エピローグ『思い出の眠る場所』

 目的地が決まり、次の日の朝。機竜艇の修理が終わり、すぐにでも出発可能だ。

 目を覚ました俺は機竜艇の甲板に立ち、グッと背筋を伸ばす。


「……よし、もう痛みはないな」


 激闘の疲れがなくなり、悲鳴を上げていた体はいつもの調子を取り戻していた。だけど、やっぱり魔力は戻っていない。

 俺の剣__魔装はアクセサリー形態に戻せずに剣身に布を巻いて腰に差したままだ。

 魔族の国、ヴァベナロストで魔臓器が治れせればいいけど、とため息を吐いていると、背後から近づいてくる足音に気付く。


「__よう、死に損ない」

「__うるせぇよ、くたばり損ない」


 声をかけてきたのは、アスワドだった。

 軽口を言い合いながらジロっと睨むと、アスワドはケラケラと笑う。


「てめぇも中々にしぶといな」

「お前が言うなよ」

「ハンッ、俺はやよいたんと結婚するまで死ねないんだよ」


 こいつ、とアスワドを睨むと一頻り笑ってからアスワドは真剣な表情で口を開いた。


「で、次は魔族の国に行くんだって?」

「あぁ。お前はどうする?」

「決まってんだろ、やよいたんが行くなら、俺はどこにだって行くぜ!」

「始まったよ……地獄にでも行ってろ」

「てめぇ一人で行け」


 アスワドのことだから、やよいが行くなら自分も行くと言うと思ってた。

 やれやれと呆れていると、アスワドは甲板の柵に腰掛けながら空を見上げる。


「まぁ、やよいたんのこともそうだが……てめぇについて行けば、面白そうだからな」

「面白そう?」

「おう。今回の災禍の竜もだけどよ、他にも強そうな敵が出てきそうだ」


 そう言ってアスワドはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「この世界には俺も知らねぇ強い奴がいる。そんな奴らと俺は戦いてぇ」

