二十曲目『空の覇者の凱旋』

 透き通るような広大な青空を、ガーネットは翼を羽ばたかせて飛んでいく。

 その背中に乗った俺はぶつかってくる風圧に振り落とされないように、必死にガーネットの体にしがみついていた。

 雲が近いほど高く飛んでいるせいで肌を突き刺すような寒さを感じるけど、身に纏っている真紅のマントが寒さをほとんど防いでくれていた。

 先生が作った最高傑作にして、世界に一つしかないマント。その性能のおかげだろうけど、俺にはそれ以上に……先生の想いが俺を守ってくれている気がした。

 マントを口元まで持っていきながら、ガーネットに向かって声を張り上げる。


「__ガーネット! もっと急いでくれ!」


 年老いて、翼がボロボロでもう飛べないはずだったガーネットに無理なお願いだと分かっていても……急ぐよう頼んだ。

 すると、ガーネットは背中に乗っている俺の方をチラッと見ると、任せろと言わんばかりに口角を歪ませて翼を大きく羽ばたかせる。

 グンっと速度が上がり、弾丸のように飛ぶガーネットに俺はギュッと拳を握りしめた。

 今この瞬間、やよいたちがいるヴァベナロスト王国はモンスターに__フェイルに襲撃されている。

 早くしないと、フェイルはやよいたちを襲い、殺すかもしれない。


「それだけは絶対に、させない……ッ!」


 ようやく答えが出たのに、やよいたちがいなくなったら意味がなくなる。

 大事な仲間を、俺たちの夢を、誰にも奪わせない。

 焦燥感に歯を食いしばり、目をギュッと閉じる。


「間に合ってくれ……頼む……ッ!」


 祈るように呟くと、俺の頬がぺチッと叩かれた。

 目を開くと、落ちないように俺の懐で丸くなっていたキュウちゃんが顔を出し、頬に小さな前足を押し付けている。


「きゅー! きゅきゅきゅ、きゅー!」


 そして、キュウちゃんは何かを俺に伝えようとしていた。

 怒るように、励ますように……俺に喝を入れようとしているキュウちゃんに、思わず笑みがこぼれる。


「分かったよ、キュウちゃん! 今焦っても、どうしようもないよな!」


 しっかりとキュウちゃんの想いが伝わった。

 キュウちゃんは俺の答えに満足するように頷くと、ガーネットの方に目を向ける。


「きゅー! きゅきゅ、きゅー!」

「__グルォォォォォォォォォッ!」


 ガーネットにも何か伝えたキュウちゃん。すると、ガーネットは雄叫びで答え、また加速した。

 俺だけじゃない。キュウちゃんもガーネットも、俺のために頑張ってくれている。

 焦る気持ちをグッと堪え、これから待ち受けている戦いに向けて、集中力を高めた。


 俺が戦うのは、フェイル。完全敗北させられ、心もへし折られた最悪最強の敵。

 

 でも、今の俺は誰にも負ける気がしない。

 例えフェイルでも、ガーディでも、世界が相手でも……ッ!


