七曲目『隻腕の老騎士』

「ハイハイ。それじゃあ、とにかく魔力は絶対に練らないでネ。分かったかナ?」

「……はい。本当にすいませんでした」


 ストラのお説教を数時間聞き、ようやく解放された頃には昼過ぎになっていた。憔悴しながらフラフラとした足取りで研究所を出た俺は、深々とため息を吐く。


「はぁ……長かったな」


 魔臓器の完治にはまだしばらくかかるらしい。まだ治ってもないのに魔力を練ろうとしたせいで、長引いてしまったようだ。

 魔法を使わなければ体を動かしていいと言ってたし、ずっと休んでて鈍ってる体をどうにかしようと、俺は城の広場__機竜艇が置かれているところの近くにある、練兵場に向かった。

 向かっている途中、稽古をしているのか気合いの入った声や木剣同士がぶつかり合う音が聞こえてくる。


「__遅い! もっと素早く判断しろ!」


 ふと、稽古をしている騎士たちの中で、聞き覚えのある声が響いた。

 その声を聞いた瞬間、俺は急いで練兵場に走る。

 そこにいたのは、簡素な服を身に纏った金色の長い髪をした男の背中。手に持った木剣で騎士の攻撃を防ぎながら指導しているその男は__。


「れ、レイド! 目を覚ましたのか!?」


 レイドだった。

 災禍の竜との戦いで重傷を負い、生死の境を彷徨っていたはずのレイドは、もう回復したのか元気そうに木剣を振っている。

 俺の声に気付いたレイドは、一度稽古を止めて笑みを浮かべながら近づいてきた。


「タケルではないか! 久しいな!」

「久しぶり……じゃなくて! もういいのか、動いても?」


 右腕と両足を複雑骨折していて、もしかしたら歩けなくなるかもしれないって言われていたレイドはニッと微笑みながら頷く。


「ポーションのおかげで、な。以前のようにはまだ動けないが、騎士たちの稽古に付き合えるぐらいには回復した。だが、全力で動くのと魔法を使うのは禁止されている」

「ははっ、そっか俺と同じだな。よかったよ、本当に」

「……すまなかったな」


 レイドは申し訳なさそうに顔を俯かせた。どうして謝っているのか分からずに首を傾げると、レイドは木剣をギリッと握りしめる。


「災禍の竜との戦いのことだ。私が不甲斐ないばかりに、貴殿たちに負担をかけてしまった」

「何言ってんだよ、レイド。お前が頑張ってくれたから勝てた。不甲斐ないなんて思ってないよ」

「……ありがとう。貴殿たちのおかげで世界は守られ、私もこの愛すべきヴァベナロストへ帰ることが出来た」


 深々と頭を下げてお礼を言ってくるレイドに、俺は気恥ずかしくなって頬を掻きながら「おう」と返すと、レイドは晴々とした顔で口角を上げた。


「そうだ、タケル。貴殿はここに体を動かしに来たのだろう? よかったら、私と稽古しないか?」

「え、それはありがたいけど……いいのか?」


 鈍った体をどうにかしたいからこの練兵場に来たのはたしかだけど……と、俺はチラッと遠巻きにこっちを見ている汗だくの騎士たちに目を向ける。

 せっかくレイドに稽古をつけて貰っているのに、邪魔にならないか?そう思って聞くと、レイドはカラカラと笑い出した。


「構わない。騎士たちも貴殿の実力を知りたいだろう。それに、見ることもまた稽古の一つだ。遠慮なくかかってくるといい」

「……なら、お願いしようかな」


 そこまで言うなら、遠慮なく稽古をつけて貰おう。

 騎士たちに囲まれながらレイドと向かい合うと、レイドは騎士の一人に声をかけた。


「すまないが、剣を持ってきてくれるか?」

「え!? レイド卿、真剣でやるおつもりですか!?」

「あぁ。木剣では私たちの稽古に耐え切れないだろうからな。それでいいか、タケル!」

「俺はそれでいいぞ。前もそうだったし」


 災禍の竜と戦う前、俺とレイドは真剣同士で稽古をしている。だから、今回もそれでいいだろう。