「戦闘狂かよ……」

「ハンッ! 悪いかよ? 盗みと強い奴と戦うことが、俺にとっての生きがいなんだよ」


 まるで猛獣のように歯を剥き出しにしながら笑ったアスワドは、俺を睨みながら話を続けた。


「もちろん、てめぇともいつかは決着つけねぇとな」

「俺と?」

「当然だろ。クソ気に食わねぇてめぇをぶっ飛ばして、やよいたんを頂く!」


 アスワドは柵から飛び降りると、身に纏っていた黒いローブを引っ張り、魔装を展開してシャムシールを俺に向ける。


「だから、てめぇは誰にも負けんじゃねぇぞ。てめぇを倒すのは、俺だ」


 アスワドの宣戦布告を聞いた俺は、同じように歯を剥き出しにして笑いながら腰に差していた剣を抜く。

 クルクルと巻かれていた布が解け、風に流されて飛んでいく中、俺も剣をアスワドに向けた。

 俺の剣とアスワドのシャムシールが交差する。

 アスワドと睨み合いながら、お互い笑みを浮かべて口を開いた。


「__お前にやよいを渡せない。だから、負けるつもりはないぞ?」

「__ハンッ、俺を誰だと思ってんだ? 黒豹団を率いるアスワド様だぞ? 欲しい物は、奪い取る」


 カツン、と甲高い音を立てながら剣とシャムシールをぶつけ合う。

 いつか必ず、アスワドと戦い__決着を着けよう。

 二人で再戦を誓うと、甲板に誰かが足を踏み入れてきた。


「フンッ、こんな朝っぱらから何を青臭いことやってんだ、お前らは?」


 それは、ベリオさんだった。

 ベリオさんは俺たちを見て呆れたように肩を竦めると、俺に向かって何かを投げ渡してくる。


「おっとと。これは……」


 それは剣の鞘だった。

 ベリオさんは鼻を鳴らすと背中を向け、口に咥えていた煙管を吸うと紫煙を吐いた。


「抜身のまま腰に差してるのもあれだろう。適当に作った奴だが、魔力が戻るまではそれを使え」

「ありがと、ベリオさん」


 渡された鞘に剣を仕舞い、腰に差す。これなら布を巻く必要もないな。

 ベリオさんは後頭部をガシガシと描いてから、話を続けた。


「男二人で青臭いことしてる暇があったら、準備しろ。もうすぐ出発するぞ」


 それだけ伝えるとベリオさんは機竜艇の中に戻っていく。

 残された俺とアスワドは目を合わせ、同時にそっぽを向いた。


「……準備、するか」

「……そうだな」


 なんとなく気まずさを感じながら、俺たちは出発の準備を始める。


 そして、それから三時間ぐらい経った頃。

 全員の出発準備が整い、俺たちRealize五人とキュウちゃん、アスワドとヴァイク、レンカは操舵室に集まった。

 ベリオさんは舵輪を握り、ボルクは羅針盤を起動して映像を映し出す。


「よし、羅針盤の動作は問題なし! えっと、目的地は……」

「北東だ。この船の速度なら、二日もあれば到着するだろう」


 羅針盤を確認していたボルクの言葉にヴァイクが口を開く。

 ここから北東……それは、地図にない未開の地。


 その先に、魔族の国がある。


 話を聞いていたベリオさんは、鼻を鳴らして舵輪を握りしめた。


「フンッ、二日だと? この機竜艇を甘く見るなよ__一日だ」


 ニヤリと笑ったベリオさんは、伝声管に向かって声を張り上げる。


「__全速力で行くぞ! 目的地は未開の地だ! 全員、覚悟はいいか!?」


 伝声管を伝って届けられたベリオさんの声に、機竜艇に乗っている全員が雄叫びを上げた。

 そのままベリオさんは舵輪の近くにあったレバーを掴み、ボルクに向かって叫ぶ。


「ボルク! 準備はいいか!」

「いつでもいいよ、親方!」


 ボルクの言葉に、ベリオさんは勢いよくレバーを引いた。


「__機竜艇、起動!」


 レバーを引くと、心臓部がうなり声を響かせながら動き出し、張り巡らされたパイプに魔力が伝わっていく。

 すると、機竜艇の後部にあるジェットから魔力が噴き出し始めた。


「__両翼展開!」


 機竜艇の大きな翼が重い音を立てながら広がっていく。

 計器を確認していたボルクが、ベリオさんに向かって声を張り上げた。


「魔力充填完了! 計器問題なし!」


 ボルクの報告を受け、ベリオさんは力強く頷いてから、号令を出す。


「__機竜艇! 発進!」


 機竜艇が咆哮するように轟音を響かせると、徐々に船底が浮かんでいく。

 巻き起こった風で木々が揺れ動き、竜の顔を象った船首が北東方向を向くと__ゆっくりと高度を上げていった。

 そして、ジェットから魔力が勢いよく噴射すると、機竜艇は空に向かって飛び上がる。

 ベリオさんが舵輪を回すと、機竜艇の両翼は気流を掴み、あっという間に森から離れていった。


「__行くぞ! ヴァベナロストへ!」 


 そのまま機竜艇は空を駆け、森が遠くに離れていく。

 窓を眺めていると、災禍の竜と戦った爪痕が残っている、大きなクレーターが見えてきた。


 その中央には、災禍の竜が最後まで守り抜いた岩で出来たタワー。

 幼き白いドラゴンの大事な友__吟遊詩人の男が眠るお墓。


 ふと、お墓の近くに誰かがいるのが見えた。


 幼かったドラゴンを思わせる、白い髪。

 柔和な笑みを浮かべる、優しそうな顔立ち。

 その手にはハープを持ち、何かを歌っている。


 そして傍には__白いドラゴンの姿。


 瞬きをすると__その姿は消えていた。


 哀しきドラゴンの思い出が残っている場所を離れ、機竜艇は空を進む。


 遠くで誰かの歌声と、楽しそうに鳴く声が聞こえた気がした。 

 

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