十一曲目『新たな技』

 俺たちはストラとミリアに連れられて魔法研究所にたどり着いた。研究所の中に足を踏み入れると__そこには、見覚えのある面々。


「あれ? どうしてみんないるんだ?」

「……何? いたら何か問題でもあるの?」


 そこで待っていたのはRealizeのみんなだった。

 首を傾げて聞くと、やよいが不機嫌そうに腕組みしながらジロっと俺を睨みながら答える。


「い、いや、別に問題はないけどさ」

「だったらいいでしょ?」


 つんけんした態度でそっぽを向くやよい。どうしてそんなに不機嫌なのか分からないけど、あまり触れない方がよさそうだな。触らぬ神になんとやら、って奴だ。

 そんなやよいに苦笑しながら、真紅郎が代わりにどうしてここにいるのか答える。


「タケルが魔法訓練を始めるって聞いて、何か手伝えることがあればと思ってね」

「ハッハッハ! まぁ、簡単に言えば暇つぶしキルタイムだ!」

「……ねむい」

「きゅー……きゅー……」


 カラカラと笑いながらストレートに言うウォレスに真紅郎はやれやれと肩を竦め、サクヤは眠そうに欠伸を漏らしていた。ついでにサクヤの頭の上でキュウちゃんは興味がないのか寝息を立てて眠っている。

 

「はぁ……まぁ、いいけど。邪魔だけはするなよ? 特にウォレス」

「フムフム、ちょうどいいネ! みんなにも協力して貰おうカ!」

「え? だってもうローグさんやレイドもいるし」


 俺の魔法訓練にローグさんとレイドも手伝ってくれることになってるし、これ以上はいらないんじゃないのか?

 そう思っていると、ストラは人差し指を左右に振りながらニヤリと笑う。


「イヤイヤ、人数は多い方がいいネ。今からやることには、ネ」


 そんなに人数が必要な魔法訓練って、どんなのなんだ?

 すると、ミリアがクスクスと小さく笑いながら説明してくれた。


「えっとですね、今から行う訓練は魔力を纏わせるというものなんです」

「魔力を? それってレイ・スラッシュみたいにか?」


 レイ・スラッシュは魔力を剣身に纏わせ、一体化させて使う技。それぐらいなら慣れてるけど、訓練になるのか?

 そう疑問に思っていると、ストラは首を横に振った。


「ちょっと違うネ。今回は自分の魔力ではなく、他人の魔力・・・・・・を纏って貰うんだヨ」

「他人の?」

「ストラ、私が説明します」


 話に割り込んだミリアは、コホンと可愛らしく咳払いしてからスッと眼鏡をかけ、説明を始める。


「タケル様の魔法訓練、その一段階目。それは、他者から受け取った魔力を剣に固定するというものです」

「剣に固定? どうやって?」

「まず、お手伝いの方に魔法を使って頂きます。それを剣で受け止め、そのまま固定するんです。そのために、タケル様は自身の魔力で受け止めた魔法を覆い、維持して頂きます」


 魔法を受け止め、自分の魔力で覆い、維持する。簡単そうに言うけど、かなり難しくないか?

 あと、どうして眼鏡?

 説明を聞きながら眼鏡をジッと見つめていると、ミリアは頬をほんのりと赤く染めながらフワフワの癖っ毛の髪を指でクルクルと巻きながら話を続けた。


「……た、タケル様の魔臓器はまだ全力で使うことは出来ません。というより、してはいけません。だから、他者の魔力を使うことから始めて、徐々に魔臓器を慣らしていきます」

「理屈は分かるけど、どうやってやるんだ? あと、なんで眼鏡?」

「め、眼鏡は……その、かけた方が説得力が出るというか……気分、です」


 耳まで真っ赤になったミリアはおずおずと眼鏡を外し、咳払いして照れ隠しする。いや、別に外さなくてもいいけどさ。似合ってるし。

 と、それより……どうやってやればいいのか困っていると、ストラが口を挟んだ。


「やり方で一番近いのは、魔装を作る時だヨ。魔力を反射させる力を持つ<魔鉱石>に自身の魔力で覆い、形作る。その時に反発する魔力を魔力で覆い、保持するのが魔装の作り方だネ? それを同じように、受け止めた魔力を魔力で覆い、保持するんだヨ」

