九曲目『ロイドの過去』

 ローグさんに連れられてたどり着いたのは、城の内部にある一室だった。

 ノックもせずにローグさんが扉を開くと正面にデスクがあり、部屋の中央にはソファーとテーブルが置かれた、余計な物が置かれていない簡素な部屋。


「よっこいしょ。ふー、久方ぶりに骨のある稽古をして腰が痛いな。やはり年には勝てん」


 デスクの椅子にドカッと腰掛けたローグさんは、俺たちにソファーに座るよう顎でしゃくる。俺とレイドがソファーに座ると、ローグさんは俺を見つめながらニヤリと笑みを浮かべた。


「タケル、お前の動きを見てすぐにロイドの弟子だって分かったぞ。焦って功を急ぐところなんか、ロイドが未熟だった時のことを思い出したぐらいだ」

「あの、ローグ様。そのロイド……というのは誰ですか?」


 レイドはロイドさんのことを知らなかったようで首を傾げながら聞くと、ローグさんは訝しげに眉を潜める。


「なんだ、教えてなかったか? ロイドはワシの弟子。お前の兄弟子だ」

「私に兄弟子が? 初耳ですよ」

「で、タケルはそのロイドの弟子。お前からしたら、タケルは弟弟子ってことになるな」


 レイドはローグさんの弟子だったらしい。だからレイドはずっとローグさんに対して頭が上がらない感じだったんだな。

 そうか、レイドが兄弟子になるのか……。


「俺は兄弟子に殺されかけたのか」

「タケル、その言い方はやめてくれないか? そもそも、私だって貴殿が弟弟子とは知らなかったのだ」


 俺の言葉にレイドがため息を吐きながらジトッと見つめてくる。分かってるよ、ちょっとからかっただけだって。

 すると、ローグさんは俺たちの会話を聞いてカラカラと笑い出した。


「まったく、本当に似ているな。ロイドもお前のように生意気な奴だった……あいつは元気にしているか?」


 ローグさんの問いかけに、俺は何も答えられない。

 最後に会ったのは、俺たちを逃すためにマーゼナル王国の兵士たちを食い止めてくれた時だ。

 この異世界に召喚されて右も左も分からない俺たちを鍛えてくれて、色々と教えてくれたロイドさん。ある事情から戦うことになってしまったけど、最後には俺たちを助けてくれた__俺の師匠。

