二十三曲目『倒れゆく魔族』
耳をつんざくほどの雄叫びを上げた災禍の竜は、傷ついた翼を大きく広げて天に向かって顎が外れそうなほど口を開く。
そして、その口に高密度の魔力が収束していくと、咆哮と共に赤い稲妻を纏った黒い光線を放った。
空に向かって黒い光線を放ち終えると、災禍の竜はギョロリと紅い瞳を俺たちに向けてくる。瞳孔が開き、充血したその目は怒りに満ち溢れていた。
体から噴き出しているおぞましい魔力と威圧感に、思わず身震いする。そして、今までは向かってくる俺たちを待ち構えながら戦っていた災禍の竜は、今度は自分から前へ動き出した。
「__ギュルオォォォォォォォォォォン!」
甲高い雄叫びを上げ、太い両足で地面を踏み砕きながらこちらに向かってくる災禍の竜。その速度は巨体に似合わず俊敏で、まるで巨大な戦車が迫り来るように見えた。
俺の連続攻撃によって傷ついた体からは血を流しながら走るその姿に、理性があるようには思えない。
今までの戦闘で災禍の竜は人間並み……いや、それ以上の知能があった。だけど、今の災禍の竜には理性のかけらもなく、モンスターとしての野生の本能が剥き出しになっている。
怒り狂い、激情に駆られた災禍の竜は一気に俺たちの目の前まで疾走すると、翼を羽ばたかせて宙を舞った。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
大きくジャンプした災禍の竜はぐるん、と一回転して尻尾を振り上げてくる。一気に一網打尽にしようと尻尾を叩きつけてくる災禍の竜に、俺たちはすぐに動き出した。
ア・カペラの反動がようやく回復してきた俺は、肩を貸してくれていたやよいの手を引いて走り、他のみんなやレイドたち魔族、アスワドはそれぞれ散開して尻尾の攻撃範囲から逃げる。
俺たちがいなくなってすぐに、災禍の竜は尻尾を地面に叩きつけた。
「うわっ!?」
尻尾が着弾した瞬間、轟音と共に砂煙が巻き起こる。背中に叩きつけられた爆風に飲み込まれ、俺はやよいと一緒に地面を転がった。
ビリビリと地面に振動が走り、尻尾が着弾した箇所から広がるように地割れが起きる。ただでさえ巨体の災禍の竜が全体重を乗せて尻尾を叩きつけた威力は、直撃すれば肉片も残さずに押し潰されるだろう。
「カロロロロ……ッ!」
目標を外した災禍の竜は喉を鳴らすと、巻き起こっている砂煙を切り裂くように尻尾を横に薙ぎ払う。
波紋のように吹き荒れた突風に思わず腕で目を守ると、災禍の竜はレイドたち魔族に狙いを定め、口から五つの火球を連続で吐き出した。
「どうにか私が防ぐから、レイドは突っ込んで!」
前に出たレンカはレイドに向かって叫ぶと様々な属性の盾を展開する。その数は一六枚……レンカが出来る限界展開数だ。
火球が盾に着弾すると、一気に十枚の盾を粉砕する。レンカは歯を食いしばりながら伸ばした右腕を左手で掴み、残りの四つの火球を防ごうと踏ん張った。
二つ目の火球で音を立てて五枚の盾が霧散する。三つ目で最後の一枚が壊された。
盾がなくなり、最後の火球が無防備になったレンカたちを襲いかかる。
「ナメんじゃ、ないわよぉぉぉぉぉぉぉッ!」
レンカは声を張り上げながら叫び、限界展開数を超えてもう一枚、渦を巻いた風の盾を展開して見せた。
風の盾と火球がぶつかり合い、爆発する。レンカが最後に展開した盾は僅かに残された魔力を使った、弱々しいものだった。
火球を防ぐことは出来たけど、衝撃までは殺せずにレンカは吹き飛ばされる。限界を超えたレンカは受けた衝撃で気を失っていた。
力なく吹き飛ばされていたレンカをヴァイクが受け止めると、レンカを信じていたレイドは地面を駆け抜けて災禍の竜へと向かっていく。
レンカの石を無駄にはしないとばかりに雄叫びを上げながら走るレイドに、災禍の竜も口から黒煙を吐き出しながら走り出した。
「__オォォォォォォッ!」
「__グルアァァァァッ!」
剣を振り上げるレイドと腕を振り上げる災禍の竜。両者の怒号が響き渡ると、レイドが振り下ろした剣は災禍の竜の腕に防がれる。
硬い甲殻に阻まれたレイドがすぐに離れようとした一瞬を狙い、災禍の竜は腕を薙ぎ払ってレイドの剣を弾き上げる。
そして、そのまま無防備になっているレイドに爪を振り下ろした。
「グウッ!?」
爪で切り裂かれ、真っ二つにされる前にレイドはどうにか剣で爪を防ぐも、関係ないと爪を振り抜いた災禍の竜にうめき声を上げて吹き飛ばされる。
「ガァァァァァァァァッ!」
災禍の竜の攻撃はそれで終わってなかった。
咆哮した災禍の竜は後ろを向くと、尻尾を吹き飛ばされているレイドに向かって叩きつける。
空中で身動きが取れないレイドは咄嗟に剣を盾にすると、尻尾が直撃した。
