六曲目『アリルイヤの花』

「ん……? ここ、は……」


 ふと目が覚めると、そこは俺の部屋だった。ゆっくりとベッドから体を起こすと、酷く体が怠い。


「寝てたのか、俺」


 記憶を辿ってみると、魔法研究所でストラに貰ったポーションを飲んだ時で途絶えている。どうやら気を失い、この部屋に運ばれたようだ。だからストラは研究所でベッドに横になるように言ったんだな。

 グッと体を伸ばしてからベッドから降りて部屋の小窓に向かい、開け放つ。研究所に行った時は昼前だったのに、今は真っ暗な深夜帯だった。


「もうこんな時間か。なるほど、体が怠い訳だ」


 十時間以上も寝てれば、体も気怠くもなる。欠伸混じりに小窓に手をついて外の空気を吸うと、心地よい夜風が頬を撫でた。

 そのままぼんやりと外を眺めていると、足音が聞こえる。音がした方に目を向けてみると、小さな人影が城の中庭の方に歩いているのが見えた。


「あれは、ミリア?」


 カツカツ、と杖の音と見覚えのある金色の癖っ毛をした華奢な背中は、間違いなくミリアだ。

 ミリアは真っ暗な中、明かりもなしにどこかに歩いている。

 こんな時間にどうしたんだろう? 少し気になり、部屋から出てミリアを追うことにした。

 部屋から出ると、ウォレスの部屋から獣のようなイビキが聞こえてくる。他のみんなも寝てるだろうし、起こさないようにこっそりと談話室を抜けて廊下を進んだ。

 城の外に出て、ミリアが向かっていた中庭の方へ歩くと、その一画にあったのは植物園。


「これは凄いな……」


 大きな花のアーチを通ると、そこには多くの花壇が並んでいた。花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。昼間なら太陽の光に照らされて綺麗だろうし、今の月明かりに照らされている花々もまた、幻想的だった。

 目を奪われていると一陣の風が吹き、花びらが宙を舞う。


「__タケル様?」


 花びらが舞う中、鈴のような声が俺を呼んだ。

 声の方に目を向けると、煉瓦造りの花壇に腰掛けたミリアが俺の方に顔を向けて驚いていた。

 目を閉じているのに俺だって分かるなんて、本当に魔力や音で誰なのかを判別出来るんだな。感心しながらミリアに近づき、声をかける。


「こんばんわ、ミリア」

「……こんばんわ、タケル様。いい月夜ですね」


 ミリアは頬を赤らめながら微笑を浮かべ、空を見上げた。その目は閉じられているのに、まるで見えてるかのように夜空を眺めている。

 これは、ミリアなりのジョークなんだろうか。どう答えていいのか分からずに困っていると、ミリアはクスクスと小さく笑みをこぼした。


「ふふっ、ごめんなさい。冗談だからお気になさらずに」

「……勘弁してくれ」


 からかわれたのが分かってため息を吐くと、ミリアは楽しそうに笑いながら少しズレて隣をポンポンと叩く。

 隣に座ると、ミリアは瞼を閉じた目で空を見上げたまま、口を開いた。


「タケル様、お体のお加減はいかがですか?」

「あぁ、とりあえずなんともないよ。ポーションを飲んでから今まで寝てて、体が怠いけど」

「ストラから聞いてます。一番のポーション……赤色のをお飲みになったんですよね? あれは効能が高い代わりに、副作用が強いんです。魔臓器の治療となれば、一番のポーションでないと治せませんから」


