十曲目『本当の敵』

 ローグさんはゆっくりと本題に入る。


「災禍の竜を封印し、英雄となったアスカはそのあとも多くの人々を助けて回っていた。ロイドは<ユニオン>に入り、ガーディは王になるための準備をしていた」


 俺たちもメンバーに入っている、ユニオン。

 犯罪者の取り締まりや捕縛、モンスターの討伐をする組織。国家を跨ぎ、国とは独立した正義のために戦う者たちの集まりだ。

 災禍の竜を封印したあと、ロイドさんはユニオンメンバーになったらしい。最初はガーディにマーゼナル王国の騎士にならないかと打診されたけど、柄じゃないと断ったようだ。

 そして、ガーディは王位継承が近くなり、自由に旅が出来なくなった。

 災禍の竜という脅威がいなくなり、世界に平和が訪れていた__。


「そんなある時、モンスターが凶暴化しているという噂が流れていたんだ。本来、生息地域ではないはずのモンスターが突然現れ、暴れ回り、多くの人が犠牲になった……」


 だけど、その平和は長く持たなかったようだ。

 突然のモンスターの凶暴化。生息地域を離れ、まるで我を失ったように暴れ回り、多大な被害が及んだらしい。

 明らかに様子がおかしい現状を見て立ち上がったのが、英雄アスカ・イチジョウ。


「アスカは旅をしながら、モンスターが凶暴化した原因を探っていた。ロイドもユニオンの仕事をしながら調べ、ガーディも国の一大事ということで協力していた。すると、ある地域を中心にモンスターの凶暴化が広まったことが分かり、アスカは単身で調査に向かった」


 情報をかき集め、浮かび上がったある地域。そこからモンスターの凶暴が広まっていることが分かったアスカは、原因究明のために一人で向かった。

 そして__。


「アスカはそれから、行方知れず。その代わりにモンスターの凶暴化は治った」

「……いったい何が?」


 忽然と姿を消した英雄。モンスターの鎮静化。それは明らかに関係しているだろう。

 問いかけると、ローグさんは静かに首を横に振る。


「分からない。ワシも原因となったであろう地域に向かったが、そこには激戦の爪痕だけだった。もちろん、ワシやロイドも懸命に捜索したが……残されていたのはアスカが使っていた魔装、タケルが腰に差しているのと同じ剣だけだった」


 ローグさんは俺の腰に差している魔装、柄にマイクが取り付けてある剣を指差しながら話す。

 マイクは俺の魔装だけど、剣は本来俺の物じゃない。この剣はロイドさんが俺に託してくれた物で、元々の所有者は__英雄アスカ・イチジョウ、だと思う。

 その剣が激戦の爪痕が残る場所に残され、その所有者の姿はどこにもなかったようだ。

 そこで何が起きたのか、誰と戦ったのか……姿を消した本人しか、分からない。


「それから一年経ち、英雄アスカは死亡したと判断された。遺体のないまま葬儀が執り行われ、誰もが悲しみに暮れていた……だが、ロイドだけは一人諦めず、ユニオンマスターになってからも探し回っていたな」


 惚れていた相手が突然いなくなり、行方不明のまま死亡扱いにされてしまったけど……ロイドさんは認めたくなかったのか、まだ生きていると信じていたのか、それからもずっと探し回っていたようだ。

 いや、もしかしたら今もなお、探しているのかもしれない。

 ローグさんはそこまで話すとゆっくりと息を吐きながら、本題に入った。


「アスカの葬儀から数年、ガーディは王位継承し、マーゼナル王国三十二代目国王となった。そして、レイラと結婚し、双子が生まれた……」

「それがリリアとミリア、か」


 俺の言葉にローグさんは頷くと、悔しげに顔をしかめる。


「そうだ。本来ならめでたい話だ。国中が喜び、祝福していた……だが、奴は! 王になった時から変わってしまった!」


 昔を思い出し、怒りがこみ上げてきたのかデスクに拳を叩きつけて怒声を上げるローグさんは、ギリッと歯を食いしばって吐き捨てるように語った。

 歯車が狂い始めた、当時のことを。


「奴は突然、マーゼナル王国を軍事国家にしようと企て始めた。兵力を増やし、隣接する友好的な国を襲い、国を広げようと画策していた。しかも、事もあろうに奴は反対した者を捕らえ__裏で処刑をしていた」

「なっ!?」


 自分の意見に賛同しない奴は処刑する。そんなのは王じゃない__独裁者がすること。

 騎士団長をしていたローグさんは、その噂を聞いてこっそりと調べてみると……噂ではなく事実だったようだ。

 愕然としていると、ローグさんは肩を震わせながらデスクに拳を押し付ける。


「友であるロイドも反対したが、ガーディは耳も貸さなかった。そうして、戦争の準備を始めたガーディに、王妃だったレイラも止めようとしたが__奴は、その話をした日の夜に! 娘であるミリアを殺そうとした!」

