三十曲目『次なる目的地』
やよいが持ってきてくれた食事を食べ終えた頃。俺が寝ている間のことを真紅郎が教えてくれた。
俺が寝ていたのは二日間。その間、機竜艇の修理は順調に進み、明日には終わるようだ。アスワドは俺よりも先に目を覚まし、今では元気に機竜艇の修理を手伝っているらしい。
そして、一番気になっていた……レイドについて。
「レイドはまだ意識不明なんだよ。一応、応急処置をしたけど……」
レイドは災禍の竜の尻尾に叩きつけられる時、咄嗟に頑丈な鉱石で作られた剣で守りつつ、身体強化魔法を使っていたおかげで命だけは助かったようだ。
それでも……右腕と両足が複雑骨折しているのに加えて、肋骨も折れている。不幸中の幸いで折れた肋骨はギリギリ肺に刺さらなかったようだけど、かなりの重体だ。
今はとりあえず落ち着いているけど、早く医者に診てもらわないと危ない状況らしい。機竜艇の修理が終わったら、すぐにでも近くの街に行かないといけないな。
ある程度の状況を聞き終わった俺は、ゆっくりと体を起こす。ビキビキと筋肉や骨が痛むけど、動けないほどじゃない。
「とりあえず、ベリオさんたちと今後について話し合おう」
「でも大丈夫なの、タケル? まだ無理しない方が……」
「いや、俺は大丈夫だ……おっとと」
ベッドから降りようとすると、足に力が入らずにガクッと膝が折れた。バランスを崩した俺をウォレスが抱き留め、どうにか転ばずにすんだ。
「ヘイ、タケル。本当に大丈夫かよ?」
「あ、あぁ。ありがと、ウォレス」
ウォレスに肩を借りながら立ち上がると、どうも体の調子が悪かった。
二日も寝ていたから体が怠いのはそうなんだけど、何か違和感がある。それから何度か足踏みをして、ボキボキと音を鳴らしながら背筋を伸ばし、肩を回す。
まだ多少の怠さは残っているけど、肩を借りなくても歩けそうだな。
「うし! んじゃ、ベリオさんのところに行こうか」
気合を入れて歩き出そうとして、ふとベッドの脇に立てかけられていた俺の剣に目が止まる。そう言えばアクセサリー形態に戻してなかったな。
剣の柄を握り、魔装を指輪の状態に戻そうとすると……。
「……あれ? 戻せない?」
いつもならすぐに戻せるのに、どうやっても指輪の状態に戻せない。
首を傾げながら魔力を練ろうとした瞬間__激しい頭痛が襲ってきた。
「__ぐあッ!?」
「ちょ、ちょっとタケル!?」
あまりの痛さに頭を抱えながら膝を着くと、やよいが心配そうに俺に駆け寄ってきた。
頭の中を刺すような鋭い痛みが走り抜ける。カラン、と俺の手から剣が落ち、地面に倒れた。
痛みを堪えながらゆっくりと深呼吸すると、徐々に痛みが引けていく。ようやく痛みがなくなったところで、真紅郎が心配そうに声をかけてきた。
「どうしたの、タケル?」
「魔装が指輪状態に戻せなくて、魔力を練ろうとしたら……いきなり、頭が痛くなったんだ」
ようやく俺が感じていた違和感が分かった。それは__魔力が回復していないことだ。
災禍の竜との戦いで俺は限界まで魔力を使い、底をついたことで気絶するように眠りについた。普通なら二日も寝ていれば魔力が回復するはずだけど、今の俺の体には魔力が一切感じられない。
もう一度剣を握り、指輪状態に戻そうと魔力を練ろうとすると……また鋭い痛みが頭の中を刺してきた。
「ぐあ……ッ!」
「た、タケル! もうやめて!」
また剣を取り落として頭を抱えると、やよいが俺の肩を抱きしめながら止めてくる。
どうして、とまた剣に手を伸ばそうとすると、ウォレスが俺の腕を掴んだ。
「ヘイ、タケル。
「そうだよ、タケル! 今はとにかく魔力を練るのをやめて!」
