十三曲目『デートの続き』

「まったく、みんなして変な勘違いして……わ、私がタケル様と、こ、恋仲なんて、そんな……」


 顔を真っ赤にしたままブツブツと歩くミリア。文句を言っているようでどこか満更でもなさそうに見えるのは、気のせいだろうか?

 ミリアはキュウちゃんを抱きしめたまま、ツカツカと大通りを歩いていく。目が見えず、杖も使ってないのに、その足取りはしっかりとしたものだった。

 ここで俺が何か言えばもっと悪化しそうだし、とりあえずミリアの隣を黙って歩く。すると、ある店の前でミリアは止まった。


「どうかしたのか?」

「あの、ちょっとだけこのお店を見てもいいでしょうか?」


 そう言って指さした店は、服屋のようだ。恥ずかしげにねだってくるミリアに笑みを向け、頷いて返す。


「いいぞ。俺も見てみたかったからな」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 俺が言うなりミリアはスキップしそうなほど嬉しそうに店の中に入っていった。

 店の中は服屋らしく、色んな服が置かれている。色鮮やかで華やかな服の数々を眺めながら手で触れてみると、かなり肌触りがいい。

 そして、触れてみて分かったけど……ほんのりと魔力を感じた。


「タケル様、気付きましたか?」


 俺の様子を感じ取ったのか、ミリアが楽しげに微笑みながら服を手に取りながら説明し始める。


「このヴァベナロスト王国の衣服は、そのほとんどが魔法を使ってるんですよ」

「服にもか?」


 魔法技術が優れてるのは知ってたけど、まさか衣服にまで魔法が使われてるんなんて……。目を丸くして驚いていると、ミリアはクスクスと笑いながら話を続けた。


「衣服に使われている布は水属性と風属性の魔法で織られているんです。暑い日は涼しく、寒い日は暖かいんですよ。それに、<防具服>ほどではありませんが、日常生活で使うには充分過ぎるぐらい丈夫なんです」


 防具服。

 普通なら加工するのが難しいモンスターの素材を特殊な技術で防具として使える服にした物だ。

 その頑丈さは俺や、やよいたちも着ているから知っている。

 見た目は普通の服なのに鎧にも負けないほど頑丈な防具服は、その値段も相応に高いけど買えば余程の攻撃を受けない限りは壊れることはない。

 ここに置かれている服も防具としては心許なくても、普通に生活するだけなら充分過ぎるほど丈夫なようだ。

 値段を見てもそこまで高いという訳でもない。つまり、この衣類たちはヴァベナロスト王国では当たり前の物なんだろう。他の国ならどれだけ高く売れることやら。


「あ、これ可愛いですね。タケル様、どうでしょうか?」


 そんなことを考えていると、ミリアはある服を手に取って自分の体に当てながら俺に感想を聞いてきた。

 薄いピンク色をしたフリルが付いているワイシャツ。花の刺繍が施され、可愛らしい物だった。

 サイズも丁度よく、ミリアによく似合っている。


「いいな、それ。可愛いぞ」

「かわッ!? そ、そうですか……」


 素直に感想を言うと、ミリアはボンッと音がしそうなほど一瞬で顔が真っ赤に染まっていた。

 今日何度目になるか分からない姿に苦笑しつつ、ふとある服に目が止まる。

 黒と白のパーカーのような、ネコの刺繍が施された可愛さと格好良さのバランスがいい服。これを見た瞬間、やよいの顔が頭に浮かんだ。


「この服、やよいが好きそうだな……」


 ボソッと呟くと、真っ赤になっていたミリアがスッと落ち着き、頬を膨らませて俺の袖を掴んでくる。


「タケル様?」


 どこか不満げに俺を呼ぶミリアに首を傾げていると、ミリアはプイッとそっぽを向いた。


「女性と一緒にいる時に、他の女性のことを考えるのは褒められた行為ではありませんよ?」

「そ、そうなのか? 悪い、つい……」


 不機嫌そうにしているミリアに謝ると、ミリアは小さくため息を吐いてからやれやれと首を横に振る。


「なるほど、タケル様のことをまた一つ知ることが出来ました。これは中々、強敵ですね……」


 強敵って、どういうことだ?

