二十二曲目『救いを求める叫び』
「__てあぁぁぁぁッ!」
やよいは叫びながら斧を振り上げ、ライオドラゴンの顎をかち割る。続いて斧を地面に振り下ろした。
「<ディストーション!>」
地面に伝わった音の衝撃波がライドドラゴンたちを吹き飛ばす。すると、吹き飛ばされたライオドラゴンたちは一瞬にして凍りついた。
「俺とやよいたんの協力攻撃! これはもう惚れただろ、やよいたん!?」
「絶対に、惚れない!」
砕けた氷の破片が宙に舞う中、アスワドがやよいの方を振り向きながら叫ぶ。
やよいは完全に拒否しながら、次はヴィーヴルと戦い始めた。
広場での戦いが始まり、三十分。ヴァベナロスト王国が襲われてから二時間と三十分が経過している。
全員一丸となって戦っているものの、モンスターの数は一向に減らなかった。
倒しても倒しても増えるライオドラゴンとヴィーヴル。一匹でも倒すのが大変なモンスターが、空には無数に存在している。
やよいたちとレイドたち六聖石、騎士団と黒豹団は気合で押し止めているが、さすがに限界が近くなっていた。
やられ、傷ついた騎士や黒豹団たちが安全な場所に運ばれていく。モンスターの数は減らないが、仲間たちは徐々にその数を減らされていった。
「レイド! どうする!? このままだと全滅する!」
ヴィーヴルを魔力弾で撃ち抜きながら、真紅郎がレイドに問いかける。
レイドは剣を振り、ライオドラゴンを斬り捨てながら顔をしかめて答えた。
「だが、ここを突破されれば城がやられる! 城がやられれば、この国は終わりだ!」
「分かってるけど、ここで戦い続けるのも限界が近いよ!」
レイドと真紅郎が戦いながら話し合っていると、ウォレスが笑いながら話に割り込む。
「ハッハッハ! オレにいい考えがあるぜ! <ストローク!>」
ウォレスはそう叫ぶと目の前に展開した紫色の魔法陣をスティックで殴りつけ、そこから音の衝撃波を放ってヴィーヴルの群れを吹き飛ばす。
そして、ニヤリと笑いながら提案した。
「いつまでもこいつら雑魚相手にする必要はねぇ!
「ハンッ! 俺も賛成だ! こいつらをけしかけて来たのは、どうせあいつだろ!?」
ウォレスの言う大元__それはフェイルだ。
どれだけ倒しても増えるモンスターを相手にするより、モンスターを率いているフェイルを倒した方がいい、と言うウォレスにアスワドも賛同する。
レイドは顎に手を当てながら考えると、力強く頷いた。
「そうだな……単純だが、正しい!」
「でも、フェイルは……」
レイドもウォレスの意見に賛成する中、真紅郎は悔しげに唇を噛む。
フェイルの実力は、ここにいる誰よりも上だ。
魔法を打ち消す<消音魔法>、この国の中でもトップクラスのレイドよりも卓越した剣術。簡単に言うが、フェイルを倒すのはこのモンスターの群れを相手にするより厳しいだろう。
すると、レイドははっきりと言い放つ。
「分かっている! だが、奴を倒さない限りはこの国に平和は訪れない! やるしかない!」
そして、レイドは広場にいる全員に指示を出した。
「今からこの襲撃の主犯! フェイルを叩く! どこにいるかは分からないが、探し出すぞ! 私と数人はこの広場を離れ__」
声を張り上げていたレイドは、ピタリと動きを止める。
その瞬間__戦場が時が止まったように静まり返った。
「__その必要はない」
静まり返った戦場に、一人の男の声が響き渡る。
カツ、カツと靴音を鳴らして、男は広場に近づいていく。
すると、ライオドラゴンとヴィーヴルは道を開けるようにサッと動いてかしずくように頭を下げ始めた。
男が一歩、また一歩と近づく度に、広場にいる全員を押し潰すような重圧が広がっていく。
「き、貴様……ッ!」
レイドは冷や汗を流しながら、ギリッと歯を鳴らして男を睨みつけた。
そして、その男は立ち止まると、鼻を鳴らす。
「こんな虫けら共相手に、時間をかけ過ぎだ。もういい……オレが、直々に滅ぼしてやろう」
