二十四曲目『最後の戦い』
「嘘、だろ……」
優勢だったはずなのに、状況は一気に悪くなってしまった。
レンカはぐったりと地面に倒れ、レイドは全身に重傷を負いながらクレーターの中央に埋もれ、吹き飛ばされたヴァイクは力なく倒れ伏している。魔族三人がやられ、残されたのは俺たちとアスワドだけだ。
絶望的な状況に愕然としていると、一頻り雄叫びを上げ終わった災禍の竜は俺たちなんて目もくれず、一部が崩れてしまっている岩のタワーに歩み寄っていた。
そして、災禍の竜は丁寧に崩れた岩を口に咥えると、岩のタワーを直し始める。
災禍の竜にとって、俺たちを蹂躙するよりも岩のタワーを直すことが優先なようだった。
「……おい、赤髪。まだ動けるか?」
そんな災禍の竜を見つめていると、アスワドが災禍の竜を睨みつけながら問いかけてくる。
体から冷気のような魔力を漂わせながら、ギリッと強くシャムシールの柄を握りしめているアスワドに、俺は小さく頷いて返した。
「あぁ、少しは動けるようになった」
「フンッ、だったらてめぇはあいつらを運んでおけ。俺があの化物と戦ってる間にな」
俺の返事を待たずにアスワドはシャムシールをくるりと回してからまるで肉食獣のように上体を低くして構えると、一気に地面を蹴って飛び込んだ。
一人じゃ無茶だと止めようとしても、アスワドはすでに災禍の竜へと向かっている。
「あのバカ……ウォレス! 俺と一緒にレイドを運んでくれ! 真紅郎はヴァイクを! やよいとサクヤはレンカを頼む!」
すぐに気を失っている魔族三人を運び出してアスワドに加勢しに行こう。そう判断した俺は全員に指示を出してから走り出した。
それぞれが倒れている三人に向かい、俺とウォレスがクレーターの中央で埋まっているレイドのところへ向かうと……その悲惨な状態を見て、思わず歯を食いしばった。
レイドは腕と足が変な方向に折れ曲がり、血だらけになっている。見るからに重傷で、死んでてもおかしくないけど、微かに呼吸をしているからまだ命の灯火は消えていない。
地面に埋まっているレイドを掘り出し、気を失っているレイドを背負ったウォレスに声をかける。
「ウォレス、レイドは任せた。俺はアスワドと一緒にあいつと戦ってくる」
「……オーライ。無茶だけはすんなよ?」
俺を心配そうに見つめながら、ウォレスはレイドを遠くへ運びに行った。
無茶だけはするな、か。
「……したくないけど、しないといけないよな」
残されたのは俺たちとアスワドだけ。世界の命運は俺たち六人が背負うことになってしまった。
ここで俺たちが負ければ、災禍の竜は世界を滅ぼすために暴れ回るだろう。罪のない人々を蹂躙するだろう。それだけはさせちゃダメだ。
そのためには__多少は無茶しないといけない。無傷であの災禍の竜を倒すことは、無理だから。
「ア・カペラはもう使えないよな……」
パワーアンプが壊れた以上、ア・カペラを使えば反動が来て動けなくなる。それに、長時間の使用は出来ない。使えて一分ぐらいか。
そんな短い時間で倒しきれないだろうし、ア・カペラを使わずに戦わないとな。
「__<アレグロ>」
視線の先には、災禍の竜と戦っているアスワドの姿があった。
岩のタワーを直し終わった災禍の竜は、アスワドに対して咆哮しながら翼を羽ばたかせ、暴風を巻き起こしている。
風の刃と共に吹き荒れる突風に、アスワドは地面から突き出した大きな氷柱で防いでいる。
「そんな生温い風で俺を吹き飛ばせると思ってんじゃねぇぞゴラァッ!」
アスワドは叫びながら地面を思い切り踏むと、災禍の竜に向かって地面から氷柱が生えていった。
鋭い氷柱に風の刃が貫かれ、そのまま災禍の竜へと伸びていく。
「__グルァァァァァァァッ!」
だけど災禍の竜は口から火球を吐き、襲いかかる氷柱たちを一瞬にして蒸発させた。水蒸気が舞い、視界が奪われている中、アスワドはシャムシールを片手に疾走する。
すると、アスワドと同じく走り出していた災禍の竜は、水蒸気を振り払いながらアスワドの目の前に現れて口を大きく開いていた。
「こ、の……ッ!」