「__待ってろよ、やよい! 真紅郎! ウォレス! サクヤ! ヴァベナロストのみんな!」


 俺の決意に呼応するようにガーネットは咆哮し、翼を大きく広げて空高く舞い上がった。

 風圧に目を細めていると、遠くの方で黒煙が上がっているのが見えてくる。

 間違いない、あれは__。


「__ようやく見えたぞ!」


 心が折れ、声が出なくなり、逃げ出した……ヴァベナロスト王国。

 モンスターに襲撃され、平和な街が脅かされているヴァベナロストが、視認出来る距離まで近づいていた。

 すると、王国の周りを飛び回っている無数の影__翼が生えたライオン型のモンスター<ライオドラゴン>の群れがいる。

 その数、見えるだけでも二百体以上・・・・・

 夥しいまでの数で王国の周りを飛んでいたライオドラゴンたちは、俺たちに気付くと雄叫びを上げながら向かってきた。


「クソ! こんな数、どうしたら……」


 あまりの多さに悪態を吐きつつ、思考を巡らせる。

 あんな数を相手にしている暇はない。だけど、あいつらを突破しないと、やよいたちの元へ行けない。

 どうする、と悩んでいると__。


「__グルァッ!」


 ガーネットの叫び声に、ハッと我に返った。

 俺を横目に睨みながら、ガーネットはフンッと鼻を鳴らす。

 そして、ガーネットは滑空するのをやめてその場で止まると、首をもたげながら大きく息を吸い込んだ。


「__グルアァァァァァァァァァァァァァァッ!」


 ビリビリと大気を震わせるガーネットの咆哮に、向かってきていたライオドラゴンたちは恐れ慄きながら動きを止めた。

 ここにいる全ての生き物に威光を示すように、ガーネットの咆哮が轟いていく。

 ガーネットの体から吹き出した威圧感に、体がブルリと震えた。


「ガーネット、お前……ッ!」


 そうだ。こいつを、ガーネットを誰だと思っている。

 数多の戦いを潜り抜けてきた、古強者。


 この雄大な青空を統べる__空の覇者・・・・だ。


 年老い、翼がボロボロになり、自由な空を飛べなくなった。飛べない自分に歯噛みしながら、命が尽きるその時を待っていた。

 だけど、諦めなかった。遥か遠い空に羨望の眼差しを向け、情熱の炎を燻り続けた。

 もがき苦しみ、傷つき倒れ……それでも、いつか必ず飛ぼうと直向きに一心不乱に空を目指し続けた。


 そして、ようやくその夢は叶い__この空に舞い戻った。


「__行こうぜ、ガーネット!」

「__グルァッ!」


 ガーネットの凱旋だ。お前たちのような奴らが、我が物顔で飛んでいい空じゃない。

 そこをどけ! 空の覇者が再び、この空を統べる瞬間を__邪魔するな!


「__グルォォォォォォォォン!」


 ガーネットは翼を大きく羽ばたかせ、一気にライオドラゴンの群れへと突撃した。

 ライオドラゴンたちはガーネットの威圧感に怯みつつ、迎撃しようと向かってくる。

 一体のライオドラゴンが牙を剥き出しにして突進してくるのを、ガーネットはグルリとコマのように回転して太い尻尾を薙ぎ払い、一撃で撃墜した。


「ガァァァァァァァッ!」


 続けて二体のライオドラゴンが、雄叫びを上げながらガーネットを襲う。

 すると、ガーネットは翼を畳んで落下するように高度を下げ、二体の攻撃を避けた。

 急降下によりフワリと体が浮かんだかと思うと、叩きつけられるように風が俺の体に吹きつけてくる。

 高度を下げたガーネットが翼を大きく羽ばたかせ、一気に急上昇したからだ。

 振り落とされないようにガーネットの体に手を回し、必死に堪える。


「グルアァッ!」


 そして、頭上を通り過ぎようとしていた一体のライオドラゴンに、牙を突き立てた。

 血を噴き出しながら悲痛の叫びを上げるライオドラゴンに噛みついたまま、ガーネットは空中で前転すると、もう一体に向かって尻尾を叩きつける。

 重い衝突音と、骨がへし折れる音が響き渡った。

 背中に尻尾を叩きつけられたライオドラゴンは逆くの字に体を折り曲げ、白目を剥きながら地上に向かって落下していく。

 それからガーネットは首をブンッと振り回し、噛み付いていたライオドラゴンを投げ捨てた。

 投げ捨てられたライオドラゴンは錐揉み回転しながら吹き飛ばされ、近づこうとしていた別のライオドラゴンに衝突。そのまま撃墜され、落下していった。


「グルルル……」


 ガーネットはギョロリと真っ赤な瞳で、ライオドラゴンたちを睨み付ける。

 この空に舞い戻った覇者の風格を醸し出すガーネットに、ライオドラゴンたちはたじろいでいた。

 これが、ガーネットの本気の姿。

 幾たびの戦場を飛び回り、今に至るまで生き延びてきた古強者の本来の実力。

 お前たちとは生きてきた年季が違う、と言いたげに鼻を鳴らしたガーネットは、仰け反りながら大きく息を吸い込んだ。

 空気を取り込んだガーネットは顎が外れんばかりに口を開き、赤い火花がバチバチと迸らせる。


「__グルアァァァァァァァァァァッ!」


 そして、吸い込んだ空気を全て吐き出しながら、口から真っ赤に燃え滾る火炎の息吹を放った。

 火炎の息吹はライオドラゴンたちを一瞬にして飲み込み、骨すら残さず燃やし切る。

 半数以上のライオドラゴンを焼き払ったガーネットは、口から黒煙を燻らせながらニヤリと笑みを浮かべた。

 バサリと勢いよく翼を羽ばたかせたガーネットは、混乱しているライオドラゴンの群れに突っ込んでいく。

 そのまま慌てふためくライオドラゴンたちを縫うように滑空し、すれ違い様に尻尾を薙ぎ払って突っ切った。


「さすがガーネット! このまま一気に頼む!」

「グルル……ッ!」

 

 俺の言葉に当然だと言わんばかりに鼻を鳴らしたガーネットは、そのままヴァベナロストへと向かっていく。

 すると、ガーネットは何かを察知したのか、滑空しながらグルリと横回転した。

 いきなりのことに驚きながら体にしがみついていると、三つの大きな火球が通り過ぎていく。

 

