二十二曲目『災禍の竜の逆鱗』

 災禍の竜はゆっくりと起き上がると咳き込み、口からボタボタと血を吐いた。

 身体中に刻まれた数多の傷からも血が流れ、俺の一撃を喰らった腹部は痛々しいほどに青黒い痣が広範囲に広がっている。

 ぜぇぜぇと息を荒くさせながら、災禍の竜はニタリと笑みを浮かべて倒れている俺に向かって歩き出した。

 重い足音が近づくのを感じ、どうにか逃げようとしたけど足が言うことを聞かない。ア・カペラの反動はパワーアンプによって軽減されていても、ほぼノンストップで激しく動き回っていたから足への負担が大きく、ビキビキと悲鳴を上げていた。


「うご、けぇ……ッ!」


 震える足を叩きながら剣を杖にして立ち上がると、災禍の竜は俺の目の前で足を止める。

 見上げながら睨みつけると、災禍の竜は俺が動けないことをあざ笑うように口角を上げ、だらりと引きずっていた尻尾を振り上げた。

 そして、そのまま体を半回転させて俺に向かって尻尾を薙ぎ払ってくる。今の俺に尻尾を躱すことが出来ない。

 少しでもダメージを減らそうと剣で防ごうとすると、後ろから誰かに抱きつかれた。


 それは、レイドだった。


「__オオリャアァァァァァァァッ!」


 レイドは俺をキツく抱きしめると後ろに向かって俺を投げ捨て、俺の代わりに災禍の竜の尻尾に立ち向かうと剣を振り下ろす。

 

「ぐっ……あぁッ!?」


 重い衝突音が響くと、一瞬だけ拮抗していたけどすぐにそのまま薙ぎ払われ、レイドは宙を舞った。

 投げ飛ばされた俺を追い抜くようにレイドはボールのように地面を跳ねながら吹き飛ばされる。

 そして、俺とレイドはゴロゴロと地面を転がり、倒れ伏した。


「タケル! 大丈夫!?」


 駆け寄ってきたやよいは起きれずにいた俺の背中に手を回して抱き起こし、レンカとヴァイクはレイドに手を貸す。

 レンカとヴァイクに支えられたレイドは、肩で息をしながら俺に問いかけてきた。


「……タケル。まだ、戦えるか?」


 その言葉に俺は体に走る痛みに顔をしかめながら、足の調子を確認する。疲労が溜まってる足はまだ震えてるけど、もう少し休めば動くことが出来るだろう。

 足が動き、剣が振れれば、まだ俺は戦える。心も折れていない。


「もう少し休めば動けると思う。ただ、もうア・カペラは使えないな……パワーアンプもぶっ壊れたし」


 腰からパワーアンプを取り出すと大きな亀裂が走り、バチバチと火花が散っていた。もうパワーアンプは使えない。今の体力と魔力じゃ、ア・カペラを使っても一分も保たないだろう。

 災禍の竜を追い詰めていた時の動きはもう出来ないと正直に話すと、レイドは「そうか」と小さく呟いてからレンカたちから離れて一人、前へ歩き出す。


「タケル、貴殿のおかげで災禍の竜をここまで追い込むことが出来た。次は我らの出番だ」


 前へ出たレイドの両隣にレンカとヴァイクが立つ。

 レイドは剣を構えると、俺に背中を向けたまま長く息を吐いた。


「貴殿は充分、戦った。あとは我らがカタをつける。やよいたちはタケルを見ていてくれ」

「あなたたちはよく頑張ったわ。ここからは私たちの番よ」

「……俺たちで終わらせる」


 レイドたちはそれぞれ武器を構え、災禍の竜を見据える。

 積み重なったダメージに災禍の竜はふらついているけど、まだ戦うつもりのようで翼を大きく広げながら口から血を流して牙を剥き出していた。

 レイドは災禍の竜を睨みつけ、剣をブンッと振り払う。


「__レンカ! 防御を頼む! ヴァイクは中距離から援護!」

「分かったわ!」

「……油断するなよ」


 レンカとヴァイクに指示を出してから、レイドは地面を蹴った。

 レイドを前に真ん中にヴァイク、後ろにレンカという順で災禍の竜へと向かっていく魔族三人に、災禍の竜は咆哮してから口から火球を放ってくる。

 襲いかかる火球をレンカは盾を展開して防ぎ、爆風を振り払いながらレイドは駆け抜けていった。

 ヴァイクは二丁拳銃の引き金を引き、銃口から炎の槍と風の刃を放つ。災禍の竜は向かってくる炎の槍と風の刃を避けることなく、体で受け止めながら翼を羽ばたかせて暴風を巻き起こした。