 首を傾げているとミリアは気を取り直すように俺の袖を引っ張りながら微笑む。


「さぁ、タケル様! 次はタケル様のを選びましょう!」

「え!? お、俺は別に……」

「ダメです! ほら、行きますよ!」


 ミリアは強引に俺の服を選び始めた。こうなると止められないだろう。元の世界にいた時も、やよいがこうやって無理矢理に俺の服を選び始めた時があるし。

 と、他の女性のことを考えるのはマナー違反だったな。諦めて俺はミリアに着せ替え人形にされてしまった。

 そんなことをしている内に、外は夕闇に染まり始めている。女性の買い物は長いとは言うけど、ここまでなんてな。

 夕暮れに染まる空の下、ミリアはまだまだ体力があり余っているのか元気そうに大通りを歩いていた。


「本当、王女とは思えないほど活発だなぁ」


 思わず考えていたことが口から漏れると、聞こえていたのかミリアはクルリと振り返り、フフンと鼻を鳴らしながら自慢げに胸を張る。


「王女の前に私は一人の女の子ですから!」

「それはそれは、大変失礼しました」


 軽口で返すとミリアはクスクスと小さく笑う。

 例え国を統べる王族でも、ミリアはこの国に住む一人の女の子だ。たまにはこうやって年相応に遊ばないとな。


「ん? なぁ、ミリア。あそこは?」


 ふと、俺は街中にある開けた広場に目が止まり聞いてみると、ミリアは「あれは催事場ですよ」と答えた。


「あの広場でお祭りや集会をするんです」

「祭り、ね」


 広場を見渡してみると、多くの人が集まっても大丈夫そうなほど広い。ここでならライブが出来るかもしれないな。


「あのさ、ミリア。ここでライブをしてもいいかな?」

「らいぶ、というとタケル様方が話してくれた、おんがくを披露する物ですよね?」

「あぁ。この国でみんなに音楽を知って欲しいと思ってたんだけど、場所をどうしようか考えてたんだよ。ここなら広さも充分だし、多くの人が集まれそうだからさ」


 俺の提案にミリアは顎に手を当てて考えてから、興奮気味に何度も頷いた。


「いいですね! 私もおんがくを聴いてみたいと思ってましたから!」

「そっか! 誰にお願いすればいい? やっぱりレイラさんか?」

「そうですね、お母様にお話しした方が早いと思います。お母様も聴きたがっていましたから」


 これはすぐにでもライブが出来そうだな。すぐにでも城に戻ってレイラさんに話を通して、みんなとも話し合わないと。

 久しぶりのライブに心を踊らせていると、ミリアがクスクスと笑っているのに気付いた。


「タケル様、まるで子供のようですね」


 目が見えなくても雰囲気で俺がはしゃいでるのが分かってしまったみたいだ。恥ずかしくて頬をポリポリと掻いていると、ミリアは空を見上げる。


「タケル様を夢中にさせる、おんがく。それほど素晴らしい文化なのでしょうね」

「……あぁ、そうだ。最高の文化だよ」

「フフッ、まるで恋しているようですね」


 恋、か。言い得て妙だな

 たしかに俺に取って音楽は、なくてはならない存在だ。どんなに辛い時も、音楽があるから乗り越えてこれた。

 音楽は俺の全てだ。今の俺・・・があるのは、音楽のおかげだ。

 もしも音楽に出会えてなかったら……。


 __頭の中で、ある光景がフラッシュバックする。


 一人きりの部屋。色を失くした風景。灰色の世界。空っぽの自分。

 夜の街を一人孤独に歩く学生の自分。

 

 __そして、駅前で地面にあぐらをかきながらギターを弾く、一人の女性。


 集まっている観客の前で、堂々と歌う姿。

 遠くにまで届くような透き通った、力強さと儚さを感じる歌声。

 ラフな格好で帽子を目深に被ったその人は、まるで少女のように楽しそうに歌を歌い、ギターを弾いている。

 

「__タケル様?」


 ミリアの呼びかけに我に返る。気付けば俺は駅前じゃなく、広場の前に戻ってきた。

 心配そうにしているミリアに微笑みながら返事をする。


「悪い、ちょっと昔のことを思い出してた」

「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 つい俺の原点、ある人との出会いを思い出してしまった。

 それにしても、そうだな。間違いなく、俺は音楽に恋をしている。


 人生を変えてくれた・・・・・・・・・、音楽に。


「ミリアの言う通り、俺は音楽に恋してるな」

「やっぱり、そうなんですね」

「あぁ。俺に取って音楽は全てだから。もしも音楽が出来なくなったら、歌えなくなったら……俺は俺じゃなくなるぐらいに」


 はっきりとそう答えると、ミリアはどことなく浮かない表情で俯いた。


「なるほど、一番の強敵はそれですか。これはそう簡単には勝てそうにありませんね」


 何か呟いてから、ミリアはムンっと気合いを入れ始める。


「それほど素晴らしい文化、是非とも聴いてみたいです!」

「分かった。なら城に戻ってレイラさんに話をしよう」


 ある程度、街を歩き回ったし、もうすぐ夜になるな。

 暗くなる前に戻って、レイラさんと話し合いをしないと……そんなことを考えていると。


「__アッハッハッハ! もっとお酒を持ってこーい!」


 聞き覚えのある女性の声が広場に響いた。

 今のって、と声がした方に目を向けてみると……広場近くにある酒場からだ。

 チラッとミリアに目を向けてみると、ミリアは恥ずかしそうに顔を手で覆っている。


「なぁ、ミリア」

「……ご想像の通りです」


 やっぱり。

 酒場に向かった俺とミリアが顔を覗かせてみると、そこにはヴァベナロスト王国の女王、レイラさんが酒を片手に他の客と酒を飲み交わしていた。


「もっと飲めぇ! 女王命令だぞぉ!」

「ちょ、勘弁して下さいよ女王!」

「そうだぜ、飲み過ぎだ!」

「アッハッハ! まだまだ飲めるぞぉ!」


 他の客が止めようとしても、レイラさんはゲラゲラと笑いながら酒を飲みまくっている。

 その姿はまさに酒飲み。しかも、厄介という言葉が頭に付くのだ。

 女王とは思えない、というより女性としてもどうかと思う姿にミリアはプルプルと怒りに震えながら、酒場の扉をバンッと開け放った。


「__お母様! 何をしてるんですか!」


 怒りと羞恥に顔を赤く染めたミリアは、レイラさんに詰め寄って怒鳴り声を上げる。

 ミリアを見たレイラさんは一気に酔いが覚め、しまったと気まずげにしていた。

 それからミリアの説教が始まり、レイラさんは申し訳なさそうに黙り込んでいる。その光景を見た他の客は、慣れているのかやれやれと呆れていた。

 これが女王、か。こんな女王、他の国じゃ絶対にいないな。いや、いたらダメだな。

 俺も呆れながら、説教が終わるのをずっと待つのだった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る