「な、なんだ!?」


 火球が飛んできた先を見てみると、城下街を襲っていたガーネットと同じワイバーン__緑色の体色をしたモンスター<ウィーヴル>がこっちに向かってきていた。

 ガーネットよりも一回り小さい中型のワイバーンのウィーヴルは、機動性が高い上に獰猛なモンスターだ。

 どうやらライオドラゴンだけじゃなく、こいつらも一緒になってヴァベナロストを襲っていたらしい。

 それにしても、妙だ。


「なんでこいつらもいるんだ? 別の種族のモンスターがどうして一緒に?」


 ワイバーンのウィーヴルと、ライオドラゴン。同じドラゴン種だけど、仲間ではないはず。

 それなのにこいつらは、まるで協力するように・・・・・・・動いていた。

 誰かがこいつらに命令を出しているとしか考えられない。そして、それは間違いなく__。

 

「__フェイル!」


 フェイルがこいつらを操り、ヴァベナロストに襲い掛からせている。

 ギリッと歯を鳴らしていると、無数のウィーヴルが俺たちに襲いかかってきた。ウィーヴルたちは足並みを揃え、俺たちに向かって火球を放ってくる。


「ガーネット!」

「グルッ!」


 俺の声にガーネットは短く返事をすると、一気に加速した。

 下から向かってくる火球から逃げるように滑空するガーネット。ガーネットを追うように火球が空へと向かっていき、追いつきそうになっていた。


「__グルアッ!」


 掴まってろ、と雄叫びを上げたガーネットは翼を畳んで急下降する。襲ってくる浮遊感を必死に耐えて、ガーネットの体にしがみついている手に力を込めた。

 ガーネットは地面に向かって下降しながら、螺旋を描く軌道__バレルロールを始める。


「う、お、おぉッ!?」


 視界がグルグルと回る中、バレルロールするガーネットの体を火球が通り過ぎていった。

 すると、ガーネットの機動を読んだヴィーヴルが先回りするように火球を放ってくる。


「__グルアッ!」


 気合を入れるように叫んだガーネットは、翼を羽ばたかせて急ブレーキするとそのままグルリと後方宙返りして火球を躱した。

 それから急上昇し、また急下降。上下に激しく飛び回るガーネットに、俺はしがみつくので精一杯だ。


「グルル……ッ!」


 ガーネットは避けながら、面倒だと言わんばかりに舌打ちすると、今度は自分から火球に向かって飛び込んでいった。

 正面から向かってくる火球をバレルロールして避け、蛇行しながら躱して城下街の上を飛んでいるヴィーヴルの群れに一直線に突っ込んでいくガーネット。

 すると、ガーネットはチラッと俺の方を振り向いてきた。


 __ぶちかましてやれ、と言いたげに。


 俺は唖然としながら、苦笑いを浮かべる。


「__分かった! でも、かなり無茶な注文だな!?」


 そして、俺は魔装を展開して右手に剣を握りしめた。

 徐々に近づいてくるヴィーヴルたちを見据え、剣身に魔力を纏わせて一瞬にして一体化させる。


「キュウちゃん! 俺にしっかり掴まってろよ!」

「きゅ……きゅーッ!」


 懐で俺に掴まっているキュウちゃんに声をかけると、キュウちゃんは必死な形相で頷いて返した。

 紫色の魔力__音属性の魔力の尾を引きながらガーネットの背中の上でしゃがみ込み、左腕でトゲトゲとした甲殻を掴む。

 バサバサと真紅のマントを靡かせた俺は、右手に持った剣を体を捻りながら左の方へと持っていく。ガーネットは加速し、一気にヴィーヴルの群れへ突進していった。

 その距離、残り十メートル。

 恐怖心を抱えたまま、意を決した俺はしっかりとガーネットの背中に両足を着け、力を込めた。


「__<アレグロ!>」


 音属性魔法、敏捷強化アレグロを使ってから、ガーネットの背中を蹴ってヴィーヴルの群れに単身飛び込む。

 そして、そのまま剣身と魔力が一体化した剣を、全身のバネを使って薙ぎ払う__ッ!


「__<レイ・スラッシュ!>」


 音属性の魔力を纏った一撃を、ヴィーヴルの群れへと叩き込んだ。

 紫色の斬撃がヴィーヴルの体を横一文字に斬り裂き、衝撃波によって弾かれたように吹き飛んでいく。

 斬り払った体勢で空中に投げ出された俺を、地面に落下する前にガーネットが背中で受け止めてくれた。

 背中の上でよろけながら、どうにかガーネットの甲殻を掴んで堪えると、ガーネットはそのまま城下街の大通りを抜けて上空へと飛翔する。


「おっとと、危ねえ……死ぬかと思った」

「グルルル!」


 やれやれと胸を撫で下ろしていると、ガーネットは満足げにカラカラと笑っていた。

 まったく、無茶なことさせるなぁ……と苦笑しつつ、すぐに表情を引き締める。


「それじゃ、ガーネット! やよいたちを探すぞ!」

「グルァッ!」


 どうにかヴァベナロスト王国に入ることが出来た。

 あとは、やよいたちを探し出して__助ける。

 俺の言葉に頷いたガーネットは、ヴァベナロスト王国を見渡せるようにグルリと旋回しながら、上空を飛び回るのだった。


 

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