 他にも二番が青色、三番が緑色で効能の高さが違うんです、とスラスラと説明するミリア。

 色によって違うんだな、と話を聞いていると、ミリアは頬をほんのりと赤くしたまま俺の方に顔を向けてきた。


「あの、タケル様はどうしてこちらに?」

「あぁ、窓を開けて外の空気を吸ってたら、ミリアが歩いているのが見えたからさ。こんな時間にどうしたのかって気になったんだよ……邪魔だったか?」

「そんな! 邪魔なんて思ってもないです! むしろ……その、お会い出来て嬉しいです」


 ミリアは慌てて否定すると、顔を真っ赤にしながら俯いて小声で呟く。こうも真っ直ぐに好意を伝えられると、気恥ずかしいな。

 照れ臭くなって頬を掻く俺と、恥ずかしそうに俯いて黙り込むミリア。静かな時間が流れていると、また夜風が頬を撫でた。


「あ、タケル様。あちらの花は見えますか?」


 ふとミリアが指をさしたのは、薄紫色の花びらをした花が咲いている花壇だ。他の花壇に比べると数が少なく、ぼんやりと紫色の発光している不思議な花。

 見える、と返事をすると、ミリアは自慢げにその花について語り出した。


「あれは<アリルイヤ>という花です。ポーションの材料なんですよ」

「あれが?」


 チラッと話に聞いていたけど、あれがそうなのか。たしか、希少で数が少なく、栽培が難しい……って言ってたな。

 ミリアはスッと立ち上がると、杖も使わずにスタスタとアリルイヤが咲いている花壇に近づいていく。花壇の前にしゃがみ込んだミリアは、俺に向かって手招きしてきた。

 同じようにミリアの隣でしゃがむと、ミリアはアリルイヤの花をソッと優しく手を添え、笑みを浮かべる。


「このアリルイヤは、実はかの英雄アスカ・イチジョウが発見したと言われているものなんですよ?」

「え!?」


 ここでまさかアスカ・イチジョウの名前が出ると思ってなくて驚くと、ミリアは夜風で靡く髪を手で抑えながら語ってくれた。


「当時、山奥にほんの数輪だけ咲く、あらゆる怪我を癒し、治す幻の花がある……そんな伝説のような噂がこの国にはあったようなんです。誰もが眉唾物だと、そんな花があるはずないとされていたんですが、英雄アスカは旅の途中でこの花を発見しました」


 たしかに、そんな花があるなんて誰も信じないだろう。だけど、英雄アスカは伝説とされていた幻の花を発見した。

 ミリアはまるで自分のことのように誇らしげにアリルイヤのことを話す。


「アリルイヤの栄養源は、魔力。自然界に漂う魔力を目一杯溜め込み、純度の高い魔力を含んだ花弁を患部に貼ると、どんな重傷でも一日で治ったそうです。英雄アスカは当時名前がなかったこの花を、故郷の言葉で歓喜、賛美という意味を込め、アリルイヤと名付けたそうですよ?」


 英雄アスカの故郷。つまり、俺たちの世界ということ。

 たしか、アリルイヤはキリスト教のハレルヤの違う発音、だった気がする。

 重傷でも一日で治せる花なんて、まさに神からの贈り物。そう名付けたくなるほど、発見した時は嬉しかったんだろうな。

 ミリアはアリルイヤを慈しむように優しく撫でると、聖母のように微笑んだ。


「この花のおかげでポーションが来上がり、多くの騎士の命が救われました。アリルイヤは国を……民を守る要。あらゆる怪我を治し、癒す__私はこの優しい花が、一番大好きなんです」


 英雄アスカが見つけ、このヴァベナロスト王国の研究者たちが作り上げたポーション。その薬のおかげで、多くの命が助かっただろう。

 災禍の竜との戦いで重傷を負ったレイドも、魔臓器が損傷した俺も、このアリルイヤによって救われている。

 

「……ミリアみたいな花なんだな」


 ふと、思っていたことが口に出ると、ミリアは一気に顔を真っ赤にさせてワタワタと慌て出した。


「そ、そんな! わ、私は、アリルイヤのように誰かを癒したり出来ませんよ!?」

「だって、ミリアは魔法研究所の副所長なんだろ? それって、誰かのためになってるし、誰かを助けることにも繋がってるはず。なら、ミリアもまた誰かを癒し、救ってると思うぞ? アリルイヤみたいに」