藍色のロングコートに、口元を隠すように巻かれた黒いマフラー。
短く切り揃えた銀色に近い白髪をオールバックにして、猛禽類のように鋭い目。
能面と言っていいほどの無表情の褐色の細身の男は、剣を構えて広場にいる全員を睨みつける。
その男こそ、この国を襲った張本人。マーゼナル王国の王、ガーディの手の者。
人工的に英雄を作り出す悪魔の研究<人工英雄計画>の失敗作。
__フェイルが、広場に現れた。
「貴様らは街を襲え。住民を見つけ出し、殺せ。オレはこの虫けら共を相手にする」
フェイルの指示にモンスターたちはビクリと怯えながら、即座に動き出した。
そして、フェイルの冷たい灰色の瞳がレイドたちを射抜く。
「さぁ来い、虫けら共。ガーディ様の歩む覇道の礎となれ」
そう言うとフェイルからおぞましいほどの殺意と威圧感が吹き出した。
誰もが動けずにいる中、一人の男が駆け出してフェイルに向かっていく。
「オラァァァァァァッ!」
それは、ウォレスだった。
ウォレスは雄叫びを上げながら両手のスティックを振り上げ、展開している魔力刃で斬りかかる。
すると、フェイルは呆れたようにため息を漏らすと、剣を薙ぎ払った。
その速度は目にも止まらず、最初に斬りかかったウォレスよりも速く襲いかかってくる。
だが、ウォレスは野性的な直感で振り上げていたスティックをクロスさせ、防御した。
「__ぐあッ!?」
「弱い」
フェイルの剣を防いだ魔力刃が、ガラスのように砕かれ霧散する。
あまりの衝撃に仰反るウォレスに、フェイルは吐き捨てるように呟くと後ろ回し蹴りでウォレスの腹部を蹴り上げ、軽々と吹き飛ばした。
ゴロゴロと転がるウォレスを見て、思い出したように全員が動き出す。
「ウォレス! この……ッ!」
真紅郎は悔しげに顔をしかめながら、フェイルに向かって無数の魔力弾を撃ち放った。
あらゆる方向から襲ってくる魔力弾に対し、フェイルは面倒臭そうに舌打ちすると剣を振り始める。
フェイルは剣を何本にも見えるほどの速度で振り、全ての魔力弾を斬り払った。
「遅い」
「__シッ!」
続いて、サクヤが短く息を吐きながら距離を詰め、フェイルに向かって拳を突き出す。
だが、フェイルは軽く避けると突き出していたサクヤの腕を掴み、力任せに地面に叩きつけた。
「がっ!?」
「雑魚共が……早く死ね」
地面に叩きつけられ、吐血したサクヤに向かってフェイルは剣を突き立てようと振り被る。
すると、その前にレイドが剣を薙ぎ払って防いだ。
「これ以上、好きにはさせない……ッ!」
「お前の実力は把握している。お前には、オレには勝てないぞ?」
「だとしても! ここで黙ってやられる訳にはいかない!」
そのままレイドはフェイルと剣を交える。
金属音が響き、火花が散る中__レイドに加勢するように、ローグが後ろから剣を振り下ろした。
だが、フェイルは後ろを見ないまま剣で防ぎ、ギロリとローグを睨んだ。
「片腕を失くした老兵が……」
「フンッ。若僧が__あまり粋がるなよ?」
ローグは隻腕の袖を揺らしながら、右手に握った剣を振り下ろした。フェイルは剣で防ぎながら、レイドの剣を避けて反撃する。
フェイルはレイド、ローグを相手にしているのに互角に渡り合っていた。
隻腕でも昔はマーゼナル王国の騎士団長を務めていたローグ。その弟子のレイドの剣術ももまた、世界でも指折りの実力者だ。
それでも、フェイル一人相手に互角__いや、押し負け始めている。
「老兵如きが戦場に出てくるな!」
フェイルの剣を防いだローグは、険しい表情でたたらを踏んだ。
「ぐ……老体にこいつを相手にするのは厳しいか……ッ!」
「ローグ様! ここは私が!」
さすがのローグも年老い、それも隻腕ではフェイルに勝てずにいる。庇うようにレイドが前に出るも、すぐにフェイルによって弾き飛ばされた。
「ぐあッ!?」
「……ちっ」
地面に倒れたレイドにとどめを刺そうとするフェイルは、舌打ちすると飛んできた魔力弾を斬り払う。