「あー、そういう感じか」


 たしかに俺たちが持っている武器、魔装は魔力を反射させる力を持つ魔鉱石を使っている。反発する魔力を強引に保持し、形作って出来上がったのが、俺の柄にマイクが取り付けてある剣や、やよいだったら斧型のエレキギター。

 自分がイメージした機能や形を自由に作れる反面、その作成はかなりの難易度だった。

 それと同じようなことをやる訳か。


「ただし、タケル様が使う魔力は必要最低限。多くてもダメですし、少ないとそもそも保持出来ません。その調整をするのが、今回の訓練の肝ですね」

「うげ……そういうの苦手なんだよな」


 落ち着きを取り戻したミリアに言われたことに、げんなりする俺。

 元々、俺はそういう細かい魔力操作が苦手で、出来るようになったのも俺が一番遅かったんだよなぁ。

 でも、やらないことには始まらないし、とりあえずやるか。

 気合を入れ直していると、顎に手を当てながら考え事をしていたレイドが口を開く。


「タケル。もしそれが自由自在に出来れば、武器になるんじゃないか?」

「ふむ、たしかに。敵の魔法を利用し、反撃。もしくは魔力が少ない時に仲間の魔力を使い、攻撃。色々と出来そうだな」


 レイドの言葉にローグさんも同意する。

 言われてみれば、それって強いな。いつもは自分の純粋な魔力や音属性を利用したレイ・スラッシュを使ってたけど、相手の魔法……例えば、火属性の魔力を保持して使えば、火属性のレイ・スラッシュも放てる訳だ。


