二十三曲目『リベンジマッチ』
「くそ……どこにいるんだ、みんな……」
ガーネットの背中から街全体を見渡し、やよいたちを探し回る。だけど、立ち込める黒煙でよく見ることができずにいた。
焦る気持ちを抑えながら探し続ける。街からはライオドラゴンやヴィーヴルの雄叫び、警鐘が響き渡り、戦う音や悲鳴が聞こえてきた。
今もこの国を守るために、騎士団たちが戦っているんだろう。だけど、そう長くは持たないはずだ。
ガーネットのおかげでモンスターの数を減らすことが出来たけど、まだ多い。俺がこの国にたどり着くまでにモンスターたちが襲撃して、大体三時間ぐらいは経っているはずだ。
そんな長時間の戦闘、長くは続かない。疲労も溜まり、いつ終わるかも分からない戦いに精神的な負担も大きいだろう。
「早くあいつを倒さないと……」
襲撃をしてきた張本人。モンスターの群れを引き連れ、結界を打ち消した__フェイル。
その大本を叩かないことには、この戦いは終わらない。
すると、ガーネットの頭の上で一緒にやよいたちを探していたキュウちゃんが、振り返りながら鳴き出した。
「きゅ! きゅきゅ! きゅきゅー!」
「見つけたのか!?」
慌てた様子で声を張り上げるキュウちゃんは、小さな前足で街の一角を指し示している。
そこは、街の中央に位置する、俺たちがライブをした広場。
立ち込める黒煙の隙間からその広場を見据えてみると、そこには大人数の騎士団がモンスターと戦っている。
そして__俺が探していたみんなの姿があった。
「見つけた! って、あれは……ッ!」
やよいたちの姿を視認出来たと同時に、その状況に目を見開く。
地面にぐったりと倒れ伏すウォレス。
サクヤと一緒に気を失っている真紅郎。
騎士たちに運ばれているレイドとローグさん。
そして、血溜まり中で倒れるアスワドと__へたり込んでいるやよいに近づく、フェイルの姿。
フェイルは剣を構え、やよいを殺そうとしている。
その光景を見た俺は心の奥底から怒りが湧き起こり、ギリッと歯を食いしばった。
「__ガーネット!」
「__グルォォン!」
声を張り上げて呼ぶと、ガーネットは翼を羽ばたかせて急下降する。
襲いかかる風圧に目を細めながら、やよいを見据えた。
やよいに向かって、フェイルは剣を振り下ろそうとしている。このままだと__間に合わないッ!
「__助けてよ、タケルぅぅぅぅッ!」
すると、やよいの叫び声が聞こえた。
助けを求めるやよいの声に、俺は反射的にガーネットの背中を蹴って飛び出した。
ガーネットを追い越し、急速に落下していく俺。右手に剣を握りしめた俺は、今にも剣を振り下ろそうとするフェイルに向かって、剣を薙ぎ払う__ッ!
そして、甲高い金属音が響き渡った。
落下しながら空中で剣を薙ぎ払い、どうにかギリギリでフェイルの剣を防げた。
そのままフェイルの剣を弾き飛ばしてから、クルリと空中で宙返りしてスタッと地面に足を着けた俺は__フェイルに向かって剣を向ける。
バサリと風で真紅のマントが靡くと、後ろから「…………え?」と間の抜けたやよいの声が聞こえてきた。
「遅いよ__タケル……ッ!」
今にも泣きそうな声で俺を呼ぶやよいに、俺はゆっくりと振り返って笑みを浮かべる。
「__悪い、遅くなって」
やよいに謝ってから、改めてフェイルを睨みつけた。
フェイルは俺を信じられないと言わんばかりに目を見開くと、面倒臭そうに舌打ちをする。
「……人形風情が。まだオレと戦うつもりか? あれだけ痛めつけても理解出来ないとは……呆れ果てて何も言えないな」
「フェイル。お前にはもう、何も奪わせない」
幻影ではない、本物のフェイルを目の前にした俺の心には、まだ恐怖心がへばりついていた。
負けた時の記憶がフラッシュバックし、剣の柄を握る手に力が入る。
だけど、大丈夫だ。恐怖心は抱えたまま、戦う。そう決めたから。
「俺は、何度倒れてもまた立ち上がる。お前でも、ガーディでも……例え、世界が相手だとしても__もう俺の心は折れたりしない」
後ろから翼が羽ばたく音が聞こえてくると、突風が吹き荒れる。
チラッと後ろを振り返ると地面を震わせる重い音を轟かせながら、ガーネットが降り立っていた。
「く、クリムフォーレル? きゃっ!?」
突然現れたクリムフォーレル__ガーネットにやよいが驚いていると、キュウちゃんがやよいの胸に飛び込んできた。
驚いていたやよいは、キュウちゃんを見ると嬉しそうに頬を緩ませながらキュウちゃんを抱きしめる。
「キュウちゃん! もう、どこに行ってたの? 心配したんだから……ッ!」
「きゅきゅー……」
涙を流すやよいに、キュウちゃんは申し訳なさそうにしながらペロペロと頬を舐めていた。
すると、やよいとキュウちゃんを守るようにガーネットが翼を広げ、フェイルに向かって喉を鳴らしながら威嚇し始める。
「グルルル……」
「えっと、このクリムフォーレルは、仲間?」
自分を守ろうとしてくれているガーネットを見上げながら呟くやよいに、俺はニヤリと笑いながら頷いた。
「あぁ、そいつはガーネット。俺をここまで連れて来てくれたんだ」
「__グルォォォォォォォン!」
返事をするように、ガーネットは翼を広げながら空に向かって咆哮する。
そして、ガーネットはやよいを守るように翼を畳み、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
その視線から、ガーネットが何を伝えようとしているのかすぐに理解する。
__ここは任せろ。
ガーネットは俺の代わりに、やよいを守ってくれるようだ。
俺は口角を上げてから、ガーネットとやよいに背を向ける。
「さて、と。フェイル……リベンジマッチだ。今回は勝たせて貰うぞ」
「フンッ。お前如きがオレに勝てると思っているのか? 哀れな人形が……」
俺が剣を構えるのと同時に、フェイルも剣を構えて睨み合った。
「お前には何も出来ない。何も為すことが出来ない。人に憧れた人紛い、中身のない人形、真似事ばかりの偽善者……そんなお前が!」
そして、フェイルは地面を蹴ると一瞬の内に距離を詰め、俺の目の前に現れる。
だけど__今の俺には、しっかりと
薙ぎ払われたフェイルの剣に対して、俺は下から剣を振り上げる。剣と剣がぶつかり合い、鈍い音と共に衝撃が広がり、砂埃が舞い上がった。
「オレに勝とうなどと、思い上がりも甚だしい!」
「思い上がりでもなんでもない! 本気で、俺は……ッ!」
鍔迫り合いになりながら、フェイルは俺に向かって怒鳴ってくる。
でも、俺は本気で勝つつもりだ。お前に勝って……ッ!
