二十八曲目『襲撃の爪痕』
平和なヴァベナロスト王国が襲われてから一夜明け、街では住民たち復興作業が行われていた。
モンスターたちの襲撃によって多くの建物が破壊され、その惨状だけを見ると敗戦したと思えるほどだ。
だけど、俺たちは無事に勝つことが出来た。怪我人は数え切れないほど多いけど、幸いにも死人は出てない。街はボロボロでも生きている人がいるなら、いずれは元の平和な姿を取り戻すことが出来るはずだ。
……さて。戦いが終わって一夜明けた、今現在。
やよいたちやレイドたちにいきなりいなくなったことの謝罪をしてから、再会を喜んでいる__。
「で?」
__はずだった。
時間は少し巻き戻る。
フェイルとの戦いが終わってすぐに俺は激闘の疲れで泥のように眠り、いつの間にか朝になっていた訳で。
目を覚ましてから、やよいたちとレイドたちに謝罪をしたまではよかったけど、それからが問題だった。
レイドと話していた俺に声をかけてきたのはこの国の女王、レイラさん。
すぐに謝ろうとするとレイラさんは俺の言葉を遮り、それはそれはいい笑顔を浮かべて……床を指差しながら、こう言った。
「そこに、座りなさい」
レイラさんの醸し出している威圧感が、にっこりとした素晴らしい笑顔が、言葉に込められた感情が__俺を自然と正座をさせた。
「で?」
そして、今に至る。
たったの一文字なのに、それだけで押し潰されそうなプレッシャーを感じる。正座している俺を見下ろしながら腕組みしているレイラさんに、恐る恐る頭を下げた。
「えっと、その……すいません、でした」
「で?」
「心配かけて、本当に申し訳ありませんでした」
「で?」
怖いんですけど。フェイルを相手にするよりも怖いんですけど。
いや、完全に俺が悪いのはたしかだ。心配と迷惑かけたんだから、怒られるのは覚悟していた。
でも、これは予想外だ。こんな怖いなんて思ってもなかった。
ガクガクと恐怖に体を震わせていると、レイラさんは深い深いため息を吐く。
「今まで何をしてたかは分からないけど、みんな心配してたのよ?」
「……はい」
「でも、まぁ……戻ってきてくれてよかったわ。とりあえず、私からは……」
そう言ってレイラさんは俺の額に手を伸ばすと、ピシッとデコピンしてきた。
結構な音と共に襲ってきた痛みに体を仰け反らせていると、レイラさんはやれやれと肩を竦める。
「これで許してあげるわ。あとでみんなに……と、く、に! ミリアにはもう一度、誠心誠意謝ること! 本当に心配してて、見てるのが辛いぐらいだったんだから。分かった!?」
「は、はい!」
敬礼しながら声を張り上げて返事をする。さっきもミリアには謝ったけどかなりやつれていた気がするし、よっぽど心配してくれてたんだろう。
あとでまた謝って、何かお詫びしなきゃな。そう考えていると、レイラさんは子供のように頬を膨らませながら不満げにしていた。
「まったく。私だって戦いたかったのにみんな止めてくるし、これからのことも考えなきゃだし、休む暇がないわ。あのバカガーディ……次会ったら鏡が見れなくなるぐらい、ボコボコにしてやるんだから」
ボキボキと指の骨を鳴らしながら独り言を呟くレイラさんに、俺は苦笑いを浮かべる。
聞いた話だと、避難していた住人の数人が避難所じゃなく城に来て、レイラさんを止めたらしい。
女王なのに最前線に行くような無鉄砲なレイラさんを心配してのことで、ついでにミリアもレイラさんを引き止め、もはや拘束する勢いだったようだ。
さすがに国のトップに何かあれば、勝ってもその後が大変になるから当然だろう。でもレイラさんは今も不満に思ってて、今後の事後処理のこともあってストレスが溜まってみたいだ。
あまり刺激しないようにしておこう。そう心に決めていると、レイラさんは思い出したように口を開いた。
「そうそう。今から大広間で<聖石会議>があるから、あなたも参加しなさい」
聖石会議。
このヴァベナロスト王国の中でも選ばれし騎士、六聖石が集まる会議のことだ。
これからどうするのか早急に決めるんだろう。レイラさんに言われ、俺は大広間に向かった。
「……む、来たか」
大広間に入ると、腕組みしながら目を閉じていたレイドが声をかけてくる。フェイルにやられた傷はまだ治ってないけど、レイドも参加するようだ。
他にもローグさん、ヴァイク、レンカ、ストラも円卓の前に座り、やよいたちとミリアも集まっている。
「遅いよ、タケル! ほら、こっちに座って!」
やよいは俺を手招きすると、隣の椅子を指差す。言われた通りに椅子に座ろうとすると、クイッと袖が引っ張られた。
目を向けてみると、ミリアが俺の袖を黙って掴んでいた。
「……こちらに座って下さい」
「え? あ、あぁ」
目を閉じたまま静かに言われ、俺はおずおずとミリアの隣の席に座る。なんか、断ったらいけない雰囲気を感じた。