隙を狙った真紅郎による攻撃でも、フェイルは軽々と防いでいた。
「まだまだぁぁ! <ストローク!>」
「……まだ、やれる。<レイ・ブロー!>」
「あたしだって! <ディストーション!>」
「これなら、どうだ! <スラップ!>」
ウォレスは音の衝撃波を放ち、サクヤは拳に魔力を纏わせ、やよいは斧を地面に突き立て、真紅郎は高密度に圧縮された魔力弾を放つ。
それぞれがフェイルに向かって攻撃すると__。
「__面倒だ」
ボソッと呟いたフェイルは、パチンと指を鳴らした。
そして、戦場から
向かっていった音の衝撃波も、サクヤの拳に纏っていた魔力も、地面に伝わっていた衝撃も、魔力弾も……全て、音もなく霧散していった。
これは、フェイルが使う魔法。音属性魔法のなり損ない。
音を消し、全ての
「終わりだ」
音のない世界にフェイルの声が響き渡ると、その姿がかき消えた。
一瞬にして距離を詰めたフェイルは、レイドの腹部を一文字に斬り捨てる。
次にローグの側頭部に回し蹴りを放ち、吹き飛ばす。
今度はウォレスに近づくと頬に拳を突き出し、地面に叩きつけた。
「フンッ!」
短く息を吐き、サクヤの顎を蹴り上げたフェイルはそのままサクヤの襟首を掴み、真紅郎に向かって投げ放つ。
避けきれずに真紅郎とサクヤが激突し、地面を転がって痛みに悶えていた。
この間、十秒。
十秒で一気に四人を倒してみせたフェイルが、また指を鳴らすと戦場に音が戻ってくる。
「み、みんな……」
瞬く間にやられた四人に、やよいは愕然としていた。
他の騎士団たちもレイドやローグがやられたことが信じられないと、動きを止めている。
すると、モンスターを相手にしていたヴァイクが砕けそうなほど歯を食いしばり、フェイルに向かっていった。
「貴様ぁ……ッ!」
そして、ヴァイクは両手に持った銃の引き金を引き、炎の槍と風の刃を撃ち放つ。
だが、フェイルはまたパチンっと指を鳴らし、向かってきていた魔法を全て打ち消した。
「オレに魔法は通用しないと、まだ分からないのか?」
やれやれとため息混じりに呟くと、フェイルは地面を蹴ってヴァイクの懐へと飛び込んだ。
ヴァイクは音の失った世界で舌打ちすると、両手に持っていた二丁の銃を投げ捨て、フェイルに向かって拳を突き出す。
フェイルの顔面に向かっていく拳は、直撃する前に手のひらで受け止められた。
「__実力差も分からないゴミ共が」
そして、フェイルはそのままヴァイクの拳を握りしめ、腕をへし折る。
音もなく腕をへし折られたヴァイクは声にならない悲鳴を上げると、フェイルは無防備になった腹部に剣を突き刺した。
ヴァイクは口から血を吐きながら、それでもフェイルに向かって殴りかかろうとする。
「終わりだ」
だが、フェイルは短く吐き捨てると突き刺していた剣を捻りながら引き抜き、ヴァイクの腹部から血が吹き出した。
力なく倒れ伏したヴァイクを興味なさげに見下ろしてから、フェイルはギロリとやよいを睨み付ける。
「あとは、お前だけだな?」
パチン、とまた指を鳴らして消音魔法を解除したフェイルが、ゆっくりとやよいに歩き出した。
主力となる五人がやられ、絶望にへたり込むやよい。
恐怖でカタカタと体が震え、今にも泣き出しそうに目に涙を浮かべていた。
「や、やめて、来ないで……ッ!」
「戦意を失い、恐怖する。その程度の実力で、偉大なガーディ様に歯向かおうなど……思い上がりも甚だしいな」
カツカツと靴音を鳴らしながら、フェイルは剣を構える。
「__お前たちに生きている価値などない。ガーディ様に代わり、オレがお前たちを断罪する」
そして、フェイルは一気にやよいに向かって走り出そうとした__その時。
「__やよいたんに、手ぇ出そうとしてんじゃねぇぞゴラァ!」
地を這うように低い体勢で走り出したアスワドは、怒号を上げながらフェイルに向かってシャムシールを振り上げた。
だが、フェイルは即座に反応して剣で防ぎ、二人は鍔迫り合いする。
