十二曲目『王女とのデート』

「タケル様、私と一緒に街を見て回りませんか?」


 魔法訓練を始めて三日が経った朝。訓練が一頻り終わった辺りに、ミリアはニコニコと花が咲いたような笑顔で提案してきた。


「いきなりどうしたんだ?」

「いえ、その……タケル様方がヴァベナロストに来てから数日が経ちましたが、ずっと城に閉じこもってるじゃないですか。だから、少し息抜きにと思いまして」


 指をモジモジさせながら頬を赤らめるミリア。たしかに、俺たちはこの国に来てからずっと城で過ごしていた。

 たまには外に出るのもいいかもしれないな。そう思った俺は頷いて返す。


「分かった、いいぞ」


 俺の言葉にミリアは嬉しそうにパァッと明るい笑みを浮かべ、こっそりとガッツポーズを取っていた。

 そんなに喜ぶことか、と苦笑していると、話を聞いていたやよいがズカズカと近づいてくる。


「ちょ、ちょっと待った! あたしも行きたい!」


 やよいはどこか慌てた様子で手を挙げながら話に入ってきた。すると、やよいの肩にガシッと大きな手が乗っかる。

 やよいの背後にいたのは、レイドだった。


「残念だが、やよい。まだ訓練が途中だ」

「え!? い、いやぁ……ほら、たまには息抜きも大事だし?」

「ダメだ」

「うわぁぁぁん! ケチぃぃぃ!」


 そのままやよいはレイドに引きずられながら訓練に戻っていく。俺に向かって助けを求めるように伸ばされた両手を、ソッと見ない振りをする。

 遠くで「タケルの薄情者ぉぉぉぉぉぉぉ!」と悲しい叫びが聞こえた気がした。


「フフッ……頑張って下さいね、やよい」


 引きずられていくやよいをクスクスと笑いながら見送るミリア。様付けで呼ばなくなってから、ミリアとやよいはかなり打ち解けたようだ。

 残された俺はミリアと顔を見合わせてから、改めて軽く頭を下げる。


「んじゃ、よろしく頼むよ」

「えぇ! 僭越ながら私がご案内させて頂きます!」


 このまま街へと繰り出す……前に、訓練をし終わったばかりで汗だくだから、一度着替えることにした。

 ミリアも着替えてから行くということで、城門前で待ち合わせの約束をしてから部屋に戻る。部屋の談話室には真紅郎とウォレス、サクヤ、キュウちゃんの姿があった。


「おかえり、タケル」

「ハッハッハ! 朝から頑張ってるな、タケル!」


 俺に気づき、ソファーに座りながら真紅郎とウォレスが出迎える。すると、キュウちゃんを膝に乗せていたサクヤが首を傾げながら声をかけてきた。


「……タケル、やよいは?」

「あー……レイドに絞られてるよ」


 レイド曰く、やよいは俺たちの中で一番実力が劣ってるけど一番伸び代があるらしい。元々レイドは騎士団の指導者という立場にいるからか、やよいの育成に力を入れていた。

 結果、やよいはここ最近はずっとレイドから訓練を受け、かなり絞られている。

 俺が答えるとサクヤは少し考えてから立ち上がった。


「……なら、ぼくも行ってくる。キュウちゃんは?」

「きゅー」


 サクヤもレイドとやよいの訓練に参加するつもりのようだ。キュウちゃんは興味ないのかソファーに丸まり、尻尾をフリフリさせて断る。

 練兵場に向かったサクヤを見送りながら俺は自分の部屋に戻って着替え、待ち合わせしている城門前に向かおうとすると、真紅郎が声をかけてきた。


「あれ? タケル、出かけるの?」

「あぁ。ミリアが街を案内してくれるんだ。真紅郎たちも行くか?」


 真紅郎とウォレスも誘おうとすると、二人は同時にため息を吐いて肩を竦める。


「ボクはいいよ。馬に蹴られてくないし」

「オレもやめとくぜ。二人で楽しんでこいよ」


 どこか呆れたように言う二人。何か変なこと言ったかな?

