二十四曲目『同族嫌悪』
無音の世界で、剣と剣が交わる。
振り払った剣が、振り下ろされた剣が、薙ぎ払った剣が、何度も何度もぶつかり合い、火花が散った。
「虫けらがッ!」
フェイルは悪態と共に、首元を狙って剣を横薙ぎに振ってくる。
俺はあえて前に飛び込み、姿勢を低くしながら剣を躱した。そこからすくい上げるように剣を振り上げると、フェイルは舌打ちしながら仰け反って避ける。
「この……がらんどうの人形!」
俺を罵倒しながら、フェイルは剣を振り下ろしてきた。剣を横にして防ぐと、フェイルはそのまま俺の剣に向かって何度も剣を振り下ろしてくる。
重い衝撃が腕に伝わり、膝が折れそうになりながら耐え続けた。
「お前のような中身のない人形が! 真似事ばかりの人紛いが! オレに……ガーディ様に楯突こうなど!」
感情を爆発させながら、剣ごと俺を斬り捨てようとフェイルは剣を振り続ける。
罵倒の嵐の中、俺の心は冷静そのものだった。
フェイルが口にする言葉は、罵倒は……今の俺には突き刺さらない。
今の俺は、もう前にみたいな空っぽじゃない。イズモ兄さんの真似をして、仮面を被って弱い自分を隠していた俺は、もういない。
俺の心には、夢が詰まっている。やりたいこと、やらなきゃいけないことをはっきりと分かった俺には、フェイルの言葉に傷つくことはない。
「__万死に値する!」
耐え続けている俺にフェイルは剣を思い切り振り被った。
その瞬間を、隙を待っていた俺は地面を蹴ってフェイルの懐に入り込む。
そして、剣ではなく無手の左手を握りしめ、フェイルの横っ面を思い切りぶん殴った。
「グフッ!?」
拳が飛んでくると思っていなかったのか、フェイルは目を見開きながらグラッとふらつく。
そのままフェイルの首に手を回して、腹に膝蹴りを二発。最後は顔面に向かって膝をめり込ませた。
「グッ、ギッ……ッ!」
首から手を離すと、フェイルは鼻血を吹き出しながら顔面を手で抑えてたたらを踏む。だけど、俺の攻撃はまだ終わっていない。
グルッとその場で半回転して背中を向け、無防備になっているフェイルの腹に後ろ回し蹴りを放った。
蹴られたフェイルは体をくの字にしながら吹き飛ぶ。途中で足を地面に着けて滑りながら堪え、腹を手で抑えた。
「む、しけら、がぁ……ッ!」
ぜぇぜぇと息を荒くさせて鼻血を腕で拭いながら、射抜くような視線で俺を睨むフェイル。
消音魔法のせいで声が出ないから、何も言わずにクイッと手を曲げて挑発しておく。
すると、フェイルは怒りに肩を震わせながら、地面を蹴って俺に突進してきた。
「雑魚が粋がるなッ!」
悪態と共にフェイルは剣を振り下ろしてくる。
今のフェイルは、冷静さを欠いていた。
雑魚、虫けらと下に見ていた俺に、いいようにやられている現状。他にも、俺が消音魔法を打ち消したことで、困惑しているのもあるんだろう。
と言っても、フェイルは偶然だと思っているようだけど……それは間違いだ。
俺には、消音魔法の弱点が分かっている。それを教えてくれたのは__先生だ。
消音魔法は、元は音属性の失敗作。
魔法を使う時に必ず発せられる魔力波を、フェイルは同等の魔力波を放つことで相殺し、魔法を無効化させている。
それを、先生は教えてくれた。
でも俺は、先生の家でやっていた家事、一定の魔力を通さないと何も切れない斧を使っての薪割りや、洗濯で魔力を使うなど……魔力について一から考えることが出来た。
そのおかげで前よりも魔力コントロールが洗練され、意図的に魔力を増減させて消音魔法によって打ち消される
だから、今の俺には消音魔法は意味をなさない。でも、問題はフェイルには卓越した剣術があること。
さすがに、一朝一夕でフェイルの剣術を超えることは出来ない。だけど、今のフェイルは怒りと困惑によって動きが乱れていた。
「クソッ! クソッ、クソッ、クソッ! いい加減に……ッ!」
焦りからか剣を大きく振り被るフェイル。
今しかない。俺は意図的に魔力を爆発させ、魔力波を乱した。
同等の魔力波をぶつけることで相殺させていた魔力波が乱れたことで、消音魔法が効果を失う。
一気に世界から音が戻った瞬間、俺は剣を振り下ろそうとしているフェイルに向かって剣を振り上げながら、叫んだ。
「<フォルテッシモ!>」
ここだ__ッ!