「__お前に勝って、前に進む!」
「グッ!?」
一歩前に足を踏み出し、強引にフェイルの剣を押し返した。
それからすぐに剣を薙ぎ払うと、フェイルは顔をしかめながら後ろに跳んで避ける。
俺は追撃せず、剣を地面に突き立ててマイクを口元に持っていった。
「今の俺は前に戦った時とは違う! お前の言葉は、俺には効かない!」
ビリビリとマイクを通した俺の声が戦場に、この国に__この世界に、広がっていく。
そうだ。俺にはもう、あいつの言葉のナイフは通用しない。答えを得た俺は、もう迷わない。
「お前を倒して、ガーディも倒して……
ニヤリと笑みを浮かべながら、フェイルに向かって人差し指を向けて言い放つ。
すると、フェイルはギリッと歯を鳴らし、体から魔力を噴き出した。
「世迷言を。お前程度の虫けらがオレを……ガーディ様を倒して、ついでに世界も救うだと? 思い上がりもそこまでくると滑稽だな」
「滑稽かどうか、確かめてみるか?」
「フンッ。いいだろう……お前のその思い上がりも、傲慢な考えも、そのおんがくとやらも! オレが全て、消滅させてやろう!」
そう言うとフェイルはスッと手を俺に向けてくる。指を鳴らして、消音魔法を使うつもりだろう。
だけど、俺は止めに入らない。ゆっくりと深呼吸してから、集中力を高めていく。
「__やれるもんなら、やってみろよ。お前じゃ俺の、俺たちの
「だったら、抗ってみろ……<
パチン、と指が鳴らされる。
世界から音が消滅し、魔力もかき消された。
それでも、関係ない。音を失くした世界で俺は、地面を蹴ってフェイルに向かっていく。
声も出ない、魔法も使えない俺にフェイルはあざ笑うように鼻を鳴らしていた。
「結局、変わっていない。無策で飛び込むことしか出来ない能無し。くだらない夢とやらを語る口だけの無能は……ここで死ね」
能無し、無能、か。否定はしない。音楽のことで頭がいっぱいな、音楽バカだからな。
だけど、二つ。それだけは否定させて貰う。
一つは、俺は口だけじゃない。
そして、もう一つは__無策じゃないってことだ!
走りながら、後頭部に存在している魔臓器に意識を向ける。
そこから魔力を練った俺は、
一瞬にして魔力が体を駆け巡ると、目に見えない魔力の波__魔力波が俺の体から放たれる。
そして……世界から
「__<アレグロ!>」
音が戻った瞬間、
紫色の魔力の尾を引きながら加速した俺は、目を見開いているフェイルに向かって剣を振り下ろした。
「なッ!?」
消音魔法が打ち消されたことで唖然としていたフェイルは、慌てて剣で俺の攻撃を防ぐ。
油断していたこと、予想外なことが起きたこと、それに加えて加速した攻撃の衝撃にフェイルは足をもつれさせて尻餅を着いた。
今までのフェイルでは考えられない、尻餅を着いたままのフェイルの首元に剣を向けてから、不敵に笑う。
「__どうした? 早く立てよ」
「__チィッ!」
俺の挑発に顔を真っ赤にさせて怒りを露わにしたフェイルは、俺の剣を弾きながらバク転して距離を取った。
怒り狂っているフェイルだけど、その表情には焦りと困惑の色がありありと現れている。
「バカな……気付いたというのか……ッ!?」
「ほら、どうした? もう終わりか?」
左手をクイクイと折り曲げて挑発すると、フェイルはまるで考えていたことを振り払うように首を横に振り始めた。
「いや、まさか……虫けら如きが、出来るはずがない! ただの偶然、まぐれだ!」
そう叫ぶとまたフェイルは指を鳴らす。
無音となった世界で、フェイルは俺に向かって走り出した。だけど、動揺しているのかその速度は見る影もない。
向かってくるフェイルに、俺は声にならない声で呟いた。
__言っただろ。お前じゃもう、消すことは出来ないってよ!
地面を蹴って、俺も飛び出す。
無音の世界で、俺の剣とフェイルの剣がぶつかり合ったのを合図に__俺のリベンジマッチが幕を開けた。
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