 まぁ、いいか。行かないって言うなら、俺とミリアだけで行くか。


「きゅー!」

「うぉっと。キュウちゃん?」


 談話室から出ようとすると、ソファーで丸まっていたキュウちゃんがいきなり俺の肩に飛び乗り、スルスルと頭の上に乗っかってきた。

 そして、キュウちゃんは「出発!」と言わんばかりに前足を上げて鳴き声を上げる。


「えっと、キュウちゃんも行くんだな?」

「きゅー! きゅきゅー!」


 キュウちゃんは何度も頷きながら急かすように前足で頭をペチペチ叩いてきた。

 まぁ、別にキュウちゃんも一緒でもミリアは嫌がったりしないだろ。ということで、俺はキュウちゃんと一緒に城門前に向かった。


「……あ! タケル様! こっちです!」


 城門前に先に来ていたミリアは、すぐに俺に気付いて手を振って呼ぶ。本当に目が見えないように思えないな。

 ミリアは王女らしいドレスから花の刺繍が施された白いワンピースに着替えていた。フワフワの癖っ毛の髪を一纏めに結び、手にはいつもの杖を持っている。

 こうして見てみると本当、王女というより町娘……清楚なお嬢様って感じだ。


「悪い、遅くなった」

「フフッ、いえ私も今来たところですので。あら? キュウちゃん様もご一緒ですか?」


 ミリアは俺の頭の上にキュウちゃんがいるのに気づく。もしかしてダメだった、と少し不安に思っているとミリアはキュウちゃんに向かって手を伸ばした。

 すると、キュウちゃんは俺の頭の上から飛び降りてミリアの胸に飛び込む。


「きゅー!」

「うわぁ……フワフワですね。フフッ、可愛い」


 胸に飛び込んできたキュウちゃんを微笑みながら撫でるミリア。優しい手つきにキュウちゃんも嬉しそうに顔をすり寄せていた。

 どうやらキュウちゃんが一緒でも問題なさそうだ。いらない心配だったな。


「よし、んじゃ行くか」

「えぇ。たっぷりと街のいいところをご案内しますね」


 俺とミリア、キュウちゃんは城門を抜け、街へと繰り出した。

 魔力と音を感じ取れるだろうけど、目が見えないことには変わりない。ミリアと歩調を合わせながらゆっくりと歩きながら、街へと足を踏み入れる。


「賑わってるなぁ」


 中世ヨーロッパ風の煉瓦造りの家が建ち並ぶ街並みは、多くの住人たちで賑わっていた。

 このヴァベナロスト王国は上から見ると中央にある城を取り囲むように、街が円形に広がっている。そこに貴族や平民という格差はなく、誰もが同じように暮らしていた。

 大通りでは露店が並び、商人たちが商品を売ろうと声を張り上げ、活気に溢れている。

 その光景は、マーゼナル王国の城下町と同じだった。


「タケル様、迷子にならないようにお気をつけ下さいね?」

「そうだな。ミリアこそ、迷子になるなよ?」

「フフッ、私は大丈夫ですよ。この街は私の庭、目が見えなくても問題なく歩けますから」


 そんなことを話しながら大通りを歩いていると、ミリアに気づいた住人たちが笑いながら声をかけてくる。


「おぉ! ミリアちゃん、今日も可愛いね! どうだい、何か買ってくか?」

「ありがとうございます! あとで寄らせて頂きます!」

「ミリアちゃんじゃないの。あら! 隣にいるのは彼氏かい!?」

「か、彼氏って……もう! 違いますよ!」


 露店のおじさんやおばちゃんたちがミリアに気軽に話しかける。ミリアも慣れた様子で返事をしていた。

 王女だとしても住人たちは関係なくミリアに接している。やっぱりこの国は他の国とは違って王族と住人たちの距離が近い。だからと言って下に見られてる訳じゃなく、人望があるのが分かった。

 ミリアや女王のレイラさんの人柄がいいからだろうな、と感心する。


「まったく、タケル様が彼氏だなんて……まだそんな関係じゃないのに」


 ミリアは俺が彼氏だと勘違いされ、頬を赤くしながら手で顔を扇いでブツブツと独り言を呟いていた。

 俺は歩きながら露店商を眺めていると……ふとあることに気付く。

 ある露店では鉄製の大きな箱を開けると冷気が漏れ出し、そこから新鮮な魚を取り出していた。

 ある露店ではガスコンロのような物で肉を焼いている。

 他にも大通りに立ち並んでいる街頭。これは夜になると光り、夜の街並みを照らすだろう。


 俺が見つけた物は全て__魔法・・が使われている。


 この異世界では、科学技術は元の世界ほど発展していない。どの国でも魔法を使った技術はなく、魔法は戦闘で使うものとされていた。

 だけど、この国では違う。ヴァベナロスト王国では魔法による技術が発展し、生活に根付いている。

 例えば城のトイレは俺たちの世界と同じ水洗式。それも魔法が使われていて、最初は驚いた。

 ウォレスなんか感動して用もないのに何度も流して、メイドに怒られてたな。


「やっぱりこの国は、他のところとは色々と違うな」


 思わず考えていたことが口から出る。

 王族と住人との距離感。戦闘でしか使われていない魔法が生活に使われている。医療や技術など、全然違っていた。

 すると、肩に乗せていたキュウちゃんを撫でていたミリアが小さく笑みをこぼす。


「お気に召しましたか?」

「……あぁ、最高の国だよ」

「フフッ、ありがとうございます。ここが私の愛するヴァベナロスト王国です!」


 ミリアはまるで自分のことのように誇らしげに胸を張る。それぐらいこの国を、街を、住人を愛してるんだろうな。

 そんなことを話していると、俺たちの目の前で一人の少年がつまずいて転び、大泣きし始めた。

 俺は咄嗟に地面に倒れたまま泣いている少年に近づく__前に、ミリアが駆け寄って声をかける。


「大丈夫? 立てる?」

「きゅー?」

「ぐすっ……いたいよぉ……」


 声をかけられた少年は泣きじゃくりながらすりむいた膝を手で抑えていた。キュウちゃんが心配そうに見ていると、ミリアはハンカチを取り出すと慣れた手つきで膝に巻き始める。