ウォレスと真紅郎の呼びかけで我に返る。
「そう、だな。悪い、ちょっと取り乱した」
苦笑いを浮かべながらゆっくりと呼吸を落ち着かせた。
どうしてなのかは分からないけど、俺の体には魔力が感じられない。魔力を練ろうとしても、まるで体が拒否するように激しい頭痛が襲ってくる。
俺の体はどうなってしまったのか。不安に思っていると、部屋のドアが開かれた。
「……なんの騒ぎだ?」
部屋に入ってきたのはヴァイクだ。
右腕を布で吊し、額に包帯を巻いたヴァイクは俺たちを訝しげに見つめながら声をかけてくる。
「ヴァイク、無事だったんだな」
「……とりあえず、な。で、どうした?」
ヴァイクの問いかけに険しい表情を浮かべながら、真紅郎が答えた。
「タケルなんだけど、魔力を練ろうとすると頭痛が走るみたいなんだ」
「しかも、二日寝てたのに魔力が回復してなくて……」
真紅郎の言葉に続けて俺が説明すると、ヴァイクは眉をひそめながら「何?」と呟く。
そして、顎に手を当てながら何か考えごとを始めると、口を開いた。
「<魔臓器>の異常、か?」
「魔臓器って、たしか脳にある魔力を作る器官だっけ?」
聞き覚えのある単語だったから確認してみると、ヴァイクは頷いて返す。
「あぁ、そうだ。魔力が作れず、練ろうとすると頭痛がするんだろう? なら、魔臓器が何かしらの異常をきたしてる可能性がある」
「ヘイ、ヴァイク。どうすれば治るんだ?」
腕組みしながら眉間にシワを寄せて聞くウォレスに、ヴァイクは後頭部をガシガシと掻きながらため息を吐いた。
「俺は医者でも研究者でもない。だから、どうすれば治るのか分からないな」
「そんな……じゃあ、タケルは……」
ヴァイクの言葉に今にも泣きそうになっているやよいに、ヴァイクは「最後まで聞け」と話を続ける。
「治る方法はある」
「ほ、本当か! どうしたらいいんだ!?」
「待て待て、だから話は最後まで聞けって言ってるだろ? 俺には治す方法は分からないが、俺の
ヴァイクの仲間ってことは、きっと魔族だろう。
するとヴァイクは面倒臭そうにため息を吐きながら扉に向かって親指を向ける。
「今から操舵室に行くぞ。そこで船長とお前たちに今後のことを話す。タケルの件も含めて、な」
今後のことはベリオさんとも話し合いたかったし、丁度いいな。
ヴァイクと一緒に操舵室に行く……その前に。
「とりあえず、腰に差しとくか」
地面に転がっていた剣を拾い、近くにあった布を剣身に巻いてから腰に差す。アクセサリー形態に戻せないからこうするしかないけど、どうにも違和感が凄いな。
それから俺たちはベリオさんがいる操舵室に向かう。操舵室に入ると、そこにはベリオさんとボルク、そしてレンカの姿があった。
「あ! タケル兄さん! 目を覚ましたんだね!」
「フンッ、生きていたか。死んだかと思っていたぞ」
俺を見るなり満面の笑みを浮かべるボルクと、鼻を鳴らしながらそっぽを向くベリオさん。俺を見た時に僅かにホッとした表情を浮かべていたから、ベリオさんの態度が照れ隠しなのはすぐに分かった。
まぁ、改めて指摘しなくてもいいだろう。二人に「おはよう」と挨拶していると、レンカが頬を緩ませながら声をかけてくる。
「お目覚めね、勇者様?」
「……勇者はやめてくれよ」
「ふふっ、ごめんなさい」
からかってくるレンカにため息混じりに応えると、レンカはクスクスと小さく笑いながら謝り、それから真剣な表情を浮かべた。
「聞いてると思うけど、レイドはかなり危ない状態よ。今は落ち着いてるけど、いつどうなるか分からないわ」
「あぁ、知ってる。機竜艇の修理が終わり次第、すぐにでも医者がいる街に向かおう」