 あれからロイドさんがどうなったのかは分からない。王国に楯突いた訳だから、もしかしたらもう……。

 何も言わない俺を見て察したのか、ローグさんは深くため息を吐いて椅子の背もたれに体を預ける。


「……まぁ、あいつのことだ。そう簡単に死ぬような奴じゃない。しぶとく生きているだろう」

「……そうだな」


 ロイドさんのことだから生き延びてる可能性が高い。王国の兵士ごときに負けるほど、俺の師匠は弱くないからな。

 すると、レイドが俺たちの会話に割って入ってくる。


「ローグ様。私の兄弟子、ロイドとはどのような人物なのですか?」

「ふむ、そうだな……生意気な小僧だった。無鉄砲で向こう見ずで、ワシの言うことを聞こうともしない。しかも剣の才能がない・・・・・ときたものだ」

「は? ロイドさんが?」


 ローグさんが言うにはロイドさんは剣の才能がなかったらしいけど、信じられなかった。

 俺が知っているロイドさんは誰よりも強い、卓越した剣術と魔法で戦う歴戦の剣士。

 ロイドさんと戦い、勝つことは出来たけど……あれは正直、奇跡のようなもの。最後の一撃を放った時、ロイドさんは俺に誰かを重ねて隙を見せたから勝てただけだ。

 そのロイドさんに才能がなかったなんて……と、唖然としているとローグさんは昔を思い出しながら懐かしそうに語り出す。


「事実だ。ロイドには剣術の才能が一切なく、その一方でもう一人の小娘は才能があった」

「もう一人? 他にも弟子がいたのですか?」


 ロイドさん以外にも弟子がいたようだ。小娘、ってことは姉弟子に当たる人が。

 ローグさんは小さく笑みをこぼしながら、その人の名前を話す。


「お前たちもよく知っているだろう? 今では英雄と呼ばれている__アスカ・イチジョウだ」

「__はぁ!?」


 まさかアスカ・イチジョウもローグさんの弟子だったなんて……。

 思ってもなかった人物の名前に俺とレイドは目を丸くして驚くと、ローグさんはいたずらに成功した子供のようにニヤニヤと頬を緩ませる。


「驚いたか? そう、ワシがあの英雄を育てたんだ」

「わ、私の姉弟子があの英雄とは……なぜ教えてくれなかったのですか?」

「言ってなかったか?」


 驚きの事実を話されてなかったレイドは頭を抱えてため息を吐いている。 

 そんなレイドに笑いながら軽く謝ると、ローグさんは昔話を始めた。


「アスカ・イチジョウが英雄と呼ばれる前。剣を握ったこともないような素人だった時のこと。ロイドとアスカはモンスターと戦っていた。だが片や素人、片や非才。そんな二人が勝てるはずもなく、殺される寸前だった。そこをワシが助け出したのが始まりだ」


 自分の実力も分からず、モンスターと戦って死にかけていた当時の二人。それを見た若い頃のローグさんはこのまま放って置いたらこの二人が死ぬと判断し、鍛えることを決めたらしい。


「ワシは剣術を、当時の相棒だった奴が魔法を二人に叩き込んだ。すると、アスカはメキメキと上達した。ワシが今まで育ててきた奴の中で、あいつの才能は抜きん出ていたな。で、ロイドの方は本当に才能がなくて、苦労したものだ」


 剣を握ることすら初めてだったアスカ・イチジョウは、ローグさんの教えにより急成長を遂げる。逆に、ロイドさんは全然芽が出なかったらしい。

 最初は同じぐらいの実力だったのに、一瞬にして強くなっていく相棒。普通なら腐ってもおかしくない。

 だが、とローグさんは誇らしげに語る。


「あいつは腐らなかった。アスカの何十倍も修行し、何度もワシに叩きのめされても、あいつはひたむきに努力を続けた。血反吐を吐き、ボロボロになってもあいつは立ち上がってワシに向かってきていた……剣術の才能はないが、あいつには努力する才能・・・・・・があった」


 努力する才能、か。

 俺が知っているロイドさんの強さは、たゆまぬ努力のたどり着いた境地。例え人より歩みが遅くても、一歩ずつ強くなっていったんだな。

 当時のロイドさんのことを思い、尊敬の念を抱いていると……ローグさんがニヤリと笑う。


「まぁ、あいつが努力を続けた理由は単純なものだったがなぁ」

「理由? それってどんな?」

「__惚れた女を守るためだよ」


 惚れた女って……。


「ロイドさんは、アスカ・イチジョウのことが……」

「カッカッカ! そういうことだ。なぁ? 単純だろう?」


 ロイドさんが血が滲むような努力をしていた理由は、惚れた女__アスカ・イチジョウを守るため。

 自分よりも才能があり、メキメキと実力をつけて遥か前を歩いている一人の女の子に追いつき、いつか守れるようになるために。

 しかもその結果、英雄になったアスカ・イチジョウの背中を守れるぐらいに強くなったんだから、ロイドさんの想いはそれだけ大きかったんだろう。


「ゆっくりとだが確実に強くなっていったロイドが一気に開花したのは、当時のワシの相棒が魔法を教えていたある時__あいつは一つの技を見出した」

「もしかして、それって……<レイ・スラッシュ>か?」


 ロイドさんと魔法と聞くと、俺には一つの技しか思い当たらない。

 それは俺の必殺技でもあり、ロイドさんから直々に教えて貰った技。剣身と魔力を一体化させ、放つ攻撃__レイ・スラッシュ。

 俺の答えにローグさんは頷いて返した。


「そうだ。ロイドは自身の能力を最大限に発揮出来る技として、魔法に活路を見出した。その結果、生まれたのがレイ・スラッシュ。ワシは魔法に関してはてんで使えんから、最初に見た時は驚いたものだ。魔法と剣術を混ぜ合わせるなんてな」