「これでよし! ほら、泣かないで! 男の子でしょ?」

「……うん」


 ミリアは優しく微笑みながら少年の頭を撫でると、段々と落ち着いてきた少年は涙を拭いながら立ち上がり、服についている砂を払った。


「一人で立てて偉い! 歩ける?」

「うん! 大丈夫!」

「元気なのはいいけど、転ばないように気をつけてね?」


 少年はミリアに頭を下げて元気よく「お姉ちゃんありがと!」と礼を言ってから、また走って去っていく。その小さな背中を見送るミリアの表情は、まるで聖母のように穏やかで優しいものだった。


「……ミリアは優しいな」


 今のやり取りを見た俺が素直に感想を漏らすと、ミリアは恥ずかしそうに笑う。


「そう、ですか? 当たり前のことをしただけなんですが……」

「それを当たり前って言えることが、優しい証拠だよ」


 転んだ少年に声をかけるのは、大抵の人がするだろう。でも、自分のハンカチを使って応急処置をする人は少ない。

 それをミリアは当たり前のように、自然にやってのけた。優しい人間じゃないと出来ないことだ。

 照れているミリアに笑いかけていると、大通りを大きな影が走ってくる。<リドラ>と呼ばれる二足歩行のトカゲ型モンスターが牽引する<竜車>だった。

 竜車は俺たちの横を通り過ぎようとしてるけど、このままだとミリアにぶつかってしまう。俺は咄嗟にミリアの手を引っ張った。


「__え?」

「おっと」

「きゅ!」


 いきなりでバランスを崩したミリアが俺の胸に飛び込んでくるのを抱き止めると、竜車はぶつかることなく通り過ぎていく。

 すると、勢いで飛び上がったキュウちゃんが俺の頭の上に着地した。ミリアもキュウちゃんも無事みたいだな。


「危ないところだったな。大丈夫か、ミリア?」


 安堵の息を吐きながらミリアに声をかけると、反応がない。

 どうしたのか、とミリアの顔を見てみると……耳まで真っ赤になったまま黙り込んでいた。


「……ミリア?」

「ふぇ!? あ、は、はい! 私はミリアです!?」


 いや、知ってるけど。

 ミリアは俺に抱きしめられたままワタワタと慌てていると、住人たちは突然黄色い声を上げて盛り上がり始めた。


「おぉ! お二人さん、お熱いねぇ!」

「あらあら、ミリアちゃんったらあんなに顔を真っ赤にして。可愛いわねぇ」

「いいぞ兄ちゃん! 格好いいじゃねぇか!」

「って、あれミリアちゃん!? か、彼氏が出来たのか!?」

「ちくしょう!? あいつ誰だ!?」


 やんややんやと盛り上がっている住人たちに、ミリアは頭から煙が出そうなほど顔を真っ赤にさせながら俺の胸に顔を埋めている。

 俺は自分がしたことを客観的に考え、察した。


「あー、ミリア。悪かったな、いきなり抱きしめちゃって。嫌だっただろ?」


 すぐに離れようとすると、ミリアは俺の服を掴みながら首を横に振る。


「いえ、その……あ、ありがとうございました。それと、あの……別に、嫌じゃないというか……」


 ポショポショと消え入りそうな声で何かを呟くミリア。服を掴む手に力が入り、静かにミリアは顔を上げて俺を見上げてきた。

 目は閉じられたままだけど、たしかにミリアは俺を見つめている。そのまま顔を見合わせていると、住人たちはゴクリと息を呑んだ。


「ま、まさか……ここで接吻か!? 口付けかぁ!?」

「あらあらあら! いいわねぇ! 若いわねぇ!」

「お、俺のミリアちゃんがぁぁ!?」

「いや、お前のじゃないから。俺のだから」

「馬鹿野郎! みんなのミリアちゃんだろうがぁ!」


 ざわつく住人たちの声に気付いたミリアはハッと我に返ると、ギクシャクとした動きで俺から離れる。

 そして、様子を伺っている住人たちの方を向くと、大きく息を吸い込んだ。


「__そんなことしません! いいからみんな、お仕事しなさぁぁぁぁい!」


 ミリアの怒鳴り声が、街中に響くのだった。

 


 

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