「……あれ? それってあの時みたいな感じか?」


 ふと、あることを思い出す。それは、災禍の竜を打ち倒した時の技。


 __レイ・スラッシュ・交響曲シンフォニー


 あれは自分の魔力だけじゃなく、Realize全員の魔力を剣身に纏わせて放った奇跡の一撃。

 あの時は無意識に出来ていたけど……あれを意識し、しかも使いこなせれば、俺はもっと強くなれる。

 そういうことなら、本腰入れてやらないとな。


「オッケー、分かった! 早速やるか!」

「ハイハイ、それじゃ外でやろうネ」


 ストラが外に通じる扉を開くと、そこには訓練場が広がっていた。

 太陽の光に照らされ、風に揺れる綺麗に切り揃えられた芝生。そして、立ち並ぶカカシ。魔法研究の実戦で使う場所なんだろう。ここなら思い切り出来そうだ。

 ゆっくりと深呼吸してから、腰に差している剣を抜く。何度か振って調子を確かめてから、ストラに目配せした。


「準備はいいネ? まずは……レイドがやってみようカ」

「私か? 魔法を使っていいのか?」

「大丈夫だヨ。レイドはどこかのバカとは違って無理をしてないから、しっかりと回復傾向にあるしネ。どこかのバカとは違って」


 はいはい、俺のことね。どうもすいませんでした。

 皮肉を言われ恨めしげにストラを睨んでいると、レイドは俺から少し離れたところまで歩いてから向き合う。


「よし、ならばやるぞタケル」

「手加減はしてくれよ、兄弟子さん?」

「当然だ、弟弟子」


 軽口を言い合ってからレイドは真剣な眼差しで俺を見つめ、右手を向けてきた。

 そして、レイドは予備動作もなく手のひらから火球……フレイム・スフィアを放ってくる。

 いきなりのことで目を丸くした俺は、悲鳴を上げながらしゃがみ込んで火球を避けた。


「__危なッ!? せ、せめて詠唱しろよ! いきなりでビックリしたっての!?」


 魔族……レイドたちは無詠唱で魔法が行使出来る。それをすっかり失念していた俺は、反応出来ずに思わず避けてしまった。

 レイドは苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


「すまない、私たちからしたら普通のことでな。放つ前に合図する」

「そうしてくれると助かる……」


 改めて、レイドは右手を俺に向けた。

 神経を研ぎ澄ませ、集中する俺に……レイドが「いくぞ!」と合図し、また火球が放たれる。

 向かってくる火球を見つめながら、剣を振って火球とぶつかり合った。

 ズシリと手に重さを感じながら堪え、剣身と拮抗している火球に自身の魔力を纏わせていく。


「__痛ッ!? ぐあ!」


 魔力を練った瞬間、後頭部……魔臓器に痛みが走り、集中力が切れてしまった。

 そして、火球が爆発して吹き飛ばされる。

 加減してくれてはいたけど、それでも熱さに顔をしかめて地面を転がった。


「タケル!?」

「タケル様!?」


 やよいとミリアが同時に俺の名前を呼んで駆け寄ろうとするのを、俺は手を向けて押し止める。

 そして、剣を地面に突き立てながら立ち上がって砂を手で払った。


「いてて……魔力を練り過ぎたな。もう少し抑えないと」

「タケル! まだやれるか!?」


 立ち上がった俺にレイドが声をかけてくる。レイドの目が「諦めるのか?」と言ってる気がした。

 俺は鼻を鳴らしながら、剣を構え直す。


「まだまだやれる! もう一回頼む!」

「……ククッ、だろうな。分かった! さっきよりも速度を抑える!」


 諦める気がない俺にレイドは嬉しげに笑うと、合図をしてからまた火球を放った。

 その速度はさっきよりも遅い。剣で受け止めてから、魔力を抑えつつ魔力で覆っていく。


 __魔力操作。制御のコツ。それは、声だ。


 息を遠くに飛ばして声が通るように、魔力を薄く伸ばして全体に覆う__ッ!


「こ、れ、で、どうだ……ッ!」


 歯を食いしばりながら必死に火球を保持すると、火球は爆発することなくその形を保ったまま、じんわりと剣身と一体化していく。

 いい調子だ。このまま完全に一体化させて、自分のものに……。


「__ぶあッ!?」


 もう少しで出来そうだったけど、失敗して爆発してしまった。

 爆風に吹き飛ばされるも剣を地面に突き立てることで倒れるのを堪え、ため息を漏らす。


「また、ダメだったか……」


 そう簡単に出来るものとは思ってないけど、出来ないと悔しいな。

 自分の未熟さに歯噛みしていると、ストラが顎に手を当てながら「フムフム」と呟く。


「適正属性じゃない魔法をいきなり保持するのは難しいのかもネ。なら、音属性で試してみようか」


 そう言うとストラはやよいをチラッと見てから、口を開いた。


「やよい。キミが魔法をぶつけてみようカ」

「え? あ、あたしが?」


 名指しされたやよいが目をパチクリさせながら驚く。たしかに慣れている音属性の方がやりやすいかもしれないな。


「やよい、頼めるか?」

「えっと……あたしでいいの?」


 いきなりで自信がないのか心配そうに言うやよいに、ミリアがクスッと笑いながら前に出る。


「やよい様が自信がないのであれば、僭越ながら私がしましょう」

「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! ミリアは音属性使えないでしょ!?」

「えぇ。ですが、魔法の制御に関しては自信があります。なので、タケル様がやりやすいように調節することは出来るかと」


 ミリアの言葉にやよいはグヌヌ、とうなりながらミリアの前に躍り出た。


「あ、あたしがやる!」

「あら? 出来るのですか? 先ほどは自信がなさそうでしたが」

「いきなりだったから驚いただけだし! あたしがやるから! ね、タケル!」

「……いや、どっちでもいいけど」


 何をそんなに張り合ってるのか分からないけど、俺としてはやよいがやろうがミリアがやろうが、どっちでもいいんだよな。

 そう言うと、やよいは頬を膨らませながら魔装を展開し、赤いボディのエレキギターを握りしめた。


「だったらあたしでいいね! ほら、いくよ!」

「ちょ、ちょっと待て! せめて合図を……ッ!?」


 心の準備が出来ていない俺を無視して、やよいはネック部分を握ると思い切り振り被った。

 斧型のエレキギターを振り上げ、ボディの片側にある刃先を勢いよく地面に突き立てる。


「__<ディストーション!>」


 地面を這い、隆起させながら真っ直ぐに音の衝撃波が向かってきた。

 慌てて剣で受け止めると、重い衝撃が襲ってくる。


「ぐ、お……ッ!」


 そのまま衝撃波を剣に保持させるように魔力を纏わせた。

 すると、さっきとは違ってどこかやりやすい。

 最初からそうだったように自然とやよいの魔力が剣身と一体化し、衝撃波を保持することに成功した。


「で、出来た!?」


 すんなりと出来て驚いていると、ストラが声を張り上げる。


「そのまま保持して、カカシに向かって放つんダ!」


 カカシに向かって、放つ……たしかにこの状態は長くは持たない。

 急いでカカシを睨み、剣の切っ先を地面に擦りながら下から上に向かって振り上げる。


 やよいの固有技、ディストーション。その威力をそのまま放つこの技の名前は__ッ!