 声をかけられた騎士は戸惑いながら、おずおずとレイドに一本の鉄の剣を手渡す。

 レイドは渡された剣をブンブンと振って具合を確かめてから、俺と向かい合って構えた。


「ふむ、まずまずだな。まぁ、今回だけならいいだろう。タケル、こちらの準備は出来た。いつでもかかってくるといい」


 構えるレイドに、俺はゆっくりと腰に差していた剣を鞘から抜き放って同じく構える。

 左半身になりながら上体を低くし、剣先を後ろにして脇構えになるレイド。

 右足を前に出して半身になりながら右手に持った剣を前に出し、剣先を向ける構えを取る俺。

 俺とレイドが睨み合うと、ピリッと空気が張り詰めていく。緊張感を漂わせる俺たちに騎士たちはゴクリと喉を鳴らしていた。

 そして、俺は合図もなしに左足を蹴り出して一気にレイドに駆け寄る。


「__テアァァッ!」


 一瞬で距離を詰め、剣を振り下ろした。レイドはその場で立ち止まったまま剣を振り、俺の剣を防ぐ。

 甲高い金属音が響くのと同時に、俺は左から右に剣を薙ぎ払った。


「むっ?」


 レイドを相手に力勝負は不利。最初から防がれるのが分かっていた俺が、即座に剣を薙ぎ払うとレイドは少し驚いた様子で剣を縦にして攻撃を防いだ。


「以前よりも遥かに強くなっている。災禍の竜との戦いで何か掴んだのか?」

「かもな!」


 感心したように呟くレイドに、俺は剣を弾きながら右斜め上から剣を振り下ろす。レイドは軽いステップで後ろに退いて躱すと、こちらの番だと言わんばかりに剣を振り上げた。

 怪我明けのくせに素早い動きだ。風を斬って剣を振り下ろしてくるレイドに、俺は避けずに受け止める。

 金属音が響き渡り、ズシリとした重さを感じた瞬間、俺は防いだ剣を受け流す。ギャリギャリと音と火花を立てながら、俺はレイドの剣を受け流すことに成功した。


「むッ!?」


 今まであまりやらなかった受け流しにレイドは驚き、そのまま体勢を崩す。

 好機。俺はクルリとレイドに背中を向けるように回り、振り向き様に剣を薙ぎ払った。


「ククッ! やるではないか!」


 薙ぎ払った剣にレイドは嬉しそうに歯を剥き出しにして笑うと、体勢を崩した状態のまましゃがみ込んで躱す。

 俺の剣はレイドの金色の髪を数本斬るだけで終わってしまった。

 レイドは仕返しとばかりにしゃがんだまま剣を薙ぎ払い、すぐに反応した俺はレイドから距離を取りながら攻撃を避ける。


「本当に治ったばかりか? 反応速くない?」

「甘く見て貰っては困る。私はこれでも、選ばれし騎士の一人だからな」


 レイドは楽しげに笑いながら胸を張っていた。

 ふと、俺たちの戦いを見学している騎士たちがざわついているのに気付く。


「お、おい、何者なんだ、あいつは?」

「怪我が治ったばかりとは言え、レイド卿と互角に戦うなんて……」

「たしか、あの災禍の竜との戦いに貢献した奴らしいぞ?」


 どうやら俺のことを話しているみたいだ。

 今の攻防で俺の実力はある程度分かってくれただろう。ギャラリーが多くて少し恥ずかしいけど、今はレイドとの稽古に集中だ。

 鈍っていた体の錆がどんどん剥がれていくような感覚を感じながら、俺とレイドは剣をぶつけ合った。


「まだ目に頼っている! もっと感覚を研ぎ澄ませろ!」

「分かってるよ!」


 剣戟の応酬の最中、レイドが俺に指導する。言われた通り目だけじゃなく、耳や肌でレイドの攻撃や動きを察知しながら、剣を振った。

 魔法なしの純粋な剣術稽古に、騎士たちが見入っているのすら感じ取れる。


「よそ見をするな!」


 と、危ない危ない。つい騎士たちの声に耳を傾けてしまい、すぐにレイドに窘められてしまった。もっとレイドに集中しないとな。 

 改めてレイドを見据えていると途端に騎士たちが騒ぎ出し、あまりに大きな声で集中が途切れてしまった。


「な、なんだ?」