 風の刃と共に吹き荒ぶ暴風に、レイドは臆することなく前へ踏み込む。


「__テリャアァァァァッ!」


 怒声を上げながら剣を振り、向かってくる風の刃を斬り捨ながら足を止めずに前に前に突き進むレイド。

 その途中で柄の引き金を引き、ダブルバレルから噴き出した炎がレイドの体に纏っていった。火属性の身体強化魔法を使ったレイドは、火の粉を舞い散らせながら災禍の竜の懐に飛び込み、剣を振り上げる。


「__テァッ!」

「__グルゥアッ!」


 振り上げられた剣に、災禍の竜は頭を振って額から伸びる魔力で出来た紅い角を振り下ろした。

 硬い金属がぶつかり合ったような音が響くと、レイドは地面へと叩きつけられる。身体能力を強化しても、災禍の竜の一撃は重い。

 背中を地面に打ち付けたレイドは一瞬だけ息が止まり、目を見開く。

 バウンドして宙を舞ったレイドを狙い、鋭い爪を振り上げた災禍の竜の横っ面にやらせないとヴァイクが放った雷の槍が直撃した。

 バチバチと雷が迸り、災禍の竜は小さく悲鳴を上げながら動きを止める。その隙に地面に着地したレイドは顔をブンブンと振っている災禍の竜に向かって跳び上がり、剣を振り上げる。


「ハァァァァァァァァァァァッ!」


 全体重を乗せて災禍の竜の脳天に向かって剣を振り下ろすレイド。目の前で雷が迸ったことで目が眩んでいた災禍の竜は、まるで見えているかのように腕を振り上げ、爪でレイドの剣を受け止める。

 防がれると思っていなかったレイドが驚いていると、災禍の竜はそのまま腕を払ってレイドを弾き飛ばした。


「レイド!」


 吹き飛ばれたレイドに向かって手をかざしたレンカは、レイドを受け止めるように風の盾を展開する。レイドは空中で態勢を立て直すと、風の盾を足場にして跳び、剣身を災禍の竜へと向けた。

 

「__これならば、どうだ!」


 そして、レイドは柄の引き金を引く。

 剣の峰に沿うように取り付けられたダブルバレルから放たれたのは、赤い熱線。

 一直線に伸びる熱線に、災禍の竜は咄嗟に首を傾けて避けた。


 そのまま伸びていった熱線は災禍の竜を通り過ぎ、その後ろのあった岩と瓦礫で出来たタワーを掠めた。


「__グ、ル、ア……ッ!」


 レイドが放った熱線によって、岩のタワーがガラリと崩れる。

 それに気付いた災禍の竜は目を見開き、愕然とした様子でタワーを見つめていた。そのままピタリと動きを止める災禍の竜に、地面に着地したレイドは訝しげに睨む。  

 今までの激しい戦闘は一気に鳴りを潜め、重苦しい静寂に包まれた。

 様子のおかしい災禍の竜を警戒して剣を構えたまま足を止めるレイドたち。災禍の竜はワナワナと震えながらゆっくりと岩のタワーに近づき、崩れた岩をジッと見つめる。


 すると、災禍の竜の体からユラリとおぞましい魔力が漏れ出し、地面がグラグラと揺れ始めた。


「__カロロロロロロ……ッ!」


 砕けんばかりに牙を食いしばり、地獄の底から這い上がってくるかのような低い唸り声を上げる災禍の竜。

 漏れ出していた魔力は一気に膨れ上がり、爆発するように噴き出した。

 ユラっと振り向いた災禍の竜の表情は……憤怒。

 ギョロリとレイドを睨みつける血のように紅い瞳は怒りに染まり、赤く充血していた。

 あの岩のタワーがなんなのかは分からない。でも、一つだけはっきりと分かることがあった。


 岩のタワーを傷つける行為は、災禍の竜の逆鱗に触れる・・・・・・ことだった。


 怒り狂った災禍の竜は天に向かって咆哮する。天地を震わせる大音量の叫びに込められた想いは、怒り……そして、憎しみ。

 この時、途中で立ち寄った小さな名もなき村の村長が言っていたことが脳裏を掠める。


 __決して、逆鱗に触れる行いだけは避けたほうがよいですぞ。


 俺は、俺たちは、その言葉の意味を、その恐ろしさを身を持って味わうことになる。

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