「……まだ残っていたのか。虫けらの足掻きは本当にしつこい」
「ハンッ! しつこくて悪かったなぁ! こちとら、狙った獲物は意地でも逃がさねぇ性格なんだよぉ!」
ニヤリと笑いながらアスワドはグルリとその場で回転し、後ろ回し蹴りを放った。
下からすくい上げるように顎を狙ってくる蹴りに、フェイルは軽く仰け反って避ける。
「__もう一丁!」
避けられるのは最初から想定済みだったアスワドは軸足を蹴って飛び上がると、空中で腰を捻って回し蹴りを放った。
だが、それすらもフェイルは軽く避け、空中にいるアスワドに向かって剣を振り下ろす。
「ぬあッ!?」
振り下ろされた剣をアスワドは空中でシャムシールで防ぎ、その衝撃で吹き飛ばされた。
宙を舞ったアスワドは、腹筋に力を込めて空中で姿勢を整えてナイフをフェイルに向かって投げる。
「無駄だ__ッ!?」
向かってきた二本のナイフを剣で振り払ったフェイルは、すぐに目を見開いた。
アスワドは二本のナイフに隠れるように、もう一本ナイフを投げていたからだ。
さすがに予想外だったフェイルは、それでも反射的に首を曲げて避ける。だが、避けきれずに頬を掠めていった。
「とと、危ねぇ」
その間にアスワドは華麗に着地を決め、思惑通りに事が進んで不敵に笑みを浮かべる。
すると、フェイルは傷ついた頬から流れる血を指で拭うと、フルフルと肩を震わせ始めた。
「__虫けら如きが! オレによくも!」
「ハンッ! ちょっとぐらい傷ついただけで、そんな怒んなよ」
怒り狂うフェイルにアスワドはやれやれと肩を竦めると、シャムシールをクルリと手元で回してから構える。
「__これからテメェには、もっと血だらけになって貰うんだからなぁ!」
「__ほざけ!」
アスワドの挑発にフェイルは怒声を上げ、姿がかき消えた。
目に追えないほどの速度で走り出したフェイルは、一瞬にしてアスワドの目の前に移動する。
そして、剣を振り下ろすと同時にアスワドもシャムシールを薙ぎ払った。
甲高い金属音と共に、力負けしたアスワドがたたらを踏む。その隙を見逃さずにフェイルはアスワドの襟首を掴むと、力任せに地面に叩きつけようとした。
「やらせねぇよ!」
だが、アスワドは地面に叩きつけられる前に地面に手を置くと、手を支点にグルリと体を半回転させ、逆立ちの状態でフェイルの側頭部に向かって蹴りを放つ。
向かってくる蹴りに対し、フェイルは腕で防ぐと逆立ちになっているアスワドの顔面に向かって前蹴りを放った。
「ぐあッ!?」
咄嗟に腕で防御したアスワドは、地面をゴロゴロと転がる。腕に走る痺れに顔をしかめたアスワドは、転がった勢いで起き上がると魔力を練り始めた。
「<我が祈りの糧を喰らう龍神よ、我が戦火を司る軍神よ、今こそ手を取り我が征く道を指し示せ>__<アイス・シャックル!>」
スラスラと詠唱したアスワドが地面を踏み締めると、そこから氷の道がフェイルに向かっていく。
パキパキと地面を凍らせながら向かってくるアスワドの魔法に、フェイルは舌打ちしてから指を鳴らした。
世界から音が消え、氷の道が霧散する。キラキラと氷の破片が舞う中、アスワドは懐からナイフを取り出すと腕を勢いよく振って投げ放った。
向かってくる五本のナイフにフェイルは剣で弾き飛ばすと、アスワドがフェイルに向かって走り出す。
そして、声にならない怒声を上げてフェイルに向かってシャムシールを振り下ろした。
「甘い」
ボソッと呟きながらフェイルは剣で防ぐと、アスワドはニヤリと口角を歪ませる。
剣とシャムシールがぶつかり合った瞬間、アスワドはその場で宙返りして、かかと落としをフェイルに向かって放った。
トリッキーな動きに対してもすぐに腕で防いだフェイルに、アスワドは防がれた足を支点にまた後方宙返りをする。
そして、フェイルが弾き飛ばしていたナイフを空中で掴み取り、全体重を乗せて振り下ろした。
「ちょこざいな!」