 俺とレイドが騎士たちの方に目を向けると、騎士たちは困惑しながら二手に分かれて道を作っている。

 そして、その道をズンズンと歩く一人の男の姿。


「ろ、ローグ様! お久しぶりでございます!」 


 レイドはその男に気付くと、深々と頭を下げた。

 綺麗な白髪をオールバックにした老年の男は、レイドを見やるとニッと口角を上げる。


「久しいな、レイド。ワシのことはいいから、稽古を続けてくれ」

「はっ! かしこまりました!」


 レイドのかしこまった態度からして、かなり偉い人なんだろう。たしか、ローグって呼んでたな。

 チラッとローグさんを観察してみると、あることに気付いた。

 見た目からして歴戦の騎士という雰囲気を醸し出し、シワだらけの顔にはいくつもの傷が走っている。猛禽類のように鋭い目は俺を射抜くように見つめていた。


 そして、一番目に止まるのは__左腕。


 風で揺れる左の袖には、あるはずの腕がない。どうやらローグさんは隻腕のようだ。

 軽く会釈すると、ローグさんは稽古を続けるように顎をしゃくる。どうも俺をジッと見つめてきて気になるけど、とりあえず稽古を続けよう。

 そのまま俺とレイドはまた剣をぶつけ合い、稽古を再開する。

 レイド相手に力では勝てない。だから、俺は絶えず動き回って攻撃をし続けた。


「ぐっ……速いな……ッ!」


 怒涛の攻撃にレイドは顔をしかめながらも、剣を振り回して防ぎ切っている。さすがはレイド、怪我明けでもその実力は俺よりも上だ。

 だけど、まだまだ。俺はもっと速くなれる__ッ!

 一段階ギアを上げ、ジグザグに走りながら右に左にと動いて剣を振り続けた。

 時々襲ってくるレイドの攻撃は防ぎ、そして受け流す。


「まだ受け流しが甘い!」

「ぐあッ!?」


 途中でレイドの攻撃の重さに受け流すのを失敗し、ビリビリと手に痺れが走った。その隙を狙われ、レイドの前蹴りが俺の腹部に直撃する。

 どうにか後ろに飛んで衝撃を殺し、受け身を取ってから即座に立ち上がって構えると__。


「__待て」


 そこで、ローグさんが稽古を止めてきた。

 どうしたのかと首を傾げると、ローグさんはニヤリと笑いながら声をかけてくる。


「小僧。ワシと手合わせ願えるか?」

「え? 俺と?」


 突然の申し出に困惑していると、ローグさんは左腰に差していた剣を鞘から抜き放った。


「あぁ、そうだ。それとも、隻腕の老人相手では不足か?」


 ニヤリと笑いながら挑発される。不足も何も……。


「えっと、ローグさんでしたっけ? あなた__間違いなく強いですよね?」


 ローグさんの実力は肌で感じている。

 ピリピリと肌を刺激するほどの威圧感。ただ立っているだけなのにどこにも隙がない。

 隻腕で老人でも……間違いなく、俺が戦ってきた人の中で一番強い・・・・のが本能で分かった。

 俺の言葉にローグさんはピクリと眉を上げると、クツクツと笑い出す。


「中々な修羅場をくぐっているようだな。見た目で判断せず、しっかりと実力を把握している。なるほど、いい弟子を育てたなあやつは・・・・


 そう言うとローグさんは右手に持った剣を構え、言い放った。


「我が名はローグ・ヴァベナロスト・ジアス! 小僧、遠慮せずにかかってくるといい!」


 ビリビリと低い声が空気を震わせる。

 剣を構えると爆発したように威圧感が吹き出て、背筋がゾクリと凍りついた。

 俺は剣の柄を強く握りしめ、どうにか笑みを浮かべながら構える。


「俺はタケル! 小僧って呼ぶのはやめて欲しいな!」

「フンッ! ならば実力を示してみよ!」


 名前で読んで欲しかったら実力を見せろ、ってことか。


 __上等だ!


 俺は気合を入れ直し、一気に地面を蹴ってローグさんとの距離を詰めた。

  

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