俺が座るとミリアは嬉しそうに頬を緩ませ、やよいは恨めしげに睨んできている。
やよいから目を逸らしていると、レイラさんが口火を切った。
「さて……これより、聖石会議を執り行う。まずは、全員無事に生きてて本当によかったわ。誰か一人でも欠けたら、この国は終わっていたわ」
最初は真剣な表情を浮かべていたレイラさんは、静かに笑みを浮かべる。
すると、ローグさんが鼻を鳴らした。
「こんな老いぼれが生き残ったところで、何にもならん気がするがな」
「そんなことありませんよ。ローグ様にはまだまだ、頑張って頂かないと」
自嘲するように笑うローグさんに、レイドが笑いながら返す。
まだ働かせるつもりか、と呟くローグさんにレイラさんが微笑んだ。
「そうよ、ローグ。これから大変になるんだから、休んでる暇はないわよ?」
「勘弁して欲しいが……生き残ったからには仕方ない。老い先短いこの命、最期まで使うといい」
「期待してるわ。それじゃ、ストラ。被害報告をお願い」
「ハイハイ、分かったヨ」
レイラさんに呼ばれたストラはボリボリと後頭部を掻きながら立ち上がり、白衣のポケットに手を突っ込んで口を開いた。
「とりあえず、城下街の被害は甚大だヨ。だけど、それは住民たちが頑張って復興作業をしてるし、怪我をしていない騎士で手伝えば早い段階で終わるだろうネ。結界の方だけど……ミリア」
「はい」
ストラに呼ばれたミリアは立ち上がり、続きを話す。
「現在、結界は元に戻っています。襲撃してきたフェイルによる消音魔法で完全に無効化されてましたが……戦いの途中に突然広がってきた白い魔力によって、結界の制御装置が再稼働しました」
白い魔力ってことは、フェイルとの戦いで使った俺の魔力か。
国全体に広がった白い魔力の波紋が、無効化されていた結界の制御装置を元に戻したようだ。
ミリアは俺の方に顔を向けて朗らかに笑ってから、話を続ける。
「今のところ、結界に問題は見受けられません。ですが、また消音魔法を使われれば……同じことになるでしょう」
「そこで、私とミリアを含めた研究者、腕利きの職人たちで制御装置を改造するつもりだヨ。結界の制御装置を作ったザメの子孫、ベリオも手伝ってくれるようだから、そう時間はかからないと思うヨ」
ストラは魔法研究所の所長だし、ミリアは副所長。魔力に関してはこの二人は国のトップツーだ。
そこに腕利きの職人や伝説の職人ザメの子孫、ベリオさんが集まれば……消音魔法対策はすぐにでも出来るはずだ。
結界はこの国を守る要。もし、また襲撃された時に無効化されなければ、今回のような被害は防げるだろう。
すると、ストラは「制御装置はいいとして、他に大きな問題があるヨ」と話すと、表情を険しくさせた。
「<ポーション>の在庫が、ほとんど残ってないことだヨ」
ポーション。
この国で作られている、どんな怪我も治せる万能薬だ。
そのポーションの在庫がほとんどないと報告したストラは、肩を竦めながら話を続ける。
「ポーションの材料、<アレルイヤ>の花が全滅してしまったからネ。現状、残っているポーションが最後だヨ」
「……それは、問題ね。今回の戦いで重傷を負った人は多いし」
ポーションの材料になるアレルイヤは、かなり貴重な花だ。
この城にある植物園で大事に育てられていたけど、フェイルによってアレルイヤが咲いていた花壇が破壊されてしまったらしい。
ただでさえ、今回の襲撃で傷を負った人が多いのに__これから来る、激しい戦争を考えれば、ポーションがないのはかなりの痛手だ。
話を聞いて深刻そうにしているレイラさんに、ミリアが慌てて「で、ですが!」と声を上げた。
「私の部屋に、一輪だけですが栽培していたアレルイヤの花があります! すぐには無理ですけど、また増やせばポーションが作れるようになります!」
「デモデモ、早くても半年以上はかかるから……出来るだけポーションを使うような怪我は極力負わないようにしてネ」
全滅したと思っていたアレルイヤの花は、ミリアが部屋で栽培していた一輪だけ残されている。希望は潰えてないけど、ポーションの量産はすぐには出来ない。
ストラの言うように、ポーションを使うような大怪我はしないようにしていかないとな。
ストラとミリアによる被害報告が終わり、レイラさんは咳払いしてから次の議題に入った。
「次の議題は__今後の方針についてよ」
今回の襲撃はマーゼナル王国……レイラさんたちを世界の敵、魔族として吹聴し、自分の利益のために殺そうとしているガーディによるものなのは間違いない。
これは、ヴァベナロスト王国に対する
つまり今から話し合うのは__これから始まるマーゼナル王国との
今後を左右する大事な会議が、始まった。
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