前までは敵だったけど、今はレイドを含めた魔族を敵だと思っていなかった。それに、レイドたちのおかげで災禍の竜に勝てたんだ……その功労者を死なせる訳にはいかない。
そこで、ヴァイクが話を切り出した。
「それなんだが、俺から提案がある。聞いてくれ」
ヴァイクは操舵室にいる全員を集めると、口を開く。
「機竜艇で__俺たちの国に向かってくれないか?」
俺たちの国、ってことは__。
「魔族の国にか?」
世界の全てが敵として認識している魔族。その魔族がどこに暮らしているか誰も知らない、謎に包まれている国。ヴァイクはその国に行くことを提案してきた。
すると、レンカが険しい表情を浮かべながらため息を吐く。
「お願いなんだけど、魔族って呼ぶのやめてくれないかしら? 私たちは魔族なんて種族じゃないし、そもそもそんなの存在しないんだから」
「あ……わ、悪い」
どうやらレンカは自分たちのことを魔族と呼ばれるのが好きではないらしい。慌てて謝るとヴァイクが「いや、いい」と話に割り込んできた。
「魔族の国と呼んだ方が、お前たちも分かりやすいだろう。俺はそこまで気にしていない」
「……はぁ。まぁ、いいけど」
ヴァイクの言葉にレンカは肩を竦める。そのままヴァイクは話を続けた。
「レイドの状態は予断を許さない状況だ。少しでも早く医者に診せたい。だが、一般的な医療ではレイドを治すことは出来ないだろう。あのままではレイドは剣を握るどころか、歩くことすら叶わない」
そう言いながら、ヴァイクは感情を抑えながら拳を強く握りしめる。
「レイドがいなければ、災禍の竜を倒せなかった。そのレイドがもう歩けなくなるなど……俺は認めない。レイドは救われるべきだ」
あれだけ頑張ってくれたレイドが報われないのは、俺だって認められない。
同じ気持ちだと頷くと、ヴァイクは深呼吸して気持ちを落ち着かせながら、俺たちを真っ直ぐに見据えた。
「本当ならば俺たちの国に部外者を入れるのは許されていない。だが、レイドはお前たちなら信頼出来ると……戦いが終わったあと、お前たちを国に迎え入れようとしていた。それに、俺もお前たちならいいと判断した」
「私もよ。あなたたちは他の奴らとは違う。私たちに危害を加えることはしないでしょう?」
災禍の竜との戦いを経て、ヴァイクたちは俺たちのことを認めてくれたらしい。
もちろん、俺たちだってヴァイクたち魔族と戦おうなんてもう考えてないし、信頼もしてる。決して危害を加えることもしない。
「俺たちの国ならばレイドを救うことが出来る。それと、タケル。お前の魔臓器の異常も治せるだろう」
「魔臓器? 何かあったのか?」
話を聞いていたベリオさんが首を傾げる。まだ言ってなかったな。俺の今の状態を話すと、ベリオさんは腕組みしながら顎髭を撫で始めた。
「そいつはまずいな。俺も多少だが医療をかじってるが、魔臓器を治す技術はなかったはずだ」
「だが、俺たちの国なら治せる。それが出来る奴を知ってるからな」
ベリオさんの言葉にヴァイクがはっきりと答える。
どんな人なのかは分からないけど、ヴァイクが言うなら本当に治せる可能性があるんだろう。
すると、ヴァイクはいきなり俺たちに頭を下げた。
「頼む。俺の大事な仲間を救うために、この機竜艇で俺たちの国__<
深々と頭を下げながら懇願するヴァイクに、同じようにレンカも頭を下げる。
「私からもお願い。レイドは私たちの国で絶対に欠けてはいけない大事な仲間なの。だから、お願いします」
二人は頭を上げずに、俺たちの答えを待つ。俺たちは目を見合わせてから、笑みを浮かべて頷き合った。
答えは決まってる。みんなの意思を代弁して、答えた。