 素直な気持ちを話すと、ミリアは手で顔を覆いながら俯く。頭から煙が出そうなほど、耳まで真っ赤になっていた。


「そのようなお言葉を平然と……タケル様、覚悟していて下さいね?」

「何を!?」


 いきなり覚悟しろと言われて困惑する。

 ミリアは暑そうに顔を手で扇ぎながら深呼吸していると、月明かりがアリルイヤが咲いている花壇に差し込んだ。

 すると、アリルイヤのぼんやりと発光していた薄紫色の花びらが、一際強く光り始めた。

 幻想的な光景に目を奪われていると、ミリアは立ち上がって手を広げる。


「月の光は魔力を含んでいます。月明かりを浴びるとアリルイヤはこうして、紫色の魔力を放つんです。タケル様方の魔力と同じように」

「音属性の? そこまで見えるのか?」

「えぇ。火属性なら赤、水属性なら青というように、私は魔力を色で識別出来るんですよ」


 ミリアは目が見えない代わりに、魔力や音で周りの状況を判別している。杖がなくても歩けるし、一人一人を見なくても分かるという、不思議な力を持っていた。

 まるでサクヤの生き別れていた父親、ダークエルフ族のデルトのようだ。

 デルトもまた、目を閉じると魔力を見ることが出来る。それで相手の動きや使ってくる魔法を判別し、目を閉じたまま戦うという芸当をしていた。

 デルトのことを思い出していると、ミリアは瞼を閉じた目で俺をジッと見つめている。どこか不思議そうに首を傾げるミリアは、顎に手を当てて考え事をしていた。


「どうした、ミリア?」

「いえ、その……タケル様。音属性以外に何か適性がある属性はございますか?」


 音属性以外の適正?

 突拍子もない問いかけに目をパチクリさせた俺は、首を横に振った。


「いや、ないと思うぞ? <竜魔像>で調べた時も、紫色だったし」


 竜魔像。

 翼のある竜を象った石像で、その正体は世界を滅ぼそうとしていた伝説のモンスター、災禍の竜を封印していた石像だけど……事情を知らない人は魔力を通すと適正属性を調べられる道具として使っていた。

 俺が竜魔像で調べた時は、音属性だけだったはず。そう答えると、ミリアはまた首を傾げる。


「おかしいですね。一瞬ですが、タケル様の体を巡っている紫色の魔力の中に、ほんの僅かだけ白い魔力・・・・が見えた気がしたのですが……」

「白い魔力? その色の属性ってなんだ?」

「分かりません。本当に一瞬だけだったので、もしかしたら見間違いかもしれませんね」


 白い魔力、ねぇ?

 そういえば、ポーションを飲んで気を失う前、ストラとそんな会話をしてたな。

 存在が確認されている基本の五属性と、音属性。発見されてないし文献もないけど、その六つ以外にもあるらしい、って。


「気になるな……よし! ちょっと確かめてみるか!」

「え? ま、まさかタケル様、魔力を練るつもりですか!?」


 本当にその白い魔力……まだ発見されてない未知の属性が俺の中にあるかもしれない。気になった俺は魔力を練ろうとすると、察したミリアが止めに入った。


「待って下さい! タケル様の魔臓器はまだ完治してません! 危険ですよ!」

「まぁまぁ、少しだけだって」


 ミリアの制止を振り切って魔力を練り始める。

 後頭部にある魔臓器を意識しながら、ゆっくりと魔力を練って体から放出すると、紫色の魔力が静かに揺らめいた。

 そこから白い魔力があるのか確認していくと__。


「あ、あらら?」


 フッと意識が遠のいていく。

 視界がグルグルと回り、体がふらつき始めた。


「た、タケル様!? しっかりして下さい、タケル様!」


 ミリアの呼ぶ声が遠く聞こえる。

 返事をしようとしても、ロレツが回らない。

 

 そして、俺は堪えることが出来ずにそのまま地面に倒れ__意識を手放した。



「__フムフム、なるほど。キミはどうやらバカのようだネ。まさかそんなにもバカだったなんて思わなかったヨ。まだ完治していないのに魔力を練るなんて、バカにも程があるネ」


 目が覚めると俺は手足を拘束され、研究所のベッドに寝かされていた。

 どうやらあれから俺は気を失い、ミリアが慌てて人を呼んで研究所に運んだらしい。

 ベッドに寝ている俺の横で、ストラは延々と罵倒していた。


「その……すいません、でした」

「ホウホウ、すいませんって言うってことは反省している、と。つまり、自分がどれだけバカなことをしたのか理解してる訳だネ? まだ救いようのあるバカでよかったヨ。反省してるなら、もうこんなバカなことはしないだろうし、私も安心だヨ。まぁ、バカなことには代わりないけどネ」


 その日、俺は昼過ぎまでずっとストラに罵倒され続けるのだった。


 

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