「__<レイ・スラッシュ・ディストーション!>」


 剣を空に向かって振り抜くと、地面を縦に斬り裂きながら斬撃の衝撃波が走っていく。

 そして、斬撃はカカシを縦に真っ二つにし、そのまま通り過ぎていった。

 地面に一直線に斬撃が通った跡が残り、砂煙が舞う。俺は振り抜いた体勢のまま、その威力に口をあんぐりと開けて呆気に取られていた。


「何、これ……凄っ」


 やよいのディストーションは音の衝撃波が地面を這いながら相手にぶつける技。

 俺が使ったレイ・スラッシュ・ディストーションは、その衝撃波が斬撃となって地面を這う技になった。

 唖然としていると、ストラがニヤリと笑いながら地面に残された斬撃の跡を手で触れる。


「フムフム、なるほど。素晴らしい威力……初めてにしては上出来じゃないかナ?」

「たしかに、これを最初に戦った時に使われていたら……私でも危なかったな」


 レイドも頷きながら今の技を褒めてくれた。

 これは間違いなく、俺の新技。レイ・スラッシュの新しいバリエーションだ。

 やよいの力を借りて放つ、新しいレイ・スラッシュ。これを使いこなすことが出来れば、俺は前よりももっと強くなれる。

 たしかな手応えに思わず拳を握りしめてガッツポーズを取った。


「ヘイ! これはオレの<ストローク>でも出来るんじゃねぇか!?」

「そうだね、ボクの<スラップ>でもいけるかも」

「……<グリッサンド>も?」

「きゅー!」


 今のを見ていたウォレスがテンション高く提案し、真紅郎も乗る。サクヤもワクワクした目で俺を見つめ、頭の上にいるキュウちゃんも楽しげに鳴いていた。

 みんなの固有技もさっきみたいに使える可能性は高い。思わず頬が綻ぶと、ローグさんが懐かしそうに俺を見ながら口を開いた。


「タケル。今の光景、既視感があるぞ」

「既視感?」

「あぁ__若かりし頃のロイド。あいつが初めてレイ・スラッシュを放った時だ。同じようにロイドは剣を振り上げながら唖然とし、そしてお前のように笑っていた。やはりお前たちは師弟なのだな」


 そっか。ロイドさんも俺と同じだったんだ。悪い気はしないな。

 そのままローグさんは俺の頭に右手を乗せ、ガシガシと撫で回してくる。


「ちょ、ちょっとローグさん!?」

「クハハハハッ! タケル、今度ワシと酒を飲み交わそう。昔、ロイドとしたように、な」


 孫を見るように穏やかな目をしながら言うローグさんに、気恥ずかしくなって頬を描きながら頷いて返した。

 この年になって頭を撫で回されるのは、ちょっと恥ずかしいな。


「……やよい様」


 ふと、やよいにミリアが声をかけていた。

 放心状態だったやよいは我に返ると、ミリアをジッと見つめる。


「……何?」

「お見事でした。おそらく、やよい様だから成功したのでしょう」

「……別に。あたしじゃなくても成功してたと思うけど?」

「いえ、それはありません」


 ミリアは真剣な眼差しを向けながら、頬を緩ませていた。


「やよい様。私は負けませんよ?」

「……あっそ。何に対してかは分からないけど、好きにすれば?」


 ミリアの宣言にやよいはそっぽを向きながら返す。

 そして、チラッとミリアを見てから背中を向けた。


「……やよい」

「え?」

「様付けするの、やめてくれない? 友達、なんでしょ?」


 素っ気なく言うやよいに、ミリアは嬉しそうに笑う。


「はい、やよい」

「……ふん」


 照れているのか耳まで赤くしながらミリアから離れるやよい。

 なんか、よく分からないけど仲良くなったみたいでよかった。


「サテサテ、訓練を続けようカ!」

「次はオレ! オレがやるぜ!」


 ウォレスが元気よく手を挙げながら魔装を展開し、ドラムスティックを両手に持つ。

 こうして、俺たちは空が夕暮れに染まるまで訓練を続けるのだった。


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