「ミリアを? どうして!?」

「ワシも知らん。だが、奴はミリアに手をかけようとしたのは事実。奴の奇行を察したレイラによって、どうにかミリアは殺されずに済んだが……今度はレイラを捕縛し、謀反の罪で幽閉した……ッ!」


 自分の娘を殺そうとし、戦争に反対していた妻を謀反の罪で幽閉。

 理解出来ない。まさに奇行……乱心だ。

 意味が分からずに頭を抱えていると、ローグさんは深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、話を続けた。


「レイラは幽閉される前に、戦争反対派を集めていた。ワシもその一人で、もしもの時は娘を守って欲しいと頼まれていた……そして、ワシら反対派は幽閉されていたレイラを救い出し、この国から逃げることを決めた」

「……そして、この国に亡命したってことか」


 それがレイラさんやローグさんがこのヴァベナロスト王国に来た理由。乱心したガーディから逃げるために亡命したんだな。

 って、ちょっと待て……。


「どうしてリリアは連れて行かなかったんだ?」


 双子の片割れ、殺されそうになったミリアだけを連れて、なんでリリアは置いていったのか。

 すると、ローグさんは表情を暗くして俯きながら、絞り出すように答える。


「連れて行かなかったのではなく、連れて行けなかった・・・・・・・・・。奴は何故かリリアだけを確保し、ミリアを含めたワシら反対派を殺そうとしていた」

「リリアだけを? なんでだ?」

「分からん。まぁ、リリアは懐いていたがミリアはガーディが近づくだけで大泣きしていたからな。それが理由かもしれん」


 懐かれなかったから、殺そうとした? 根拠としてはちょっと薄くないか?

 乱心したガーディの気持ちなんて理解出来ないし、したくもないけど……もしかして、ミリアは奴にとって何か不都合・・・だった?

 考えられるのはミリアは目が見えないけど、魔力を見ることが出来る。幼かったミリアがガーディに懐かなかったのは、何かを察知していたから、とか?

 色々考えてみたけど、答えが出るはずもない。当時のことを俺が分かる訳ないしな。

 とにかく、こうして戦争反対派は全員ヴァベナロスト王国へ亡命した。


「ヴァベナロスト王国は魔法の研究が盛んな、魔法技術国家。魔法は戦いの道具だけでなく、あらゆることに使えるという思想で研究していたが……それを兵器に転用とする国が多くてな、それを良しとしなかったヴァベナロストはどこにあるのかも悟られないよう結界を張り、どの国とも関わらないようにしていた」

「だからマーゼナル王国も、レイラさんたち反対派がどこに亡命したのか、分かってない」


 どの国とも関わらないよう結界で見えなくし、閉鎖的だったヴァベナロスト王国。命を狙われている反対派からしたら、好都合な国だ。

 そのおかげで、マーゼナル王国は手出し出来なくなった。


「だが__奴は次の手として、ワシら反対派を世界を脅かす凶悪な種族……魔族・・と呼び、他の国に広めた」


 どこに行ったか分からない反対派を、ガーディは魔族として世界に広め、探し始める。それが、魔族という種族が出来上がった理由。

 つまり世界は、ガーディによって騙されていたんだ。偽の情報を流し、魔族に国が襲われたと、世界を脅かす凶悪な種族がいると吹聴して回った。

 自分のために__ッ!


「ふざけやがって……俺たちはあいつの使い走りのために、召喚されたっていうのかよ……ッ!」


 フツフツと怒りがこみ上げてくる。

 俺たちは反対派を殺すための駒として召喚された。夢だったメジャーデビューを邪魔してまで。

 世界を守る勇者なんて甘い言葉で騙し、それどころか戦争の兵器にしようとして、最後には殺そうとしてきた。

 そんなふざけた話があるか。俺たちはそんなことのために召喚され、魔族を……反対派の人たちを討伐しようとしていたっていうのか。

 歯が砕けそうなほど食いしばり、拳を強く握りしめて怒りを堪えていると、レイドが俺の肩に手を置いてきた。


「落ち着け、タケル」

「分かってる……分かってるけど、俺たちは……あいつに騙されて、あんたたちを……ッ!」

「我らは気にしていない。我らが怒りを向けるのは、ガーディただ一人。貴殿たちに罪はない」


 レイドはそう言ってくれるけど、俺の怒りは治らない。

 今まで俺たちは魔族を討伐すれば元の世界に戻れると思っていた。マーゼナル王国に命を狙われてからはその話すら信じられず、最後の望みとして魔族と話し、元の世界に戻るための方法があるのか聞こうとしていた。

