバリエーション__レイ・スラッシュ・ディストーション。

 全力で振り上げた剣から、地面を伝わって音の衝撃波が放たれる。

 そして、フェイルが放った黒い斬撃と、地面を砕きながら一直線に放たれた音の衝撃波が衝突し、爆音と共に相殺することが出来た。

 地震のように地面を揺らす衝撃に、フェイルが目を見開いて驚いている。だけど、すぐに悔しげに歯を剥き出しにしながら舌打ちしていた。


「__チョコザイナッ! コレなら、ドウダッ!」


 次にフェイルがしてきたのは、さっきと同じ黒い塊を放つ攻撃。

 砲弾のように真っ直ぐに飛んでくる黒い塊を見た俺は、今度は真紅郎の方をチラッと見てニヤッと笑みを浮かべた。


「真紅郎!」

「いいよ、タケル! 思い切り、ぶっ放して!」


 俺の呼びかけに何をするつもりなのか分かっていたのか、サクヤに肩を貸していた真紅郎が微笑みながら叫び返してくる。

 言われた通り、思い切りぶっ放してやるッ!

 振り上げた剣を今度は体を拗らせながら水平に構え、魔力と一体化させた剣身を突き放つ。


「__<レイ・スラッシュ・スラップ!>」


 真紅郎の固有魔法。高密度に圧縮された魔力弾を放つ、スラップ。

 それをレイ・スラッシュとして放つこの技は、極限まで圧縮された魔力を突きと共に放つものになっている。

 銃声のような音が響き、俺の剣から黒い塊に向かってまるで一本の槍のようになった魔力が放たれた。

 そして、魔力の槍は黒い塊を穿ち、その勢いのままフェイルへと襲っていく。


「グッ!?」


 向かってくる魔法の槍を、フェイルは側転で躱した。

 目標を失った魔法の槍はフェイルを通り過ぎ、今にもライオドラゴンに襲われそうになっていた騎士を助けるように、ライオドラゴンを貫く。

 高密度に圧縮されたレイ・スラッシュ・スラップは__あらゆるものを撃ち貫く最強の矛だ。

 その威力にフェイルはギリッと歯を食いしばると、今度は両手に黒い魔力を集めていく。


「押シ潰サレロッ!」


 両手に集めた黒い魔力を前に突き出すと、そこから黒い魔力が壁となって俺に押し迫ってきた。

 逃げ場がない。レイ・スラッシュ・スラップで貫いても、一点集中の槍じゃ黒い壁そのものを破壊すること出来ない。

 すると、額から血を流しているウォレスが俺に向かって叫んだ。


「ヘイ、タケル! 吹っ飛ばせブラストオフ!」

「分かってるよ、ウォレス! 借りるぞ!」


 一点じゃダメなら、同じ面で・・吹っ飛ばせばいい。

 ウォレスにニヤリと笑って返しながら、俺は剣をまるで野球のバッティングフォームのように構えた。

 そして、剣身と魔力を一体化させると、目の前に紫色の魔法陣が展開される。

 展開された魔法陣に向かって、剣を思い切り振り振り回す__ッ!