尻尾はそのままレイドを叩きつけ、地面を抉りながら押し潰す。衝撃により地面にヒビが走り、まるで爆撃されたような音がビリビリと大気を震わせた。
「レイド!?」
レイドの安否を確認しようと叫ぶと、災禍の竜は尻尾を持ち上げる。そこには、クレーターのようになっている中央で、剣を盾にしながら地面にめり込んでいるレイドの姿があった。
「ぐ……が……ッ!」
苦悶の表情を浮かべながら悶えているレイド。ダメージは大きいみたいだけど、まだ生きてた。
よかった、と安堵したのも束の間、災禍の竜は持ち上げた尻尾をまたレイドに向かって叩きつけ始めた。
「な……やめろぉぉぉぉッ!」
容赦ない追撃に愕然としながら叫ぶ俺の声をかき消すように何度も、何度も尻尾をレイドに向かって叩きつけ続ける災禍の竜。
その顔には、愉悦に浸った楽しそうな笑みを浮かべていた。
「貴様ァァァァァァァァ!」
抵抗することも出来ないレイドの姿が砂煙で見えなくなる中、ヴァイクが災禍の竜を止めようと二丁拳銃からいくつもの魔法を撃ち込む。
それでもお構いなしに十回も尻尾を振り下ろした災禍の竜が満足げに喉を鳴らし、動きを止めると……。
剣がへし折れ、腕と足が変な方向に曲がった、血だらけのレイドの姿があった。
あれだけの攻撃を受けても、レイドはまだ息をしている。だけど、レイドはもう戦うことは出来ないだろう。
気絶しているレイドを見た災禍の竜は、ニタリと笑みを浮かべて首をもたげた。
「__グルオォォォォォォォォォォォン!」
災禍の竜は勝鬨を上げるように咆哮する。
口元を歪ませ、天に向かって吠える災禍の竜に、ヴァイクは怒りで肩を震わせていた。
「よくも、レイドを……許さん!」
残されたヴァイクは射抜くように災禍の竜を睨みつけると、全身に巻かれたホルスターから拳銃を抜いて銃口を向ける。両手に持った拳銃の銃口に魔力が集中していき、目の前に魔法陣を展開したヴァイクは、ギリッと歯を食いしばった。
「撃ち抜け……ッ!」
そして、ヴァイクが引き金を引くとバチバチと紫電を纏っていた魔法陣から巨大な雷の槍が放たれる。
災禍の竜を貫かんと地面を抉りながら放たれた雷の槍は一直線に向かっていき、それに対して災禍の竜は避けることもせずに突進していった。
目を見開いて驚くヴァイクを余所に、災禍の竜は雷の槍に向かって大きく口を開くと__鋭く生え揃った牙で雷の槍に噛み付いた。
口の中で雷が迸っていても気にせずに雷の槍に牙を突き立て、強靭な顎を使って噛み砕く。
とんでもない力技で巨大な雷の槍を霧散させた災禍の竜は、血が混じった唾を地面に向かって吐き捨てながらニタリと笑みを深めた。
「この……化物が……ッ!」
悔しげに悪態を吐くヴァイク。
口の中が感電して煙を吐きながら、全身から血を流す災禍の竜の姿は、まさに化物。
俺が与えたダメージは相当のはず。それでも、災禍の竜は傷だらけの体に鞭を打ち、酷使しながら傷つく前よりも激しく暴れ回っていた。
これが、伝説のモンスターと呼ばれる災禍の竜。どれだけ傷を負っても威圧感は失われず、怒り狂い野生の本能が剥き出しになっていても、その姿は生態系の頂点に立つ王そのもの。
畏怖すら覚える災禍の竜の力を前に茫然としていると、災禍の竜は大きく息を吸い込み始めた。
「ヴァイク! 逃げろ!」
災禍の竜がしようとすることを察した俺は、ヴァイクに向かって声を張り上げる。
だけど、ヴァイクは拳銃を強く握りしめると逃げることなく災禍の竜へと向かい合っていた。
「……俺に、
そう言ってヴァイクは静かに二丁拳銃を構えると、無理矢理に口角を引き上げて笑みを浮かべる。
「__あとは頼んだぞ」
ポツリと呟くと、ヴァイクは地面を蹴って走り出した。
災禍の竜は大きく吸い込んだ息を全て吐きながら咆哮し、音属性の魔力が込められた衝撃波を放つ。
「オォォォォォォォォォォォォォッ!」
怒声を上げながらヴァイクは引き金を引いて炎の槍や風の刃、雷の槍を撃ちまくる。
ホルスターから拳銃を抜いてまた発砲。何度も繰り返して向かってくる衝撃波を打ち破ろうと攻撃を続けていた。
だけど、衝撃波は打ち破ることが出来ずに、そのままヴァイクは飲み込まれてしまった。
「__ヴァイクぅぅぅ!」
真紅郎の悲痛の叫びが響く。
ヴァイクは何も出来ずに吹き飛ばされ、拳銃が砕かれる。
錐揉み回転をしながら宙を舞っていたヴァイクは力なく地面に叩きつけられ、跳ねるように転がり、そのまま動かなくなった。
災禍の竜はまた勝鬨を上げるように雄叫びを上げる。楽しそうに、満足げに笑いながら。
俺たちの中でも実力者揃いの魔族三人組は、怒り狂った災禍の竜によって瞬く間に打ち倒されてしまう。
絶望感に苛まれる戦場で、災禍の竜の雄叫びだけが木霊していった。
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