計算されたアスワドの動きに、フェイルは面倒臭そうに悪態を吐くと振り下ろそうとしていたアスワドの腕を掴み、投げ飛ばす。
「__もういい。これで終わりだ」
クルクルと回転しながら地面に着地しようとしているアスワドを睨んだフェイルは、チラッとやよいの方に目を向けた。
すると、フェイルはアスワドを無視してやよいに向かって走り出す。
「まずは、お前から殺すことにしよう」
アスワドの相手をするよりも、まず最初にやよいを始末することを決めたフェイルが剣を振り被る。
突然のことに、やよいは動けずにいた。それを見たアスワドは目を見開き、着地と同時にやよいを守ろうと駆け出す。
必死に走るアスワドがフェイルを止めようと腕を伸ばした、その時__。
「__そうだ。お前なら、そうすると思っていた」
やよいに向かっていたフェイルは足を止めると、振り向き様に剣を突き出した。
反応しきれなかったアスワドの腹部に、剣が突き抜ける。
フェイルは口角を歪ませると、パチンと指を鳴らして消音魔法を解除した。
「て、てめぇ……最初から、俺を……ッ!」
口から血を流し、視線で殺せそうなほどフェイルを睨むアスワド。
フェイルは鼻を鳴らすと、突き刺していた剣をグリグリと動かす。
「あぁ。お前のことだ、あの女を守ろうとすると思っていた。ちょこまかと動き回るお前を追うより、この方が早いと判断した」
「ぐ、あ、あぁ……ッ!」
いたぶように剣で肉を抉るフェイルに、アスワドは苦悶の表情を浮かべながら血を吐き出した。
それを見て満足したのか、フェイルは一気に剣を抜き放つ。
「そこであの女が死ぬのを眺めていろ。自分の弱さを噛み締めながらな」
ボタボタと地面に血を流しながら、アスワドは力なく倒れ伏した。
アスワドを見下したフェイルは剣に付いた血を振り払うと、やよいの方に目を向ける。
止めどなく血が流れる腹部を手で抑えながら、アスワドはやよいに向かって手を伸ばした。
「に、げろ、やよい、たん……ッ!」
「そんな……アスワドまで……」
逃げろと言うアスワドに、やよいはへたり込んだまま動けずにいる。恐怖で足が竦み、戦意は折れ、動くことも出来なかった。
だが、フェイルはそれで見逃すほど甘くはない。へたり込んでいるやよいの目の前に立ったフェイルは、ゆっくりと剣の切っ先を向ける。
「__痛みは一瞬だ。一撃でその首を落とす。ガーディ様に楯突いたことを反省し、後悔しながら死ぬといい」
フェイルはやよいの首元を睨みつけ、剣を思い切り振り被った。
このままだと、やよいの首がはねられてしまうだろう。だが、誰も助けられる人はいない。
やよいはカタカタと震えながら、キツく目を閉じた。
「たす、けて……」
震えた声で、やよいが助けを求める。
やよいが求めたのは、ここにいる誰でもなかった。
それは、音楽バカで困っている人がいたら誰であろうと助け、猪突猛進で鈍感な__一人の男。
今から襲ってくる痛みに怯えながら、やよいは声を張り上げた。
「__助けてよ、タケルぅぅぅぅッ!」
やよいの声が、戦場に響き渡る。
だが、無慈悲にもフェイルは剣を振り下ろした。
「__死ね」
フェイルの冷たい声が耳に届いた瞬間、やよいは最後の抵抗で体を丸める。
そして、やよいの首元に剣が振り下ろされる__その瞬間。
__甲高い金属音が、轟いた。
いつまで経っても襲ってこない痛みに、やよいは恐る恐る瞼を開く。
すると、目の前が
「…………え?」
呆気に取られたやよいの目の前には、真紅の布が風に靡いている。ゆっくりと見上げると、そこには一人の男の背中があった。
真っ赤に燃えるような、赤い髪。身に纏った真紅のマント。
フェイルの剣を防いでいる、柄に
見覚えのあるその姿に、やよいの目から涙が流れる。
「遅いよ__タケル……ッ!」
フェイルの剣を防ぎ、やよいの危機を救った男__ずっと待っていたタケルの名を、やよいは呼んだ。
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