俺は腰元に差していた強化アイテム__パワーアンプのつまみを回して起動してから、一歩前に出る。
「__<ア・カペラ!>」
甲高い金属音が鳴り響かせたパワーアンプが、ア・カペラを使ったことで体から一気に噴き出した暴力的なまでの紫色の魔力を安定させた。
凝縮された紫色の魔力を身に纏い、俺の体が強化される。
そして、急加速した俺が剣を振り下ろすと、フェイルは咄嗟に剣で防いできた。
「ガァッ!?」
だけど、今の俺__ア・カペラを使っている俺の攻撃は、全て
フェイルは受け止め切れずに苦悶の表情を浮かべながら、体ごと弾き飛ばされていた。
「まだ、まだァァァッ!」
声を張り上げ、
一息で上下左右、斜めと連続で剣を振って、フェイルを追い詰めていった。
どうにか剣で防ぐフェイルだけど、徐々に押し負けて頬や体を斬られていく。
防戦一方のフェイルに、俺は反撃する隙を与えないように息が続く限り剣を振り回した。
「グッ、ガッ、アァァァァァッ!」
剣戟の嵐を耐え続けていたフェイルだけど、避け切れずに頬がパックリと斬り裂かれ、そこから血を吹き出す。
すると、血を見たフェイルは怒りを爆発させ、カッと瞳孔を開きながら剣を突き出してきた。
風を切って俺の喉元に向かって、フェイルの剣が襲ってくる。俺は一度攻撃の手を止め、首を横に曲げながら薄皮一枚で避けつつ__左腰に剣を構えた。
居合のような構えになった俺は、剣身に魔力を纏わせて一瞬で一体化させる。
そして、力強く前に一歩踏み出し、左腰に構えていた剣を薙ぎ払う__ッ!
「__<レイ・スラッシュ・
音属性の魔力を込めた一撃を、フェイルの腹にぶち込んだ。
横一文字に斬られたフェイルは血を吐きながら吹き飛んでいく。
「__ごッ、は……ッ!?」
吹き飛ばされたフェイルの腹に、一撃目の音の衝撃が爆発する。
次に二つ目の衝撃が重なり、吹き飛ばされていたフェイルが加速した。
さらに、三つ目の衝撃。フェイルは声にならない悲鳴を上げて、白目を剥く。
そして、最後の衝撃が打ち込まれ、フェイルは地面を跳ねるように転がっていった。
「どうだ……ッ!」
剣を振り抜いた態勢で、地面を転がるフェイルを睨みつける。
完全に決まったけど、まだ油断はしない。
ゆっくりと剣を構えていると、地面に倒れていたフェイルが体を震わせながら突き立てた剣を杖にして、体を起こし始めた。
「ぐ、ゴポォッ!?」
膝を着きながら俺を恨めしげに睨んでいたフェイルは、突然口から多量の血を吐き出す。
ビチャビチャと水音を立てて地面に血を吐いたフェイルは、剣の柄を握りつぶさんばかりに力強く握りしめる。
「ぜぇ、ぜぇ……む、しけらがぁ……グホッ!」
呼吸を荒くさせ、咳き込みながらフェイルはフラフラと立ち上がって剣を構えた。
明らかに戦える状態じゃないのに、フェイルはまだ俺と戦うつもりでいるようだ。
フェイルはギリッと砕けそうなほど歯を食いしばると、おぞましいほどの殺意を漂わせながら、俺をギロリと睨みつける。
「人の真似事をして、自身からこぼれ落ちた想いもない、人形のくせに……どうして、お前は……ッ!」
ブツブツと呪詛のように呟くフェイルに、俺は静かに剣を下ろす。
今のフェイル、そして今までのフェイルを考えて__俺はふと、思った。
「__お前、俺に
不意に言い放った俺の一言に、フェイルは目を見開いて愕然としていた。
「何を……オレが、お前に? お前のような人紛いの人形に、嫉妬……だと?」
ワナワナと体を震わせながら口を開くフェイルに、俺はコクリと頷いて返す。
「あぁ。初めてお前と戦った時から、心のどこかで思ってたんだ。それが、今になって分かった。お前は、俺に嫉妬してるんだろ?」
最初はそんなバカな、と思ってたけど……今は、確信を持って言える。
フェイルは俺に、嫉妬してるんだ、と。
俺のことを人形と、人紛いだと罵声を浴びせてきたフェイル。その言葉の裏側では、俺に対して
フェイルは元々、マーゼナル王国で行われていた人工英雄計画の実験体。人工英雄計画は、悪魔の研究。人を人として扱わない、最低最悪の実験だ。
その研究の実験体にされていたフェイルは、英雄になるための
そこに自分の意思や感情は考慮されず、ただ新たな英雄になるために……戦いの道具になるために、フェイルは辛く厳しい日々を送っていたはずだ。
それなのに、最後には失敗作として処分されそうになっていた。それを救ったのが、ガーディだった。
「誰かの真似事をして、操り人形のように生きていた俺と……実験によって人生を狂わされ、戦いの
心を壊し、イズモ兄さんそのものになろうとしていた俺。