 だけど、魔族は……この人たちは何も関係ない。だったら、元の世界に戻れる方法は__召喚した本人に聞くしかない。

 もちろん、それだけじゃない。散々俺たちをコケにした報いを受けて貰う。

 だから__俺たちの今後の方針は。


「あの野郎をぶっ飛ばして、元の世界に戻れる方法を無理やり聞き出してやる……ッ!」


 俺たちの命を狙ってきたマーゼナル王国からずっと逃げていたけど、今度はこっちから出向いてぶっ飛ばす。それから、元の世界に戻れる方法を聞き出す。それしかない。

 でも、国を相手にするのを俺一人で決める訳にもいかないな。あとでみんなにもこのことを話してから、どうするのかを決めよう。

 そう心に決めていると、ローグさんは話し疲れたのか背もたれに背中をグッタリと預ける。


「これがワシらが魔族と呼ばれるようになった経緯だ」

「ありがとう、ローグさん。いい話が聞けたよ」


 ようやく魔族の正体を知ることが出来た。間違いなく、この人たちは敵じゃない。本当の敵はマーゼナル王国、その王のガーディだ。

 すると、レイドは懐かしそうに口を開く。


「あの時、私は騎士見習いでローグ様に剣術を教えて貰っていたが、話を聞いてローグ様について行き、ここに来たんだ」

「てことは、レイドもマーゼナル王国出身だったんだな」

「ついでに言うと、ヴァイクとレンカも同じ騎士見習いだった」


 そうなのか。その時から一緒だったんだな。

 そんなことを話していると、ローグさんがニヤニヤしながら話に入ってきた。


「あの時のレイドは雑用ばかりで、よく先輩騎士に虐められていたな」

「昔の話ですよ。ローグ様に弟子入りしてからは虐めもなくなりましたから」


 今でこそ騎士団たちに尊敬されているレイドも、昔は虐められていたのか。人に歴史あり、って奴だな。

 ふと、ローグさんは思い出したようにレイドに話し始める。


「そうだ、レイド。お前、一度ロイドに会ったことがあったはずだ」

「え? 私がですか?」

「あぁ。お前がワシに弟子入りして四日ほど経った頃、ワシと稽古していた奴がいただろう? あれがロイドだ」


 ローグさんの言葉にレイドは考え込むと、ハッと目を見開きながら立ち上がった。


「ま、まさかあの人ですか!? ローグ様相手に互角に渡り合っていた、あの!?」

「そうだ。懐かしいな……あの時のロイドは、ワシと同じぐらいまで強くなり、結構本気で戦ったものだ。まぁ、それでもワシが勝ったがな!」


 自慢げに話すローグさんに、レイドは唖然としている。ロイドさんの全盛期相手でも、ローグさんは勝ったのか……どれだけ強かったんだ?

 昔話に花が咲いていると、執務室のドアが勢いよく開かれた。

 

「ヤァヤァ、何やら楽しそうに話しているところ申し訳ないネ。タケルはいるかナ?」

「……ストラ。せめてノックぐらいしろ」


 そこにいたのは、ストラだった。

 ノックせずに入ってきたストラにローグさんが呆れながら嗜めると、ストラはニヤニヤと笑いながら気にした様子もなく執務室に入ると、その後ろからミリアも入ってくる。


「失礼します、ローグさん」

「おぉ、ミリア。どうしたんだ?」

「タケル様にお話ししたいことがありまして……」


 どうやらストラとミリアは俺に用があるらしい。

 何事かと首を傾げると、ストラはニヤリと笑いながら口を開いた。


「ハイハイ、タケル。今から魔法訓練するヨ!」

「……魔法訓練?」


 意味が分からず聞き返すと、ストラの代わりにミリアが説明し始める。


「そろそろ一番のポーションが効き始めている頃なので、魔臓器がどのぐらい回復しているのか確かめたいんです」

「昨日の夜に無理をしなければ、今朝から出来たんだけどネ」


 やれやれと呆れながら肩を竦めるストラに、説教を思い出してげんなりする俺。

 でも、そうか。と言うことは……。


「魔法解禁ってことか!」

「えっと、解禁って程じゃないですが……ある程度、魔力を練っても問題はないかと。ただ、無茶はダメですよ? また長引くことになりますから」


 もう無茶はしない。また説教地獄を味わいたくないからな。

 すると、ストラはローグさんとレイドにも声をかけた。


「ソウソウ、キミたちも手を貸してくれるかナ?」

「ワシらもか? まぁ、いいが」

「私も構わない。タケルの……弟弟子のためだからな」


 そう言って俺に向かって微笑むレイド。いい兄弟子を持ったよ、本当に。

 そして、俺たちはストラとミリアに連れられて研究所に向かうのだった。


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