「<レイ・スラッシュ・ストローク!>」


 ウォレスの固有魔法。目の前に展開した魔法陣をぶっ叩いて、音の衝撃波を放つストローク。

 いつもウォレスがやってるのと同じように魔法陣を剣でぶっ叩くと、そこから轟音と共に音の衝撃波がうねりを上げて放たれた。

 迫り来る黒い壁と音の衝撃波がぶつかり合い、拮抗する。だけど、このままだと押し負けてしまう。


「__なら、連続でぶっ叩けばいいだけだ!」


 一回でダメなら、二回。それでもダメなら、三回。それを何度も繰り返して、最後にはぶっ飛ばせばいい。

 そうと決まれば、と俺は剣を振り上げ、がむしゃらに魔法陣に剣を叩きつけた。


「__ウォォリャアァァァァッ!」 


 野生の本能丸出しに、力まかせに剣を振りまくる。

 放たれたいくつもの音の衝撃波が、徐々に黒い壁を押し返し始めた。

 苦悶の表情を浮かべながら黒い壁を押すように両手を向けているフェイルに、俺は最後に全体重を乗せて剣を振り下ろす。


「__吹っ飛べッブラストオフ!」


 腹の奥底から響いてくるような音と共に、音の衝撃波が壁となって黒い壁を押し返し、そのままフェイルを巻き込んでいった。

 声にならない悲鳴を上げながら吹っ飛ばされるフェイルを見た俺は、地面を蹴って一気に駆け寄っていく。


「ウグッ!? コノ、虫ケラガァァァッ!」


 受け身を取ってすぐに立ち上がったフェイルは、走る俺を見て弾丸のように走り出していた。

 すると、フェイルが握っている剣に黒い魔力が纏わりついていき、魔力で出来た黒い大剣になる。

 巨大化した黒い大剣を振り被ったフェイルは、その大きさからは考えられないほど速く剣を振り下ろしてきた。

 魔力で出来ているから、重さは普通の剣と変わらないんだろう。俺を一刀両断しようと襲ってくる大剣に対して、俺は剣に魔力を集中させていく。

 すると、サクヤが俺に向かって親指を立てているのが見えた。


「……やっちゃえ」


 オッケー、サクヤ。

 声に出さずに心の中で返事をしつつ、一瞬にして剣と魔力を一体化させた俺は__向かってくる大剣に優しく剣を滑らせる。


「<レイ・スラッシュ・グリッサンド>」


 静かに技名を呟きながら、大剣に沿わせた剣を滑らかに動かしていなした。

 サクヤの固有魔法、グリッサンド。その効果は音属性唯一・・の防御魔法だ。

 音属性の魔力で相手の攻撃の威力を吸収しつつ、流れるようにいなすこの技は__いなすだけじゃ終わらない。

 鍵盤の端から端を指で一気に鳴らしたような音色を奏でながらフェイルの大剣を完全にいなした俺は、その流れのまま体を半回転させて剣を薙ぎ払った。

 薙ぎ払った剣は無防備になっているフェイルの腹に直撃し、そのままフェイルは体を折り曲げながら軽々と吹っ飛んだ。


「ゴハッ!?」


 何が起きたか分からないと言いたげに目を見開きながら、フェイルは地面を跳ねて吹き飛んでいく。

 そう、この技__グリッサンドは、ただの防御魔法じゃない。本来の使い方は、相手の攻撃をいなし、その威力をそのまま相手にぶつけるカウンター技・・・・・だ。

 レイ・スラッシュのバリエーションは、仲間の技を借りること。


 レイ・スラッシュを編み出したロイドさんも、英雄アスカ・イチジョウも、俺一人でも出来ない__仲間がいて初めて・・・・・・・・使うことが出来る、俺たち・・・の力だ!


「グ、ウグゥ……ッ!」


 倒れていたフェイルは剣を杖にしながら、フラフラと立ち上がる。その足は震え、斬られた腹からはボタボタと血が流れていた。

 だけど、体に纏っていた黒い魔力がその傷に入り込み、グジュグジュと嫌な音を立てながら傷を塞いでいく。


「ガ、ア、グアァァァァァァァァッ!?」


 黒い魔力に蝕まれるフェイルが空に向かって悲痛の叫びを上げていた。

 そして、傷が完全に塞がるとフェイルは肩で息をしながら俺を恨めしげに睨んでくる。


「分カッタ、認メヨウ……モウ、オマエを、虫ケラではナク……討チ滅ボス、敵トシテ・・・・! オレの手デ、確実ニ、殺スッ!」


 俺のことを敵として認めたフェイルは、自分の体を抱きしめた。

 すると、黒い魔力が意思を持っているかのようにウネウネと激しく蠢き始める。


「__ルオォォォアァァァァァァッ!」


 その瞬間、フェイルが雄叫びを上げると黒い魔力がいくつもの触手のように伸び、俺に向かって放たれた。

 鞭のようにしなりながら襲ってくる黒い魔力に、俺は驚きながら反射的に動き出す。


「こいつ、まだ……ッ!」


 あらゆる方向から襲ってくる黒い触手を、走りながら避ける。

 しゃがみ、跳び、ジグザグに走って避けて、躱し続けた。

 本能が警鐘を鳴り響かせる。この触手をまともに受けると、体が飲み込まれると。


「__くッ!」


 薙ぎ払われた触手をスライディングしながら避け、一直線に貫いてくる触手は立ち上がってすぐに体を仰け反らせて躱す。

 それから地面に手をつけてバク転しながら振り下ろされた触手を避け、着地と同時にそのままバク宙で後ろから襲ってきた触手を躱した。

 縦横無尽に襲ってくる触手を、このままずっと避け続けるのは不可能だ。

 そう判断した俺は、あえてフェイルに向かって走り出した。


「__滅ビロォォォォッ!」


 フェイルは叫びながら両手を俺に向けると、触手たちが一気に襲ってくる。

 無数の触手を避けるのは、無理だ。どの方向に逃げても、触手は俺の体を飲み込んで消滅させてくるだろう。


 だからと言って__ッ!