「__当然だろ?」
俺の答えに二人は勢いよく頭を上げる。その表情は信じられないと驚いていた。
「いい、のか?」
「当たり前だって。俺たちだってレイドを救いたい。何度も助けられたし……それに、もう仲間だからな」
ニッと口角を上げながら親指を立てると、ヴァイクは小さく笑みをこぼした。
「そうか……仲間、か」
「ハッハッハ! そうだぜ、ヴァイク! オレたちはあの災禍の竜と戦った
「そうだよ、ヴァイク。ボクたちは仲間を見捨てることはしないよ」
「ヴァベナロスト、だっけ? どんな国なのか楽しみ!」」
ウォレスと真紅郎、やよいが笑いながら答える。
みんなの言葉にレンカはポロっと涙を流し、クスクスと笑った。
「本当、いい子たちね。ありがとう」
涙を指で拭うレンカに、サクヤが近づいて口を開く。
「……美味しいもの、ある?」
「__えぇ! 私たちの国はどの国にも負けないわ! お腹いっぱい色んなの食べさせてあげるわ!」
首を傾げながら聞いたサクヤを感極まったレンカは強く抱きしめ、頭をガシガシと撫で始めた。
レンカの胸に顔を埋めたサクヤはパタパタと苦しそうに暴れてるけど、レンカは気にせず抱きしめ続ける。
微笑ましく見てると、ヴァイクが申し訳なさそうに俺に声をかけてきた。
「……すまないな、感謝する」
「いいって。俺だって早く魔力を戻したいし」
レイドのこともそうだけど、俺だって魔臓器の異常を治したい。それに、魔族……レイドたちの国も気になってたからな。
他の人たちが教えてくれた魔族と、俺たちの目の前にいるヴァイクたちは__全然違う。
最初は世界を脅かす凶悪な敵で、魔族を倒さないと元の世界に戻れないと言われていた。だけどそれは俺たちを騙した張本人__<マーゼナル王国>の王、ガーディが言っていたこと。
俺たちはあいつの言葉を信じることは出来ない。でも、魔族とガーディには何かあるだろう。
もしかしたら、ヴァイクたちの国__ヴァベナロストに行けば、元の世界に戻れる方法が見つかるかもしれない。
色々なことが一気に分かる可能性があるな、と考えているとベリオさんが鼻を鳴らした。
「フンッ、船長の俺の意見を無視しおって」
「ベリオさんは反対なのか?」
「誰が反対だと言った? まったく、勝手な奴らだな」
そう言いながらベリオさんはどこか楽しそうに頬を緩ませながらそっぽを向く。
すると、ボルクがニヤニヤとしながら俺に耳打ちしてきた。
「あんなこと言ってるけどさ。親方、まだまだ空の旅を続けたがってたんだ。だから、本当は嬉しいんだよ。しかも、誰も行ったことがない魔族の国だし、あれでも結構ウキウキなんだ……グェッ!?」
話の途中でボルクの頭に拳骨が落とされる。
頭を抱えながら痛がるボルクを、ベリオさんはほんのりと頬を赤らめながら鼻を鳴らした。
「フンッ! このバカ弟子が! 余計なことを言うな!」
「痛いって親方ぁ! 本当のことじゃん!」
「まだ言うか、この!」
ベリオさんがまた拳骨を落とそうとするとボルクは慌てて逃げ出し、ベリオさんが追いかけ始める。
レンカに抱きしめられ、逃げようと暴れるサクヤ。
次の目的地のことを楽しげに話う真紅郎とやよい。
豪快な笑い声を上げながらヴァイクの肩に手を回すウォレス。
一気に騒がしくなる操舵室の中、俺は窓の外を眺めた。
「次の目的地は__ヴァベナロスト、か」
どんな国なのか、どんな人たちが住んでいるのか。
そして、その先に何が待ち受けているのか。
不安と興奮が入り混じりながら、俺は次の目的地に思いを馳せるのだった。
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