最初は驚いていたアスワドは悪態を吐きながら地面を蹴り、牙を突き立てようとしてくる災禍の竜の頭上に跳び上がる。そして、災禍の竜の額を踏み台にしてくるりと一回転しながら攻撃を躱した。
「__グルアッ!」
すると、災禍の竜は地面を踏み砕きながらブレーキをかけ、空中で身動きが取れないアスワドに向かって羽虫を払うように翼を叩きつける。
避けられないと判断したアスワドはシャムシールで防御すると、衝撃により吹き飛ばされた。
「調子に、乗んなぁぁぁぁぁぁッ!」
吹き飛ばされたアスワドは痛みに顔をしかめながら空中で姿勢を整え、足から地面に着地する。足で踏ん張りながら勢いを殺そうとするも、止まらずに地面を滑っていく。
「オラァッ!」
アスワドは怒声を上げながらシャムシールを地面に突き立て、ガリガリと地面を削りながら速度を落としていき、どうにか止まることが出来た。
だけど、ダメージも大きかったようでそのまま膝を着く。その隙を狙って火球を吐こうとしている災禍の竜に、やらせないと俺は剣を振り上げた。
「こっちを見ろ!」
強化された足で一気に駆け出して叫びながら剣を振り下ろすと、咄嗟に尻尾で防がれてしまい、硬い感触と共に剣が弾かれる。
何も強化されていない一撃じゃ、災禍の竜の硬い甲殻を斬ることが出来ない。舌打ちしてから俺は
「うぉッ!?」
鞭のようにしなりながら向かってくる尻尾を本能的にしゃがんで避ける。すると、災禍の竜は薙ぎ払った尻尾を途中で止め、小刻みに振り回し始めた。
さすがにやばいと判断した俺は、後ろに飛び込むようにして躱し、そのまま距離を取る。
「危なかった……」
尻尾の範囲外に逃げると、一気に冷や汗が噴き出てきた。威力よりもスピードを重視して振り回された尻尾だけど、当たればかなりのダメージだっただろう。
一撃一撃が喰らえば終わりの攻撃。傷だらけで長時間に渡る戦闘で体力も限界に近いはずなのに、それでも並のモンスター以上に危険な存在。
そんな奴を相手に、俺たちだけで倒せるのか?
心の奥底からにじみ出てきた不安感に喉を鳴らすと、後ろから紫色の魔力弾が通り過ぎ、災禍の竜の体に直撃した。
振り返るとそこには災禍の竜に向かって銃口を向けた真紅郎の姿。
「タケル! レイドたちはみんな避難させたよ!」
「ハッハッハ! ここからが本番だ! 気を引き締めて行こうぜ!」
「……頑張る」
真紅郎の隣にはニヤリと不適に笑うウォレスと、拳を打ち鳴らして気合い充分のサクヤ。
そして、斧を構えたやよいがいた。
「タケル。一人でなんて戦わせてあげないから」
「やよい……」
まるで俺の思考を読んだかのように、やよいが言い放つ。
やよいの姿を見た瞬間、俺はやよいを後ろに控えさせて危険がないように指示を出そうと考えていた。
だけど、やよいにはお見通しだったみたいだ。
「言ったでしょ? タケルが怪我をする前に、あたしが守ってあげる……って」
災禍の竜と戦うことを決めた時、やよいだけが反対していた。
最後には折れてくれたけど、その時やよいは俺を守りたいと話していたことを思い出す。
今までは俺が守らないと、と思っていたけど……やよいは守られるだけじゃ嫌だと、一緒に戦うと言ってくれた。
俺は頬を緩ませながら笑う。
「そうだったな。やよい……みんなで、あいつを倒すぞ!」
俺の言葉にやよいは嬉しそうに笑いながら頷く。
心の中に浸食していた不安や恐怖は、もうなくなっていた。
俺は剣を構え、災禍の竜を見据える。
落ち着いてよく見てみれば、災禍の竜は呼吸が荒く、口からヨダレを流して疲れ切っていた。
さすがの災禍の竜も機竜艇との空中戦、俺たちとの地上戦で疲弊している。傷だらけの体から流れている血の量もかなりのものだ。
レイドたち魔族と戦っていた時、災禍の竜は怒り狂っていた。本能の赴くまま暴れ回ったせいで、ますます体力を奪われたんだろう。
だったら、俺たちでも倒せる可能性が高い。いや、倒せる__ッ!
「__行くぞ! これで戦いを終わらせる!」
災禍の竜と俺たち六人の最後の戦いが、始まった。
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