 血の滲むような努力が身を結び、レイ・スラッシュを編み出したことでロイドさんの実力は見違えるように上がっていったらしい。

 そして、二人はローグさんの元を離れ、冒険を始めた。


「二人はあらゆるところへ冒険し、ワシのところの帰ると自慢げに土産話をしてくれてな。あのヒヨッコが成長し、元気な姿で戻ってくるのがワシの楽しみになっていた」


 懐かしむように語るローグさんだったけど、ふと表情が暗くなる。


「……そんなある時、あの二人に一人の仲間が出来た。二人と同い年の魔法使いの男だ」

「仲間? それって……」


 ローグさんはゆっくりと目を閉じると、天井を見上げた。


「当時、ワシはある国の騎士団長をしていた。その国の名は……マーゼナル王国・・・・・・・

「えぇ!? マーゼナル王国の騎士団長!?」


 強いとは思っていたけど、まさかあの国の騎士団長だったのか。

 そして、ローグさんは静かに二人の仲間になった男の名を告げる。


「そして、仲間になった男の名は__ガーディ・マーゼナル」

「__なっ!?」


 ガーディ・マーゼナル。

 マーゼナル王国の王にして、俺たちをこの異世界に召喚した張本人。


 そして__俺たちの命を狙っている、敵の名前だ。


 ローグさんは額に腕を乗せながら椅子に深くもたれかかりながら、当時のことを語り始めた。


「当時、マーゼナル王国の第一王子だったガーディは王になる前に他の国を見て回って見聞を広げたいと、素性を隠して二人の仲間になった」


 ガーディは王子としてではなく、一人の魔法使いとして二人の仲間になり、旅をしていたらしい。

 ロイドさんとガーディが気の置けない仲なのはなんとなく分かってたけど、二人はアスカ・イチジョウと旅をしてたのか。


「そして、三人はある日……お前たちが討伐した災禍の竜と戦うことになった。世界を滅ぼそうとする生きた伝説相手にあいつらは打ち勝ち、封印した。それが、アスカが英雄と呼ばれるようになった始まりだ」


 アスカ・イチジョウが英雄と呼ばれるようになった由縁。それは、俺たちが戦った災禍の竜を倒し、封印したからだった。

 災禍の竜を竜魔像に封印し、各地にバラバラに配置することで災禍の竜の復活を阻止することにした三人は、その功績を称えて英雄と呼ばれるようになった。


「その話を聞いた時、ワシは自分のことように嬉しかった。あのヒヨッコが偉大な功績を成し遂げ、英雄と呼ばれるようになるなんて……あの二人は間違いなく、ワシの誇りだ」


 最初は素人当然でいつ死ぬかも分からなかったのに、いつの間にか英雄と呼ばれるほどに成長した二人。師匠として誇りに思うのは当然だろう。

 こうして、アスカ・イチジョウは英雄になり、ロイドさんもまた英雄と共に戦った最強の剣士として語り継がれることになる。

 話を聞いていたレイドは、感嘆の息を漏らした。


「……今も語り継がれている偉大な兄弟子と姉弟子がいたなんて、驚きです。どうせならもっと早く聞きたかったですが」

「カッカッカ! すっかり話した気でいたものでな! すまんすまん!」

「全然悪いと思ってませんよね? まぁ、いいですけど」


 笑いながら謝るローグさんに、レイドは呆れたようにため息を吐く。

 それにしても、いい話が聞けたな。ロイドさんや英雄アスカ・イチジョウの過去を知れてよかった。

 俺は英雄とか勇者なんて肩書きに興味ないけど、偉大な姉弟子と師匠に負けないぐらい、強くならないとな。

 そう心に決めていると、ローグさんは真剣な表情で俺を見つめてきた。


「タケル。話はここからが本番だ」

「え? どういうこと?」

「今までの話は、本題に入るための前置きだ。今から話すことが、ワシが一番お前に話しておきたいこと……ワシらが魔族と呼ばれ、世界の敵にされてしまった経緯についてだ」


 ローグさんの言葉に、思わず息を呑んだ。

 今まで俺が知っている情報では、魔族という存在は他の国や人々に敵として認識されているけど、実際はヴァベナロスト王国にいる人たちは魔族ではない。

 世界を脅かしたり、苦しめたりするような人たちじゃなく、俺たちと同じ人間・・だった。

 それどころか、どの国よりも平和で優しい人たちの集まり。それなのに、どうして魔族と呼ばれるようになったのか。どうして世界の敵にされてしまったのか。


 俺は、それを聞きたい。


 姿勢を正して聞く態勢になると、ローグさんは静かに語る。


「アスカが英雄と呼ばるようになって、数年後。アスカは突然__姿を消した」


 それが、あらゆる歯車が狂い始める切っ掛けだった。


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