「__諦められるか、馬鹿野郎ッ!」


 覆い尽くす黒い触手たちに向かって怒鳴ると、心臓がドクンと鼓動した。

 そして、俺の体に纏っていた白い魔力が爆発的に増え、体から一気に噴き出す。

 まるで俺を守るように広がった白い魔力と黒い触手が衝突すると、バチッと激しい音と共に黒い触手が弾かれた。


「ナンダトッ!?」


 弾かれたことに驚愕していたフェイルは、手を動かして触手を操作する。

 フェイルの手の動きに合わせて襲いかかってきた黒い触手たちは、ことごとく白い魔力によって弾かれていった。


「これなら……ッ!」


 この白い魔力があれば、あの黒い触手を防ぐことが出来る。

 先生はこの白い魔力の力は、闇を祓う破魔の力・・・・って言っていた。

 だから、フェイルが纏っている黒い魔力に打ち勝つためにはこの白い魔力しかないと思っていたけど……物理的な攻撃には通用しないと勝手に思い込んでいた。

 でも、この感じだと黒い触手相手__いや、黒い魔力を使った攻撃全般に効果があるらしい。


「行くぞッ!」


 俺は白い魔力を全力で噴出させながら、フェイルに向かっていった。邪魔しようと襲ってくる黒い触手は、白い魔力が全て弾き飛ばしている。

 フェイルは焦っているのか、舌打ちしながら何度も黒い触手をぶつけてきた。


「コノ、コノ、コノォォォォォッ!」

「__テァァァァァァァァ!」


 バチン、バチンと激しい音を立てながら、愚直に前へと足を進める。

 黒い触手はどんどん数を増やし、俺を押し潰そうと向かってきた。

 白い魔力が防いでくれてても、衝撃が襲ってくる。足が止まりそうになるのを必死に堪えて、少しずつ前へと突き進んでいく。

 そして、とうとうフェイルの目の前までたどり着いた。


「クッ!?」

「これで……ッ!?」


 たじろいでいるフェイルに向かって、剣を振り上げようとした__その時。


 ガクンッ、と膝が折れ曲がった。


 いきなり足に力が入らなくなった途端、後頭部の魔臓器にズキンッと痛みが走る。

 鋭い痛みに思わず足を止めると、フェイルは反射的だったのか黒い魔力を纏わせないで俺をぶん殴ってきた。


「ぐあッ!?」


 痛みで反応出来ず、フェイルの拳が俺の頬にめり込んでそのままぶっ飛ばされる。

 ゴロゴロと地面を転がると、魔臓器にズキズキと刺すような痛みが絶え間なく襲ってきた。


「なん、で……ッ!?」


 体に纏っていた白い魔力が徐々に弱くなっていき、不安定になる。

 がむしゃらだったから気付くのが遅くなったけど__魔力が底を尽きそうになっていた。

 俺の魔力量は常人よりも遥かに多い。だから、普通に戦っているだけなら早々魔力が尽きることはなかった。

 だけど、それは音属性魔法に限ったこと。


 どうやらこの白い魔力は__かなり燃費が悪い・・・・・みたいだ。


 ふと、先生の言葉を思い出す。

 先生は白い魔力を特別な魔力と……人間に宿るには強大過ぎる力だと言っていた。

 使いこなせない力は身を滅ぼす。先生ですら全てを推し量れないほどの強大なこの白い魔力は、俺の膨大な魔力を一気に喰らい尽くすものだったようだ。

 今の俺は、白い魔力を使いこなすことが出来ていない。それをアクセル全開で使えば、魔力がすぐになくなるのは当たり前だ。


「でも、今ここで使わなかったら……勝てない」


 白い魔力なしでフェイルに、黒い魔力に打ち勝つことは確実に出来ない。

 だから、例え使いこなせなくても、身を滅ぼすとしても……俺は、迷うことなく使う。

 すると、フェイルは肩を震わせて口角を歪ませながら笑っていた。


「クッ、ククククッ! クハハハハハハッ! ドウヤラ、限界のヨウダナ? ヨウヤク、目障リなオマエを、殺スコトガ、出来ソウダ!」


 そう言うとフェイルの体からブワッと黒い触手が伸び始める。

 ウネウネと動き、俺を狙っている黒い触手を見て__俺は、覚悟を決めた。


「__フゥゥゥゥゥ……」


 長く息を吐きながら、剣を左腰に置いて居合のように構える。

 姿勢を低くし、真っ直ぐフェイルを見据えた。


「どうせ長く続かないなら……一撃で決める・・・・・・


 魔力はもうほとんど残っていない。白い魔力が使えなくなれば、すぐにでも殺される。

 だったら、魔力がなくなる前に……白い魔力が消える前に、一撃でこの戦いを終わらせるしかない。

 ゆっくりと、丁寧に白い魔力を剣身に纏わせ、一体化させていく。集中し、いつもよりも緻密に魔力を操作する。

 

 この一撃が命運を分ける。


 一撃でフェイルを倒せれば、俺の勝ち。

 倒せなければ、俺の負け。


「難しく考える必要はないな……」


 なら、頭を空っぽにしよう。

 何も考えるな。心のままに、本能のままにぶつければいい。

 完全に白い魔力が剣身と一体化すると、眩い光が戦場を照らしていった。


「感覚を研ぎ澄ませろ。意識を集中しろ」


 ボソッと自分に言い聞かせながら、静かに目を閉じる。

 暗くなった視界に、一人の女性の背中・・・・・が見えた気がした。

 遠い、遥か遠い、その背中。憧れ続け、その人のようになろうと今まで努力してきたはずだ。

 

 その背中を、今__追い越せ。


 カッと目を見開いた俺は地面を踏み砕き__生きるか死ぬかの瀬戸際に、足を踏み出した。

 



 

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