心を壊され、英雄そのものにされようとしていたフェイル。
フェイルの方が圧倒的に辛い環境なのは間違いないけど__行き着いた先は、どっちも同じ。
人に憧れた人紛い、中身ががらんどうの人形。自分の意思ではなく、誰かの意思によって生きる操り人形だ。
「だからお前は、俺に嫉妬してるんだろ? 同じ人形なのに、俺はヌクヌクと生きてて。逆にお前は辛く厳しい実験と、戦いの日々。同じはずなのに、全然違う俺に対して__嫌悪し、嫉妬してたんだ」
フェイルにとっては、無意識なんだろう。
だけど、実際に罵声を、憎しみを向けられていた俺には__分かってしまった。
俺に対する嫉妬、同族嫌悪、怨恨、怒り。
そんなどす黒い感情をぶつけられた俺には、はっきりとフェイルの無意識の感情が伝わっていた。
「オレが、お前に……嘘だ……そんなことが……」
俺の指摘によって、無意識に抱いていた感情に気付いてしまったのかフェイルは首を振りながら頭を抱え始める。
信じたくないんだろう。虫けらだと、自分よりも下だと思っていた俺に対して、嫉妬していたことが。
ズタボロにされ、隠していた本当の自分を引きずり出され、仲間やこの国に対して暴虐の限りを尽くしたフェイル。
怒りはある。だけど、それ以上に__
敵だけど、フェイルの今までのことを考えてしまうと……正直言って、恨み切れない。
すると、フェイルは目を見開いて、俺を見つめてきた。
「なんだ、その目は……まさか、お前、オレに……このオレに、同情してるっていうのか……ッ!?」
フェイルの体から、ゆらりとおぞましい黒い魔力が揺らめき始める。
その黒い魔力はフェイルを包み込み、侵食するように大きくなっていった。
「お前如きが……虫けらが、オレに、同情……? この、オレを?」
フェイルが紡ぎ出す言葉に呼応するように、黒い魔力がまるで感情を持っているかのようにウネウネと動き出す。
そして、フェイルはバキッと歯を砕きながら、声を張り上げた。
「__ふザ、ケる、ナァァあァアァぁァッ!」
ビリビリと大気を震わせ、フェイルが踏み出した足を中心に地面に亀裂が走っていく。
爆発するように肥大化した黒い魔力が、フェイルを完全に侵食していった。
どす黒く、おぞましい黒い魔力を纏ったフェイルは血涙を流しながら、剣を思い切り振り払う。
すると、剣圧が暴風となって吹き荒れ、砂煙が舞った。
「オレが、お前ノようナ虫けらニ、嫉妬するハズが、なイッ! だカラ、その目ヲ、オレに、向けるナァァァァァァァァッ!」
轟音を響かせ、フェイルが弾丸のように飛び出す。
地面に亀裂を走らせながら、黒い魔力の尾を引いて一気に近づいてきたフェイルは、剣を思い切り振り下ろしてきた。
慌てて剣で防ぐと、重い衝撃が押し潰すように襲ってくる。
あまりの威力に膝を着き、俺とフェイルを中心に地面が広範囲に陥没した。
「ぐッ!?」
「ゴアァァァァァァァッ!」
どうにか耐えた俺に、フェイルは咆哮しながら剣を振り抜く。
反射的に後ろにジャンプして、衝撃を殺すように自分から吹き飛んだ。
宙を舞った俺は地面に手を着き、バク転しながら勢いを止めて着地する。
「危ねぇ……しまったな、地雷を踏んだか」
完全にフェイルの地雷を踏んでしまったらしい。
自嘲するように笑っていると、フェイルは俺を追いかけることなくその場で立ち止まり、黒い魔力が渦を巻くように体に纏わりついていく。
そして、フェイルは苦しみ悶えながら、空に向かって大きく口を開いた。
「__グオォォォォォォオォォォォォォォッ!」
恨みや怒り、全ての黒い感情を空に向かって咆哮と共に轟かせる。
まるで理性を失った獣のように吠えるフェイルに、ガーネットに守られていたやよいが俺に向かって叫んだ。
「タケル! 大丈夫なの!?」
チラッと目を向けると、やよいは目に涙を浮かべながら心配そうに俺を見つめていた。
まぁ、普通は心配するよな。
だけど、大丈夫だ。
「__まぁ、見てろって。そんな心配するなよ」
ニッと笑みを浮かべて答えてから、改めてフェイルを見据える。
黒い魔力を纏ったフェイルは、今までの比じゃないほど威圧感とおぞましい魔力を放っていた。
前までの俺だったら、勝てなかった。でも、
そう確信を持って、言える。
「フェイル。その黒い魔力ごと__倒させて貰うぞ」
今のお前には、言葉が理解出来ないだろう。だったら、理性を失った頭に分らせてやる。
覚悟を決めて、怪物と化したフェイルに向かって走り出した。
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